第8章 第2節 第4項 「安全・安心」への取り組み

8-2-4-1 安全輸送への挑戦

2005(平成17)年4月に起きたJR福知山線脱線事故などの重大事故の発生を契機に、鉄道業界に対する安全性確保の要求が社会的に高まったことから、鉄道事業法改正の議論が進められ、2006年10月に「運輸の安全性の向上のための鉄道事業法等の一部を改正する法律(運輸安全法)」が施行された。

この運輸安全法では、経営トップから現場までが一体となった「安全風土や安全文化の定着化」に向けて、新たな安全管理規程の作成と届出、安全統括管理者や運転管理者の選任と届出、内部監査の実施などが求められた。また安全管理体制の運用状況について国土交通省が立ち入り調査する「運輸安全マネジメント評価」が、定期的に行われることとなった。

当社においては、かねてから「すべての事業の根幹は安全にあり」との認識を共有していたが、2006年3月に大井町線の走行中の列車で、電気回路のショートによる開扉事故が発生したほか、同年6月には田園都市線の車両でホームとの接触痕が見つかるなど、利用者に不安を与えるような事案が起きていた。このため運輸安全法の施行を前に、改めて安全管理の徹底を図るため、2006年6月に鉄道事業本部内の横断型組織として安全推進委員会(のちの安全戦略推進委員会)を新設。同法に則った安全管理規程を制定すると共に、安全統括管理者や運転管理者を選任し、国土交通省に届け出た。併せて輸送の安全の確保に関する理念を「安全方針」、行動原則を「安全行動規範」として定めた。携帯しやすく、必要なときに内容を確認できるようこれを記したカードを作成し、鉄道事業本部と東急レールウェイサービスの全社員が携帯することとした。

  • 安全方針(2007年)
  • 安全行動規範(2008年)

また、輸送の安全の確保に向けて重点的に取り組む内容として、以下の「安全重点施策」を定めた。

(1)現業・本社一体での問題点早期把握による事故防止

(2)事故情報の確実な伝達と対策実施による再発防止

(3)教育・訓練実施システムの整備による確実な技術の伝承

(4)設備面の安全対策の推進

まず(1)としては、安全推進委員会が中心となって、2006年9月から、現業職場との意見交換会を1年がかりで行い、現業職場が抱えている問題点の掘り起こしを進めた。これまでは本社に報告されていなかったような情報まで丹念に集め、事故として表面化する前に、潜在的な問題の段階で改善を図るためである。また2007年から順次、現業職場が気づいた問題や意見などをデータベースとして登録し、共有する取り組みも進めた。

(2)については、乗務職場と技術職場に「事故情報専用モニター」を設置し、再発防止に向けた指示内容が迅速かつ正確に伝達できるようにした。従来は書面や口頭で伝達されることが多く、伝達の過程で内容が誤って伝わる可能性があったため、これを改めたものである。また他社の事故事例、事故につながりかねないヒヤリ・ハット情報も配信した。

職場に設置された事故情報専用モニター

(3)としては、事故現場での復旧作業をスムーズに行うための訓練、事故発生直後の情報伝達にかかわる訓練、自力運転が不能になった列車を併結推進運転するための訓練など、事故発生時にも適した対処ができるよう本番さながらの訓練を随時実施した。また規程やマニュアルだけでは伝えきれないノウハウ、技術者として備えておくべき価値観などを若手技術者に伝承するため、当社OBによる講話の機会も設けた。

(4)では、自社や他社で発生した事故を教訓に、係員の操作ミス(ヒューマンエラー)があってもすぐに事故につながらないよう、フェールセーフ(※)の考え方を取り入れた設備の整備を進めた。

2007年からは、年に1回、国土交通省による「運輸安全マネジメント評価」が行われた。ここでは安全性を絶え間なく向上させるためのPDCAサイクル、すなわち事故防止対策の立案(Plan)、対策の実施(Do)、対策の有効性の確認(Check)、対策の問題点の改善(Action)を確実に実施しているかがチェックされた。ここでの指摘に基づいて当社の「安全重点施策」も随時見直しを図った。また、連結子会社全体のコーポレート・ガバナンスの強化がより求められる2010年代に入ると、当社のみならず東急バスや伊豆急行をはじめとした子会社の運輸事業者も交えた安全対策の情報共有会議の実施や、連結子会社各社への内部監査の一環として当社の担当部門で安全対策を確認する取り組みを行った。

