第8章 第2節 第5項 サービス向上の取り組み

8-2-5-1 PASMO導入で出改札時の利便性を向上

2007(平成19)年3月、首都圏の鉄道・バス事業者で利用できる共通ICカード乗車券「PASMO」のサービスを開始した。

従来の磁気式のストアードフェアシステムとして、鉄道事業者は「パスネット」を、バス事業者は「バス共通カード」を発行していた。これらの事業者が1枚のICカードで乗り降りできる「相互利用」について合意。そして「パスネット」発行事業者と「バス共通カード」発行事業者は、ICカードの発行、運営などを担う会社として、パスネット・バスICカード株式会社(のちの株式会社パスモ)を設立し、開発を進めたのである。

システムとしては、PASMOはJR東日本が2001年11月に先行導入していた「Suica」と同様の非接触式ICカード(ソニーが開発したFeliCa方式)を採用し、JR東日本との協議を経て相互利用を進めた。

首都圏の主要な鉄道路線やバス路線を、ICカード乗車券(PASMOまたはSuica)1枚で、パスケースなどからカードを出し入れすることなく、カードリーダーにタッチするだけで出改札がスムーズにできるようになり、鉄道・バス利用時のシームレス化が進むこととなった。

利用者の利便性向上もさることながら、鉄道事業者にとっては、従来の磁気式カードから非接触式ICカードに置き換わることで、紙の乗車券販売が減り、機器類の設備やメンテナンスにかかわる負荷を抑制できることもメリットであった。

PASMOは、サービス開始直後から浸透が進み、1年半近くを経過した2008年8月末には発行枚数が1000万枚を突破。PASMOが利用できる事業者の数は、当初の鉄道23事業者・バス31事業者から、2009年3月には鉄道・モノレール26事業者・バス69事業者に増加し、首都圏での鉄道・バス利用における利便性がいちだんと高まった。

表8-2-4 PASMO発行枚数の推移
出典:PASMO協議会・株式会社パスモプレスリース「PASMOの発行枚数が1,000万枚を突破しました 」(2008年9月4日)

ICカード乗車券の急速な普及に伴って乗車時の利用率は高まり、2008年11月時点の鉄道23事業者平均で定期利用が82.0%、定期外利用が68.6%となった。当社ではこの平均値を上回る利用率で推移していることから、他社に先行してICカード専用自動改札機の導入を開始した。

また乗車券サービスの開始と同時に、PASMO導入各社に共通したサービスとして、PASMOオートチャージサービスと電子マネーサービスが始まった。PASMOオートチャージサービスは、各社系列かパスモ社と提携のクレジットカード加入者自らの登録により、PASMOエリア内の出改札でチャージ残高が一定額を下回ると判定された際に、入場時にクレジット決済で一定額を自動的にチャージするサービスである。また電子マネーサービスは、PASMOやSuica加盟店での買い物や支払いに使用できるサービスである。

さらに東急グループは独自の取り組みとして、TOKYUポイントチャージサービスを付加した。当社と東急カードは、PASMO導入前の2006年4月から、東急グループ各社共通のポイントサービスを提供する東急ポイントカード「TOP&(トップアンド)」のサービスを開始。利用に応じたポイントをグループポイントの「TOKYUポイント」として利用できるようにした(TOKYUポイントとTOP&カードの詳細は後述)。TOKYUポイントチャージサービスは、1ポイント=1円換算でTOKYUポイントをPASMOにチャージできるようにしたもので、利用者は東急線主要30駅に設置されたチャージ機を操作することにより、ポイント交換を可能とした。PASMOとTOKYUポイントのさらなる利便性向上を図ったのである(現在は東急線各駅の券売機にてポイントチャージが可能)。

あざみ野駅に設置された「TOKYUポイントチャージ機」(2007年4月)

当社は、このPASMO導入を、鉄道・バス利用時の利便性向上のみならず、鉄軌道事業、不動産事業に次ぐ第3のコア事業として位置づけていたリテール事業やセキュリティ事業など各種生活関連サービスの成長に結びつける契機として捉えた。PASMO利用によって得られる移動や購買の履歴を、商品やサービスの付加価値を高めることに活用しようとしたのである。

PASMOの普及に伴い、当社では世田谷線で導入していたICカード乗車券「せたまる」のサービスを2012年9月で終了した。「せたまる」のポイントサービスに代わるものとして、PASMOのバス利用特典サービス(バス特)を導入した。

