第9章 第1節 第2項 長期循環型のビジネスモデル構築を志向

9-1-2-1 鉄軌道事業の分社化と東急株式会社への商号変更

当社は2018(平成30)年3月に発表した「中期3か年経営計画」(2018年度〜2020<令和2>年度)において「サステナブル経営」を推進していくことを明確に示し、「街づくり」を担う当社において持続的成長と企業価値向上を実現するための最適な経営体制について議論を重ねた。その結果、グループ経営を担う事業持株会社と事業経営を行う各子会社へ機能別再編をすることとし、主要事業の一つである鉄軌道事業を分社化することを決定した。鉄軌道事業が、徹底した顧客視点で専門性の高い人材力、技術力によって事業環境の変化に迅速に対応し、強靭化を実現する狙いであった。

これに伴い、2018年10月に社長直轄の準備組織としてサステナブル戦略推進委員会を設置し、そのほかの各事業の経営体制の検討と並行しながら分社化の準備を進めた。分社化の方法としては、当社を分割会社とする会社分割により、鉄軌道事業を、当社が100%出資して設立する新会社に承継させる吸収分割方式とした。そのために、2019年4月に、当社100%子会社「東急電鉄分割準備株式会社」を設立。また、鉄軌道事業に従事する従業員は、全員当社からの出向とした。

図9-1-6 鉄軌道事業分社化の狙い
出典:「統合報告書 2019」
図9-1-7 分社化のイメージ
注:適時開示資料(2018年9月12日)をもとに作成

分社化にかかわる手続きは、会社法第783条に基づく株主総会での承認、および鉄道事業法第26条に基づく国土交通大臣の認可を受ける必要がある。このため2019年6月の定時株主総会で議案(吸収分割契約承認の件)として同年10月1日を効力発生日とした吸収分割を諮り、承認可決を得たうえで、国土交通省に認可申請書を提出、認可を受けた。

2019年9月2日に、事業持株会社である当社の商号を「東急株式会社(英語表記:TOKYU CORPORATION<従前と同じ>)」に変更。同時に、「東急電鉄分割準備株式会社」を「東急電鉄株式会社(同:TOKYU RAILWAYS)」に商号変更し、同社は同年10月1日に、鉄軌道事業の営業を開始した。

新生「東急」が誕生(2019年9月2日)

こうした経営体制の変更を進めるなか、2019年4月、組織改正を行った。連携促進を図るフラットな組織設計を行ったことがポイントであった。また、事業ユニット制を導入し、事業ユニットごとに総合マネジメントを担うヘッドクォーターと顧客接点を担う子会社が一体となって事業推進することとした。

さらに2019年10月には、4月の組織改正時の体制から、分社化に伴い鉄道事業本部を廃止した、新組織体制とした。

図9-1-8 鉄道事業本部廃止後の新組織体制(2019年10月)
注:ニュースリリース(2019年9月17日)をもとに作成

当社は事業持株会社体制を採り入れているが、1997年の独占禁止法改正により純粋持株会社体制も可能となり、1999年の大和証券グループ以降、多くの企業が純粋持株会社体制へと移行し、現在は500社以上の上場企業が採用している。こうしたなか、2013年10月1日、東急グループの内、東急不動産、東急コミュニティー、東急リバブルの3社が経営統合し、共同株式移転により純粋持株会社として東急不動産ホールディングス株式会社が設立された。同社が経営を推進すると共に、傘下の事業子会社3社を中心に業務推進することとなった。2014年には、東急住宅リース株式会社が設立され、各社の賃貸住宅事業を統合。2016年には、株式会社学生情報センターの株式を取得して完全子会社化し、学生向けの賃貸住宅管理事業を強化した。現在、東急不動産ホールディングスは、東急不動産、東急コミュニティー、東急リバブル、東急住宅リース、学生情報センターの5社を完全子会社とした体制となっている。

図9-1-9 純粋持株会社「東急不動産ホールディングス」への移行図
出典:東急不動産「持株会社設立による経営統合について」(2013年5月16日)
注:図中のグループとは東急不動産グループを指す

9-1-2-2 未来を展望する「長期経営構想」

当社は創立100周年を目前に控えるなかで、改めて過去の足跡を振り返り、現状認識を深めながら、今後の長期ビジョンを描くこととした。

これまで当社は、鉄軌道事業と不動産事業を両輪とした「街づくり」を通じて社会課題の解決に取り組み、時代の変化に適合しながら国や都市・地域の発展と共に成長してきた。しかしながら当社を取り巻く社会環境はさまざまに変化しており、長年の努力で築いたビジネスモデルがわずかな期間で崩壊する可能性があることを認識せざるを得なくなっていた。

