第8章 第3節 第5項 鉄道の大規模改良と沿線資産の活性化

8-3-5-1 鉄道資産の有効活用をめざして

1980年代から長年にわたって取り組んできた鉄道ネットワークの拡充は、東横線や田園都市線の複々線化工事の完了で一つの区切りを迎えた。これらの工事による地下化や高架化で生まれた駅上部や線路跡地、高架下空間などを資産として活用することが期待された。

駅や鉄道用地などの活用については、過去には鉄道事業の付帯事業と位置づけられ、駅構内の売店や軽食店も鉄道事業のいわば「副業」として始まった。だが多くの人が行き交う駅やその周辺の商業施設などは、沿線の街づくりと一体となった視点が不可欠である。2000(平成12)年4月に示した「東急グループ経営方針」で、成長戦略の具体的施策の一つとして、「駅機能の拡充」を掲げ、これの推進体制強化のために、2001年7月、流通事業部を新設した。駅資産の活用については、既存の駅構内営業や交通広告、賃貸事業などと共にこの部署で担当した。のちには組織改正によって、資産活用事業部商業部、ビル事業部商業部などが担った。

高架下は、祐天寺〜学芸大学駅付近に1971(昭和46)年に開業した東急ショッピングコリドールや一部の商業店舗などを除いては、駐輪場や倉庫などの暫定利用が多く、古くは住居として賃貸した時期もあった。薄暗いなどのマイナスイメージもある空間だが、とくに都心寄りの高架下では、線状の商業集積空間として新たな魅力を創出し、高架沿いの商店などと共に街のにぎわいを形成できる可能性があった。

リニューアル前の学芸大学駅高架下

また駅の大規模改良工事にあたっては、駅上部の高度利用を想定して、主要駅で人工地盤を構築した。初期の例としては東横線の菊名駅、池上線の雪が谷大塚駅などがあるが、それ以降も高度利用を構想した整備が行われた。

また乗客の往来が多い駅では、都市開発部門とリテール部門との連携により従来の商業施設展開を見直した。とくに駅売店については、かつては新聞や雑誌、煙草などが売れ筋であったが、若い世代を中心に乗客のニーズも多様化していることから、株式会社ローソンと当社で新業態の駅型コンビニエンスストア「LAWSON + toks(ローソンプラストークス)」を開発。2006年8月に長津田駅構内に出店したのを皮切りに店舗展開を進め、連結子会社の東急ステーションリテールサービスが運営を担った。そのほか東急グルメフロントによる飲食店や菓子店などのフランチャイズ展開も進め、駅構内の光景も大きく変貌した。

新業態「LAWSON+toks」第1号となった長津田店のエントランス(2006年)

この時期、商業施設運営におけるテナント管理では、これまで多くのテナントとの契約は、賃貸借の期限を設けない普通賃貸借契約が一般的であったが、商業施設の改装時のテナント入れ替えに柔軟性を持たせるため、新規契約の場合は定期借家契約を基本とし、またすでに普通賃貸借契約を結んでいる場合は、相手方の理解を得ながら定期借家契約への切り替えを進めるなどした。

8-3-5-2 武蔵小杉駅ビルと隣接地の一体開発

東横線・目黒線の武蔵小杉駅周辺では、駅東側に点在していた工場群の移転などが相次いだために面的な開発が可能になり、2000年代の半ば以降、大規模な再開発が進んだ。

2005(平成17)年に川崎市とJR東日本が、川崎市の請願駅として横須賀線の武蔵小杉駅を新設することを発表した。住居の都心回帰が進むなかにあって、品川駅まで約10分、東京駅まで約20分という利便性の高い立地が関心を集め、多くのタワーマンションが建設されることとなった。武蔵小杉駅周辺の開発は川崎市が主導していたが、元々が工場など、つまり広大な土地に対する地権者が1者ないしは数者ということもあり、エリアごとに異なる全国クラスの大手デベロッパーが個々に開発計画を進めるという状況が見られた。こうしたなかで当社は東横線・目黒線の武蔵小杉駅に隣接する地区の再開発を進めた。

