第9章 第5節 第3項 新たな展開を図るリテール事業

9-5-3-1 東急ストアの沿線展開と新業態の出店

当社100%子会社の東急ストアは2010年代前半に収益力の低下に苦しんだが、主に沿線外を中心とする不採算店舗や老朽化店舗の閉鎖など、さまざまな構造改革施策を推進した結果、2014(平成26)年度以降は利益水準の改善が見られた。これと併せて、沿線地域の顧客層や立地に合わせた「中食」主体の新業態店を出店、東急ストアはリテール事業の業績を支える存在となった。

2008年4月から、中食を充実させコンビニエンス機能を付加した「東急ストアフードステーション」の出店を開始し、駅構内や駅近の立地で出店を加速。改札内に出店した「東急ストアフードステーションミニ」も含め2022(令和4)年6月現在で合計11店となった。

2018年9月に開業した「渋谷ストリーム」には、「Precce Shibuya DELIMARKET(プレッセ渋谷デリマーケット)」を出店した。イートインスペースを設けたグローサラント型(スーパーの食品雑貨であるグロッサリーをレストランのように調理して提供)の新業態で、自分好みのプレートなどがつくれ、その場で飲食できる点に特徴がある。2021年にJR飯田橋駅の商業施設にも渋谷と同じ業態を出店したが、長引くコロナ禍によるオフィスエリアの来街者減少などにより苦戦を強いられ、2023年1月に両店は共に閉店した。

沿線を中心に2022年現在85店を展開するスーパーマーケットの東急ストアでは随時リニューアルによる活性化に努めたほか、マーチャンダイジングなどの面でおのおのの地域に合わせた展開に努め、2021年3月に「エトモ池上」にオープンした東急ストア池上店では地元大田区の商品を取り揃えるなど「ここでしか買えない」希少価値を提供した。また、2012年5月に販売を開始したプライベートブランド「Tokyu Store Plus」は2017年3月にデザインを一新して各店に展開した。

東急ストア池上店

日用品を中心とした東急グループのリテール事業では、同じく当社100%子会社で駅売店にルーツを持つ東急ステーションリテールサービスがあったが、2022年3月には東急ストアを存続会社として合併、小売事業を担う中核会社として一体運営を行うこととした。

9-5-3-2 東急ベルの展開と沿線特化型ECのスタート

東急ベルは、ベルキャストと呼ばれるスタッフが沿線居住者の自宅に商品やサービスを届け、「家ナカ」での買物や困りごとの解決を支援するホーム・コンビニエンスサービスである。主たる事業内容としては、商品の配送を伴う電子商取引(以下、EC)関連の事業、そして「家ナカ」での各種家事代行サービスの提供や取次がある。両方に共通することは、リアルな顧客接点を密にし、東急グループや沿線地域のさまざまな商品・サービスにつなげるワンストップサービスの窓口の役割を担うことで、沿線の顧客に最適なソリューションを提供していこうとする点にある。

2012(平成24)年の事業開始時は、主に東急百貨店のいわゆるデパ地下食材の配送が中心であったが、間もなく東急ストア(プレッセを含む)のネットスーパーの取り扱いを開始し、配送手渡し時の顧客接点を生かしながら、ハウスクリーニングをはじめとする「家ナカ」サービスを提供するなど、サービスメニューの拡充に努めた。

図9-5-2 東急ベルサービス概念図
出典:ニュースリリース(2012年5月16日)

2019年2月から、ネット通販サービスの新たな展開を開始した。物流業界で呼ばれている「ラストワンマイル」(物流拠点から顧客に商品を届ける最後の区間)に、これまで蓄積された東急線沿線ならではのサービスを融合させたもので、遠方から商品を購入できるAmazonのようなグローバルECとは異なり、沿線地域での事業展開を活かした情報収集力や地元商店などとのつながり、配送ネットワークを活かした地域特化型のECサービスを志向した。東急ストアのネットスーパーに加え、沿線の魅力的なお店紹介や商品販売など沿線ならではのライフスタイルを提供する「SALUS ONLINE MARKET」、東急ストアと東急百貨店のギフトを一括購入できる「ギフト日和by Tokyu Bell」の3ショップで構成。東急ベル事業を通じた沿線価値の向上をめざした。

9-5-3-3 新たな役割発揮を模索する東急百貨店

当社100%子会社の東急百貨店は、百貨店業態の店舗として渋谷・本店と東横店、吉祥寺店、たまプラーザ店、さっぽろ店、海外ではバンコク店を展開。郊外型ショッピングセンターとして町田東急ツインズ、日吉東急アベニューを展開してきた。

創業の地でもある渋谷では、2013(平成25)年3月の東横店東館の閉店に続いて2020(令和2)年3月に西館・南館を閉店。これをもって東横店は85年間の歴史に幕を閉じた(地下の東急フードショーは営業継続)。また、「Shibuya Upper West Project」の進展により、2023年1月で本店の営業を終了した。

