第9章 第6節 第1項 東急ホテルズの展開

9-6-1-1 ブランドの再編成とインバウンド増加

当社100%子会社で2005(平成17)年に設立した東急ホテルズは、不採算店舗の撤退や経営効率化の進展などにより徐々に収支構造の改善を図り、同社の2012年度決算で営業利益の黒字化にこぎ着けた。これと並行して2010年ごろからは増収に向けた体制構築にも着手、老朽化した設備のリニューアルやサービスの改善を進め、成長路線を志向できる基盤を形成した。

このころ、ホテル業界にとって大きな追い風となり始めたのが訪日外国人旅行客(インバウンド)の増加である。リーマンショックや東日本大震災の影響で一時的に落ち込んだ時期はあったものの2012年からは増加に転じ、東京オリンピック・パラリンピックの2020(令和2)年開催が決定(2013年9月)したことも手伝って日本への関心が高まり、2015年には対前年比47.1%増の1974万人が訪日、出国日本人数(アウトバウンド)を45年ぶりに上回った。

こうしたなかで東急ホテルズでは「東急」の名を冠したホテルにふさわしいポジションを明確に打ち出すべく、2015年4月、それまで展開してきた五つのブランドを、三つのブランドに再編成した。当時の各ブランドとブランドコンセプトは下図の通りである。

図9-6-1 再編成された東急ホテルズのブランド(コンセプトは2015年時点のもの)
出典:「会社概要2015-2016」

インバウンドの増加に伴う宿泊需要の高まりを受けて、供給過剰となることが見込まれたバジェット型ホテルとは一線を画したホテルラインアップとし、上質を志向する顧客層を3ブランドでもれなく受け入れることができる、チェーンホテルとしてのポジションを確立することが当面の戦略であった。この内東急REIホテルは、従来ブランドの「東急イン」と「東急ビズフォート」を集約した新ブランドで、ビジネスホテルクラスでありながらも、朝食サービスの改善などによる質的向上を図り、口コミサイトなどでの評価も改善した。また海外からの送客を強化するため、既存のニューヨークオフィスに加え、2012年に上海オフィス、2016年にシンガポールオフィス、2019年にはアメリカ西海岸にニューポートビーチオフィスを開設した。

これと同時に東急ホテルズでは、需要予測に基づいて最適な価格設定を行うレベニューマネジメントの強化により収益の最大化を図るなど、インバウンド需要の取り込みを促進し、2016年度、東急ホテルズ設立以降では過去最高の売上高(856億円)と営業利益(38億円)を達成。2017年の東急グループ会社表彰において経営賞を受賞した。

9-6-1-2 ホテルの新規出店を加速

成長路線へと舵を切った東急ホテルズは、引き続き不採算店舗の閉鎖を進めると共に、重点的な戦略エリアに新規出店を図った。東京オリンピック・パラリンピックの2020(令和2)年開催を機に海外から多くの観光客が訪れると予想されたことから、これに備えた積極策であった。

なかでも大規模な出店となったのは、2015(平成27)年8月大阪に開業した「ザ・パーク・フロント・ホテル・アット・ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(客室数598室)で、アジアからの来場客が多いユニバーサル・スタジオ・ジャパンのメインゲート至近という好立地であった。同年7月には、当社不動産事業と連動して二子玉川ライズ・タワーオフィス最上階に「二子玉川エクセルホテル東急」(同107室)が開業、2016年10月には「長野東急REIホテル」(同143室)が開業した。

2018年は続けて3ホテルが誕生。新浦安・湾岸エリアに「東京ベイ東急ホテル」(同638室)が5月に開業したのをはじめ、羽田空港の対岸に「川崎キングスカイフロント東急REIホテル」(同186室)が6月に開業、渋谷駅に直結した「渋谷ストリームエクセルホテル東急」(同177室)が9月に開業した。

なお、「ザ・パーク・フロント・ホテル・アット・ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」、「長野東急REIホテル」および「東京ベイ東急ホテル」の3店舗は、建物を保有もしくは賃借してホテル経営を行う直営方式ではなく、ホテルオーナーからホテルの運営を受託する「運営受託方式(MC方式)」での出店であった。

「川崎キングスカイフロント東急REIホテル」は、最先端のライフサイエンス産業・研究機関が集積する国際戦略拠点として整備が進む川崎市の「キングスカイフロント」のA地区にあり、大和ハウス工業と川崎市が連携して整備事業を進めてきた。同ホテルでは環境省の「地域連携・低炭素水素実証事業」に協力し、川崎市周辺で回収された使用済みプラスチックを原料に、昭和電工川崎事業所で製造された低炭素水素をパイプラインで供給、純水素燃料電池により生成された電力や熱エネルギーを使用して、ホテル全体の約3割の電力や熱源を賄う世界初の取り組みを実施(残りの7割はホテル内での食べ残し食材などを発酵させて生じたガスを利用したバイオマス発電で賄う)。ホテル内で使用済みとなったアメニティのリサイクルにもつながる意義深い取り組みとあって、2019年7月の東急グループ会社表彰で「環境・社会貢献賞」を受賞し、さらに2020年11月には、川崎市の第9回スマートライフ大賞の最優秀賞も受賞した。