  • 起こり得る誤作動や誤操作に対して安全な方向に作動するシステム、またはそれを実現しようとする設計のこと。

8-2-4-2 東日本大震災の復旧対応

2011(平成23)年3月11日14時46分、三陸沖を震源地とするマグニチュード9.0の巨大地震(東北地方太平洋沖地震)が発生、宮城県内で最大震度7が観測された。本震による建造物の倒壊もさることながら、地震動に伴う巨大津波により、東北地方の太平洋沿岸を中心に甚大な津波被害が広がり、また福島第一原子力発電所が機能不全に陥った。死者・行方不明者が2万2000人以上、震災関連死も含めると2万6000人以上を数える日本の戦後最大の災害(東日本大震災)であった。

東京都や神奈川県でも、最大震度5強を記録する大きな揺れが発生した。東急線では地震動を感知する1秒前に早期地震警報システムが作動し、全列車・全駅に地震発生を知らせる自動放送が流れ、列車は緊急停止もしくは速度を落とした。地震計は、東急線沿線で最大震度5弱を観測した。当社は地震直後に鉄道事業本部内に対策本部を設置。駅構内の乗客を駅の外に緊急避難誘導し、駅間停止中の列車も最寄り駅まで徐行運転のうえ、乗客を避難させた。地震発生1時間後には全駅で負傷者がいないことを確認した。

首都圏では大半の鉄道が運行を停止し、都心部で大量の帰宅困難者が発生した。当社は19時すぎに保線・土木部門が安全確認を終え、試運転を経て22時30分に世田谷線を除く全路線で営業運転を再開、世田谷線も22時38分に再開した。地震当夜は23時50分に終電の延長を決定、さらに25時40分には終夜運転を決定し、夜を徹して営業運転を続けた。運転再開した列車を目にして「やった、動いた」「ありがとう」と、拍手を送る人々の姿も見られた。

翌3月12日は東横線、田園都市線、大井町線では全列車を各駅停車とし、通常より本数を減らし7~10分間隔での運行を行った。目黒線、池上線、東急多摩川線、こどもの国線、世田谷線では通常ダイヤで運行した。3月13日には全線で通常ダイヤに戻った。

福島第一原子力発電所事故などに伴って東京電力は計画停電の実施を予定しており、3月14日は鉄道各社で運休が相次いだが、当社は一部区間・時間帯の運行本数の制限を行いながら運行を継続。首都圏鉄道輸送の担い手として役割維持に努めた。

東急グループでは一部レジャー施設などが被害を受けたものの、全体的な被害はおおむね軽微にとどまり、利用客や従業員の重大な人的被害は回避することができた。また当社と東急グループ各社は3月19日、被災者の救済、被災地の復興支援を目的に、日本赤十字社を通じて1億円を寄付することを決定したほか、商業施設では福島県をはじめとした被災地の食品販売を通じた復興支援などを実施した。

なお、節電要請への対応については、鉄軌道事業のほか東急グループの商業施設、本社・事業所などで照明の一部消灯や空調の設定温度の変更、商業施設での節電を喚起するイベントの開催や「節電達成ポイントキャンペーン」として前年より電力使用量を削減した家庭に対してTOKYUポイント(後述)を付与する取り組みなどを実施した。

社内報『清和』(2011年5月号)は東急線の運行再開に向けた各職場の対応を特集で報じた
二子玉川ライズで開催した「がんばろう ふくしま!応援フェア」(2011年5月)

当社では、1995年の阪神・淡路大震災を契機に運輸省(当時)から示された新たな耐震基準に基づいて、1996年から鉄道構造物の耐震補強工事を行ってきた。2011年の東日本大震災を経て、マグニチュード7クラスの首都圏直下型地震も予想されるなか、駅や高架橋、トンネルなどで耐震補強工事を行うと共に、構造物の詳細調査を実施し、予防保全を目的とした長寿命化工事も進めた。

