第8章 第2節 第1項 東横線および目黒線のネットワーク拡充

8-2-1-1 鉄道ネットワークの拡充

当社は戦前から、郊外住宅地と都心部を高速鉄道で結び、地域に住む人、鉄道を利用する人の利便性のためにさらなる鉄道ネットワークの拡充を志向してきた。この代表例が相互直通運転であり、1964(昭和39)年に東横線と営団日比谷線、1978年に新玉川線(当時)と営団半蔵門線、2000(平成12)年に目黒線と営団南北線および都営三田線、2004年には東横線と横浜高速鉄道みなとみらい線(以下、みなとみらい線)との相互直通運転を開始した。

また、輸送量の多い東横線と田園都市線では、隣接路線と組み合わせることによる複々線化(別線線増方式による複々線化)に着手し、混雑率の改善を進めながら、同時に沿線全体の活性化も実現させる取り組みを進めてきた。これらは鉄道ネットワーク拡充に対する当社ならではの着眼であり、その基底にあるのは、鉄道利用者の利便性向上に重点を置く考え方である。

1980年代から行ってきた大規模改良工事が竣工を迎えると、当社の約100kmの路線は、400km超の鉄道ネットワークの要となっていくことになる。

図8-2-1 東横線・田園都市線複々線化事業区間と周辺の鉄道路線図
出典:鶴長輝久「近年における設備改良事業の実績と今後」 『鉄道ピクトリアル』2015年12月号臨時増刊

8-2-1-2 目黒線立体交差化工事の竣工

目黒線立体交差化工事は、東京都の道路整備に伴い、周辺地域の分断解消と目黒線改良の一環で行われるもので、1995(平成7)年9月に東京都の都市計画事業認可がなされた。東京都、品川区、目黒区、当社が事業主体となり、目黒~洗足間の踏切18か所を解消し、併せて都市計画道路を整備するものである。この内、すでに目黒〜不動前間の高架部分約0.4kmは1999年10月に竣工して踏切2か所を解消した。道路整備を除く鉄道工事では、不動前〜洗足間約2.4kmは、地下への線路敷設を進め、2006年7月1日の終電後、切替工事が行われた。

工事のハイライトは、両端の地下化切替部分である。不動前側、洗足側共に仮線用の用地取得が困難だったため、これまでも池上線、東横線、前述の目蒲線における地下化、高架化工事で実績を重ねてきたSTRUM工法(線路直下地下・直上高架切替工法)を採用。とくに不動前側では、池上線戸越銀座~旗の台駅間立体交差化工事と同様に、在来線を仮受けする工事桁の直下で地下線を構築しておき、切替当夜に、四つに分けた区間それぞれに、降下、縦引き、扛上(こうじょう)、引き込みの方法で既存線路を運行に支障のない高さまで移動する方法を用いた。洗足側では側道などのスペースが利用できたため、クレーンなどで既存線路を撤去した。総勢2200人の要員で一夜の内に作業を完了し、7月2日の初電から地下を走ることになった。これにより16か所の踏切も解消した。

不動前駅から地下に入る部分のSTRUM工法(線絡直下地下切替工法)
  • 切替当日の工事、既存架線の撤去の様子
  • 切替工事が完了し、試運転列車が不動前駅から地下へ無事に通過した
2面4線化により急行と各駅停車の接続が可能となった武蔵小山駅ホーム

武蔵小山駅と西小山駅が地下駅となり、エレベーターやエスカレーターも新設されて、バリアフリー化も実現した。また武蔵小山駅は1面2線ホームから、急行の追い越しが可能な2面4線ホームとなった。これを受けて2006年9月のダイヤ改正で目黒線に「急行」を新設し、目黒〜武蔵小杉間の最短所要時間を5分短縮した。

なお、目黒線立体交差化工事は国庫補助により、東京都の都市計画事業として施行したものであるが、輸送力増強や速達化のための武蔵小山駅2面4線化や20m車両8両化に備えたホーム長の延伸は当社の負担(特定都市鉄道整備積立金制度を活用)による工事である。

8-2-1-3 東横線複々線化事業が進捗、目黒線が日吉駅まで延伸

東横線複々線化事業(目蒲線の活用による東横線の複々線化工事)は、目黒線を日吉~多摩川~目黒間で運行し、都心側地下鉄との相互直通運転を行うことで、目黒線の利用を促して東横線の混雑緩和を図るものであった。

目黒線で最後の工事となったのが、2000(平成12)年4月に着手した武蔵小杉〜日吉間の延伸工事である。第7章で述べたように同区間にある元住吉1号踏切の遮断時間を大幅に短縮するため、営業線を高架化し、元住吉駅を横浜方面に移設して橋上駅にすると共に、地上部は元住吉車庫への入出庫線のみとした。線路両側に住宅や学校、病院などがあり用地買収が困難な武蔵小杉〜元住吉間は大半を高架線と地上線の二層構造とし、東横線を高架化することとした。営業線直上の工事にあたっては、工場で製作したプレキャスト部材を現場で組み合わせるハーフプレキャスト工法を採用、現場での作業量が軽減され、騒音・振動が低減できた。

