第9章 第9節 第1項 人材戦略の構築と推進

9-9-1-1 働き方改革の推進

当社は2015(平成27)年3月発表の「中期3か年経営計画」において、「ライフスタイル&ワークスタイル・イノベーションの推進」を基本方針の一つに挙げた。この内ワークスタイル・イノベーションは、さまざまな働き方を実現することで従業員の能力やスキルがいかんなく発揮され、生産性の高い業務を進めていくことができる組織風土づくりをめざしたもので、同様の方針は2018年の「中期3か年経営計画」にも継承された。

当社ではこれまでも、多様な働き方を実現するための諸制度を早々に設けてきたが、時間外労働の抑制などに端を発して働き方改革に対する関心が急速に高まり、法制度にかかわる国会審議も進められるなか、より柔軟なワークスタイルを可能にするための施策を整備していった。

また、ワークスタイルの自由度を高めるだけにとどまらず、従業員おのおのが最大限に力を発揮できるよう研修・教育の機会提供や各種制度の充実を図るなど、会社が「“個”の最大化」を支援することとし、従業員の成長を促すことで、会社や事業の価値を最大化させることを目標とした。

図9-9-1 人事戦略と従業員エンゲージメント向上
出典:社内資料「東急の取り組みについて(働き方・ダイバーシティ・健康経営)」(2019年11月)

2018年から開始したのがスマートチョイスの取り組みである。自身の職務や環境に合わせて「場所」「時間」「服装」「リフレッシュ」を自ら選択できるもので、従来の働き方にとらわれることなく、創造性の発揮や業務の効率化に資する働き方を主体的に選べるようにした。

図9-9-2 柔軟な働き方への取り組み「スマートチョイス」の各メニュー
出典:社内資料「東急の取り組みについて(働き方・ダイバーシティ・健康経営)」(2019年11月)

例えば「場所」では在宅勤務やWEBでの会議参加に加えてサテライトオフィスでの勤務も可能とし、NewWork以外に当社専用のサテライトオフィスも設けた。また「時間」では分散出社やアーリーワーク(朝7時半出社)も選択肢とし、すでに設けていた制度との組み合わせで20パターン以上の勤務時間が選べるようにした。これらは、東京都の施策「スムーズビズ」にも対応した取り組みであった。

さらに現下のコロナ禍を受けて、2020(令和2)年4月からは、在宅勤務の対象を「妊娠中・介護従事中などの一部社員限定」から「会社貸与のモバイル機器(PC、iPadなど)所持者」まで拡大。同年10月には在宅勤務を制度化し、「適正な執務環境、セキュリティ環境を確保し、通常と同等の業務効率・成果が期待できる」と上長に認められた場所(自宅、実家、出張時などの移動中や宿泊施設)での勤務も可能とした。また2021年4月から本社勤務員(一部を除く)対象にフレックスタイム制(コアタイムなし)を導入した。

9-9-1-2 ダイバーシティマネジメントの推進

当社では、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が活躍できるフィールドを備え、個々の働き方を支援することで、社員が多様な価値観を尊重しつつ創造力を発揮することが企業としての成長につながると捉え、2013(平成25)年5月にダイバーシティ推進ワーキンググループを発足。多様性を活かした組織づくりや新しい働き方の提案に向けた検討を進め、全社の人材育成とキャリア開発を担う組織として、2014年10月にダイバーシティ・キャリア開発課を新設した。そのなかで、「制度・風土・マインド」の三つの観点から、ダイバーシティマネジメント推進につながる取り組みを展開した。多様な人材が活躍できる「制度」を整備することで、お互いの個性を尊重し活かす「風土」を醸成し、従業員が自らの強みを活かして活躍する「マインド」や自覚を持つことで、ダイバーシティマネジメントが実現するとの考えがあった。

なかでも喫緊の課題と捉えていたのが女性の活躍促進である。当社ではすでに1988(昭和63)年度から女性総合職の採用を始めるなど性差に関係なく採用・配属を行ってきており、1999年度からは女性管理職の登用も進めてきた。

