第9章の概要(サマリー)

東急線沿線に経営資源を集中して沿線価値を高め、渋谷の大規模開発を軌道に乗せるなかで、当社はサステナブル経営に軸足を置き、さらに社会と共に持続的成長をめざすステージへの歩を進めた。

背景には、機関投資家などさまざまなステークホルダーと企業の良好な関係づくりによる持続的な経済成長を志向した国の方針、国連によるSDGs(持続可能な開発目標)の採択やESG投資への関心の高まりといったグローバルな動きがあった。そして、当社および東急グループ自らが、危機的な状況を克服したあと、高度経済成長期からバブル経済までのような短絡的な業容拡大ではなく、投資循環の進捗を見極め、ポートフォリオの適正化を進めながら持続的かつ健全な成長を遂げていくことを標榜したのである。

経営面で大きな動きとなったのが、鉄軌道事業の分社化による東急電鉄株式会社の設立と、当社基幹事業の事業持株会社化、東急株式会社への商号変更である。これにより、当社が東急グループの扇の要となり、沿線地域の街づくりや都市開発を担うと共に、それぞれの領域に専念するグループ会社と緊密に連携をとりながら一体的にグループ経営を推進する構図が定まった。

そして創立100周年を控えた2019(令和元)年9月には、100年近くにわたって培ってきたノウハウを次の時代に継承し、時代の変化に伴う新たな社会課題の解決と事業成長の両立をめざすという、2030年までの経営スタンス、戦略を「長期経営構想」としてまとめ、発表した。また2022年には「環境ビジョン2030」を発表、脱炭素・循環型社会の実現に向けた取り組みを加速した。

事業領域別に2015(平成27)年度以降を俯瞰していくと、まず東急電鉄を中心とする交通・社会インフラ事業の領域では、東急線でホームドア・センサー付固定式ホーム柵や、世田谷線・こどもの国線を除き踏切障害物検知装置(3D式、レーザー<光線>式)の設置を完了させて「安全・安心」の向上を図ったほか、東急線全線で再生可能エネルギー由来の電力100%での運行を開始するなど、大手民鉄や鉄道業界初となる取り組みが相次いだ。2023年3月には相鉄・東急直通線の東急新横浜線が開業、鉄道ネットワークがさらに拡大することとなった。またPFI法の改正を受けて空港運営事業にも取り組み、仙台空港の運営で先例を示した。

不動産事業では、横浜市との「次世代郊外まちづくり」など沿線自治体との連携により、地域が抱える課題の克服に向けた街づくりを積極的に推し進め、町田市との連携では商業施設と公園などを一体整備した南町田グランベリーパークが開業、他の沿線各地でも地域の特性に合わせたにぎわいの創出に努め、沿線価値の向上を図った。渋谷再開発も順調に進捗し、渋谷駅直上の渋谷スクランブルスクエア第Ⅰ期(東棟)など高層施設の開業が相次ぎ、都市基盤整備の進展も含めた渋谷の大改造が大きく前進。当社は創立以来、駅を中心とした街づくりの担い手として、公共交通と都市開発を両輪とした、今日でいうTOD(Transit Oriented Development)を実践してきた。鉄道との連携により都心アクセスの利便性と自然豊かな郊外の暮らしを両立してきたが、その中心に位置づける渋谷の活性化を軸に、沿線のさらなる活性化を図っていく。渋谷に続く都市開発では、新宿歌舞伎町に新たなランドマークとなる東急歌舞伎町タワーが2023年4月に開業することとなった。

生活サービス事業では、東急グループの顧客情報を集約してグループ各社のサービス提供に活かすほか、デジタルな消費情報を統合したマーケティング活動を推進。東急ストアや東急百貨店の各店舗、「東急ベル」、「東急でんき&ガス」、ケーブルテレビ事業など多岐にわたる事業の多様な顧客接点を有することを活かし、サービスの拡大、Life Time Valueの向上をめざした。同様に不動産事業でも住まいの相談窓口の拡充を図った。

ホテル・リゾート事業では、年々増加していたインバウンドに対応すべく、都市圏を中心に新規ホテルの開業を加速。これと並行して、東急ホテルズのブランド再編、会員制リゾート事業のビジネスモデル転換などを進めた。

再スタートした海外事業は、アジアを中心とするグローバル経済の成長を取り込み、外需獲得のためのインバウンドビジネスを展開すると共に、東急グループの総合力を活かしたサービスを提供することを掲げた。ベトナム・ビンズン新都市の街づくりでは、高層マンションや低層住宅、商業施設を開発。ホーチミン市近傍でも新たに不動産事業の展開を開始した。タイでは日本人駐在員向けの賃貸住宅事業を皮切りに分譲住宅事業にも参入した。西豪州ヤンチェップでの宅地開発・都市開発は州都・パースと現地を結ぶ公共交通インフラの整備を見据えつつ着実な進展を見せた。

また、次の時代を支える新規ビジネスの立ち上げに多角的な視点から取り組んだ。内なる事業創出を促す、連結子会社従業員も対象に含めた社内起業家育成制度がスタートし、サテライトオフィス「NewWork」が立ち上がり、働き方改革の時流を先取りした新規ビジネスとして定着した。外部連携による事業創造としては、「東急アクセラレートプログラム(のちの東急アライアンスプラットフォーム)」の開始により、スタートアップ企業とのオープンイノベーションの取り組みが活発化したほか、東急グループ外の、個々の分野で傑出したノウハウや実績を有する大小さまざまな企業とグループ各社とのアライアンスにも柔軟に取り組み、新しい事業のタネがまかれた。

人材戦略においては、サステナブルな「人づくり」による「日本一働き続けたい会社」の実現に向け、ワークスタイル・イノベーションに取り組み、実効的な働き方改革につながる人事制度の充実に努めたほか、ダイバーシティにかかわる施策により女性管理職の登用や男性社員の育児参加を大幅に前進させ、健康経営の面でも充実を図り、複数の外部機関から評価された。

一方、当社が成長軌道に乗り始め、創立100周年を目前に控えていた2020年から2022年にかけて、新型コロナウイルス感染症の拡大と緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発出により、人の移動や交流・集合に制限がかかり、ホテル事業と鉄軌道・バス事業を中心に、商業施設や百貨店などの業績は大きく後退し、空港運営事業は出鼻をくじかれてしまった。その後、足もとの業績は徐々に改善が図られつつあるが、感染症の流行が長引くなかで人々の価値観、ライフスタイルやワークスタイルは大きく変化し、各事業では新しい生活様式に適合したビジネスモデルへの切り替えに着手している。

こうしたなか当社では、DX(デジタルトランスフォーメーション)の時代にふさわしいデジタル技術の活用に向けたプラットフォームとしてフューチャー・デザイン・ラボを設置し、内なるイノベーションを図ることとした。

当社および東急グループは2022年9月、創立100周年を迎えた。スローガン「美しい時代へ──東急グループ」の具現化に向けた挑戦はこれからも続いていく。

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