1988(昭和63)年に川崎市や地権者の東京電力、当社も参加した「コアゾーン研究会」が発足したが、具体的な見通しに至らなかった。この研究会は1993年に「武蔵小杉駅南口地区再開発推進協議会」へと移行し、開発計画は駅街区(当社武蔵小杉駅敷地)、東街区、西街区で構成することになった。当初は3街区一体で開発を進める構想も描かれたが、事業スケジュールの違いなどから各街区は別々に事業化を図ることとなり、駅街区は当社単独の駅ビル事業、東街区・西街区は組合施行による再開発事業となった。

当社の武蔵小杉駅は、東横線複々線化計画のなかで、従来の相対式2面2線ホームから高架構造島式2面4線ホームへと大規模に改良されることになり、1993年に着工した。また、駅上部を東西両街区と一体的な活用ができるように、駅中間部に2層の建物荷重を受けられる3000㎡の人工地盤を設けることとし、1997年に完成した。

開発前の武蔵小杉駅周辺

当社は、駅に隣接する西街区と東街区の市街地再開発事業の再開発組合にも、地権者として参加すると共に、両地区に挟まる駅街区では単独事業として駅ビル建設を行った。

駅ビルは、高架駅の上部に4階と5階部分の2層を建設し、4階部分に新しい改札口を設置し、1階および4階で東西の両街区の建物と行き来ができるようにした。また、駅ビルと西街区建物の商業施設を一体運営すると共に、西街区建物のマンション分譲を他の地権者などと共同で行うことにした。

図8-3-4 武蔵小杉駅開発の施設配置図(断面図)
注:伊藤稔夫・小平智子「周辺再開発事業と連携した武蔵小杉駅上空の有効活用」 『JERA』2013年7月号 をもとに作成

この駅ビル工事は、2011年8月に着手。これと並行して隣接する西街区の建物も建設が進められた。当社が主に参画したのは西街区で、商業施設、分譲マンション(エクラスタワー武蔵小杉)、川崎市立中原図書館などからなる地上39階・地下2階建てである。とくに中原図書館はこれまで駅近傍にあったが老朽化していたものを駅直結かつ、市の中央図書館として再整備するもので、仕事帰りに気軽に利用できるよう平日は夜9時まで開館とした。こうした駅直結型の図書館はのちの「中央林間東急スクエア」や「エトモ池上」にも生かされている。そして、1〜4階(地権者の一部店舗以外)の商業施設と駅ビルの4・5階を「武蔵小杉東急スクエア」として当社が営業することとなった(のちに駅構内の1階部分も加わる)。とくに5階のテナントには、学童保育のキッズベースキャンプ、川崎市の認可保育所、学習塾など開発が進み子育て世代が増えていることを踏まえた生活利便性を図る施設を中心に配置した。同様に三井不動産が中心で進めた駅直結の東街区の建物4階にも生活利便施設として医療モールが配置された。そしてこの東西の再開発組合は連携し、駅・駅ビルと東西両建物の商業(地権者店舗も含む)、図書館や生活利便施設部分を「KOSUGI CORE TOWN(小杉コアタウン)」と名づけた。

武蔵小杉東急スクエアは、東急百貨店の新業態「東急フードショースライス」や東急ハンズの「ハンズ ビー」など合計98店が出店し、2013年4月に開業。さらに2014年4月には、街区の再開発建物として三井不動産の商業施設(ららテラス武蔵小杉)が開業し、「小杉コアタウン」はグランドオープンした。

開発後の「武蔵小杉東急スクエア」と武蔵小杉駅周辺
小杉コアタウンの概略図
注:ニュースリリース(2013年4月2日)をもとに作成
武蔵小杉東急スクエアには、東急百貨店の新業態「東急フードショースライス」が出店
武蔵小杉東急スクエア内に設置された9000系をモチーフにした展望スペース

武蔵小杉に高層マンションが建ち並ぶにつれて地元中原区の人口は急増し、当社の武蔵小杉駅を中心とする商業施設は、地域住民の利便性向上に大きく貢献した。なお2015年11月には武蔵小杉駅南口高架下に商業施設と自転車・バイクの駐輪場を整備した。