これをさらに前進させるため、2014年11月には女性管理職の登用を2020(令和2)年度までに40人(2014年度比で2倍)とする目標を発表、先輩の女性管理職(メンター)が後輩社員(メンティ)のキャリアアップを支援するメンター制度を導入した。2019年10月には1年前倒しで女性管理職が40人となったため、新たに2023年度末までに管理職に占める女性比率を10%とする目標を設定。女性管理職へのエールと互いのネットワーク構築などを目的に東急グループ15社にて女性管理職フォーラムを開催し、ロールモデルの発見やマインドアップを促した。また2021年度にはメンター制度を一部リニューアルし、メンター・メンティを共に公募制としたほか、メンティ自らがメンターを選択できるよう改めた。

一方、男性社員に対しては育児参加によるワークライフバランスの実現を求め、育児休職取得100%の目標を設定。この目標を設定した2014年度の男性育児休職取得率はわずか2.1%であったが、2016年度には33.7%、2020年度には80.0%まで伸長し、男性の育児参加が「あたり前のこと」として組織内でおおむね認知されるに至った。

またこれと並行して、当社のみならず連結子会社各社でも同様の取り組みを加速させるため、2017年9月には「東急電鉄(連結)ダイバーシティマネジメント宣言(現、東急株式会社(連結)ダイバーシティマネジメント宣言)」を制定した。これと同時に、LGBTへの理解促進と当事者が働きやすい環境づくりに向けて、就業規則にて差別禁止を明文化、結婚をはじめとする家族にかかわる休暇の条件も見直した。

東急株式会社(連結)ダイバーシティマネジメント宣言

9-9-1-3 健康経営の推進

当社の人材戦略において、もう一つ重要なテーマとして取り上げたのが「健康経営の推進」である。従業員の健康管理を経営的な視点で考え、全社的な健康増進を図ることを企業価値向上の要素の一つと捉えた点に特徴がある。

健康を会社経営の根幹に置く当社の姿勢には歴史的経緯がある。人の健康と事業活動との関係性について、かつて五島慶太会長は「人の成功と失敗のわかれ目は第一に健康である。次には、熱と誠である。体力があって熱と誠があるならば、必ず成功する」(『清和』1937<昭和12>年7月号)と述べた。こうした意向も踏まえ、当社は1953年7月に企業立病院として東急病院を開院。東急病院は、長らく従業員とその家族、さらには地域住民の健康増進を支援する役割を担ってきた。

従業員向けには、年2回の定期健康診断の実施や再診の勧奨、結果や希望に応じた産業医や保健師による指導などで従業員の健康管理を行い、近年では2015(平成27)年3月に発表した「中期3か年経営計画」で、「ライフスタイル&ワークスタイル・イノベーションの推進」の一環として健康経営を推進することを明示、当社経営として主体的な取り組みを進めることとした。

2015年9月には、肥満度の改善を目的とした職場対抗プログラムを実施したあと、体重の適正化のみならず健康全般にかかわる全社的な取り組みを前進させるため、2016年2月に、最高健康責任者(Chief Health Officer。以下、CHO)を設置、「健康宣言」を制定し、健康経営を推進する指標とした。これにより、CHOと東急病院、人材戦略室による推進体制を構築、次のような具体的な施策を打ち出した。

・メンタルヘルス対策……当社独自の「ストレスチェック」を定期検診時や異動・入社3か月後に実施、上長や職場からのサポートを行うほか、産業保健スタッフに気軽にコンタクトできる仕組みを構築した。

・がん対策……性別・世代別に重点的ながん検診を実施、法定検診以外に人間ドック受診を強化したほか、禁煙勧奨の取り組みを強化した。

・生活習慣・運動対策……産業医や保健師による面談や特定保健指導を強化、運動を習慣づけるための機会創出や、職場対抗形式での健康づくりの取り組みを進めた。この内運動対策では日常的なウォークビズの推進、職場対抗ウォーキング選手権の実施、そして毎年秋ごろに5kmほどのコースを歩くウォーキング大会を実施。また東急労働組合と共同で運動会・駅伝大会を恒例イベントとして開催し、健康増進に一役買うこととなった。

