第8章 第3節 第7項 沿線の多様なニーズに応える不動産メニューの拡充

8-3-7-1 シニア住宅「東急ウェリナ」の展開

2005(平成17)年国勢調査の速報値公表で、同年10月現在の推計人口が対前年同月比で減少したことが伝えられ、「人口減少社会の到来」が広く印象づけられた。東急線沿線では2035年ごろまで人口が増加し続けると予想されていたものの、生産年齢人口は2030年度から減少に転じ、65歳以上のシニア層は2005年度から30年間で倍増すると推計されていた。

図8-3-8 日本の総人口の人口増減数および人口増減率の推移(1950年~2021年)
出典:総務省統計局資料

こうした将来的な人口動態の変化を見通したうえで、当社は2008年4月発表の「中期3か年経営計画」において、基本戦略として「人口の質的・量的変化を先取りした事業展開」とし、2007年12月には開発事業本部内に沿線エリアの特性に応じた新規事業の実施体制強化のため事業推進部を設置し、このなかで、増加するシニア層をターゲットとした事業の検討を始めていたが、その結果を踏まえて、2008年4月に同事業本部内にシニア事業部が誕生した。

同事業部では、加齢に伴う不安を抱えがちなシニア層が老後も安心して上質な生活を維持することができるシニア住宅事業に参入することとし、その第1号施設を大岡山駅前の旧東急病院跡地(大田区北千束)に建設することを決定した。シニア住宅は夫婦二人暮らしや一人暮らしのシニア層の「住みかえ」を想定したもので、単純な分譲ではなく、料金を一括前払いするか、月々支払うかの二つとした。

建設地は東急病院や健康管理センター、社員寮である大岡山清和寮が建ち並んでいた一帯で、敷地面積は約1万㎡。建物は地上8階地下1階建て、総戸数165戸、この内111戸を自立度の高いシニア向けの一般居室(1LDK〜2LDK)に、54戸を介護居室(ワンルーム)とした。共用部として、緑豊かな水辺を散歩できる庭園、庭園に面したダイニングとラウンジ、大浴場、エステサロン、マッサージルーム、多目的に利用できる和室やホールなど、暮らしを豊かに彩る施設を設けた。施設名は「東急ウェリナ大岡山」で、ウェリナ(Welina)はハワイ語で「愛を込めて」を意味する。

高品質な暮らしを望む高齢者のニーズに対して、高級有料老人ホームの先例はあったが、温泉療養地など都心から離れた立地も多く、健康面において自立度が高く行動的なシニア層にとっては、外出に不便で、家族や友人が気軽に訪問しにくいなどの難点があった。東急グループでは、東急不動産と同社子会社の東急イーライフデザインが2004年より高級老人ホーム「グランクレール」を展開していたが、東急ウェリナ大岡山は駅に近接しており、目黒線や大井町線などで都心に出るにも便利な立地で、奥沢や田園調布といった成熟した住宅地に隣接することなどもセールスポイントであった。

東急ウェリナ大岡山の開業は2010年9月で、事業主体として当社100%出資により2008年5月に設立した東急ウェルネスが経営にあたった。

東急ウェリナ大岡山

8-3-7-2 賃貸住宅「スタイリオ」シリーズの展開

当社ではさまざまな住宅商品を開発してきたが、折々の課題やニーズの変化に対応しながら住宅商品の品揃えを随時見直し、充実させてきた。その一つが賃貸住宅分野である。

東急線沿線への「住みかえ」を促すべく、賃貸住宅の新ブランドとして「スタイリオ」を立ち上げ2009(平成21)年2月に公表、直営賃貸住宅事業の展開を開始した。第1号物件となった「スタイリオ山下公園ザ・タワー」は、みなとみらい線元町・中華街駅の最寄りにある物件を取得したものであった。商業施設に偏りがちであった賃貸先の多様化を図ると同時に、不動産事業の軸足を販売から賃貸へ移す一助となった。

その後は、駅や商店街に近い利便性の高い立地にありながら敷地形状などの面で活用しにくく、これまで遊休資産となっていた社有地の活用に積極的に取り組み、2015年時点で「スタイリオ」シリーズは都区内と東横線の沿線を中心に合計20物件、賃貸戸数は約1000戸となった。