8-3-5-3 大岡山駅に日本初の駅上病院

目黒線・大井町線大岡山駅は、東横線複々線化事業に伴う目蒲線改良工事により、1997(平成9)年に地下化を完了し、1998年には将来の駅上部開発に備えて人工地盤を設置した。その後、駅北側の東急病院を駅上部へ新築移転することを計画し、地元や行政などとの協議を経て、2006年10月、日本初の駅上病院の建設に着手した。

東急病院は企業立病院として1953(昭和28)年に開院。東急グループの従業員や家族を対象とする福利厚生施設の位置づけで始まり、やがて地域に開かれた総合病院として発展してきた。しかし開院から半世紀を経て建物の老朽化が進み、バリアフリー化工事や耐震補強工事など追加投資が必要になっており、病院経営の収支面でも課題を抱えていた。そのため、東急病院のあり方について、存廃も含めて検討がなされた。そして、2003年3月の国による「医療制度改革の基本方針」を踏まえ、グループ従業員はもとより、沿線住民の高齢化が進むなかでの人間ドックを活用した生活習慣病などの早期発見による予防医療、脳卒中などで身体に障がいを抱えた患者のリハビリテーションなどを通じて、地域住民の健やかな暮らしや老後の生活を支援することが地元や沿線価値の向上にも貢献するとの判断から、駅上部への新築移転が決定されたのである。

開院から約50年が経過した旧東急病院(2000年)
旧東急病院の建物(左)と旧東急病院健康管理センター外観(右) 1995年ごろ

新築の建物は5階建てで、「大岡山にやすらぎの丘を創る」を設計コンセプトとした。大田区が都市計画事業として施行する駅前広場など、周辺の街との一体感を重視した。その一つとして壁面緑化に取り組み、植栽を施したフレームで外壁を覆って周囲に対する圧迫感を軽減。また建物の北側は日影規制に対応して階段状にし、各階の屋上部分を緑化した。

許可病床数は移転前の172床から135床となり、内47床を個室とし、すべてのベッドで東京都の基準を上回る広さを確保、ホテルの客室のような居心地をめざした。診療科目は新設を含めて全16科目で、生活習慣病にかかわる疾患の専門外来を充実させたほか、新設の婦人科では乳がん検査に使用するマンモグラフィーを新たに導入した。新しく生まれ変わった東急病院は2007年11月に開院し、東急グループの社員を対象として定期健康診断などを行う健康管理センターも病院内に移設し、2012年からは「健康診断プラザ」に改称し、グループ外企業の健康診断業務も担うことにした。

旧病院や健康管理センターの跡地は、隣接する大岡山清和寮も含めて再開発を検討するが、これについては後述する。

日本初の駅上病院として開院した東急病院
図8-3-5 移転した東急病院の構造
出典:「企業の社会的責任報告書 2008年版」(2008年9月)
新病院に移設、名称変更された「健康診断プラザ」の出入口

8-3-5-4 渋谷~代官山など駅上部・線路跡地の開発

大規模改良工事の地下化区間では上部空間の有効活用が進んだ。

まず、目黒線立体交差化工事により不動前〜洗足間が地下化され、この区間内では武蔵小山駅と西小山駅で駅ビルを建設したほか、線路跡地の開発を進めた。

先行したのが西小山駅ビル(3階建て)である。周辺に単身世帯や若い共働き世帯が多く住んでいることから、総菜などの中食を充実させた新業態「東急ストアフードステーション」の1号店を出店、そのほかコンビニエンスストアや飲食店、サービス業店を含め5店のテナントが出店して、2008(平成20)年4月に開業した。

新業態「東急ストアフードステーション」第1号店となった西小山店(2008年)