またパスネット協議会は、2014年12月に磁気式の共通乗車カード「パスネット」の利用を2015年3月末で終了することを発表した。

8-2-5-2 親しまれ、広く利用される東急線へ

当社線は、通勤・通学を目的とした利用が中心だが、新たな利用動機を作り、利用促進を図る取り組みを行った。

その一つが、東横線と副都心線の相互直通運転で形成された広域鉄道ネットワークを活かした、新たな旅客需要の開拓である。当社線沿線には全国的に知られた観光地は少ないが、相互直通運転をしている他社路線には根強い人気の観光資源があり、手軽なレジャーに適していることから、既存の「東急東京メトロパス」(2005<平成17>年発売開始)に加え、「東急線東武東上線小江戸川越クーポン」や「東急線西武線まるごときっぷ」など、お得感のある企画乗車券を発売。相互直通運転開始を機に埼玉方面から横浜を訪れる人が増えたため、東急線とみなとみらい線の1日周遊券と横浜中華街での食事券をセットにした企画券「横濱中華街 旅グルメきっぷ」も2014年に発売を開始した。これまでも神奈川県内に鉄道路線を有する民鉄他社との共同企画で、沿線ウォーキングなどの販促施策を実行してきたが、相互直通運転によって各種企画の対象エリアや対象が広がった。

東急線内の利用促進としては、渋谷駅・二子玉川駅・自由が丘駅の駅間で乗り降りが自由にできる「東急線トライアングルチケット(現、東急線トライアングルパス)」を2011年8月に発売。これは若手女性社員の意見交換から生まれた企画券で、お薦めスポットを紹介する冊子も併せて発行した。また全駅のバリアフリー化完了を目前に控え、高齢者にも手軽に外出してもらおうと、1日乗り放題の乗車券を2枚セットにした「敬老の日 サンクスチケット」を同年9月に発売、老親へのプレゼント用に買われるケースも多く、好評を博した。

  • 若手女性社員の意見交換から誕生した「東急線トライアングルチケット」
  • 現在の東急線トライアングルパス(旧東急線トライアングルチケット)のイラスト
    出典:東急電鉄WEBサイト
表8-2-5 東急線の企画乗車券(2022年12月末現在)
注1:東急電鉄WEBサイト
(https://www.tokyu.co.jp/railway/ticket/types/value_ticket/)をもとに作成
注2:原則すべて通年利用可能(一部日程に限り利用できないものがあり)
注3:東急線との接続駅発の設定はなし(例:中目黒駅発の東急東京メトロパス)
注4:「横濱中華街 旅グルメきっぷ」「プレミアム旅グルメきっぷ」は有効期間内であれば乗車券とそれ以外の券は別日でも利用可能
※1:PASMO以外のICカードや定期券やクレジット機能が搭載されたPASMO、スマートフォンに搭載したPASMOは利用不可
※2:世田谷線、こどもの国線からの設定はなし
※3:対象区間内の駅券売機での購入のみ対応
※4:行きと帰りでそれぞれ接続駅(渋谷、中目黒、目黒)を選択可能(発売価格は同じ)
※5:田園都市線以外の各駅からの設定はなし

また東急線への親しみを醸成することを目的に、2012年11月にマスコットキャラクター「のるるん」が誕生した。各地域の魅力を伝える「ゆるキャラ」が、全国的にも認知度を獲得するなか、当社でも、主力車両の5000系をモチーフにしたキャラクターを制作し、愛称を広く募集した。6000件以上の応募のなかから「のるるん」に決定、鉄道事業のPRに活用することとなった。さらに2013年4月から、東急線利用をゲーム感覚で楽しめる「のるレージサービス」を開始した。東急線のほぼ全駅でPASMOやSuicaを利用して下車するたびに付与されるオリジナルポイント「のるる」を貯めると、さまざまな商品との交換やイベントに参加できるなどの特典があった。なお、これに先がけて2011年に誕生した東急バスのキャラクター「ノッテちゃん」は「のるるん」のいとこという設定である。

  • 東急線マスコットキャラクター「のるるん」
  • 東急バス イメージキャラクター「ノッテちゃん」

2013年3月には、スマートフォン用無料アプリとして「東急線アプリ」の配信を開始した。このほかTwitterによる運行情報の配信やメールでのお知らせも始めた。

このころ従来の携帯電話(フィーチャーフォン)に代わって、インターネット利用に適したスマートフォンが新世代の情報端末機として急速に普及してきていた。スマートフォンを東急線利用者に向けた各種情報発信ツールとして位置づけ、運行情報の提供、遅延証明書の発行、前述の「のるレージサービス」、東横線・副都心線の利用案内のほか、東急グループ各施設の案内やクーポン配布なども行った。2015年10月には、運行情報に特化したスマートフォンアプリへと大幅なリニューアルを図った。運行支障が生じた際に、目的地までの迂回ルートの検索ができる機能を鉄道業界で初めて導入した。その後も列車位置をリアルタイムで表示する機能を追加するなど、バージョンアップを進めた。また、改札内に入場する前に運行情報などを知ることができるように、東急線全駅に運行情報などを表示する「お知らせモニター」を設置し、運行支障区間や運行再開の見込み、振り替えルートの案内などの表示を始めた。