一方、東日本大震災により課題が浮き彫りとなったのは、大規模災害時の被害状況の把握、乗客の避難誘導、運転再開を待つ旅客への適切な情報提供などに関して、業界として統一的なガイドラインがなく、多くが鉄道会社の現業における個別対応となったことであった。帰宅しようとする人々が駅に押し寄せ、駅の外にもあふれる状況のなか、対応方のばらつきが混乱に拍車をかけることになった。国土交通省では「大規模地震発生時における首都圏鉄道の運転再開のあり方に関する協議会」を設置し、利用客への情報提供などの課題について2012年3月にまとめた。こうした状況を踏まえ、当社では大規模災害時の対応を見直すと共に、同年6月「震災時安全ハンドブック」を発行(88ページ。当初15万部、翌月20万部増刷し合計35万部を発行。その後2013年、2017年に改訂)し、東急線各駅と東急ストアの各店舗で無料配布を行った。このハンドブックでは、東急線沿線の地図に一時滞在施設や広域避難場所を示し、徒歩で帰宅しなければならない場合に備え、安全で歩きやすい道路などの帰宅支援ルートを掲載した。また、帰宅が困難な旅客が駅で一時滞在する場合に備え、飲料水や非常食、簡易ブランケット、使い捨て簡易トイレなどの災害備蓄品の各駅への配備を進めた。

2012年6月発行の震災時安全ハンドブック
出典:ニュースリリース(2012年6月19日)

8-2-4-3 元住吉駅列車追突事故

2014(平成26)年2月は厳しい寒さが続いた月で、都内では8日(土曜日)と14日(金曜日)、2週連続で約45年ぶりとなる最深積雪27cm(大手町)を記録した。2月14日の天候は雪で、元住吉検車区では17㎝の積雪となっていた。首都圏のさまざまな交通機関がマヒし、東急線でもダイヤの乱れが発生した。

2014年2月15日午前0時30分(14日深夜)、この大雪のなか、東横線元住吉駅構内の下り2番線で各駅停車同士の列車追突事故が発生し、乗客72人が負傷(内重傷者1人)した。多くの負傷者を出した有責事故として、当社の歴史に深く刻まれている。事故の概要は以下の通りである。

渋谷発元町・中華街行きの普通列車23運行221列車が、元住吉駅で所定停止位置から約28mオーバーランして停車し、車内アナウンスを行ったうえで、列車を所定の停止位置に戻すため、後退させる準備を行っていた。

これを受けて運輸司令から、後続の渋谷発元町・中華街行きの普通列車01運行231列車に対して、先行列車との間隔を確保するため急きょ停止するよう指示した。

231列車は221列車から624m離れた地点で非常ブレーキ(EB)を操作したが、必要なブレーキ力が得られず、時速およそ30〜40kmの状態で、元住吉駅2番線に停止中の221列車の後部に衝突した。両列車には合計約140人の乗客および乗務員4人が乗っており、衝突の衝撃により乗客72人が負傷した。

この事故のため15日は東横線と目黒線の一部区間で運転を見合わせた。翌16日は初電から両線で運転を再開させた。

列車衝突により大きく破損した車両
図8-2-9 元住吉事故の衝突前後の状況図
出典:運輸安全委員会 鉄道事故調査報告書 説明資料(2015年5月)

国土交通省の運輸安全委員会により事故原因の解明が進められ、2015年5月に調査結果が発表された。

これによれば、走行中に線路内の積雪を車輪が巻き込み、車輪のフランジ部に残っていた油分や塵埃との混合物が車輪踏面と制輪子(※)に付着、非常ブレーキの摩擦力が著しく低下したことが原因と推定された。

図8-2-10 空気ブレーキのイメージ図
出典:運輸安全委員会「鉄道事故調査報告書」説明資料(2015年5月)

当社では、上記の事故調査の結論を待たず、2014年12月、降雪期に入る前に元住吉事故を受けての対応を発表、実施した。内容は以下の通りである。

1.元住吉駅構内における列車衝突事故を踏まえた対応

7月の中間とりまとめで、鉄道総合技術研究所から「雪氷による踏面ブレーキへの影響は詳細に現象解明された事柄ではないため、安全対策をとるにあたっては積雪時の運用方法を含めた検討が望ましい」との見解が示されたことから、以下の対応を実施します。

①約3カ月に1回制輪子付着物を除去します。

制輪子(※)の付着物(油分を含む塵埃)を除去することにより、車輪踏面と制輪子への油分の介入を抑制することができるため、事故車両よりブレーキ力が低下することがないものと考えます。

