第8章 第3節 第6項 沿線の成熟化と活性化

8-3-6-1 横浜市と「次世代郊外まちづくり」を推進

東京西南部の4市にまたがる多摩田園都市は、1960年代から1980年代にかけて人口が急増し、1997(平成9)年に50万人を突破したあとも緩やかな伸びが続いていた。とくに高度経済成長期の首都圏では、郊外に一戸建ての持ち家を建てることが目標の一つ、と考える人も多く、多摩田園都市は憧れの郊外住宅地となった。そしてこのエリアに居を構え、平日は都心へ電車で通勤、休日には家族揃って車で買い物やレジャーを楽しむといったライフスタイルが広く浸透していた。

だが歳月を経て、働き盛りであった世帯主が高齢者世代に入って子ども世代は独立していき、住宅や公共インフラは老朽化、居住者たちの地域のコミュニティ形成は未成熟な部分があり、若年層世代の流入減少などによる地域活力の低下も懸念されるようになった。

多摩田園都市の開発に取り組み、東急グループ各社の事業機会創出にもつなげてきた当社にとって、このエリアの活力を維持・発展させることは将来にわたる重要課題であったが、民間企業にできることには限界もあった。一方、地元自治体の横浜市にとっても、郊外住宅地の活力維持は、行政サービス単独で解決するには多くの課題があった。

図8-3-6 横浜市と青葉区の高齢化率と青葉区の年齢別人口推移
出典:横浜市・当社「次世代郊外まちづくりSTUDIES 2012-2020」

こうしたなかで郊外住宅地の現状や課題、また解決策やまちづくりの方向性について議論をスタートすることとなり、両者で「郊外住宅地とコミュニティのあり方研究会」を立ち上げて、2011年6月から学識経験者やまちづくり関係者など第三者を交えたセミナーや討議を行ってきた。同年12月には、国が推進する「環境未来都市」における「持続可能な住宅地モデルプロジェクト(鉄道沿線住宅地・大規模団地再生)」に横浜市が選定された。

これを踏まえて横浜市と当社は2012年4月、「郊外住宅地における様々な課題の顕在化への危機感を共有し、次世代へ引き継ぐまちづくりを共同で推進する」ことを目的として、「次世代郊外まちづくり」の推進に関する協定(まちづくりの包括協定)を締結。推進にあたっては、対象となる地域の市民や地域団体との連携・協働はもとより、行政や大学、民間事業者など、協定の理念・目的に賛同する関係諸団体の参画を求め、広く英知を結集して、かかる課題の克服に努めることとした。産官学民の連携・協業により既存の住宅地を「まち」単位で再生する取り組みは、従来にない画期的な試みであった。

横浜市と当社がまちづくりの包括協定を締結(2012年)

8-3-6-2 たまプラーザ駅北側地区をモデル地区に

2012(平成24)年6月には「次世代郊外まちづくり」の第1号モデル地区を、たまプラーザ駅北側地区(青葉区美しが丘1丁目・2丁目・3丁目)とすることを決定した。ここをモデル地区に選定したのは、次のような理由からである。

①田園都市線沿線で初期に開発された地区の一つで、開発から約50年を経過して住民の高齢化や建物の老朽化などの課題が顕在化しつつあること

②戸建住宅地、大規模団地、企業社宅や商業施設など多様なかたちで「まち」が形成されていること

③地域の発意による建築協定や地区計画策定といった先進的な「まちづくり」が行われてきており、さまざまな分野での住民活動が盛んな基盤があること

モデル地区における取り組みを進めるにあたっては、まず2012年7月に住民参加による「次世代郊外まちづくりキックオフフォーラム」を開催。これに続いて、ワークショップやモデル地区全世帯向けアンケート、各種セミナーなどを通じて、「まちづくり」にかかわる意見やアイデア、提案を収集し、検討を進めていく住民参加型の取り組みと、専門分野の実務家や有識者などによる各部会による検討作業を並行して進めた。そして、これらの検討内容を取りまとめて「次世代郊外まちづくり基本構想2013 ―東急田園都市線沿線モデル地区におけるまちづくりビジョン―」を策定、2013年6月に発表した。

モデル地区で進められた産官学民連携によるワークショップ

「次世代郊外まちづくり基本構想」では、従来からの住民の要望に応えること、高齢者が安心して暮らし続けられる仕組みをつくること、若い世代を惹きつける新たな郊外の魅力を再構築すること、の三つを実現させていくことが重要との認識から、「次世代郊外まちづくり」がめざす将来像を「WISE CITY(ワイズ・シティ)」と名づけた。WISE CITYとは、これまでの検討内容で導き出されたキーワードであるWellness・Walkable & Working、Intelligence & ICT、Smart・Sustainable & Safety、Ecology・Energy・Economyの頭文字からとった造語である。WISEには「賢い、賢明な」という意味があり、WISEを構成する要素を実現することで「賢いまちづくり」をめざす思いも込めた。

図8-3-7 「目指すまちの将来像」WISE CITY
出典:横浜市・当社「次世代郊外まちづくりSTUDIES 2012-2020」

基本構想の実現に向けては、地域住民を主役に、NPOや地域団体、民間事業者など多様な主体や行政、大学の連携、協業によって、2013年度から毎年度、多角的なテーマを取り上げたリーディングプロジェクトを推進。多様な意見を交わしながら「“既存のまち”の持続と再生」にベクトルを合わせていった。

8-3-6-3 先行着手した高齢者向け「住みかえ」マンションと生活利便施設

当社は横浜市との包括協定締結前から、成熟化した多摩田園都市の今後の街づくりのあり方について検討を進め、本格的な少子高齢化時代の到来に備えた事業展開を模索していた。そうしたなかで事業化されたのが、たまプラーザ駅南側に新設した複合施設棟「たまプラーザ テラス リンクプラザ」と、これの西側に隣接するマンション「ドレッセたまプラーザ テラス」である。

「たまプラーザ テラス リンクプラザ」は、大型商業施設たまプラーザ テラスの、4階建ての新棟で、生活利便施設として2013(平成25)年3月にオープンした。ここには公共施設である「横浜市地域ケアプラザ」をはじめ、保育園、デイサービス、クリニック、銀行、カフェ、生活雑貨店など幅広い世代の地域生活をサポートする11店が出店。保育園に通う子どもとデイサービス利用の高齢者で交流を図るなど、世代を超えた住民同士のつながりづくりをめざした。

たまプラーザ テラス リンクプラザが開業(2013年)

「ドレッセたまプラーザ テラス」は7階建てのマンションで、当社では初めての定期借地権付き分譲マンションである。定期借地権は52年間とし、借地期間満了時には、再びその時代に合った街や住まいのあり方を考えて開発を行うという、「新しい住まいのサイクル」を志向したものであった。

またこのマンションは、先のリンクプラザと共に、商業施設および駅とペデストリアンデッキで結び、フラットにアクセスすることを可能にした。つまりこれらの施設が一体化され、利便性の高い環境が誕生したのである。このため、建設中であった2012年4月、一般販売に先がけて会員販売を行ったところ、60戸が即日完売した。

フラットな動線で駅や坂道と接続するドレッセたまプラーザ テラス

当社は、同マンションを次世代型「住みかえ」推進事業のシンボルプロジェクトに位置づけ、駅から離れた一戸建てなどに居住する高齢者の「住みかえ」を想定。上々のスタートを切ることができ、高いニーズとそれに合致した事業であることが改めて確認できた。

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