第9章 第2節 第2項 「安全・安心」で快適な東急線の確立をめざして

9-2-2-1 東急線全駅でホームドア・センサー付固定式ホーム柵を設置

当社は2015(平成27)年1月、2020(令和2)年を目標に東横線・田園都市線・大井町線の全64駅にホームドアを設置することを決定した。ホームドアはホームからの転落事故や、ホームでの列車との接触事故を防ぐ効果がある。東急線で発生する輸送障害の約8割は列車との接触が原因となっており、ホームドアの設置が鉄道の安定運行には欠かせないと判断したからである。

2017年5月には、整備終了時期を2019年度末に前倒しすることを決定し、2020年3月に全64駅に設置を完了した。目黒線・池上線・東急多摩川線にはすでにホームドア・センサー付固定式ホーム柵を設置しており、これにより、東急線全駅(世田谷線・こどもの国線を除く)での設置となった。設置率100%を達成したのは、大手民鉄では初めてである。

大井町線等々力駅のホームドア設置完了で、設置率100%を達成した

ホームドア設置にあたっては、さまざまな対応や工夫を要した。田園都市線では4ドア車と6ドア車が混在し、ドア位置が一律ではないという課題があったが、6ドア車46両を、2017年度中に4ドア車に置き換えた。

設置工事の工期短縮と工費縮減を図るための策も施した。夜間の回送列車にホームドアを積み込んで一括運搬し、列車から下ろしてその場ですぐに施工できるようにした。また、既設の擁壁を活用して補強する工法を一部で採用した。目黒線、東横線、大井町線においては車両側のドア開閉操作がホームドアの開閉に連動する情報伝送装置を導入することができたが、田園都市線は、同様の仕組みにするには新たな車両改修が必要なため、ホーム上の列車検知センサーを活用した新たなホームドア開扉システムを開発した。

ホームドアを夜間の回送列車で運搬した

ホームからの転落事故は2014年度に131件、2015年度に100件発生していたが、ホームドア整備の進捗により着実に減少していき、2019年度に10件、2020年度には5件と急減した。またホームドア完備により、2019年度から2021年度において運転事故発生件数(列車走行百万キロあたり)が大手民鉄16社のなかで最少となった。

図9-2-3 ホーム転落件数とホームドア等設置駅割合の推移
出典:東急電鉄『安全報告書2022』

9-2-2-2 田園都市線の混雑緩和に向けて

田園都市線の混雑率緩和を目的とした、別線線増方式(大井町線の溝の口駅までの延伸)による複々線化は2009(平成21)年6月に完了し、混雑率は2007年度198%から、2011年度181%へと改善が見られた。だがその後も田園都市線沿線の人口増と、あざみ野駅で接続する横浜市営地下鉄3号線(ブルーライン)沿線の港北ニュータウンの人口増は続き、2014年度に混雑率が185%まで上昇し、混雑とそれに伴う運行遅延は依然として大きな課題であった。

図9-2-4 田園都市線・東横線の混雑率・輸送人員の推移(2000年度~2019年度)
注:社内資料などをもとに作成

運行遅延はいくつかの要因が複合して起こるが、ポイントごとに見ると、溝の口駅はJR南武線(武蔵溝ノ口駅)との乗り換えが多いため、乗降時の混雑で遅延が発生しやすい。溝の口駅以西(鷺沼方面)は都心に向かう代替ルートが確保しにくいという難点があった。渋谷駅は乗降人員に対して施設容量が小さく停車時分の超過が慢性化していた。こうしたなか、公共交通の遅延に対する生活者の視線は年々厳しさを増しており、慢性化している田園都市線の遅延については「東急お客さまセンター」にも多くの苦情が寄せられた。当社では沿線価値を揺るがしかねない事態と受け止め、経営会議などの場で抜本的な対策について中長期的な視点で検討が行われた。

早急にとるべきソフト面の対策として、朝間の乗車時間帯の分散を促進することとした。いわゆるオフピーク通勤、時差Bizの普及拡大である。朝の乗車時間の前倒しを促す施策として、2009年から「田園都市線早起き応援キャンペーン」を実施し、所定の時間帯に自動改札機にICカードをタッチした乗客にTOKYU POINTなどの特典を付与した。節電要請もあり朝方勤務・時差出勤への社会的要請が高まると共に、ワーク・ライフ・バランスが浸透し始めるなか、2017年から実施した「グッチョイモーニング」は、東急線アプリの登録者が朝7時30分までに東横線・田園都市線渋谷駅を通過するとクーポンを配信するものであった。