川崎キングスカイフロント東急REIホテル 1階カフェ

その後も出店は続き、2019年11月には、「大阪エクセルホテル東急」(客室数364室)が開業、エクセルホテルブランドとしては初めての大阪進出となった。立地は大阪御堂筋沿いの真宗大谷派難波別院の敷地内で、日本初の寺院山門と一体となったホテルであった。2020年4月には「横浜東急REIホテル」(同234室)、同年6月には「富士山三島東急ホテル」(同195室)が相次いで開業した。同年7月には、京都東山の小学校跡地において、地域交流施設(会議スペース・体育館・グラウンド・図書館・消防団詰所などのコミュニティ・スペース)が併設された「京都東急ホテル東山(THE HOTEL HIGASHIYAMA by Kyoto Tokyu Hotel)」(同168室)が開業した。

富士山三島東急ホテル 富士山を望む露天風呂

9-6-1-3 コロナ禍を踏まえた東急ホテルズの構造改革

こうして出店攻勢をかけるなか、2020(令和2)年初頭に始まるコロナ禍はホテル事業を直撃した。入国制限により海外からの観光客がほぼ途絶えたほか、緊急事態宣言の発出により日本人の宿泊利用も激減、2020年4月には稼働率が10.4%まで落ち込み、大半の店舗が一時閉店となった。

図9-6-2 東急ホテルズの店舗総収入・稼働率推移(2019年度~2020年度)
出典:IR資料「2020年度決算実績および2021年度業績予想 概況資料」(2021年5月13日)

感染拡大の収束がなかなか見込めないことに加えて、東京オリンピック・パラリンピックの1年延期決定により需要予測の前提自体が大きく崩れて東急ホテルズは資金繰りが悪化、当社から緊急融資をして急場をしのいだ。また2020年4月から、国や東京都による感染症拡大防止対策にも協力した。厚生労働省からの要請を受けて、東京ベイ東急ホテルを、海外から帰国した際に成田空港でPCR検査を受け、その結果を待つ人のための一時的な待機宿泊施設として提供したほか、東京虎ノ門東急REIホテルを無症状・軽症感染者の宿泊療養施設として東京都に提供、のちに吉祥寺東急REIホテルも追加した。

東急ホテルズは2020年度、2021年度の2期合計で、過去に例をみない367億円という巨額の営業赤字を計上した。

こうしたなかで東急ホテルズでは2020年9月から構造改革に着手。人件費の削減や一部店舗の料飲部門の東急ホテルパートナーズ(同社100%子会社)への委託化、マルチタスク化などのオペレーションの見直しなど、徹底した固定費の削減と収益性の向上に取り組んだ。また、不採算店舗で建物賃貸借契約の期間が満了を迎えた大森、鹿児島、名古屋栄の東急REIホテル3店舗を撤退、当社からの賃借物件2か所(ザ・キャピトルホテル 東急、セルリアンタワー東急ホテル)の固定費削減を図るため当社側から東急ホテルズに運営委託する形に変更、そのほかの当社からの賃借物件については賃料の固定・最低保証型から売上歩合型へ変更し、第三者オーナーからの賃借物件については、変動型賃料への契約変更交渉を進めた。また店舗網の再整理として、今後の出店は運営受託(MC)方式を主軸とした環境変動に左右されにくい柔軟な契約形態を取ることとし、施設の老朽化など、課題を抱える店舗は賃貸借契約期間満了で撤退を検討し、新陳代謝を進めていく方針を引き続き進めるとした。

この方針の下、2022年4月にフランチャイズ形式の米沢エクセルホテル東急(客室数62室)、同年10月に第三者オーナーからの変動型賃借による吉祥寺エクセルホテル東急(同99室)が開業した。2023年5月に開業予定の東急歌舞伎町タワー内の2ホテルも当社子会社が経営するMC方式にて東急ホテルズが運営受託すると共に、かつて当社が展開していたパン パシフィック ホテルズ グループと東急ホテルズがソフトブランド契約を締結。両社の持つノウハウとパン パシフィック ホテルズ グループのブランド力を活かすこととした。

こうして東急グループにおける「ホテル」の存在価値は維持しながらホテル運営事業の再成長をめざしつつも、事業環境の下振れリスクに耐え得る事業体制の構築をめざすこととした。

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