第8章 第6節 第2項 インバウンド増加への対応

8-6-2-1 観光立国の推進と当社の事業展開

日本では、長引く経済低迷の打開策として、観光立国に戦略的に取り組むこととなり、2003(平成15)年4月から、官民を挙げてビジット・ジャパン・キャンペーンが展開された。2007年1月に観光立国推進基本法が施行され、2008年10月に観光庁が発足。世界の観光需要を取り込み、国内に地域活性化や雇用の拡大などの効果を上げることをめざした。

こうした取り組みに加えて為替相場の円安が進んだことなどから、訪日外国人旅行者は2003年の521万人から、2013年には1000万人を超え、2015年に、45年ぶりに訪日外国人旅行者数が出国日本人数を上回り、1974万人となった。前者をインバウンド、後者をアウトバウンドと呼称するのが一般的になったのは、この前後からである。

図8-6-6 訪日外国人数の推移
出典:日本政府観光局(JNTO)資料

東急グループでは、事業再編の取り組みのなかで、2004年に東急観光と日本エアシステムをグループ外に分離しており、インバウンド増の追い風を取り込むためには、新たな事業やサービスの展開が必要であった。

当社は、2012年3月に発表した「中期3か年経営計画」のなかで、10年後の中長期ビジョンの一つに「日本一訪れたい街 渋谷」を掲げ、訪日外国人の渋谷来街を促すための施策に取り組んだ。同年4月、テコプラザ渋谷駅店内に外国人旅行者向けの観光案内所(のちに第9章で述べるアクセラレートプログラムの一つとしてWANDER COMPASS SHIBUYAになる)を設置し、観光や飲食、宿泊等の情報提供、地図やガイドブックの配布、WEBページのプリントアウトなどのサービスを開始。併せて、アジア圏を中心とする訪日外国人に渋谷の魅力を紹介するフリーペーパーを発行し、観光案内所や主要駅で配布した。

渋谷駅のコンコースに設けた観光案内所

東急総合研究所の調べによれば、2010年の訪日外国人の23%が渋谷を訪れていた。国籍別に見ると、人数では韓国、台湾、中国など東アジア諸国と米国が多いが、渋谷訪問率ではフランスが60%と最も高く、2004年から大きく伸びていた。フランス人向けのガイドブックでハチ公や渋谷スクランブル交差点が東京の名所として紹介されていたことが契機と見られ、とくに大勢が縦横無尽に往来する渋谷スクランブル交差点とQFRONTの街頭ビジョンを見渡した画像は、「東京」を象徴するアイコンとして受け取られるようになった。

訪日外国人観光客の姿が目立つようになった渋谷

2013年7月、経営管理室にVISIT渋谷委員会(のちの経営企画室観光事業開発部VISIT渋谷推進課)を新設。SNSを活用した海外向けの情報発信や、2014年3月には、イッツ・コミュニケーションズと共に外国人向けの無料Wi-Fiサービス「Visit SHIBUYA Wi-Fi」を開始した。その後、2016年4月にはぐるなび、当社、東京地下鉄の3社が中心となって、関東民鉄や航空会社なども参画した訪日外国人向け観光情報サービスを提供するWEBサイト「LIVE JAPAN PERFECT GUIDE TOKYO」(のちに北海道、東北、関西の民鉄やJRグループなども参画し、ぐるなびを運営者とした「LIVE JAPAN PERFECT GUIDE」となる)を立ち上げた。

また渋谷を訪れる外国人旅行者に東急線沿線への回遊を促すため、2015年12月にオリジナルデザインの東急線全線1日乗車券と沿線観光案内の英語版リーフレットが付いた訪日外国人限定「東急ワンデーオープンチケット」の発売を開始。さらに八つの国と地域出身のインフルエンサーが沿線の名所を紹介するWEBサイト「TOKYU PLUS+」を2016年6月に開設した。駅では7言語対応の券売機を設置し、駅係員向けの英語教育や翻訳ツールの導入なども進めた。

  • WEBサイト「TOKYU PLUS+」のトップページ
  • 2013年からは渋谷~六本木~赤坂を循環する2階建て観光バス「VISIT SHIBUYA号」も運行された

また、インバウンド市場の拡大に向けた取り組みとして、海外旅行需要が旺盛な新中産階級が台頭していた上海に着目し、当社100%子会社として東急商務諮詢(上海)有限公司を2012年5月に設立した。

同社は、旺盛な消費意欲を持つ中国からの観光客の獲得、東急グループ各事業の利用を促すために設立し、在上海日本国総領事館などと共創し、訪日中国人マルチビザホルダーを対象とした微信アカウント「日本軽奢游」を開設するなど、東急ホテルズへのインバウンド送客にも貢献した。同時に、当社および東急グループのビジネスチャンスを見出す役割をも担った。

8-6-2-2 インバウンド急増前後の国内ホテル事業

インバウンド急増によって国内ホテル事業は業績を伸ばしていくが、2005(平成17)年4月に当社100%出資により東急ホテルズを設立し、ホテル事業を一元化した当初は、まだ厳しい状況にあった。