※制輪子とは、ブレーキ装置の一部であり車輪に押し付けて車輪の回転を減速または停止させるものです。

②運転規制(速度規制、運転中止)を明確化します。

[速度規制の実施]

・1時間に2cm以上もしくはそれに相当する降雪、または積雪の深さが8cm以上で、なお降り続くことが予想されるとき。または早めのブレーキ操作により運転士等がブレーキ力不足を認めたときは、速度60㎞/h以下(世田谷線を除く)で運転します。

・1時間に3cm以上もしくはそれに相当する降雪、または積雪の深さが11cm以上で、なお降り続くことが予想されるとき。または前述の60km/h以下の速度規制中においても運転士等がブレーキ力不足を認めたときは、速度40km/h以下(世田谷線は25km/h以下)で運転します。

[運転中止の実施]

降雪時において、前方の視認距離が200m以下となったとき、またはブレーキ力に余裕がない等、運転の継続が困難であると思われるときは運転を中止します。

③耐雪ブレーキ(※)の使用時機を明確化します。

運転士が乗務中、線路内に積雪を認めたときには、耐雪ブレーキを使用します。ただし、降雪時、積雪に至る前においても、運転士よりブレーキ力が弱いと報告を受けたときは、運輸司令所長は全列車に対して耐雪ブレーキの使用を指示します。

④降雪、積雪時には早めのブレーキ操作を再徹底します。

運転士は、線路内に積雪を認めたときは、雨天時のブレーキ操作開始位置よりさらに手前から早めのブレーキ操作を行い、ブレーキ力の状態を把握することを再徹底します。

⑤長時間の駅間停車防止等のための運転調整を実施します。

降雪時に、運輸司令所において列車種別の変更、列車本数の削減および列車間隔を調整して運行を管理します。これにより運転中止やダイヤ乱れによる長時間の駅間停車の防止等を図ります。

⑥耐雪ブレーキの圧力設定値の見直しを実施しました。

車輪踏面と制輪子間の摩擦により、車輪温度を高める効果も得られることから圧力設定値の下限を見直しました。

※耐雪ブレーキとは、車輪踏面に制輪子を弱い力で押し当てながら走行することにより、車輪踏面と制輪子の隙間に雪が入り込むことを抑制する機能です。

2.降雪期における安全輸送確保の取り組み

降雪期における安全輸送確保に向けたその他の取り組みとして、以下の対応を実施します。

①積雪計による積雪状況の把握

外部気象会社からの降雪予報の把握とともに、東急線沿線8カ所に積雪計を新設し、監視カメラも併設することで、運輸司令所において積雪状況をリアルタイムに把握します。

②駅施設および踏切道の除雪体制の強化

駅ホーム、ホーム屋根、および踏切道等の除雪要員を増員し、除雪体制を強化します。

③融雪器による分岐器の不転換対策

地下区間等を除く本線の全ての分岐器に融雪器(電気ヒーター)を設置しており、レールを温めて雪を溶かします。また、係員による除雪作業も実施します。

④お客さまへのご案内について

ホームページ、携帯電話への配信、および駅構内の案内ディスプレイ等により、降雪状況、運行状況および運転再開見込み等、お客さまに対する情報提供を強化します。

⑤社員への教育・訓練

降雪時における対応力を強化するため社員への教育および訓練を継続的に実施します。

(ニュースリリース2014年12月16日「東横線元住吉駅構内における列車衝突事故を受けた、降雪期の安全輸送確保の取り組みについて」)

また、元住吉事故が発生した2014年2月15日の朝には、こどもの国駅のホーム屋根が落下する事故が発生した。建築基準法では地域に応じた積雪荷重が算定されており、これに沿ってホーム屋根を設けていたが、前日からの積雪に降雨も加わって許容荷重を超えたため、落下したと推定された。このため、建築基準法に定められた積雪荷重の2倍の荷重を許容できる設計により、ホーム屋根の復旧工事を行い、2015年2月に工事を完了した。また、積雪荷重を超えないよう除雪などを実施することとした。