このほか、2017年4月のダイヤ改正で田園都市線朝間ラッシュ時前の急行を増発。働く場所が選べる取り組みとして、当社のサテライトシェアオフィス「NewWork」事業とも連携し、朝の時間帯における利用を無料とする施策も行った。

また、東急バスと連携し、池尻大橋~渋谷間を含む電車定期券を持つ乗客を対象に、国道246号線を走る渋谷駅行きの東急バスへの乗車も選択できる「『バスも!』キャンペーン」を2016年7月から実施した(2020<令和2>年9月に終了)。オフピーク通勤の普及拡大を実効的に推進するため、当社として渋谷駅周辺の企業を個別に訪問して協力を呼びかけるなど、地道な取り組みも進めた。

こうした施策は東京都など行政によるオフピーク通勤の呼びかけとも通じるものである。当社は2017年7月に、朝6時台に田園都市線を走行する臨時特急列車「時差Bizライナー」を運行(田園都市線内の途中停車駅は長津田、あざみ野、溝の口)。2018年、2019年の夏季にも実施した(東横線でも「時差Biz特急」を運行)。こうした「時差Bizライナー」や「グッチョイモーニング」の拡充などを通じて、鉄道利用者へオフピーク乗車の普及促進を継続して図ってきたこと、従業員向けにも柔軟な働き方の選択肢を用意していることなどが評価され、2019年11月には東京都の「スムーズビズ推進大賞」を受賞した。東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催を控えた2020年にも、総務省や東京都が呼びかけたテレワークの一斉実施などの施策と連携した。

  • 田園都市線臨時特急列車「時差Bizライナー」
  • 東京都「スムーズビズ推進大賞」を受賞
    出典:ニュースレター(2019年11月26日)

田園都市線と複々線区間を共有する大井町線では、6020系車両の営業運転開始に合わせ、2018年3月より急行列車を6両編成から7両編成に順次変更、ダイヤ改正により急行運転本数を増やし、朝間ラッシュ時の混雑緩和を図った。

相互直通運転による鉄道ネットワークの広域化に伴い、いずれかで発生した遅延が、他の路線や東急線のダイヤに大きな影響を与えるケースも増えており、この点についても利用者から厳しい指摘を受けるようになった。このため相互直通運転を行っている各社と共に「運転整理のガイドライン」などを取り決め、影響が長時間に及ぶと見られる場合などは、相互直通運転中止も含めた柔軟な運転整理を行うこととした。

9-2-2-3 田園都市線の安全総点検を実施

混雑緩和に向けた多角的な取り組みを進めていたさなか、田園都市線で輸送障害が頻発した。2016(平成28)年度と2017年度は、施設・設備故障などに伴う当社の責任事故が各年度6件ずつ合計12件発生しており、その多くは田園都市線、なかでも旧新玉川線区間(渋谷〜二子玉川間)での発生であった。

新玉川線は1977(昭和52)年に開業した当社初の地下路線で、開業以来40年ほど経過しており、施設・設備の老朽化が懸念された。とりわけ2017年11月15日に田園都市線の地下区間、池尻大橋駅付近での電気系統のトラブルに起因して発生した輸送障害で、田園都市線は朝の通勤時間帯を含めて4時間超の運休となり、約12万人に影響した。

こうした事態を重く受け止め、当社は同年11月18日から12月23日にかけて、田園都市線の地下区間を皮切りに、地上区間も含めた安全総点検を実施。電気設備、土木施設、線路、車両を点検対象とした。その結果、緊急性の高い不具合箇所はなかったが、総点検で発見された電気設備のケーブル類における傷はすべて補修を行い、ケーブル類への漏水、埃や汚れなどの付着物については予防保全措置を実施した。

田園都市線で実施した安全総点検 地下区間における打音検査(2017年)

併せて、重要設備の点検方法や点検頻度について、地下区間の環境特性を踏まえた見直しを実施した。

さらに、万が一輸送障害が発生した際の影響を最小化するための対策として、駅要員配置の見直しや技術系事務所の新設で早期原因究明・早期復旧のための体制を整えたほか、利用者へのさまざまな案内強化を打ち出した。具体的には、朝間ラッシュ時に駅で迂回経路を案内する案内係の配置、近隣路線の駅までの徒歩ルートや近隣バス停の案内などを掲載したマップの配布や、他路線やバスを利用した迂回ルート図の配布とWEBサイトおよび東急線アプリへの掲載、そして東急線アプリや運行情報メールの情報配信頻度の向上である。