武蔵小山駅ビル(4階建て)は西小山駅ビルの約3倍の延床面積を有する建物で、2010年9月に開業した。若い子育て世帯の流入が増えている地域であることから、こうした客層に合わせて建物の屋上には木々や緑を配した庭園を設置、子ども連れで気軽に立ち寄れるビルとした。テナントには東急スポーツシステムのフィットネスクラブや東急ストア、そのほか飲食店や物販店合わせて10店が出店した。

武蔵小山駅と武蔵小山駅ビル

また線路跡地の開発も進め、2012年7月には、医療関係のテナントが入居する武蔵小山駅前ビル、総合衣料品店が入居する西小山第2駅ビルが開業。さらに武蔵小山では、2009年にスタートした当社直営の賃貸住宅事業「スタイリオ」(後述)として、14棟目となるスタイリオ武蔵小山が2012年9月に開業した。

そして、東横線渋谷~代官山間の地下化後は、旧線路跡地の開発も進めた。全長220mにわたる細長い跡地の活用方法については、散策路を兼ねた心地よい商業空間を計画、日本初上陸となるファッション店や新業態の飲食店などがテナントとして出店した「LOG ROAD DAIKANYAMA(ログロード代官山)」が2015年6月にグランドオープンを迎えた。代官山から渋谷に至る旧東横線の線形部分は渋谷開発の回遊性を高めるためにも重要なルートであり、これについては後述する渋谷ストリーム、渋谷ブリッジとの連続性を勘案した計画とした。

LOG ROAD DAIKANYAMA(ログロード代官山)

8-3-5-5 自由が丘車庫跡地の開発

2006(平成18)年10月、自由が丘駅に隣接した車庫跡地に新しい商業施設「Trainchi(トレインチ)」が開業し、飲食店や物販店など13店が出店した。トレインチは「トレインのお家」を意味するネーミングで、同地が車庫跡地で、列車留置線と隣接していることから名づけられた。

Trainchi(トレインチ)(2006年)

自由が丘車庫は、大井町線の開業時に奥沢電車庫の支所である「自由ヶ丘電車庫」として新設されたのが始まりである。1958(昭和33)年10月には大井町線車両の検車業務を行う「自由ヶ丘検車区」となったが、大井町線が1963年に田園都市線に名称変更され、その後長津田駅まで延伸されたことにより、検車業務は鷺沼検車区に移管され、留置線が残るのみとなっていた。

車庫跡地が線路沿いにあり、細長い形状でもあることから、通り抜けができる施設配置を行って、九品仏川緑道から散策しながらウィンドウショッピング感覚で楽しめる商業施設として、駅周辺の回遊性を高めた。その後、2017年と2022(令和4)年にリニューアルを実施し、1階が商業店舗8店、2階が街に開かれたラウンジなどで構成される複合施設に生まれ変わった。

トレインチが開業した2006年は、旧駅名・九品仏を自由ヶ丘(現、自由が丘)に改めてから77周年を迎える節目の年であった。街の活性化につなげる、地元商店街との一体的な取り組みとして、2006年10月に「みらいの自由が丘」を考えるシンポジウムを開催した。

2014年3月には駅と街をつなぐ商業施設「エトモ自由が丘」を自由が丘駅に隣接して開業、高架下テナントも含め、自由が丘の街に溶け込む、明るく洗練された空間に生まれ変わった。また、12の商店街を擁し全国有数の活発な商店街として知られる自由が丘商店街振興組合(以下、自由が丘商店街)と地域活性化に向けた連携を図り、2014年9月から自由が丘商店街での「TOKYUポイントサービス」を開始。商店街の店舗でTOKYUポイントを貯め、貯めたポイントは1ポイント=1円で利用できるなど、顧客の利便性向上の取り組みを進めた。

8-3-5-6 駅と街をつなぐ「etomo(エトモ)」の展開

当社は駅構内と隣接施設内の店舗からなる商業施設の新たなブランド「etomo(エトモ)」の第1号として「エトモ江田」を2013(平成25)年12月に開業した。

駅構内などでは、テナント各店がそれぞれに運営を行っていたものを、商業施設「etomo(エトモ)」として一体的に運営することにより、駅および周辺に、人々が足を止め、にぎわいを創出することをめざした。このような性格の商業施設は2003年に大井町駅に開業していたが、エトモでは、地元の商店会などとも連携をとりながら、駅ごとの特色に合わせた店舗を誘致し、街に溶け込むような施設デザインを採用したほか、当社が直営で商業施設の運営ノウハウを活用して販売促進活動などもテナントと連携して行うことで、商業施設としての魅力を高めた。