8-2-5-3 バリアフリー化などで快適に利用できる駅をめざす

高齢化社会の進展により社会的な要請が高まっていたバリアフリー化について、当社でも駅施設の拡充などによるサービス向上に努めた。

駅のバリアフリー化は2004(平成16)年度末までに全98駅中86駅で整備を完了した。この時点で未着手だった駅の大半は、大規模改良工事が進行中であったところで、複々線化工事やホーム延伸・拡幅などの工事と並行してバリアフリー化が進められた。2011年3月に大井町線緑が丘駅にエレベーターなどを設置し、整備完了は合計97駅となった。

2006年12月には、バリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)が施行された。同法は、旧ハートビル法および旧交通バリアフリー法を統合・継承した法律で、建築物単位、交通機関単位で進められてきたバリアフリー化を、街づくりの視点で一体的に整備していくことを趣旨とした法律である。市区町村は、国が定める基本方針に基づき、旅客施設を中心とした地区や、高齢者や障がい者などが利用する施設が集まった地区(重点整備地区)でバリアフリー化を重点的かつ一体的に推進するため、バリアフリー化の「基本構想」を作成することができることとなった。これにより品川区の重点整備地区の基本構想が策定され、これに基づいて、バリアフリー化が唯一未対応であった大井町線下神明駅は、エレベーターの設置や駅周辺の歩道整備が併せて進められた。2014年2月、エレベーターの供用を開始し、これで当社は全98駅のバリアフリー化を達成した。これ以降もエスカレーターやエレベーターを適宜増設し、利用者の多い駅を中心にバリアフリールート(段差なく移動できる経路)の複数ルート化にも着手した。

旗の台駅に設置されたエレベーター

このほかでは、降雨時にもホーム上から分散して乗車できるよう地上駅や高架駅でホーム屋根の延伸工事を実施。また夏の暑い日や冬の寒い日にも快適に電車の到着を待てるよう、ホームへの待合室の設置を順次進めた。また、この時期は立体交差化工事や相互直通運転化工事で地下駅に切り替わる駅も多く、地下駅は暗いというイメージを払拭しようと待合室に装飾を施すといった工夫も行われた。また、駅を利用する旅客の不測の事態への備えとして、2006年4月から東急線各駅にAED(自動体外式除細動器)の導入を順次進め、2010年9月に鉄道線全駅への設置が完了した。

2014年4月には、「渋谷ちかみちラウンジ」をオープンした。渋谷駅の地下1階コンコースに設けた施設で、トイレ、多目的トイレ、授乳室、女性パウダールーム、男性ドレッシングルーム、ベビールーム、コンシェルジュ常駐のラウンジを備えた。これらの機能が1か所に集積した施設は日本で初めてで、「日本一訪れたい街 渋谷」をめざす渋谷駅周辺開発の一環でもあった。

渋谷ちかみちラウンジ

8-2-5-4 快適・安全な車両を増備

当社は2002(平成14)年5月から「人と環境に優しい車両」をコンセプトとした5000系車両を導入しているが、2008年3月には大井町線の急行列車用に6000系を導入した。6000系は5000系を継承しつつ、座席幅や車いすスペースの手すりに改良を加えた車両で、流線型の前面を採用した。

大井町線に就役した6000系(2008年)

池上線と東急多摩川線には、2007年12月から、5000系をベースにした7000系を導入した。18m車両3両編成のワンマン運転仕様とし、2両目の車端部には当社で初めて3人掛けのセミクロスシートを採用した。従来(9000系)の4人掛け対面座席の内1席分を空けることで、スムーズな乗降を実現し、ベビーカーや大きな荷物と共に乗車する乗客のためのスペースとした。このほか当社の車両として初めて空気清浄機を設置し、車内環境の快適性向上を図った。

この6000系、7000系の新造にあたっては、関係する職場の意見や要望を取り入れるために社内にプロジェクトチームを立ち上げ、6000系、7000系それぞれ200件以上の意見が集約された。車掌台暖房機の設置やホーム監視モニターの設置位置変更など、働く社員からの意見を反映させた改善が行われた。

池上線・東急多摩川線に就役した7000系(2007年)

また当社は、混雑率の高い朝間ラッシュ時の田園都市線において、2005年5月9日から女性専用車両を導入した。同時期に関東の民鉄各社でも同様の取り組みを始めている。車内での痴漢など迷惑行為の防止に向けてはポスターや車内アナウンスなどで啓発活動を繰り返し行ってきたが、依然として被害があとを絶たなかったため、導入に踏み切ったものである。同年7月には、東横線およびみなとみらい線の特急・通勤特急・急行列車において、平日の終日で運用を開始した(現在は平日朝間の全列車での運用)。

当社ではこのように前章までの記述内容も含め、長年にわたりすべての利用者に安全・安心な鉄道をめざしてさまざまな取り組みを推進しているが、こうした取り組み、とりわけ駅や車両のバリアフリー化、ホームドアの設置、接客の強化など障がいのある利用者への配慮が評価され、2020(令和2)年に「令和2年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰」にて内閣総理大臣表彰を受賞した。詳細については第9章で述べる。

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