東急百貨店本店閉店に際し、店頭に掲げられたメッセージ

流通業界全般の地殻変動により百貨店業態自体の存在価値が問われる時勢ではあったが、同社はデパ地下ブームの先がけとなった「東急フードショー」など食料品販売で強みを発揮してきた。長年の百貨店営業で培ってきたファッション・宝飾など高級商材にかかわるコンテンツ編集力、おもてなしを重視した接客サービス力も貴重な資産であった。

こうした資産を新たな枠組みで生かすべく、まず渋谷駅周辺の食料品販売では、2012年4月開業の渋谷ヒカリエ内に、東急百貨店が運営する「ShinQs」(渋谷ヒカリエ地下3階〜地上5階)が開業。地下2階~地下3階に「ShinQs Food」を開設した。東横店東館の閉店に伴い「東横のれん街」は2013年4月に渋谷マークシティ地下へ移転して「東急フードショー」と連絡通路でつながった。

その後の再開発の進展に伴い、2019年11月に開業した渋谷スクランブルスクエア ショップ&レストラン内(地下2階)に「東急フードショーエッジ」を開設したほか、2020年5月に「東横のれん街」は「ShinQs」の食料品フロアに再度移転し、「東急フードショー」は「東横のれん街」の跡地部分に一部を移転させると共に、渋谷マークシティ1階にもフロアを設け、2021年7月に全面リニューアルした。これにより渋谷駅の東西に約1万㎡の食の空間を構築した。

東急百貨店による現在の渋谷駅周辺食料品店
出典:2021年度第2四半期決算「投資家向け決算説明資料」

食料品以外では渋谷スクランブルスクエア内で化粧品フロア「プラスクビューティ」と服飾雑貨フロア「プラスクグッズ」も展開しており、営業中であった本店を除いて2万7000㎡超の売り場を有することとなった。

渋谷スクランブルスクエア内 東急フードショーエッジ

これと並行して、「東急フードショー」を中小型の業態店として沿線に展開した。2011年3月に二子玉川ライズ内に「東急フードショー」、2013年4月に武蔵小杉東急スクエア内に小型店の「東急フードショースライス」を出店したあと、2017年以降は目黒駅、自由が丘駅、あざみ野駅、溝の口駅、池上駅に展開。2020年6月には初の路面店を自由が丘に出店した。このほか2019年以降、「ShinQs」のビューティフロアをコンパクトにした業態店「ShinQsビューティパレット」を町田、南町田、自由が丘、五反田、SHIBUYA109に展開した。

自由が丘東急フードショースライス

また消費行動の変化や多様化に対応した「リテール事業再構築」におけるグループ会社同士での連携機能強化の一環として、2018年11月、青葉台東急スクエアの食料品フロア(レ・シ・ピ青葉台)内に、東急百貨店と東急ストアの連携強化に伴うグロッサリー売場の新業態を展開した。これは、百貨店業態ならではの専門性・希少性の高いこだわり商品と、スーパーストア業態の幅広い品揃えと値ごろ感のある商品を、地域特性や顧客ニーズに合わせて柔軟に組み合わせたマーチャンダイジング(以下、MD)融合型の新業態である。青葉台ではMD融合により幅広い年代の来店客から好評が得られたため、第二弾として日吉東急アベニューでも2021年4月から展開した。青葉台・日吉共に、新業態導入に合わせて食料品フロア全体を「東急フードショー」としてリニューアルし、東急百貨店が引き続き運営した。

こうして東急百貨店では渋谷の旗艦店閉鎖後の成長モデル確立に挑戦してきたが、2020年初頭に始まるコロナ禍により休業や開店時間短縮が続いた影響で売上・利益共に大きく後退、さらなる事業構造改革が迫られることとなった。その一環として、2021年1月にはバンコク東急百貨店の営業を終了、2021年6月には株式交換により、ながの東急百貨店を当社の完全子会社とするなどの事業構造改革を進めた。

東急百貨店は自主売場での小売機能と共に、商業施設運営の機能も併せ持つ。これについては後述する東急モールズデベロップメントとの位置づけも含めた将来的なあり方について、グループ経営最適化の視点で役割分担を進めた。

9-5-3-4 商業施設運営と「SHIBUYA109」ブランドの再興

東急グループにおける商業施設(ショッピングセンター)の運営機能を統合して2006(平成18)年4月に設立した当社完全子会社の東急モールズデベロップメント(以下、TMD)は、東急線沿線を中心に、駅直結もしくは駅前など好立地にある商業施設の運営を手がけてきた。主な運営施設は、たまプラーザ テラス、港北TOKYU S.C.、青葉台東急スクエアなど東急スクエアブランドの施設である。

2015年以降も引き続き当社不動産事業と連携をとりながら事業展開を進め、2015年4月に、レミィ五反田(2008年4月開業)と武蔵小杉東急スクエア(2013年4月開業)の運営を当社からTMDに移管。TMDが運営を手がけていた施設の内、香林坊109のリニューアルを行い2016年4月に「香林坊東急スクエア」として開業、同じくSHIZUOKA109(2007年10月開業)もリニューアルし、2017年11月に「静岡東急スクエア」として開業した。