図9-9-3 健康経営の推進体制
出典:「統合報告書2021」

当社の健康経営の姿勢は、地域社会の健康に対する責任にも言及している点が特徴である。東急病院がある大岡山駅周辺を健康の発信拠点「健康ステーション大岡山」として位置づけ、広く地域住民を対象とした健康に関する公開講座を実施しているほか、2015年から、駅の階段に健康応援メッセージを記載したステッカーを貼り、健康づくりを促している。また、大岡山キャンパスのある東京工業大学と協働し、健康チェックやウォーキングイベントなどの取り組みを実施している。さらに、事業活動を通じて東急線沿線のお客さまにも健康サービスを提供し、「健康長寿の街」という付加価値を生み出すことで、沿線価値の向上につなげることを目標としている。

健康を後押しするメッセージなどを設けた大岡山駅の「健康階段」

9-9-1-4 人材戦略の具現化による成果

人材戦略を重要な経営戦略の一つとして位置づけ、働き方改革やダイバーシティ、健康経営を着々と前進させてきたことで、社外から数々の評価を受けるに至った。以下、主なものを記しておく。

〈なでしこ銘柄〉

経済産業省が東京証券取引所と共同で、女性活躍推進に優れた企業を選定・発表する「なでしこ銘柄」に、2012(平成24)年度の銘柄発足以来陸運業として10年連続で選定された。10年連続で選定された企業は、全業種で当社のみである。

  • 「なでしこ銘柄」受賞式(2017年)
  • 「なでしこ銘柄」ロゴマーク

〈健康経営銘柄〉

経済産業省が東京証券取引所と共同で「健康経営」に優れた企業を選定する「健康経営銘柄」に、2015年度の銘柄発足以来陸運業として7年連続で選定された(東急電鉄を含む)。

〈ダイバーシティ「100選プライム」〉

経済産業省が、ダイバーシティ経営に取り組み中長期的に企業価値を生み出し続ける企業を選定・発表する「100選プライム」に、2020(令和2)年3月、運輸業で初めて選定された。「100選プライム」は、「新・ダイバーシティ経営企業100選」(2012年度〜2016年度)に選定された企業を対象に、より全社的・継続的な取り組みを重視した「ダイバーシティ2.0」に取り組む企業を選定するもので、当社は2015年度に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選定されていた。

〈J-Winダイバーシティ・アワード〉

特定非営利活動法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワークが主催し、内閣府や経済産業省などが後援する「2021 J-Winダイバーシティ・アワード」において、当社は2021年3月、企業賞「ベーシック部門」の大賞を受賞した。

〈イクメン企業アワード〉

厚生労働省が働きながら安心して子どもを産み育てることができる労働環境の整備を推進するため、男性の育児と仕事の両立を積極的に促進し、業務改善を図る企業を表彰する制度。当社は制度発足3年目にあたるイクメン企業アワードにおいて、運輸業では初めて特別奨励賞を受賞した。

〈work with pride PRIDE指標〉

企業、団体などにおいて性的マイノリティに関するダイバーシティ・マネジメントの促進と定着を支援する任意団体「work with pride」が実施する、企業のLGBTQ+への施策を評価するPRIDE指標において、当社は2016年に「シルバー」を、2017年から5年連続で最高ランクの「ゴールド」を受賞した。

9-9-1-5 [コラム]「民鉄キャリアトレイン」に参加

2018(平成30)年6月、当社を含む大手民鉄11社は、ライフイベントなど、勤務場所の都合で就労継続が困難な社員を相互で受け入れるスキーム「民鉄キャリアトレイン」を立ち上げることを発表した。

民鉄各社では、配偶者の転勤や家族の介護などにより会社を退職し、他地域に移動する社員が増加している点を、大きな課題の一つと考えていた。こうした社員に対して、東京、名古屋、大阪、福岡の主要都市でビジネスを展開する参加各社間で、本人の希望と受入会社の事情に合わせて、活躍の場を提供することとした。

優秀な人材の確保は各社共通の課題であるが、相互に連携することで、会社と社員の双方がメリットを享受し、各社のダイバーシティマネジメント推進の一助とすることをめざした。またこの趣旨を踏まえて、今後は参加会社の拡大を検討することとした。

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