また、用賀〜二子玉川間では折り返し運転設備の増設工事を進め、2021(令和3)年5月に供用を開始した。これにより、輸送障害発生時にも支障区間を最小限に留め、運転区間を拡大するなど、従前より柔軟な運用が可能になった。

9-2-2-4 「安全・安心」のさらなる前進

当社はかねてから、「ホームドア」、「車内防犯カメラ」、「踏切障害物検知装置」の完備を目標に掲げ、これを安全にかかわる「3つの100%」と表現し、従業員の意識づけを図ると共に、車内や駅貼りのポスターなどで展開した。

この内、ホームドアについては既に述べたが、以下にこの時期の安全・安心に関する取り組みについて記述する。

〈車内防犯カメラの全車両導入〉

当社はテロ行為、つり革盗難など車内における犯罪行為の未然防止を目的に、2015(平成27)年3月から一部車両で車内防犯カメラの設置を開始し、2016年3月には全車両への防犯カメラ導入を進めることを発表した。

当初は1車両2か所端部に防犯カメラを設置し、カメラから記録媒体を抜き取って専用パソコンで記録映像を確認する方法であった。

その後、通信技術を用いてカメラ映像を送信し、遠隔地から記録映像を確認できる方法について検討。当社が協力し、株式会社MOYAIが同社の特許技術により開発した「IoTube」(4Gデータ通信機能を備えたLED蛍光灯一体型の防犯カメラ)」と、ソフトバンクの4Gデータ通信ネットワークを活用することとし、2019(令和元)年5月に大井町線で、同年9月に田園都市線でも試験導入を行った。

IoTubeの強度や映像の撮影角度、設置場所における電波強度などが確認できたため、当社所有の全車両(こどもの国線を除く)に導入することを決定。2020年7月に導入を完了した。IoTubeの活用により、遠隔地からでもほぼリアルタイムで映像を確認できるようになり、車両内トラブルなどに迅速に対応することが可能になった。

LED蛍光灯と一体となった車内防犯カメラ「IoTube」

〈踏切障害物検知装置の設置〉

田園都市線では1989年に踏切を全廃していたが、これ以外の路線では2022年度時点で合計135か所の踏切が残っている。

踏切は車両や歩行者の事故が発生しやすい場所であるため、軌道線を含めたすべての踏切に非常ボタン(現場に居合わせた人の操作により運転士に異常を知らせるボタン)を設置してきた。これに加えて、踏切で立ち往生している自動車などの障害物をレーザー光などで検知し、接近する列車の運転士に異常を知らせる障害物検知装置の設置を進め、東横線、目黒線、大井町線、池上線、東急多摩川線の、自動車の通行が可能な全踏切に2019年中に設置を完了した。そして、2021年7月に自動車通行禁止の踏切も含めた全135か所の踏切に、レーザー式または3D式の踏切障害物検知装置の設置率100%を完了した(世田谷線、こどもの国線を除く)。これと並行して2013年度からは、踏切全体を検知範囲とすることが可能な3D式踏切障害物検知装置の導入を進めており、2022年4月1日現在で95か所の踏切に設置している。

3D式踏切障害物検知装置の検知イメージ
出典:東急電鉄『安全報告書2022』

〈安全教育施設「安全共創館」の開設〉

東急電鉄は2021年12月、安全最優先で行動できる人材の育成と、安全を守る体制をさらに強化するため、安全教育施設「安全共創館」を開設した。同施設では、過去に経験した事故の再発・風化防止教育と、事故未然防止教育の二つを軸とした部門横断教育を通じて、「ヒト・組織の共創を通じて、一人ひとりが安全のレベルを高め、最善な行動ができる人材」を育成し、全従業員の安全意識のさらなる向上をめざすこととした。

安全共創館の施設内には、2014年2月に発生した「東横線元住吉駅列車衝突事故」の事故車両を保存展示している。事故の経験を風化させず、顧客や従業員自らの命を守ることの大切さ、鉄道事業者としての責任の重大さをあらためて認識し、安全対策などの根底を学ぶ場としている。

