第8章 第4節 第4項 街区・地区ごとに進捗する開発プロジェクト

8-4-4-1 「エンタテイメントシティしぶや(SHIBUYA)」を掲げて

当社は渋谷開発に取り組むなかで、ハード面だけでなくソフトウェア面も含めた構想を主体的に描き、行政や関係事業者、地元関係者などと価値観の共有を図りながら、構想そのものについても適宜バージョンアップを行ってきた。

2005(平成17)年には「Shibuya Culture Platform(渋谷カルチャープラットフォーム)構想」を打ち出した。21世紀の渋谷像を「世界中から人が集まり、心が集まり、文化を創造する街」とし、文化を切り口に渋谷の魅力を最大化することで活性化を図るという趣旨であった。

図8-4-12 渋谷カルチャープラットフォーム構想の概念図
出典:社内資料

その後、当社は2012年3月発表の「中期3か年経営計画」のなかで「10年後のビジョン(2022年にありたい姿)」の一つに「日本一訪れたい街 渋谷」を挙げ、渋谷のビジョンを「エンタテイメントシティしぶや」(のちに〈エンタテイメントシティSHIBUYA〉となる)とした。ここでいうエンタテイメントとは、ショービジネスのような狭義の意味ではなく、語源である「もてなす」や「歓待する」などの意味も包含している。「中期3か年経営計画」では、渋谷の姿を次のように示した。

渋谷には、多様性、寛容性、先端的な文化性、そして世界に向けた情報発信力がもたらす、カッコ良さや楽しさ、ワクワク感が常にあり、それが他の街にはない魅力となっている。10年後の渋谷は、日本や世界の高感度な若者から大人、ビジネスチャンスを見出そうとする世界中のビジネスマンや企業が、日本の中で最も訪れたいと思う、エンタテイメントシティ(感性集約産業の集積地)になっている

「エンタテイメントシティしぶや」のビジョンを掲げるに至った背景には、経営企画部門での検討段階から、2004年に発足した渋谷戦略推進室において、また東急総合研究所とも連携しながら、「渋谷の競争優位性」を徹底的に調べ上げてきた経緯がある。当時は渋谷駅周辺が「都市再生緊急整備地域」に指定される直前の時期で、先行して指定された他の地域の開発計画を研究し、これら他地域と比較して都市の魅力づけにおいて渋谷が優位に立てるのは何かを探ってきた。その結果、映画館やライブハウスの数が日本一多く、音楽や映像、ファッション、ゲームなどクリエイティブ・コンテンツを生み出す施設や企業が多いこと、その表現の場として渋谷が頻繁に選ばれていること、新興のIT系企業が多いことなど、渋谷の街の特徴がいくつも浮かび上がった。また増加傾向が目立ち始めた訪日外国人の「来街率」でも上位にあることが判明した。

こうした渋谷の特徴を活かし、日本中そして世界中から新しい発見や出会いを求めて集まる街、ここから新しい創造性を発信したくなる街をめざし、そのための仕掛けを今後の渋谷駅周辺の各街区の開発にも盛り込んでいくことを、「エンタテイメントシティしぶや」というビジョンで示したのである。

8-4-4-2 [コラム]「TOKYU OOH」など広告・メディア事業の展開

渋谷の開発の進捗と訪日外国人の増加で来街者が大きく増え、渋谷の価値が国際的にも高まることを見据え、渋谷を中心とした広告事業の展開や前述の「エンタテイメントしぶや(SHIBUYA)」を具現化する取り組みも進めていった。

広告事業では、渋谷の屋外広告や交通広告といったOOH(アウト・オブ・ホーム)メディアを強化すべく、2007(平成19)年度からこれまで所有者個々で扱っていた東急グループ各社の渋谷駅周辺の広告媒体を一元化した。運営統括を当社が、東急エージェンシーが販売・管理する形として、渋谷駅周辺で最大5か所(開始当時)の壁面媒体で同一広告を掲出することが可能となった。2008年からは東急線の電車や東急バスの広告とも連動できるようにし、「TOKYU OOH」のブランド名で渋谷と東急沿線の街の魅力を活かす広告事業を行った。現在ではスクランブル交差点周囲のQ FRONTビジョン「Q’S EYE(キューズアイ)」など5面の大型ビジョンでのシンクロ放映が可能となったほか、電車内・駅構内・商業施設などでのデジタルサイネージも含め多種多様な媒体を提供することで街の情報・魅力発信を続けている。

スクランブル交差点の周囲で5面シンクロ放映が可能なビジョン(赤丸)
出典:ニュースリリース(2018年12月20日)

また、2015年には既存の交通広告取扱会社の商号を変更する形で東急メディア・コミュニケーションズを発足させた。同社は渋谷に特化した施策を実施し、「渋谷ファッションウイーク」をはじめ、渋谷フレンチフェスティバルや観光プロモーション企画などを当社などと連携しながら行っているほか、東京カルチャーカルチャーやデイリーポータルZの企画・運営事業などにも進出している。