こうしたなか、鉄軌道事業の分社化をはじめとする「グループ経営体制の高度化」にスピード感を持って取り組むと共に、将来的な変化を見据えて会社や各事業のあり方を見つめ直し、当社が描く未来と、向かうべき方向を取りまとめた「長期経営構想」を策定し、2019(令和元)年9月に発表した。

「長期経営構想」においては、グループスローガン「美しい時代へ──東急グループ」をあらためて普遍的な価値基準とし、副題を「未来に向けた美しい生活環境の創造」とした。そして、現在および今後の社会環境の変化に鑑み、SDGsなども意識して策定した「サステナブル重要テーマ」に正面から向き合いながら、沿線内外の各エリアの特性や成長可能性に応じたエリア軸と、交通インフラ・都市開発・生活創造など各事業軸の戦略を組み合わせることで、社会課題の解決と事業成長の両立をめざす構想とした。

経営指標としては、10年後の2030年度に、親会社(当社)株主に帰属する連結当期純利益1000億円(対2018<平成30>年度比73%増)を、また株主への還元については連続増配を継続しながら中長期的には配当性向30%を掲げた。

また、本構想は、2030年目線で着実な成長を展望すると同時に、30年後の2050年目線で未来を描き、「東急ならではの社会価値提供による“世界が憧れる街づくり”の実現」をビジョンとした。この未来ビジョンに近づくために、“City as a Service”構想=「リアルとデジタルの融合による次世代に向けた街づくり」にチャレンジすることを示した。これはデジタル技術を積極的に活用することによりデジタル上に都市基盤を再現し、これをリアルな都市基盤での取り組みにフィードバックすることで、「一人ひとりのライフスタイルに合わせた最適なサービス提供」と「自律的な地域経済・コミュニティを支援する仕組みづくり」に挑戦しようというものである。

目まぐるしく変化する時代にあっても当社ならではの価値創造を行うことで、長期循環型のビジネスモデルを構築していこうという志を示した。

図9-1-10 長期経営構想で掲げたビジョン「世界が憧れる街づくり」(2019年)
出典:「会社概要2019-2020」

9-1-2-3 「長期経営構想」を踏まえた新たな動き

「長期経営構想」を前進させるための新たな動きとして、2点を記しておく。

〈フューチャー・デザイン・ラボの設置〉

2019(平成31)年4月、社長直轄の新組織として、フューチャー・デザイン・ラボを設置した。当社が100年の歴史を通じて培ってきたイノベーションマインドを次の100年に継承していく役割を担い、主要プロジェクトとして、30年後の未来を考える「東急2050プロジェクト」を始動。既成概念にとらわれないイノベーションマインドを醸成し、組織風土に定着させるための各種取り組みを進めた。すでに2015年に経営企画部門が中心となってリスタートした社内起業家育成制度、同時期に都市開発部門が中心となって展開した東急アクセラレートプログラム(現、東急アライアンスプラットフォーム)をイノベーションの一環として、フューチャー・デザイン・ラボに集約させた。2019(令和元)年7月、社会に開かれたオープンイノベーション施設「SOIL(Shibuya Open Innovation Lab)」を渋谷に開設した。約100人を収容できるオープンスペースを設け、趣旨に賛同するさまざまなプレイヤーが集うことでイノベーションを加速させる狙いであった。2020年1月、フューチャー・デザイン・ラボが中心となり、従業員に加え未来を担う子どもを含めた家族も対象にしたイベント「第1回東急フューチャーサミット」を開催した。「いまつく2050 子供たちに残したい未来」(原題ママ)をテーマとし、従業員それぞれが30年後の世界に思いを馳せ、未来の世界を「自分ごと」として捉えることが目的であった。髙橋社長のプレゼンテーションや各界で活躍する人々を交えたパネルディスカッション、親子で参加できる各種ワークショップ、東急グループの歴史を紹介する展示などで構成され、渋谷のヒカリエホールを会場に、当社および東急グループの従業員とその家族約850人が参加した。