こうした事故を二度と起こさぬよう、技術的な対応のみならず、安全を最優先とする組織風土の再確認や従業員教育による安全意識の向上への取り組みが、事故直後から始まった。具体的には、従業員一人一人が事故を振り返り事故と向き合う場である「東急安全の日」(2015年2月に第1回を開催、以降毎年実施)の設定や、各職場の安全に対する施策を共有する「安全かわら版」の発行などである。

前述のように、東日本大震災発生時には鉄道各社が長時間運行を見合わせるなか、東急線では地震当夜に営業運転の再開にこぎ着けることができたほか、当社では台風による暴風雨などの自然災害の発生、あるいは大規模な駅改良工事の実施に際して、その影響を最小限にすべく、本社・現業部門が一丸となったさまざまな創意工夫により、できるだけ列車運行を止めない努力を歴史的にも重ねてきた。終電から始発の時間帯のわずかな時間で営業線を切り替えるSTRUM工法の開発もその一例であり、「どんなときでも運行を止めない」「お客さまにご迷惑をかけない」という誇りは、先人たちから受け継いできた伝統として、後世にも受け継いでいこうという気風が長きにわたり従業員間で共有されてきた。

事故後の安全教育では、事故を未然に防ぐこと、過去に経験した事故を風化させず再発を防ぐことの二つを軸に、安全に関する部門横断の教育を行い、一人一人が安全のレベルを高め、事故防止に向けた最善な行動がとれるようにする狙いがあった。元住吉事故の記録を残すと共に、これまでの事故の教訓を語り継ぎ、一人一人が「安全とは何か」を考え、習得するための安全教育施設の設置検討が進んだ。

8-2-4-4 ホームドア設置を加速

当社は、ホームにおける安全対策として、ワンマン運転を行っている池上線と東急多摩川線の全駅にセンサー付固定式ホーム柵を1998(平成10)年と2000年にそれぞれ設置、目黒線では営団南北線との相互直通運転開始に備えて全駅でのホームドアの設置を開始し、2008年の日吉駅までの延伸時には目黒線全駅(13駅)での設置を完了していた。

センサー付固定式ホーム柵

ホームは鉄道施設のなかでも、最も重大な事故が起きやすい場所で、代表的な事案としては、ホームからの転落事故、乗降時のホームと車両の隙間への転落が挙げられる。なかでもホーム上から線路への転落事故は、生死にかかわる重大な事故に発展しかねない。

これまでも視覚障がい者の転落事故、夜間の利用者転落事故などがたびたび起きており、万一線路に転落した場合に備えて、列車の緊急停車を要請できる非常ボタンや転落検知装置の設置、線路上から待避できるホーム下の待避所の設置、線路からホームに上がるためのステップの設置などを進めてきた。しかし2009年9月に東横線多摩川駅で、車いすの利用客が線路に転落し、亡くなるという痛ましい事故も起きた。この事故を受けて、当社ではホーム上に転落防止柵を設けるなどの対策を施したが、抜本的な安全対策とは言い難い面があった。

ホームから線路への転落事故をほぼ完璧に防ぐことができるのは、物理的に転落を抑止できるホームドアである。当社のホームドア設置区間において、ホームからの転落事故は起きておらず、物理的な障壁として有効であることが確認されていた。また安全・安心への社会的要請も高まっていたことから、他線でのホームドアの設置の検討に入り、2012年3月に大井町線大井町駅にホームドアを設置した。また、田園都市線では前述のように6ドア車を組み込んだ編成があり、ホームドアの位置を固定できないなどの課題もあった。このためドアの位置が異なる列車でも対応できるように、列車の到着時や出発時にワイヤーを昇降させてホームドアの代用とする方式を、2013年10月につきみ野駅で試験的に導入した。

大井町線大井町駅のホームドア(2012年)

東横線では2013年度から主要駅を手始めに設置を開始したが、さらに2015年1月には、2020(令和2)年を目標に東横線・田園都市線・大井町線の全64駅にホームドアを設置することを発表した。これは、大手民鉄では初めてとなる取り組みであった。ホームドアの設置には多額の投資が必要になるほか、設置後のメンテナンスコストも大きなものになる。しかし、安全を優先させるべきとの判断から、当初の設置計画を10年以上前倒して実施することになった。また、ホームドアを設置するにあたり、田園都市線の6ドア車両は順次4ドア車両に置き替えることも併せて発表した。

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