当時ホテル業界では、ホテル資産をファンド化する動きが活発化していた。経営主体が、資産保有のリスクを軽減して運営に軸足を置き、資産保有を伴わない運営受託を増やすことで、チェーン拡大による成長を図ろうとする考え方である。

当社においても2006年度中にプライベートファンドを組成し、4物件(名古屋、京都、白馬、今井浜)をファンドに組み入れて投資家を募ると共に、ファンドが新たな物件を取得し、その運営を東急ホテルズが受託することでのチェーン拡大をもくろんだが、想定したようには進まなかった。

また新たな課題になってきたのが、宿泊のみに特化し、低料金を打ち出したバジェットホテル(格安ホテル)の台頭で、とくに「東急イン」ブランドの店舗が大きな打撃を受けた。老朽化やマーケット状況の変化により不採算となった店舗は、建物賃貸借契約の期間満了の時期を見据えて順次、契約終了とする協議を進め、和歌山東急インや下関東急インなど十数店舗を閉館した。

一方で、2007年6月には、「東急イン」に代わるハイグレードなビジネスホテル「ホテル東急ビズフォート」を国内主要都市で展開していくことを決定し、2009年6月に那覇に1号店を開業した。だがこの間の2008年秋にリーマンショックにより景気が暗転したため、ビジネス出張に的を絞った新ブランドは出だしからつまずく結果となった。一からホテルを建設して開業するには数年を要するとはいえ、景気感応度の高いホテル事業における、開業や閉鎖のタイミングの見極めの難しさが改めて浮き彫りになる格好であった。

ホテル東急ビズフォート那覇(現、那覇東急REIホテル)

このような状況のなか、東急ホテルズは事業戦略の再構築を推進。バジェットホテルとは明確に一線を画した中高級クラスの展開に重点を置くと共に、首都圏など大都市での出店と地方の不採算店の閉鎖によるポートフォリオの入れ替えを加速させる方針を定めた。また、東アジア諸国を中心とする外国人旅行者の宿泊マーケット拡大に合わせた海外セールス体制を強化したことも奏功し、2012年度には4期連続の赤字から脱却して営業黒字に転換。その後は右肩上がりの成長を遂げた。

8-6-2-3 会員制タイムシェアリゾートの事業モデル転換を模索

当社リゾート事業の新機軸として1999(平成11)年にスタートした会員制タイムシェアリゾート「ビッグウィーク」は、着々と自前の施設を増やし、ホテルコンバージョン型の施設(既存ホテルの客室を転換利用)や外部提携先も少しずつ広がったものの、目標としていた会員数には遠く及ばず、利用権の交換に伴う手数料収入も伸び悩んでいた。

同事業は、海外では標準的だったビジネスモデルに倣ってスタートしたもので、特定施設・特定1週間の20年間にわたる利用権を販売してキャピタルゲインを獲得し、別の施設や提携先他社施設との交換利用に伴うインカムゲインをも取り込むことを想定して始めたものである。家族やグループで1週間の休暇を過ごす場合、同等クラスのホテルよりもリーズナブルに利用でき、客室にはフルキッチンや日用家電を備え、別荘感覚で利用できる点がメリットであった。だがこうしたレジャースタイルは日本ではなかなか定着せず、既存会員からは好評を得ていたものの、会員の裾野は広がらなかった。また「ビッグウィーク」と同等の客室を備えた他社施設が少ないため交換利用が定着しにくかった点も課題であった。

そのためリゾート事業部では、交換利用にハーフウィークの選択肢を設けると共に、20年間利用権のほかに10年間利用権を加えて会員募集の間口を広げるなどの対策を講じたほか、閑散期ウィークの価格見直し、禁煙室の設定、愛犬愛猫と過ごせる客室の設定など工夫を凝らした。しかし、2008年時点では当初計画を大幅に下回ることが確定的となり、抜本的な改革が迫られた。

検討の結果、海外標準のビジネスモデルには固執せずに、事業継続することとした。新施策の一つには、東急ホテルズと連携した空室利用の促進が挙げられる。2005年7月に販売開始した東急ホテルズの「今井浜東急リゾート」の一部客室をコンバージョンしたタイプ、2006年6月に金沢エクセルホテル東急の16階(最上階)を「ビッグウィーク」専用フロアとして全面改装し開業したタイプ、同年10月に販売開始した「東急ハーヴェストクラブ那須」の一部ログハウスを賃借するタイプなども登場した。

ビッグウィーク那須

このほか、1泊利用から可能な旅行型商品の販売や、旅行サイトの活用などによる稼働率の改善、広告宣伝費や固定費の削減、返済債務を伴わない5年間利用権の販売などに努めて、2010年度に初めて事業黒字化した。

さらに2012年8月、新商品として「フレックスポイント」の発売を開始、併せて星野リゾートおよびJR東日本との提携を発表した。「フレックスポイント」は、入会時に付与されるポイントを使って、好きな施設を好きな時期に利用できるもので、「ビッグウィーク」施設のほか提携先2社の合計5施設、東急ホテルズの施設数か所も利用できるようにした。

東急100年史トップへ