「東急フューチャーサミット」でプレゼンする髙橋社長
「東急フューチャーサミット」では親子で参加できるワークショップも開催した

また、「東急の次の100年を創る」と「東急をイノベーティブな組織に変革する」の2点をミッションに掲げたフューチャー・デザイン・ラボでは、事業創造と風土醸成の両輪で活動に取り組んだ。「社内起業家育成制度」と、「東急アライアンスプラットフォーム」などオープンイノベーション取り組みは後述するが、社内の変革風土を醸成する取り組みとしては、長期経営構想で描いていた2050年目線のビジョンを、全社員の共感を得ながら、より解像度の高いものにブラッシュアップを図っていった。ビジョン策定ワークショップ、事業構想コンテスト、東急フューチャーサミット、全従業員対話プロジェクトや経営層合宿、イノベーションコミュニティメディアの運営などを通じて、各階層が一体となった組織変革を進めているところである。

「経営層合宿」を複数回開催、闊達な議論が交わされた

〈デジタルプラットフォームの設置〉

2021年10月、東急グループにおけるデジタル化の一元的かつ本格的な推進を担う組織として、デジタルプラットフォームを新設した。ここに、ITソリューションやマーケティングにかかわる部署を集約すると共に、“City as a Service”構想の推進を行う部署を設けた。

また、2021年7月にDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速し、徹底的な顧客視点から、事業を横断するサービス体験設計やデジタルプロダクトの内製化を目的とした専門チーム「URBAN HACKS(アーバン・ハックス)」が設置されて、デジタルプラットフォームの直轄となった。

これは、街づくりのDXを目的とした大きな業務変革の一環であり、その背景として、当社のサービスは、これまでリアルに特化して事業ごとに構築されてきたものが多く、デジタル化が進む世の中にあって、必ずしも顧客目線の設計になっていない、という課題認識があった。こうしたなかで、リアルとデジタルの両面から顧客の求める価値に近づき、顧客がデジタルサービスを利用することによって得られるデータを活用し、各事業が培ってきたリアルなサービスに還元して、事業改善のサイクルを回し続けることが重要である、という認識に立つものであった。

まずは顧客に身近なところから着手しており、東急線アプリや東急カードアプリのリニューアルなど、これまでよりわかりやすく便利に、かつグループ他事業の訴求にもつながるものを、内製化ならではのアジャイル開発(小さいサイクルで開発・リリースを繰り返しながらブラッシュアップする開発手法)を採用して取り組んでいる。

「URBAN HACKS(アーバン・ハックス)」立ち上げの記者会見

9-1-2-4 サステナブル経営の基盤となるESGの取り組み

サステナブル経営を推進していくうえで、今日、財務基盤の健全性と共に重要視されているのがESGの取り組みである。ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字から生まれた言葉で、ESG課題への取り組みに積極的な企業を選別して投資するESG投資への関心が高まっていた。

当社ではこれまでも、環境配慮の取り組みや地域社会への貢献、ガバナンスの強化に努めてきており、2005(平成17)年9月にスタートした「CSR経営会議」を発展させた「CSR経営推進会議」を2010年度から開催、さらにこれを継承する「サステナビリティ推進会議」を2018年度から開催し、課題の洗い出しや改善・解決方法に関する議論を深めてきた。

東急グループの事業領域が多岐にわたっているため、2018年には優先的に取り組むべき社会課題をマクロに捉え、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)における17のゴールと169のターゲットなどの社会課題を踏まえて、6つの「サステナブル重要テーマ(マテリアリティ)」を設定。「安全・安心」、「まちづくり」、「生活環境品質」、「ひとづくり」、「低炭素・循環型社会」(2021<令和3>年に「脱炭素・循環型社会」に更新)、「企業統治・コンプライアンス」の各テーマに基づく目標管理に移行した。具体的には、テーマごとに2030年に向けてめざす姿、これを実現するための取り組みを挙げ、定量的な指標を定めて進捗を管理する手法である。

6つの「サステナブル重要テーマ」はESGの概念も包含しており、個々の取り組みについては2019年10月に発行を開始した『統合報告書』に記載した。『統合報告書』は、中長期にわたって企業がどのように経済的・社会的価値を生み出していくかを明示する役割を持った年次報告書である。当社は財務情報・非財務情報の網羅的な開示はもとより、持続的な成長をめざす当社の成長戦略や競争優位性を示し、持続的な成長に向けた指標を掲げて、進捗状況を明らかにし、ステークホルダーとの信頼関係を構築するうえで重要な資料となっている。

