第8章 第2節 第2項 田園都市線および大井町線のネットワーク拡充

8-2-2-1 田園都市線複々線化事業が進捗、大井町線が溝の口駅まで延伸

田園都市線複々線化事業は、同線の抜本的な混雑緩和を目的に、大井町線を溝の口駅まで延伸させることで、二子玉川~溝の口間を複々線化し、併せて大井町線の大井町〜二子玉川間を、20m車両6両編成の急行列車が運行できる路線に改良するもの。大井町線と大岡山駅を経由した目黒線を、田園都市線から都心への別ルートとして活用する事業である。延伸区間は中間駅にホームを設けなかったが、大井町線の一部列車を田園都市線に転線させ、二子新地駅と高津駅に停車して一定の利便性を図ることとした。

図8-2-6 大井町線を活用した田園都市線複々線化工事 全体図
出典:工事パンフレット「田園都市線複々線化工事」(2004年)

この複々線化事業の内、二子玉川駅の同一方向別ホームの整備は1999(平成11)年9月に竣工しており、引き続き大井町線改良工事と、二子玉川〜溝の口間複々線化工事を進めた。

まず大井町線改良工事では、東横線との交点にあたる自由が丘駅で急行6両運転に備えたホーム延伸を行い、池上線との交点にあたる旗の台駅は2面2線の相対式ホームを2面4線の急行待避が可能な施設に改良、大井町駅はホームの延伸と拡幅を行った。なお目黒線との接続駅にあたる大岡山駅は、目黒線改良工事の一環で1997年6月に地下化・方向別ホームを整備した時点で、大井町線ホームも急行列車6両編成に対応済みであった。

大井町線旗の台駅の仮設ホーム

大井町線を急行運転かつ速達化可能な路線とするためには、急行の追い越し、もしくは通過ができる改良工事が必要となる。当初は旗の台駅のほかに等々力駅を地下化して島式ホーム1面2線を1面4線(島式ホームに接した上下線のおのおの外側に急行通過線)に改良し、併せて地下化により踏切2か所の解消も行う計画であったが、等々力渓谷に近い現地の環境に対する影響を懸念する地元などの意向により着工は見送られた。このため特々事業認定対象外の自社負担工事として、上野毛駅に上り列車の通過線を新設、島式1面2線を1面3線とし、急行の追い越しを可能とすると共に、安藤忠雄がデザインした駅へ全面改築、大井町方面に本駅舎を移設して道路をまたいだ大きな屋根を設けた。一連の大井町線改良工事により2008年3月のダイヤ改正で、まず大井町〜二子玉川間の急行運転を開始。朝間ラッシュ時における同区間上りの所要時間を、従来の各駅停車で約24分から急行列車は約18分に短縮し、田園都市線から都心へ向かう第二、第三の機能を持たせた。また、特々事業として6両編成の急行運転にあたり新型車両6000系を導入(後述)、梶が谷駅の北側に留置線4線を有する車庫設置工事を行った。

次に二子玉川〜溝の口間複々線化工事は、すでに同区間が高架構造となっていたため、既設高架橋の脇に同じ構造の高架橋を継ぎ足す「腹付け線増」を行うこととした。二子新地駅と高津駅は相対式2面2線から2面4線に拡幅、溝の口駅の梶が谷方面には大井町線の折り返し運転と梶が谷車庫との入出庫ができるよう田園都市線線路にも接続した引き上げ線を2線設置し、これらの工事と合わせて二子新地駅と高津駅のバリアフリー化を進めた。

この内溝の口駅はJR南武線武蔵溝ノ口駅と隣接していることから乗り換える利用者が多く、停車時間が長くなるため、田園都市線の運転間隔短縮を図るうえでのボトルネックとなっていた経緯がある。このため上り線の1面2線化完成に伴って1992年9月のダイヤ改正から平日ラッシュ時の交互発着を開始していたが、この機能を継続したまま大井町線の始発駅とするには二段階の線路切替を行う必要があった。そこで交互発着の必要がない週末に段階的に工事を行うことで大井町線を溝の口駅まで延伸し、2009年7月田園都市線複々線化事業を完了させた。1993年10月に二子玉川駅(当時は二子玉川園駅)の改良工事に着手して以来、16年近くを要した大規模改良工事であった。