高架の道路を地上化する逆立体化切替工事の様子

一連の工事を経て、2006年9月に東横線を高架化したのち、2008年6月に目黒線武蔵小杉~日吉間が延伸開業した。目黒線の急行運転区間も目黒〜日吉間に延長した。これにより1988(昭和63)年の日吉駅改良工事に始まる東横線複々線化事業は約20年の歳月を経てすべて完了。東横線の混雑率(祐天寺→中目黒、最混雑の1時間平均)は事業着手直後の201%(1988年)から178%(2008年)に緩和することができた。

高架化され、改札前に緑化庭園が設けられた元住吉駅

なお、横浜市営地下鉄グリーンライン(中山〜日吉間)が2008年3月に開業して、東横線複々線化は、港北ニュータウン方面から都心へ向かう利用者にも利便性をもたらした。

8-2-1-4 「東横線渋谷〜横浜間改良工事」が特定都市鉄道整備事業計画として認定

当社は2002(平成14)年1月に東横線と営団13号線(現、東京メトロ副都心線。以下、副都心線)の相互直通運転を決定した。これによって東横線の輸送力増強および速達性向上を図るため、渋谷駅〜代官山駅間地下化工事のほか、特急・通勤特急・急行列車停車駅と元住吉車庫の10両化対応工事、速達性向上のための祐天寺駅への通過線設置工事などを含めた「東横線渋谷〜横浜間改良工事」を実施することとした。同工事は、2004年12月、特定都市鉄道整備事業(以下、特々事業)計画の認定申請を行い、2005年2月に認定を受けた。これにより、工事費用の一部について特定都市鉄道整備準備金の積立を行うことになり、同年3月の運賃改定に反映させた。認定時の工事費は1581億円であった。

図8-2-2 東横線渋谷~横浜間改良工事の主な内容とそれに伴うネットワーク
出典:「第136期事業報告(株主通信)」2005年6月

なお、第5章でも述べた1987(昭和62)年に関東大手民鉄各社で初めて認定された特々事業については、開始当初と比較して大きく借入金利が低下したことや、租税特別措置法による積立金の法人税優遇措置が廃止されたこと、そして後述する「都市鉄道等利便増進法」が2005年8月に施行されたことなどがあり、この東横線の特々事業計画が事実上最後の認定となった。

図8-2-3 各事業者における特定都市鉄道整備事業の実績
出典:日本民営鉄道協会『大手民鉄の素顔』 大手民鉄鉄道事業データブック2021(2021年10月)

8-2-1-5 「渋谷駅〜代官山駅間地下化工事」完了により副都心線との相互直通運転を開始

渋谷駅〜代官山駅間地下化工事の内、まず渋谷駅建設工事に2002(平成14)年5月着手した。これは10両編成対応のホームを備えた渋谷駅を建設するもので、明治通りの地下掘削工事から開始した。

また同月、東急文化会館を2003年6月末日に閉鎖、解体することを発表した。これは建物の老朽化が著しくなってきたことと、同跡地を本地下化工事の工事ヤードとして使用するためである。

図8-2-4 渋谷駅~代官山駅間地下化工事の平面図
出典:「都市高速鉄道東京急行電鉄東横線(渋谷駅~代官山駅間)地下化事業の概要」(2008年)
東急文化会館跡地は渋谷駅~代官山駅間地下化工事の工事ヤードとなった

工事終了後の東急文化会館跡地の土地利用については並行して検討され、2009年7月に「渋谷新文化街区プロジェクト」として着工されるが、新しい渋谷駅もこのプロジェクトと一体となった設計が検討された。建築家の安藤忠雄が担当したデザインで、「地宙船」のイメージ、つまり地中に楕円の宇宙船が沈みこんだような吹き抜け構造となった。

これは地下駅から生じる熱を、吹き抜け部分を通じて開口部から外部に逃がして自然換気を促すもので、さらに冷水を循環させる循環冷房方式を採用。地下5階の大規模な地下駅の換気・空調に伴う消費電力を大幅に低減し、環境への配慮を図った。

2008年6月に副都心線が全線開通となり、同路線の終点として新生・渋谷駅が開業を迎えた。開業時は1面2線ホームで、そのあとは相互直通運転に向けて2面4線ホームを整備した。