図9-1-11 6つの「サステナブル重要テーマ」
出典:「統合報告書2021」
2019年から発行を開始した『統合報告書』

9-1-2-5 [コラム]サステナビリティボンドの発行

当社はサステナブル経営を支える資金調達のため、東急株式会社に商号を改めてから第5回および第6回の無担保社債をESG債(サステナビリティボンド)として起債することを決定し、年限5年、10年の各100億円を2020(令和2)年12月に発行した。

サステナビリティ関連の社債としては、資金用途を環境負荷軽減に限定したグリーンボンド、社会課題解決に限定したソーシャルボンドがあるが、当社は環境貢献事業と社会課題解決事業の両方を資金用途としたサステナビリティボンドを選択。詳細な資金使途として「新型車両」「鉄道関連インフラ整備(ホームドアなど)」「南町田グランベリーパーク」「サテライトオフィス(NewWork)」に要した支出のリファイナンスに充当することを明示した。

さらに2021年には、対象となる投資家を個人投資家までに広げたサステナビリティボンド(機関投資家も含めた発行総額200億円)を発行。資金使途に「気候変動対応(雨水調整池など)」を加えた。機関投資家のみならず個人投資家からも投資を募ることで、サステナブル経営への強い意志を広く訴求した。2022年には個人投資家向けのサステナビリティボンドおよび、資金使途は問わない一方でサステナビリティ目標数値を設定した機関投資家向けのサステナビリティ・リンク・ボンドも発行した。

また、2022年には融資の分野において、鉄道事業を営むグループとしては初となる「DBJ-対話型サステナビリティ・リンク・ローン」を採用した日本政策投資銀行(DBJ)からの融資を受けた。

9-1-2-6 脱炭素・循環型社会の実現に向けた「環境ビジョン2030」を策定

近年、地球温暖化に伴う世界的な気候変動の影響が深刻になるなか、温室効果ガスの筆頭である二酸化炭素(以下、CO2)の実効的な排出量削減が喫緊の課題に浮上してきた。また限りある資源の有効利用や廃棄物の削減などによる環境負荷の低減も、極めて重要なテーマとなっている。

当社はサステナブル重要テーマの一つに「脱炭素・循環型社会」(2021<令和3>年5月「低炭素」から「脱炭素」に更新)を挙げて、2050年までに、事業で使用する電力を実質再生可能エネルギー100%で調達することにより、CO2排出量を実質ゼロにする「長期環境目標」を掲げた。2019年10月には、日本で初めて鉄軌道事業を含む企業グループとして「RE100」(企業が自らの事業の使用電力を実質再生可能エネルギー100%で調達することをめざす、国際イニシアチブ)に加盟し、省エネと再エネの最適利用による脱炭素社会の実現を標榜した。また2020年9月には、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による提言」に賛同し、提言に基づく情報開示を進めていくこととした。

前述の「長期環境目標」では、中間段階の2030年に電力使用によるCO2排出量を、基準年(鉄道事業2010<平成22>年、不動産事業その他2015年)の30%削減とする目標を掲げ、『統合報告書』などで進捗状況を開示してきたが、2021年度時点で、2030年目標を前倒しで達成できる見込みとなった。

こうしたことから2022年3月に脱炭素・循環型社会の実現に向けた「環境ビジョン2030」を新たに策定。人と街と環境が調和する社会の実現に向けた取り組み、「なにげない日々が、未来をうごかす」を明文化すると共に、地球温暖化による気温上昇を1.5℃に抑える水準をめざして、2030年までにCO2排出量46.2%削減(対2019年度比)・実質再生可能エネルギー比率50%、2050年までにCO2排出量実質ゼロ・再生可能エネルギー比率100%をめざすこととした。また循環型社会の実現に向けた目標も新たに設定。これらの「チャレンジ目標」に、あらゆるステークホルダーとのパートナーシップで取り組み、環境によい行動変容を後押しするサービスを提供することを表明した。これと同時に、CO2排出量が実質ゼロとなる実質再生可能エネルギー由来の電力100%での東急電鉄の全路線の運行(詳細は後述)や、前述のサステナビリティ・リンク・ローンでの資金調達を決定した。

「環境ビジョン2030」で掲げた環境と調和する街の「コンセプト」と「想い」
出典:ニュースリリース(2022年3月28日)
図9-1-12 「環境ビジョン2030」における取り組み目標(2022年11月版)
出典:当社WEBサイト「環境方針・ビジョン」

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