安全教育施設「安全共創館」
「安全共創館」での学習フロー
注:東急電鉄『安全報告書2022』をもとに作成

〈安全方針の改定〉

東急電鉄は「安全共創館」の開設に併せ、2021年12月に「安全方針」の改定を行った。2006年の鉄道事業法改正に伴い公表が義務付けられたものであるが、安全方針制定後、東日本大震災や東横線列車衝突事故など重大な事故災害が発生していることから、自然災害も含め事故の風化防止やさらなる安全への取り組みとして15年ぶりに改定を行い、安全意識のさらなる醸成に努めている。

改定された安全方針と安全重点施策
出典:東急電鉄『安全報告書2022』

〈大規模地震や気候変動に伴う災害への備え〉

近い将来、首都直下地震や南海トラフ沖地震が発生する可能性が示唆されるなか、国土交通省の省令に基づき、耐震補強の優先度が高い柱の耐震補強を進め、2021年度中にこれらの工事を完了させた。

また近年では、気候変動の影響と見られる集中豪雨や大規模な台風の発生も続いている。2019年10月の台風19号の接近にあたっては、全路線で計画運休を実施。タイムラインを定め、ホームページや東急線アプリなどを通じた情報発信に努めた。過去にはなかったような局地的で短時間の大雨に見舞われるケースもあるため、大雨の際に線路内に土砂が流れ込まないよう、線路脇の斜面(法面)をコンクリートなどで補強する工事を進めたほか、屋外の排気口から地下施設への浸水を防ぐため、排気口の高さをかさ上げする工事に着手。機器室の出入口には浸水を防ぐ防水扉を設置した。

高架橋の耐震工事前後の様子(左:工事前、右:工事後)
出典:東急電鉄『安全報告書 2022』

9-2-2-5 高次元の安全確保に向けてデジタル技術の活用に挑戦

「安全・安心」の向上に向けたさまざまな取り組みにより、その成果は着実に現れた。その一例を示すと、国土交通省鉄道局が2020(令和2)年10月および12月に公表した「鉄軌道輸送の安全に関わる情報(令和元年度)」において、東急線の「列車走行キロあたりの運転事故件数」が、JR在来線7社および大手民鉄16社のなかで最少(列車走行百万キロあたり0.151件)となり、また「30分以上の遅延の原因となる輸送障害件数(原因が東急電鉄の事象)」は唯一の0件であった。

鉄軌道の軌道や電気、構造物の保守については、グループ会社の東急軌道工業や東急テクノシステムをはじめ、各分野を専門とする技術者による点検・整備・交換などを行っている。

2012(平成24)年4月に更新・導入された総合検測車「TOQ i(トークアイ)」は高速軌道検測車や電気検測車を連結した3両編成で構成されており、通常の列車と同じ速度で走行しながら、線路や電気設備(架線、信号、無線など)の状態を測定し、補修が必要な箇所を発見する車両である。導入にあたり営業線も含めた車両として初めて公募で愛称を募集し、1713件の応募があった。そのなかから「TOQ」という東急線に親和性のあるワードと、「i」はinspect(点検する・検査する)の頭文字を「eye」「愛」ともかけたものであり、幅広い年代のお客さまに呼びやすく、親しみを持っていただける「TOQ i」を選定。撮影会の実施、記念乗車券発売といった保守用車両のデビューとして今までにない取り組みを行った。

総合検測車「TOQ i(トークアイ)」

なお、2022年には後述の「令和3年度 課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」として東急電鉄、SCSK、住友商事の3社により、「TOQ i」に高精細4Kカメラを搭載して路内設備の状況を撮影。映像をAIで解析することで、従来目視で行っていた線路巡視業務の効率化・高度化をめざす実証実験も行われた。

軌道関係では、レールに超音波を当てて、外見からではわからないレール内部に存在する傷を探し出し、レール折損などの事故を未然に防ぐ「レール探傷車」や、レールと枕木を支える砂利のつき固めを行うことで軌道を整正し、列車の揺れを減少させる「マルチプルタイタンパ」などが活躍している。

2023年に更新される「レール探傷車」 社員が描いたデザインが採用された

電気については、終電後から始発前までの限られた時間内に作業ができるよう、道路と線路の両方を走れる特殊な作業車である軌陸車(架線整備車)で、電気設備のメンテナンスを行っている。