8-4-4-3 「渋谷宮下町計画」の開発推進

渋谷では、宮下町でもプロジェクトが動き出した。これは、東京都有地を活用して周辺の開発の誘発を図る「都市再生ステップアップ・プロジェクト(渋谷地区)」の第1弾事業である「宮下町アパート跡地事業」で、東京都が所有する敷地(約5020㎡)に複合施設を整備し、渋谷の特性を活かしながら、「多様な都心居住の促進」「多様な文化やファッション産業などの拠点形成」「渋谷・青山・原宿を結ぶ人の流れの創出」の実現を企図したものである。

図8-4-13 渋谷地区ステップアップ・ガイドラインの対象範囲と宮下町アパート跡地(計画敷地)
出典:東京都都市整備局資料

東京都が同事業の事業者募集を行い、当社は代表企業としてコンソーシアムを組成し、応募。クリエイターの活動拠点となるシェアオフィス、ホール、住宅、商業などの複合的な機能を有した、産業の活性化を先導する施設を提案し、2012(平成24)年3月に事業予定者に選定された。公募条件であった既存アパートの並存店舗借地権者などとの権利調整を終えたのち、当社を含む4社の共同出資で、事業主体となる渋谷宮下町リアルティを設立。同社が東京都と70年の定期借地契約を締結し、事業を推進した。事業推進にあたり、複合用途とし、施設計画では広場や駐車場などを設けるなど、東京都からの要求水準に応え、信頼を獲得したことを追記しておく。これが「渋谷宮下町計画」で、のちに「渋谷キャスト」として開業する。

8-4-4-4 「渋谷駅街区」の開発推進

「渋谷駅街区」は、「都市再生緊急整備地域」に指定された渋谷駅周辺139haの中心にあり、鉄道やバスのターミナルが集積、多数の来街者がさまざまな目的で訪れる渋谷の正面玄関かつ中枢にあたる街区である。前述のように渋谷駅街区土地区画整理事業が認可され、2010(平成22)年12月に仮換地指定が行われて、新しい駅ビルの建設用地が定まり、当社はJR東日本、東京メトロと共同ビル開発事業の実施に向けた協議を本格化させた。

2013年1月に「渋谷駅地区 駅街区開発計画」の名称で、「都市再生特別地区」の都市計画提案を行い、同年6月に都市計画決定された。これにより、特区制度に基づく容積緩和を踏まえた最終的な容積率は1560%となった。これが、のちに「渋谷スクランブルスクエア」となる施設である。

営業が終了した東急百貨店東館と渋谷駅東口(2013年)

8-4-4-5 「渋谷駅南街区」の開発推進

「渋谷駅南街区」は、国道246号と首都高速3号渋谷線を挟んで渋谷駅街区の南側に位置し、東京メトロ副都心線との相互直通運転開始により役目を終える東横線旧渋谷駅ホームおよび線路跡地を活用して再開発を行う街区である。当初は、当社所有の鉄道用地を種地とする開発が想定され、渋谷区の上位計画でも「東横線跡地街区」と呼称していたが、鉄道用地ならではの細長い敷地形状のままでは開発上の制約が大きい点が課題であった。

開発前の渋谷駅南街区敷地と渋谷川

こうしたなか、渋谷川沿い区域の地権者からは、共同事業化の希望や、地区内移転の希望などがあった。これらの地権者と当社を組合員とする土地区画整理事業の施行により、開発敷地の整序を行うと共に、等価交換方式による共同建替事業を行うこととなった。「渋谷駅南街区プロジェクト」のスタートである。

渋谷駅南街区の一帯は、これまでは国道246号などで分断された渋谷駅の裏手にあたり、センター街、公園通りといった駅北西側のにぎわいとは対照的なエリアとも見られていた。同プロジェクトの推進にあたっては、渋谷駅街区などと連携した開発により渋谷駅周辺地区としての一体的なにぎわいを創出することを計画。2013(平成25)年1月に渋谷駅街区や道玄坂一丁目駅前地区(後述)と同時に「都市再生特別地区」の都市計画提案を行い、同年6月、東京都において都市計画決定がなされた。これが、のちに「渋谷ストリーム」となる施設である。

図8-4-14_都市再生特別地区として都市計画決定された3街区(2013年)
出典:ニュースリリース(2013年6月17日)

渋谷開発においては東急不動産も、東京都や渋谷区の上位計画の下で地元と連携しながら、渋谷駅中心地区の「道玄坂一丁目駅前地区(のちに渋谷フクラス)」と「渋谷駅桜丘口地区(のちにShibuya Sakura Stage)」、そして同地区外の「南平台プロジェクト(のちに渋谷ソラスタ)」に参画、推進した。これらについて第9章でまとめて記述する。

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