第9章 第5節 第1項 沿線生活の価値向上を図る生活サービス事業

9-5-1-1 ライフスタイル・イノベーションの推進

当社は2015(平成27)年3月に発表した「中期3か年経営計画」において、重点施策の一つに「ライフスタイル&ワークスタイル・イノベーションの推進」を挙げた。この内「ライフスタイル・イノベーションの推進」と密接にかかわるのが、生活サービス事業である。

前述の「中期3か年経営計画」では、生活サービス事業を構成する事業群として「家ナカ」サービスと「街なか」サービスの枠組みを提示した。とくに「家ナカ」領域では、イッツ・コミュニケーションズ(以下、イッツコム)のインターネットやケーブルテレビに加えて、2016年から電力小売事業の「東急でんき」がスタート。沿線生活を支えるインフラサービスが充実し、顧客接点が広がったことから、多様な商品・サービスをバンドル化して(組み合わせて)、顧客にワンストップかつリーズナブルに提供できる体制を整えることで、生活サービス事業全体の活性化をめざした。

図9-5-1 生活サービス事業の組み合わせによる沿線価値向上
出典:「会社概要2021-2022」

9-5-1-2 東急グループ利用者への特典サービス「TOKYU ROYAL CLUB」の新設

沿線で事業活動を行う当社および東急グループ各社は、かつては自社商品・サービスの会員化などで独自に顧客基盤を形成する傾向があった。グループ経営を担い、「ひとつの東急」をめざす当社にとって、東急グループ共有の顧客基盤をいかに形成していくかが大きな課題となった。

まず商品・サービス購入時に付与されるポイントサービスについては、2006(平成18)年以降、グループ共通ポイントとして設定した「TOKYU POINT」に集約を図っていき、グループ各社の商業施設はもとより、イッツコムや「東急でんき」の支払い、公共料金の支払い、定期券購入、PASMOへのチャージなど生活のあらゆるシーンで「貯まる・使える」を提供できる仕組みを整えた。

さらに、東急グループのさまざまな商品・サービスや施設を幅広く継続的にご利用いただいている顧客を「ロイヤルカスタマー」と定義、感謝の気持ちを表すと同時に、いっそうの関係強化を図るため、2016年4月に会員組織「TOKYU ROYAL CLUB」を新設。利用状況により設定した3種類のメンバーステージに招待し、ステージに応じた特典を提供することとした。その後、2021(令和3)年4月には制度の一部を見直し、メンバーステージを4種類に変更した。

「TOKYU POINT」への集約と「TOKYU ROYAL CLUB」の創設により、生活サービス事業を中心に、東急グループ全体の事業に横串を通す顧客基盤のプラットフォームが形成されることとなった。

「TOKYU ROYAL CLUB」会員向けに発行するメンバーズマガジン「Fino」

9-5-1-3 データマーケティングの取り組み

「TOKYU POINT」と「TOKYU ROYAL CLUB」で一定の顧客基盤が形成されたことにより、顧客一人一人の購買行動やニーズ変化に応じて適切な情報発信を行い、利便性の向上を図るなどの、データマーケティングを推進することが可能となった。ただ、これはTOKYU POINTを中心とした会員顧客に限定されており、あくまでもオフライン(リアル空間)の接点で得られるデータを活用した取り組みでもあった。

スマートフォンなどの端末が普及し、インターネットが社会的なインフラとして成熟化するなかで、ネット通販やキャッシュレス決済が日常的に用いられる時代を迎え、OMO(Online Merges with Offlineの略。オンラインとオフライン双方の組み合わせによる新たなビジネス創出)が注目された。当社やグループ各社としても、保有するデータの利活用を念頭に、オンラインのデータも含めたデータマーケティングならびにオンラインとオフラインをミックスした事業機会をとらえ、事業化していく必要があった。

具体的な取り組みとして、東急ストアは全店共通のLINE公式アカウントを2019(令和元)年9月に開設。2020年3月には同アカウントから顧客に定期的に限定クーポンを配信し、LINE Payなどで決済するしくみを設け、顧客との関係強化を進めた。

さらに2020年7月、オンラインとオフラインのデータを活用してデータマーケティングソリューションを提供する楽天東急プランニング株式会社を、楽天株式会社(現、楽天グループ株式会社)との共同出資(楽天51%、当社49%)により設立。双方で蓄積するデータを活用し、両社のマーケティングソリューションの強化や東急グループの店舗マーチャンダイジングへの活用、広告主企業に提供する広告パフォーマンスの最大化、両社の資産を組み合わせたリアル+バーチャルの新しい購買行動や購買体験の創出を図ることを発表した。これにより、可視化した顧客のニーズに合わせた商品の仕入れや、顧客に適した広告による商品情報の発信、利便性の高い購買体験の提供を通じた顧客の生活価値向上を、リテールのみならず生活サービス全般の事業を通じてめざすこととした。

楽天東急プランニング設立の狙い

すでに2019年8月以降、楽天のオフィスが入る二子玉川の商業施設で楽天ポイントカードとの連携を試験的に開始し、良好な成果が得られていた。両社の事業基盤における連携強化と国内でのキャッシュレス化をさらに後押しするため、2020年9月より、東急グループの実店舗決済システムへ、楽天グループの共通ポイントサービス「楽天ポイントカード」およびスマートフォンアプリ決済サービス「楽天ペイ」の導入を加速し、新規顧客層の獲得に期待を寄せた。

9-5-1-4 東急レクリエーションの完全子会社化

当社は2016(平成28)年2月の東急レクリエーションとの資本業務提携契約の締結を経て、同年3月に同社を連結子会社とした。以降は、主に渋谷や新宿における複合エンターテインメント施設の開発検討などを通じて、よりいっそう連携を深め、魅力ある街づくりに向けて取り組んできた。

さらに2023(令和5)年1月、当社は東急レクリエーションを完全子会社とした。これは、2022年9月に同社と締結した株式交換契約に基づく株式交換の実施によるもので、東急レクリエーション株式1株に対して、当社株式3.60 株を割当交付した。これに伴い、東急レクリエーションは株式上場廃止となった。

こうした背景には、当社が都市開発においてエンターテインメント事業を都市の魅力づけのうえで重要な機能と考えている点が大きい。東急グループのエンターテインメント分野を担う中核的な存在である東急レクリエーションと資本関係を強めることで、経営の機動性や財務の柔軟性を確保することが期待できる。人々がエンターテインメントに求める価値観が大きく変化するなか、渋谷のホールや劇場、東急線沿線における顧客接点を豊富に持つ当社と、エンターテインメント関連企業とのネットワークを豊富に有する東急レクリエーションが一体で取り組むことで、東急グループのエンターテインメント事業をさらに成長させ、都市間競争における差別化や開発地域の魅力づけに資することが期待される。

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