第8章 第2節 第3項 新たなネットワーク形成を展望

8-2-3-1 速達性向上、乗り継ぎ円滑化を後押しする都市鉄道等利便増進法の施行

2005(平成17)年8月に「都市鉄道等利便増進法」が施行され、都市鉄道整備にかかわる公的支援の枠組みが新たに設けられた。同法は、既存の鉄道施設を有効活用し、速達性の向上や駅施設の利用円滑化など、都市鉄道の利便性をさらに高めることを目的とした法律である。

この制度では、営業主体(鉄道事業者など)と整備主体(第三セクターなどの公的機関)の役割を分離した「上下分離方式」が盛り込まれた点が特筆される。同方式は、整備主体に対して国と地方自治体が総事業費の3分の1ずつを補助し、残りの3分の1を整備主体が資金調達して鉄道施設を整備し、営業主体が整備主体に対して受益相当分の施設利用料を支払って、営業を行うという仕組みで、「受益活用型上下分離方式」と呼ばれるようになった。

図8-2-7 都市鉄道等利便増進法 整備の支援スキーム
出典:国土交通省「都市鉄道利便増進事業の概要」
https://www.mlit.go.jp/common/001263007.pdf

これまで鉄道施設整備にかかわる事業費は、営業主体すなわち当社のような鉄道事業者が自ら借入金や社債などで調達した資金で賄うことが基本的な枠組みとされてきた。しかし、事業費が膨大となるため、低金利の融資制度(日本開発銀行による融資)、利子負担が軽減した長期間にわたる割賦制度(P線方式)、固定資産税など税負担の軽減、工事費用の一部をあらかじめ運賃に上乗せして準備金として積み立て、工事完了後に上乗せ分を利用者に還元する制度(特々事業)などが講じられてきた。しかし、鉄道事業者が多大な投資を負う点では変わらず、国内経済が低成長となり人口減少も見込まれ、建設費の高騰が進む状況では、鉄道事業者にとって経営上のリスクとなっていた。

第3章で述べたように、日本国内では長らく、交通事業はその公共性から国の政策に左右されることも多く、輸送力増強などに伴う資金負担を補う程度でしか運賃改定が認められない時代もあった。さらに経済企画庁(現、内閣府)からは電気・ガス・水道といった「公共料金の物価対策」の名目で運賃値上げが抑制され、これら二重の規制を受けながらの事業を強いられてきた。こうしたなかで多くの民鉄事業者は、投資リスクばかりが過大になる輸送力増強には慎重に判断せざるを得ず、結果として首都圏などの都市部では深刻な混雑が解消されない状態が続いていた。

こうした状況を早くから指摘し、鉄道整備における公的な役割に問題提起をしてきたのが当社の横田二郎である。横田は交通事業本部長在任から当社社長在任の時期を通じて、交通専門誌や自著などで従来の運賃制度が抱える問題点を指摘。さらには、例えば線増方式の複々線化にあたって多大な資金負担が伴う土地買収について、国や地元自治体が率先して負担すべきとの持論を展開してきた。海外では欧州を中心に、公的機関が鉄道建設を行い、民間事業者がこれを借り受けて鉄道業を運営するといった公設民営方式などさまざまな形態による「上下分離方式」が導入されており、鉄道事業者が投資リスクを負うことなく輸送力増強を実現する手法として一定の評価がなされてきたことも、横田の持論を補強した。横田は2004年6月に死去、その翌年4月の第162回通常国会で都市鉄道等利便増進法が可決・成立した。

この都市鉄道等利便増進法に限らず、P線方式、特々制度の根拠法となる特定都市鉄道整備促進特別措置法の成立といった鉄道事業者の輸送力増強を支援する仕組みの構築は、その背景に、当社や交通政策に詳しい専門家らによる現状の交通情勢や利用状況に関する地道な研究、柔軟な発想や提言、制度設計に向けた関係部局との調整や協働があった。当社にこうした気風が代々受け継がれてきたことは、後世に伝えたいところである。

8-2-3-2 動き出した「相鉄・東急直通線」、新横浜へのアクセス路線

2000(平成12)年1月の運輸政策審議会答申第18号においては、合計34路線の整備が答申され、「目標年次(2015年)までに開業することが妥当な路線」として、東横線複々線化や田園都市線複々線化と共に「神奈川東部方面線」が示された。相模鉄道二俣川駅と東横線大倉山駅を結ぶことで神奈川県中央部から都心へ直結する新たなルートを形成し、JR東海道線の混雑緩和などの効果が期待された。

当社にとっては神奈川東部方面線の整備により、東急線と相鉄線の相互直通運転による広域鉄道ネットワークの形成、速達性の向上、新幹線アクセスの向上など、沿線地域の活性化などに寄与すると考えられた。

東急線から東海道新幹線の新横浜駅にアクセスできることは、沿線に大きな利便性をもたらす。当社は2003年に設置された「神奈川東部方面線懇談会」に参加し、関係機関(関東運輸局、神奈川県、横浜市、相模鉄道、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構〈以下、鉄道・運輸機構〉)と検討を進めた。その結果、「相鉄・JR直通線(西谷〜羽沢横浜国大)」と、「相鉄・東急直通線(羽沢横浜国大〜日吉)」を神奈川東部方面線に相当する新線と位置づけて整備を進めることとなった。

図8-2-8 神奈川東部方面線(相鉄・JR直通線、相鉄・東急直通線)計画図
出典:独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構 資料

2006年6月に都市鉄道等利便増進法に基づき、両線の整備構想と営業構想が認定された。同年11月に相鉄・JR直通線にかかわる速達性向上計画が、続いて2007年4月に相鉄・東急直通線にかかわる速達性向上計画が認定された。これにより、鉄道・運輸機構が整備主体となって両線を建設・保有し、前者は相模鉄道が営業主体になりJR線と相互直通運転を行い、後者は相模鉄道と当社が営業主体になり、相互直通運転を行うことが決定した。

工事は先行して相鉄・JR直通線(約2.4km)が2010年3月に着工されたあと、相鉄・東急直通線(約10.0km)は2012年10月に施行認可を受け、着工の運びとなった。

8-2-3-3 構想が浮上した「新空港線」、羽田空港へのアクセス路線

運輸政策審議会答申第18号(2000<平成12>年1月)においては、目標年次(2015年)までに整備着手することが適当である路線として、京浜急行電鉄空港線と当社目蒲線(現、東急多摩川線)を短絡する路線「蒲蒲線」(大鳥居駅〜京急蒲田駅〜蒲田駅)が答申された。約800m離れた京急蒲田駅と東急多摩川線蒲田駅をつなぐことで、新宿、池袋、埼玉方面や目黒線から東急多摩川線を経由して羽田空港へアクセスできるよう整備する構想である。

当社でも関係各所の動向を見ながら、長らく検討してきたが、2011年11月に開催した投資家向け説明会(2012年3月期第2四半期決算説明会)において、「鉄道ネットワークの拡充」計画の説明のなかで、この「新空港線」について検討することに言及した。

新空港線(蒲蒲線)を含む鉄道ネットワーク拡充
出典:「2012年3月期 第2四半期 投資家様向け説明会 資料」(2011年11月14日)

なお、当社は戦後間もない1946(昭和21)年度に鉄軌道業復興計画として10項目を挙げ、この内新線計画として蒲田〜京浜蒲田(現、京急蒲田)の免許申請を行った経緯がある。これにより目蒲線と京浜穴守線(現、京急空港線。当時は東急品川線で、GHQが一部接収中)をつなげる計画であったが、大東急の再編成により、計画は自然消滅していた。

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