このあと2年間で自由が丘、鵜の木、市が尾、中央林間に展開。なかでも2015年12月に開業した「エトモ中央林間」は、駅コンコースの修繕工事を行って、吹き抜けにLED照明の光天井を設置し、改札口周辺や駅ビルの1、2階に26店舗が出店。1984(昭和59)年の同駅開業以来の大規模なリニューアルで、駅全体が明るく生まれ変わった。前述の大井町駅の商業施設も2016年に「エトモ大井町」としてリニューアルした。

また、武蔵小山駅ビルも2017年9月に「エトモ武蔵小山」として刷新された。5店が新規出店、既存店4店がリニューアルし、合計12店の構成となった。

  • etomo江田(2013年)
  • etomo中央林間(2015年)

8-3-5-7 南町田「グランベリーモール」の拡充と新たな展開

2000(平成12)年4月に開業した南町田駅前の「グランベリーモール」は、広大な敷地に9棟の建物が建ち並び、約80店が出店する、国内では珍しいオープン型のモールで、ペットなどと一緒に、ウィンドウショッピングを楽しみながら1日を過ごせる場所としてファミリー層を中心に人気を集め、来場者は予想を大きく上回った。

当初は半径7km程度を商圏と想定していたが、実際には都心方面から電車で来場する人も多く、周辺地域の人口増も相まって、南町田駅(当時)の乗降人員数は、モール開業前の1999年度1万3361人から、2004年度2万6802人へと5年間で倍増した。

「グランベリーモール」はその後も手堅い人気が続いていたことから、当社は2005年4月に新棟の増築に着手。4階建ての新棟は「オアシススクエア」と名づけられ、2〜3階に東急レクリエーションのシネマコンプレックス「109シネマズ」(10スクリーン、総座席数1779席)、1階に飲食・物販店12店、4階と屋上に駐車場を設けて、2006年3月にオープンした。これに合わせ同年3月のダイヤ改正より、田園都市線南町田駅は土休日の急行停車駅となった。

新棟「オアシススクエア」が開業したグランベリーモール

もともとグランベリーモールは社有地の暫定利用として、10年間の期間限定を前提に始めた経緯があり、建物も低投資・軽装備の平屋建てが中心であった。このため、南町田駅周辺の持続的な発展を期して、2013年4月から地元町田市と共同で再開発にかかわる検討を開始。市民からの意見も踏まえ、新たな街づくりの立案が始まった。

8-3-5-8 リニューアルで誕生「あざみ野ガーデンズ」

1978(昭和53)年7月に開業した東急嶮山スポーツガーデンも、周辺住民のライフスタイルやニーズの変化を踏まえ、大規模にリニューアルを図った。

同施設は地元地権者の所有地を当社が一括賃借して開業したもので、ゴルフ場ショートコースやゴルフ練習場、テニスコート、フットサル場などで構成し、長年にわたって多くの利用者に親しまれてきた。しかし地域住民の高齢化も進むなか、スポーツに限らず、誰もが利用でき、コミュニケーションが図れる場づくりが求められるようになったことから、当社不動産活用センターが地権者と協議を重ね、リニューアルを行うことを決定。スポーツ施設と商業施設などからなる「あざみ野ガーデンズ」として、2013(平成25)年10月に開業した。

施設コンセプトは、自分の庭(ガーデン)のように毎日気軽に訪れる場所。核テナントにグループ外からホームセンターを誘致したほか、地元産品も扱う「ファーマーズマーケット」や飲食店などが出店し、それまでのゴルフ、テニス、フットサル施設などと共に、住民が日常的に利用できる施設に生まれ変わった。

施設リニューアルにより誕生した「あざみ野ガーデンズ」

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