これと並行して2015年以降では二つの大きな転機があった。一つは、みなとみらい地区のクイーンズスクエア横浜での運営再編、もう一つは109事業の分割である。

まずクイーンズスクエア横浜(1997年7月開業)では東急グループとして二つの施設、クイーンズイーストと「アット!」を展開、前者は東急百貨店の100%子会社、よこはま東急百貨店が運営する百貨店業態の施設で、後者はTMDが運営するショッピングセンターであった。前者は2001年9月にショッピングセンター業態に転換、運営主体のよこはま東急百貨店は2004年6月に商号を株式会社クイーンズイーストに改めた。

みなとみらい地区にはその後も競合商業施設が数々誕生し、地区内での競争は激しさを増していた。こうしたなか当社は、両施設の集客力を向上させ、両施設が面する来街者のメインストリートであるクイーンモールの回遊性を高めるために、運営の一体化を図ることを決定。まず2016年10月、TMDが株式会社クイーンズイーストを100%子会社としたあと、両施設の統合・リニューアルにより2017年10月に「みなとみらい東急スクエア」として開業し、2021(令和3)年10月には運営子会社を吸収合併してTMD直接の運営とした。

表9-5-1 東急モールズデベロップメント発足後の主な動き(2006年~現在)
注: 東急モールズデベロップメント WEBサイトをもとに作成

もう一つの109事業は東急百貨店傘下会社の下でスタートし、冒頭の商業施設運営機能の統合でTMDによる運営になったものである。1990年代後半から「ギャル」「コギャル」と呼ばれる若年女性、少女を中心に圧倒的な人気を博してきた「SHIBUYA109」のビジネスモデルのパッケージ化により、地方への出店を拡大してきた経緯があり、2017年初頭の時点で渋谷2施設のほか、阿倍野、鹿児島、福岡天神、札幌、香港に109〇〇、あるいは〇〇109(〇〇は地名)として出店(一部はSHIBUYA109〇〇)していた。ただ109事業全体の売上高・利益は2008年をピークに減少傾向をたどり始めており、109事業の独自性をさらに高める必要があった。

渋谷再開発の進展も見据えるなか、渋谷を本拠地とする109事業は、沿線生活に密着した商業施設とはまったく異なる、渋谷(SHIBUYA)からの若者文化の発信基地としての役割があることから、当社は「SHIBUYA109」ブランドとして109事業を再興していくべく、TMDから109事業を分割することを決定。2017年4月に当社100%子会社のSHIBUYA109エンタテイメントを設立した。

当社はSHIBUYA109エンタテイメントの役割を「コンテンツ創造会社」と位置づけ、SHIBUYA109を中心に新たな流行や文化を創造して新しいモノ・コトを発信し続けることや、施設運営のみならず小売、イベント企画、商品プロデュースなどの新領域を開拓する青写真を描いた。

その後の同社の主な動きを記しておくと、渋谷スクランブル交差点に面したファッションビル「109MEN'S」の大規模リニューアルにより2018年4月に「MAGNET by SHIBUYA109」を開業、業績低迷に伴う構造改革の一環で2021年1月に香港店の営業を終了した。現在渋谷以外で営業している2店舗も「SHIBUYA109阿倍野店」「SHIBUYA109鹿児島店」としており、「SHIBUYA109」と冠した名称で「SHIBUYA109」ブランドを活かした運営を進めている。

図9-5-3 会社分割によるSHIBUYA109エンタテイメント設立のスキーム図
出典:ニュースリリース(2017年1月31日)
注:当時は、当社(東京急行電鉄)の略称として「東急電鉄」を用いていた

9-5-3-5 外食事業の動き

当社100%子会社の東急グルメフロントは、東急グループの外食事業を担ってきた会社で、駅構内の「しぶそば」や二子玉川駅構内のカフェ(NICOTAMA DAYSCAFE)の自社展開、給食事業の受託のほか、大手外食・食品チェーンのフランチャイジーとしてファストフード店やベーカリーショップ、ラーメン店などを沿線中心に展開してきた。

新たな取り組みでは、2010(平成22)年5月に自由が丘駅に開店した高級ティー・サロン&ブティック「TWG Tea」が挙げられる。TWG Teaはシンガポール発祥の国際的ラグジュアリー・ティー・ブランドで、世界中のラグジュアリーなホテルやレストラン、エアラインのファーストクラスで親しまれてきた。東急グルメフロントでは、自由が丘、銀座(東急プラザ銀座内)や丸の内、横浜、大阪梅田などに店舗を展開したほか、オンラインでの販売も開始した。

「TWG Tea」自由が丘

東急グループでは東急ホテルズ傘下の株式会社インターナショナルレストランサービスが、中部国際空港の商業施設「セントレア」に複数店舗を、兜町にブックカフェを、銀座と渋谷でラグジュアリーカフェ(現在は撤退)を展開してきたが、2019年1月に同社は当社の直接傘下となり、2022(令和4)年4月には東急グルメフロントが同社を吸収合併した。

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