スタイリオ妙蓮寺

また2014年には多様な住まい方やライフスタイルに対応するため、一般的にはシェアハウスと呼ばれるコミュニティ型賃貸住宅「スタイリオウィズ」シリーズの展開を開始した。代官山では渋谷区が所有する旧職員住宅を当社が借り受け、一人親や子育てを応援したい人が一緒に暮らす「スタイリオウィズ代官山」をオープン。さらに第2弾として、東急ストアの旧社員寮(大田区上池台)をリノベーションした「食」をテーマにした「スタイリオウィズ上池台」をオープンした。

8-3-7-3 マンション「ドレッセ」シリーズの拡大とリノベーション住宅事業

住宅販売分野では、戸建住宅「ノイエ」を引き続き展開する一方で、とくにマンション販売に注力することとし、2002(平成14)年に立ち上げた分譲マンションの新ブランド「ドレッセ」を積極的に展開した。社有地が残り少なくなってきたため、第三者の土地を取得して建設するケースが多くなったことが特徴的で、大規模物件では業界他社との共同事業も相次いだ。また、非幹事会社(マイナー出資)として他社が主導する分譲マンションに参画することも進めた。

2008年9月のリーマンショックはマンション販売に暗い影を落とし、数年間は販売が低調に推移した。事態打開を図るべく、当社は東急グループ各社のさまざまなサービスを組み合わせた入居者向け総合生活支援サービス「ドレッセプレミアムデイズ」を取りまとめ、2011年秋以降の「ドレッセ」にこのサービスを導入、付加価値の維持に努めた。

また、戸建住宅の取得を希望する若年層家族を主たるターゲットとし、既設戸建住宅の建て替え・リノベーションを行って販売する注文住宅事業「ア・ラ・イエ」は、リノベーション住宅の先進的な取り組みとして関心を集めた。経済情勢の影響などもあり、物件仕入れが当初の見込みよりも進まない状況もあったが、世田谷区等々力のマンション一棟丸ごとリノベーションでは良好な実績を残した。

図8-3-9 「ア・ラ・イエ」による住み替え促進のイメージ
出典:ニュースリリース(2005年4月26日)

8-3-7-4 「住みかえ」「暮らしかえ」を支援するサービスの展開

当社は2010(平成22)年4月の業務組織改正で、「住みかえ」を軸とした住宅事業メニューの拡充、事業機会の創出、これらの業務にかかわる資産入れ替えを機動的に行うため、都市生活創造本部内にソリューション事業部(のちに都市開発事業本部住宅・ソリューション事業部)を新設し、傘下に住みかえ事業推進部を設けた。

同部は前述の「ア・ラ・イエ」を推進すると共に、とくに多摩田園都市の人口動態変化を見据えながら、沿線価値の向上につながる「住みかえ」「暮らしかえ」の促進を担った。

主たる事業としたのが、前身の開発事業本部コンサルティング事業部で2009年9月に開始した「住まいと暮らしのコンシェルジュ」である。不動産事業にかかわるコンサルティング事業を行う組織として、地元の地権者を対象とする「不動産活用センター」があるが、「住まいと暮らしのコンシェルジュ」は多摩田園都市の居住者に限らず、東急線沿線で「住みかえ」を考える方の住まいや暮らしに関する相談に幅広く対応する窓口として設置したものである。具体的には、不動産の購入・売却、建て替え、リフォーム、資金計画、相続・贈与などに関する相談に対応し、適切なパートナーを紹介するもので、相談者からは利用料はいただかず、成約時にパートナー企業から手数料を収受するというビジネスモデルである。東急グループの商品・サービスだけを勧めるのではなく、顧客の悩みに寄り添ってライフプランへのアドバイスや最適な商品の提案を行い、気持ちよく沿線に定住してもらうところに主眼を置いていた。提携先は東急グループ内外の企業で、2014年時点で約130社に及んだ。

「住まいと暮らしのコンシェルジュ」第1号店は武蔵小杉に開設し、2015年時点で目黒、たまプラーザ、鷺沼、二子玉川を加えた5店体制とした。この内、たまプラーザ テラス店では横浜市と連携して「次世代郊外まちづくり」にかかわる住宅問題の解決に向けた取り組みを行った。

「住まいと暮らしのコンシェルジュ」たまプラーザ テラス店

また住みかえ事業推進部は、沿線住民のライフステージの変化や住みかえ・暮らしかえに伴う、家財道具などの収納需要に対応して、2011年2月からレンタル収納サービス「クラモ」を開始。店舗などへの賃貸には不向きな鉄道高架下空間の有効活用を意図したもので、鷺沼での開業を皮切りに、東急線沿線に展開するレンタルスペースの区画は2014年時点で1200区画を超えた。

レンタル収納サービス「クラモ鷺沼」の施設内

東急100年史トップへ