渋谷駅と計画建物(のちの渋谷ヒカリエ)との接続部における「自然換気」の仕組み

渋谷駅建設工事終端部から代官山にかけての地下化工事は、2005年3月に着手した。この工事は代官山側からたどっていくと、代官山駅の中程から下り勾配となり、掘割部を経て従来の東横線の直下に潜り、35‰(パーミル)の急勾配で深く潜ってJR山手線・埼京線や渋谷川の下を通過し、明治通り直下の渋谷駅に入るというもので、約1.4kmの区間であった。

図8-2-5 渋谷駅~代官山駅間地下化工事の縦断図
出典:『清和』2011年7月号
シールドトンネル部の掘削に用いたシールドマシン

そして、2013年3月15日の終電後に、地下化切替工事が行われた。代官山側では、STRUM工法を採用。地上の線路を、クレーンなどを用いて撤去、移動し、営業線の直下の新しい線路につなげた。STRUM工法はこれまでにも実績があるが、今回の切替区間には曲線部分があるほか、代官山駅ホームでは渋谷側のホームの高さを2.5m下げるために旧ホームを撤去する必要があるなど前例のない作業もあった。これらは、終電の回送から試運転車両の運行までの3時間半の間に、約1200人によって進められた。

地上の東横線渋谷駅 最終営業日に集まった人々(2013年3月16日未明)※渋谷行終電車到着時
東横線渋谷駅~代官山駅間地下化切替工事概要図
出典:高田久夫・鈴木隆文・丸山明紀「線路直下地下切替工法(STRUM)による鉄道営業線の地下化工事(東急東横線渋谷駅~代官山駅)」 日本コンクリート学会『コンクリート工学』Vol.54(2016年1月)
東横線渋谷~代官山間地下化切替工事(代官山駅付近、2013年3月16日)

工事当日は1927(昭和2)年の開業以来、幾度の改良工事を重ね、1964年以降はかまぼこ屋根の駅として、渋谷のシンボルの一つでもあった駅の名残を惜しむ人が多数集まった。

2013年3月16日には副都心線との相互直通運転も同時に開始した。東武東上線と西武池袋線から副都心線を経て、東横線およびみなとみらい線までが一つの路線として結ばれた。

この2日間の、地上渋谷駅の営業終了から地下化切替工事、そして無事に試運転列車が走り翌朝を迎えた様子は、テレビなどでも多く報道された。それまで長らく親しまれた「かまぼこ屋根」の渋谷駅が地下化され、相互直通運転が開始されるという一事象に限らず、変貌していく渋谷への、社会の関心の高さがうかがわれた。

なお東横線は、副都心線との相互直通運転開始に伴って、ラッシュ時は毎時4本、それ以外は毎時2本運行していた東京メトロ日比谷線(以下、日比谷線)との相互直通運転を取りやめた。これにより、日比谷線の全列車が中目黒駅発着となった。

日比谷線は当時18m3ドアの車両で運行されており、東横線の標準となった20m4ドアの車両とドア位置が異なっていたことから、ホームドアの設置を進めるためにも必要な決定であった。

8-2-1-6 東横線の長編成化と速達性向上

特々事業の認定を受けた「東横線渋谷〜横浜間改良工事」では、優等列車(特急・通勤特急・急行)の10両編成対応に向けたホーム延伸工事なども行われた。延伸の対象となったのは中目黒駅、学芸大学駅、自由が丘駅、田園調布駅、多摩川駅、武蔵小杉駅、日吉駅、綱島駅、菊名駅、横浜駅の10駅で、併せて元住吉車庫の改良も実施。2013(平成25)年3月の副都心線との相互直通運転開始と同時に、10両編成での運行を開始した。これにより東横線(祐天寺→中目黒)の混雑率は前年の167%から164%(2013年)に緩和された。

10両編成化に対応したホーム延伸工事が進む中目黒駅

また「東横線渋谷〜横浜間改良工事」では、渋谷〜横浜間の速達性向上のための工事も計画した。平日朝間ラッシュ時の運転本数が多い自由が丘〜渋谷間では、日比谷線との接続駅である中目黒駅の乗降に時間を要することから先行する各駅列車に優等列車が追いついてしまい、速度を落として運転せざるを得ない状況が続いていたからである。

この計画は、祐天寺駅に優等列車の通過線を整備するものであったが、線路を増やすための用地取得が必要で、調整に時間を要し、2013年4月の着工となった。工事の内容は高架橋の幅員を拡げて現行の上下線を外側に移し、上下線の内側に通過線を1線新設、相対式2面2線のホームを2面3線とし、通過線を上下線共用として使えるようにするものであった。とくに朝間の優等列車通過を重視して上り線は減速の必要がない線形とした。

これに合わせて、エスカレーターや改札口を新設する駅施設改良工事や耐震補強工事も行うこととし、優等列車の通過線は2017年3月に供用を開始した。

祐天寺駅通過線を走行する上り優等列車

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