大井町線延伸により田園都市線からの対面乗り換えが可能となった溝の口駅ホーム

こうしたさまざまな鉄道ネットワークの拡充と速達性向上、輸送力強化といった取り組みなどが功を奏し、2006年度に当社鉄軌道線の合計輸送人員は10億人の大台を超えた。

2008年のリーマンショックに伴う景気低迷、2010年のJR横須賀線・湘南新宿ラインの武蔵小杉駅開業、2011年の東日本大震災、2014年の消費税率引き上げといった事象はあったものの、東京圏の人口増加に支えられ2010年代半ばには輸送人員11億人台で推移することとなった。

表8-2-1 路線別輸送人員の推移(2005年度~2015年度)
注1:『東急100年史』資料編および社内資料をもとに作成
注2:自社線内乗り換えを含まないため、各線の値と全線の合計値は一致しない

8-2-2-2 田園都市線の混雑緩和に向けて

田園都市線複々線化事業(大井町線延伸と急行運転開始)により、田園都市線沿線から大井町線経由で都心へ向かう選択肢が増えたため、田園都市線の混雑率(池尻大橋→渋谷)は、本事業に着手した1993(平成5)年の194%から、複々線化が完成した2009年には187%へ、東日本大震災の影響もあるが、2011年には181%へと緩和された。しかしその後、田園都市線の混雑率は再び上昇に転じ、2014年には185%となった。1995年当時は、すでに少子高齢化により日本の人口減少が予想されていたが、一方で東京一極集中が進み、とりわけ東京西南部に位置する東急線沿線人口はその後も着実に増加していた。

表8-2-2 東急線沿線地域の人口と全国、東京圏人口との比較(2000年と2005年~2015年)
注:総務省統計局人口推計(全国の人口)および当社「決算説明会参考資料」、「FACT BOOK」(東急線沿線地域の人口)をもとに作成
※1:東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の1都3県
※2:東急線の通る17市区(東京都品川区・目黒区・大田区・世田谷区・渋谷区・町田市、神奈川県横浜市神奈川区・西区・中区・港北区・緑区・青葉区・都筑区、川崎市中原区・高津区・宮前区および大和市)

田園都市線は朝間ラッシュ時に1時間に29本、2分5秒間隔で運行しており、駅での乗降時間(停車時間)も考え合わせれば運行本数の増加は困難で、長編成化も10両が限界であった。このため複々線化事業の進展と並行して、さまざまな混雑緩和策を講じた。2002年5月から導入した新型車両5000系(10両1編成の車両定員を70人増)もこの一環に位置づけることができるが、これ以外の施策についても以下に記しておく。

まずは、2005年2月に導入した「6ドア・座席格納車両」である。これは1両片側の扉の数を4ドアから6ドアとして乗降がスムーズにできるようにし、ラッシュ時には座席を格納して乗客全員が立った状態で乗車、乗客一人あたりのスペースを拡げることで混雑感を軽減する車両である。着座ができないため乗客サービスとして理想的な車両とはいえなかったが、18m車両の片側3ドアから5ドアにしたものも含む多扉車はすでに1990年代初頭から日比谷線や東武伊勢崎線、JR山手線などで部分的に導入され、混雑感の低減に効果的であることが確認されていた。

田園都市線において、とくにネックとなっていたのが渋谷駅での乗降時間である。渋谷駅でのコンコースとの階段2か所に近い5号車と8号車が最も混み合っており、乗降に要する時分も長く、列車遅延の原因の一つになっていた。このため、5号車と8号車の2両のみを6ドア車両に置き換えた10両編成を2005年2月から1編成のみ導入したところ、乗降時間がおよそ3秒短縮できることを確認した。「乗り降りがしやすくなった」「他の車両よりも空いている感じがする」などの反響も寄せられたため、2006年5月に合計4編成を追加で導入、さらに2009年4月からは順次、6ドア車を3両(4号車を新たに追加)組み込んだ編成を導入、当初の6ドア車2両を組み込んだ編成にも、追加で6ドア車を1両追加して3両組み込みとした。