軌陸車

さらなる高次元の「安全・安心」を追求するため、直近では、AI(人工知能)やIoTなどの先端技術を活用した実証実験を進めてきた。

まず2021年度に、首都高速などで実用化されている道路維持管理システム「インフラドクター」を鉄道の維持管理に応用した鉄道保守管理システム「鉄道版インフラドクター」を導入した。「インフラドクター」を共同開発した首都高技術、朝日航洋、エリジオンの3社が当社と、鉄道施設の保守点検および管理作業の精度向上と効率化を目的に開発を進めてきた技術で、レーザースキャナによる3次元点群データと高解像度カメラによる画像データを取得、これを解析することにより、東急線全線(世田谷線、こどもの国線を除く)における建築限界検査、およびトンネルの特別全般検査を行う。

2020年6月に伊豆急行線のトンネル検査で実用化がなされ、東急電鉄では2021年9月から各路線で「鉄道版インフラドクター」の運用を開始した。これまで終電後夜間の技術者による目視や計測に頼ってきた作業を機械に置き換えることにより、固定費の削減が図られるほか、得られたデータの多方面での活用が期待されている。

鉄道保守管理システム「鉄道版インフラドクター」計測車両

また、住友商事、富士通、東急電鉄の3社により、ローカル5Gを活用した線路の異常検知および運転支援業務の高度化に関する実証実験を、2021年12月から2022年3月まで、自由が丘駅で実施した。この実証実験は総務省の「令和3年度 課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に選定されたものである。

近年、日本の鉄道業界では、少子高齢化に伴う人手不足や熟練技術者の減少が進んでおり、作業現場における自動化や省力化、安全性向上などに必要なインフラとして、ローカル5Gの活用が期待されている。具体的な実証実験の内容は、列車や駅のホームに設置した高精細4Kカメラで撮影した映像をローカル5Gで伝送してAIで解析し、目視で行っていた線路巡視業務および車両ドア閉扉合図業務の効率化・高度化をめざすものである。

なお住友商事と当社は2020年1月から渋谷で5G基地局シェアリング事業の実証実験を進めてきた経緯があり、この成果を踏まえて、住友商事と当社の共同出資(住友商事80%、当社20%)により、携帯通信事業者向けに5Gを中心とした基地局シェアリングサービスを提供するSharing Design株式会社を2021年2月に設立。東急電鉄は同社を通じて東急線各駅に基地局の設置を行う計画である。

9-2-2-6 コロナ禍を踏まえた「新・中期事業戦略」の策定

新型コロナウイルス感染症の拡大は、分社化したばかりの東急電鉄に大きな打撃を与えた。とくに最初の緊急事態宣言が発出された2020(令和2)年4月から5月にかけては、「不要不急の外出自粛」や「テレワークの奨励」が呼びかけられた影響で、輸送人員が対前年度比で約51%の減少となり、とくに定期外の輸送人員は4月に69.4%減まで落ち込み、田園都市線のラッシュ時間帯でも着席可能な状況となっていた。その結果、2020年度は、対前年度比で輸送人員が32.1%減、運賃収入は30.9%減となり、東急電鉄や東急バスをはじめとした交通事業セグメントで260億円の連結営業赤字となった。

輸送人員が著しく減少する局面においても、感染拡大を防止しながら通常運行の継続が社会から求められるなかで、2020年2月には社内に鉄道事業本部長直轄のコロナウイルス対策会議を、緊急事態宣言が発出された4月以降は社長直轄の危機管理対策本部を設置。日々変化する状況や社会からの要請を捉えた対策を実行した。

感染症の拡大を防ぎ、安心して利用できる環境を継続するため、緊急事態宣言期間中、駅では券売機や自動改札機、改札カウンター、自動扉の開閉ボタンなど手が触れる場所を消毒液で清掃。車内では1車両あたり4か所で窓開けによる換気を行い、ドアや握り棒、つり革などを消毒液で清掃、空調フィルターの洗浄頻度も高め、すべての所有車両で抗菌・抗ウイルスコーティングを実施した。

また従業員に罹患が拡大した場合にも運行を継続できるよう新型コロナウイルス感染症にかかわるBCP(事業継続計画)を構築し、実際に罹患が拡大した際にはこれに基づき、他職場からの応援要員を速やかに配置するなど準備を進めた。現に2022年7月下旬から8月上旬にかけて長津田電車区でコロナ罹患者が急増、元住吉電車区からの応援により、通常運行を維持した。

東急電鉄における新型コロナウイルス感染予防のための主な取り組み
注:東急電鉄『安全報告書2022』をもとに作成

運賃収入が著しく落ち込み回復が見通せない危機的な状況下で事業継続を果たすため、経営の立て直しが急務であった。短期的なキャッシュ流出抑制のため、輸送人員減少により削減可能な業務の中止や、設備投資では全投資案件に優先順位を設定して安全確保上必須な投資に絞り込み2020年度当初予算540億円を250億円にまで削減するなど、暫定的な予算を設定、日々の輸送動向変化を注視しながら柔軟に見直す体制とした。

中期的には、輸送人員が元には戻らないとの前提で、安全やサービス水準を維持しながら固定費を削減する計画の具体化を進めた。一例として終電繰り上げと保有車両編成数の削減がある。コロナ禍によりとくに深夜時間帯のお客さまの数が激減した状況を捉えて、終電繰り上げを計画し、関係自治体、商店会などからも理解を得たうえで、2021年4月のダイヤ改正にて実施し、夜間業務の効率化にも寄与するなど効果を発揮した。深夜時間帯以外でも混雑など利便性の低下を招かない範囲で減便を行い、必要な車両編成数を従来よりも削減することとし、車両製造メーカーの協力の下で新造計画を変更した。

こうした取り組みをワンマン運転の拡大なども含めて2020年11月に「事業構造変革」として取りまとめて社外に公表し、ポストコロナにおける新しい生活様式にあった鉄道サービスをサステナブルにお客さまに提供することを示した。社内に対しても、短期的には痛みを伴うが中長期的には必須であるとして説明を重ねながら、不退転の覚悟の下で推進した。

2021年5月には、当社の「中期3か年経営計画」に基づき、東急電鉄としてコロナ禍を踏まえた「新・中期事業戦略“3つの変革・4つの価値”」を策定。「安全確保を前提に事業基盤の強靱化に向けた事業構造変革の完遂」と「アフターコロナに即した社会的価値の持続的提供」を基本方針とした。

図9-2-5 東急電鉄の新・中期事業戦略における「3つの変革」「4つの価値」
出典:東急電鉄ニュースリリース(2021年5月14日)

一つ目の方針「安全確保を前提に事業基盤の強靱化に向けた事業構造変革の完遂」については、感染症拡大以前の需要への回復が見込めないなかで事業継続を果たすために、「運行・駅サービス体系の変革」「テクノロジーを活用したオペレーションの変革」「旧来からの慣習にとらわれない社内諸制度・ルールの変革」の3つの変革断行を掲げた。これらにより、安全やサービス水準の維持を前提に、固定費の削減による損益分岐点の低下を進め、早期に黒字体質への転換を図ることをめざした。

二つ目の方針「アフターコロナに即した社会的価値の持続的提供」は、新しい生活様式に対応しながら、「安全・安心・環境のさらなる追求」「ユニバーサルなサービスの進化」「都市交通における快適性の向上と課題の解決」「人、街、暮らしをつなげるプラットフォーム」の4つの価値を提供し、公共交通としての役割を果たし続けることを示した。

これらにより、通勤を中心としたライフスタイルを支えるサービスから、あらゆる人々の多様なライフスタイルを支えるサービスに進化しながら、大手民鉄トップの安全性、お客さま満足度、生産性を、それぞれ実現していくことをめざした。

2021年度に入って輸送人員の回復傾向が見られたものの、同年度の連結決算では、交通事業セグメントが39億円の営業赤字となった。とりわけ東急線では主たる運賃収入を構成する通勤定期利用が、テレワークなどの新しい生活様式の定着により他社に比較して減少幅が大きく、今後もコロナ前の需要水準には戻らないと想定されている。

東急電鉄は、前述のホームドア・センサー付固定式ホーム柵の完備をはじめとした安全にかかわる「3つの100%」を達成し、業界水準を大きく上回る取り組みとその投資をしてきた。こうしたなかにあってもさらに安全で安定的な輸送を支える高水準な鉄軌道インフラを適切に維持・更新し、社会に必要とされる価値を今後も提供していくため、同社は2022年1月に17年ぶり(消費税率変更によるものを除く)の鉄軌道旅客運賃の改定を申請。同年4月に認可され、2023年3月から新運賃を適用することとなった。コロナ禍での申請は、大手鉄道会社のなかで最初であった。

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