2007年4月からは、新たな列車種別として「準急」を設けた。これは、朝間ラッシュ時の上り急行を、二子玉川駅までは急行運転し、二子玉川駅から渋谷駅までは各駅に停車するように変更したものである。速達性に逆行するような施策ではあったが、二子玉川駅で急行列車に乗り換えるための混雑が解消され、桜新町駅での急行待避がなくなって二子玉川〜渋谷間の列車ごとの混雑率が平準化され、乗降時間の短縮、列車遅延の抑制の効果を上げた。

用賀駅に停車中の6ドア・座席格納車両

また2009年12月からは「早起き応援キャンペーン」を実施。オフピーク時間帯の通勤客にポイントなどの特典を付与することで、通勤時間帯を分散させるのが狙いであった。これに合わせて早朝など最混雑時間帯の前後の時間帯で運行本数を増やし、オフピーク通勤を促した。同キャンペーンは田園都市線の利用客のみを対象に期間限定で実施したが、東日本大震災後の節電要請もあり2011年度に東急線全線に拡大、2012年度からは通年の施策とした。

「早起き応援キャンペーン」の告知
出典:「HOTほっとTOKYU」2009年12月号

このほか乗客の利用動態の変化に合わせたダイヤ改正を実施し、利便性の向上や混雑率の緩和に努めた。これらの施策を個々に見ると混雑率緩和効果は1%にも満たないものもあったが、さまざまな工夫を積み重ねて、混雑率の問題に向き合ってきた。

8-2-2-3 節電要請に伴う対応

当社ではこのように田園都市線の混雑対策として2009(平成21)年からオフピーク通勤への促しを図ったが、国内においては東京電力福島第一原子力発電所事故(2011年3月)に端を発した電力不足で夏季を中心に節電要請がなされ、以後当社も含めて多くの企業がサマータイムを導入し、朝型勤務へ移行したのが実態であった。

これを踏まえ夏季期間に沿線に大規模事業所がある東急多摩川線を中心に早朝時間帯の列車の増発を行ったほか、2011年は通常5時の始発を最大15分早め4時台の始発列車を設定。一方でとくに電力需要がひっ迫する日中時間帯は通常の8割(平日)~9割(土休日)程度の運行に減便した。また、駅券売機の一部停止や車内空調の設定温度を上げるなどのさまざまな対応を実施した。

表8-2-3 夏季の臨時ダイヤの概要(2011年)
出典:ニュースリリース(2011年6月17日)

こうした節電対応の内、東急多摩川線の列車増発は2015年まで続いたが、その後は企業のワークライフバランス対応として朝型勤務が広く定着し、早朝時間帯の増発や第9章で後述する2018年と2019(令和元)年に実施された東横線臨時特急列車「時差Biz特急」についてはのちに定期ダイヤとなった。

なお、2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻に伴う燃料供給の不安定化や火力発電所の老朽化による運転停止などから同年夏季から7年ぶりとなる節電要請がなされ、ダイヤの変更は行っていないが、券売機や日中時間帯のエスカレーター一部停止、車両内照明の一部消灯(一部の蛍光灯を取り外し)などの取り組みを冬季も含め実施している。

節電対応のため停止した券売機(2022年)

8-2-2-4 [コラム]渋谷駅の駅業務を当社が担う

2007(平成19)年12月、当社田園都市線と東京メトロ半蔵門線で共同使用する渋谷駅の駅業務(管理・運営)が、東京メトロから当社に移管された。これは東横線と副都心線の相互直通運転開始を睨んで、かねてから交渉を進めてきたもので、2008年6月の副都心線開業時から、副都心線渋谷駅(のちに東横線渋谷駅との共同使用駅)の駅業務も当社が担うこととなった。

当社は日常の運営業務を、完全子会社の東急レールウェイサービスに委託。不測の事態に備えた各種訓練を事前に行うと共に、2007年12月の移管当夜と2008年6月の副都心線開業直前には、深夜に従業員総出で「特別清掃」を行った。

渋谷駅の「特別清掃」 掃除用具を手にして多数の従業員が参加した

渋谷駅周辺の開発が進むなか、駅構内では券売機などの施設改修を進めたほか、案内表示など利用者の目に触れる施設や設備も随時更新し、「日本一訪れたい街 渋谷」の玄関口にふさわしい環境を整えていくこととなった。

なお、改札口が別で独立している東京メトロ銀座線渋谷駅は、引き続き東京メトロが駅業務を行っている。

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