第8章 第5節 第2項 沿線での課題解決に着目した生活サービス事業

8-5-2-1 究極の小売業態をめざした「東急ベル」

当社は2012(平成24)年4月からの「中期3か年経営計画」において交通事業・不動産事業と並んで「生活サービス事業」をコア事業とし、4月の業務組織改正で新たに生活サービス事業本部を設けた。生活サービス事業は、沿線地域でのBtoC事業を展開する事業群で、リテール事業も包含し、東急線沿線で安心感・利便性・快適性を高める商品・サービスを提供することで、沿線住民の生活価値を向上させることを使命とした。

同本部で新規事業として立ち上げたのが、ホーム・コンビニエンス・サービスの「東急ベル」で、2012年11月から本格始動した。沿線住民宅に「ベルキャスト」と呼ばれる専門スタッフが直接訪問し、注文に応じて東急百貨店のデパ地下食材や酒類、東急ストアの生鮮品や日用品などを届けるほか、家のなかでの困りごとに対応する各種サービス(ハウスクリーニング、家事代行、各種お手伝いサービス、畳の表替え、水回りの修理など)を提供・取次する。

わが国の商慣習として、古くから米穀店などが得意先宅を巡回しながら米や調味料、酒などの注文を取り、配達する「御用聞き」があったが、これを現代流にアレンジさせたサービスである。商品・サービスの提供にあたっては、東急百貨店や東急ストアのみならず東急グループ各社の経営資源を活かし、安心・快適な生活につながる商材をワンストップで届けることを目標とした。

このころネット通販が広く普及し、電話や郵便による旧来のカタログ通販なども含め、購買先がリアル店舗からバーチャル店舗へと移行する傾向が顕著に見られていた。東急百貨店や東急ストアでも通販の販売チャネルを設けてはいたが、競争優位性を有するには至っていなかった。それまで沿線地域では土地区画整理事業を通じた地元地権者との信頼関係は得られてきたものの、この地域に流入してきた多くの住民との接点は必ずしも強固なものではなかった。

そこで駅ナカならぬ「家ナカ」で直接対面・対話を通じてサービスを提供する「究極の小売業態」を東急ベルで実現することで、沿線住民との接点を強化することも意図した。沿線住民の困りごとを把握して今後のサービス拡大に生かすことも念頭に置いていた。2013年2月にはサービスエリアを東京都と神奈川県の東急線沿線の大半に広げた。

これ以降、生活サービス事業の展開においては「家ナカ」が一つのキーワードに浮上した。

顧客を訪問するベルキャスト

8-5-2-2 ケーブルテレビ事業エリアの拡大で進む「家ナカ」サービス

生活サービス事業のなかで、好業績を上げていたのが、イッツ・コミュニケーションズ(以下、イッツコム)である。ケーブルテレビ事業、インターネットサービス事業、電話サービス事業(以下、CATV事業)を3本柱として各サービスのセット割引などの展開で加入世帯数を着々と増やし、とくに地上デジタル放送の開始を契機に2010(平成22)年度から大きく業績を伸ばした。

一方、2000年7月のソニーの出資後のイッツコムの株主推移については、2001年3月、ソニーへの第三者割当増資実施によりソニーの出資比率が増加した。その後、2010年2月にソニーが保有する株式を、東京電力および当社が買い取ることにより、ソニーはイッツコムの株主から離脱した。また、2012年3月には当社が東京電力の持分を買い取ることにより、東京電力は株主から離脱し、イッツコムは当社の完全子会社となった。

第7章で述べた事業エリアの隣接エリアへの展開については、2011年10月に最大手のジュピターテレコム(以下、J:COM)と当社が相模鉄道系列で横浜市旭区・保土ヶ谷区などをエリアにしていた横浜ケーブルビジョン株式会社の株式を共同で取得(J:COM51%、当社49%)したのをはじめ、2013年12月には当社が品川区をエリアとする株式会社南東京ケーブルテレビ(現、株式会社ケーブルテレビ品川)の株式の過半を取得した。このほか、2001年11月に横浜ケーブルビジョンと共にイッツコムと3社で業務提携した株式会社YOUテレビが展開する川崎市南部、横浜市鶴見区を中心とするエリアを、また2009年9月の業務提携により、のちに加入者に対しイッツコムがサービス提供することで事実上の事業譲受となった株式会社横浜都市みらいが展開していた「ケーブルネットつづきの森」の横浜市都筑区エリアなど、東急線沿線および隣接地域において伸長した。

前述のニッポンレンタカーのフランチャイズによるレンタカー事業と同様に大手民鉄の多くが始めたCATV事業であったが、大手2社(J:COM、ジャパンケーブルネット<以下、JCN>)を中心とした買収合戦により世田谷区などで隣接していた小田急電鉄系によるCATV事業はJ:COMが、民鉄系ではない大田区ではJCNが買収(その後2014年にJ:COMとJCNが合併、J:COMブランドに順次転換され、国内CATV事業の多くがJ:COM系列になった)、関東民鉄では当社系列のみが生き残った格好となった(関西民鉄では阪急阪神ホールディングス系列、近鉄グループホールディングス系列がある)。

図8-5-2 当社系列のCATV事業の展開
出典:「FACT BOOK 2018」2018年5月
注1:このほか神奈川県湯河原町、静岡県熱海市・伊東市・東伊豆町を中心とした「伊豆急ケーブルネットワーク」(約5万世帯、伊豆急ホールディングス子会社)がある
注2:YOUテレビはイッツ・コミュニケーションズ関連会社

そして、この当社系列のCATV事業エリアの伸長と前述の「東急ベル」や「東急セキュリティ」、第9章で述べる「東急でんき&ガス」といった「家ナカ」サービスの事業エリアと重ねて展開することで生活サービスの強化をめざしていった。

なお、CATV各局へデジタルコンテンツ配信などを行う日本デジタル配信については、2005年にJ:COMが資本参画したことから安定収益を計上することとなった。

8-5-2-3 多世代へのサービスを拡充①──シニア向けサービス

生活サービス事業の展開において、「家ナカ」と同時にもう一つのキーとなったのが多世代へのアプローチである。これは地域行政との「次世代郊外まちづくり」とも密接に関連したテーマで、東急沿線の少子高齢化にも対応し、これまで展開していなかったシニア世代、子育て世代向けのサービスを新たに拡充し、沿線地域の活力を維持・向上させることを目的とした。

まずシニア世代向けでは、第3節の不動産事業でも触れたように当社が、東急病院などの跡地にシニア住宅の建設を計画、事業主体として2008(平成20)年5月に東急ウェルネスを設立し、2010年9月に「東急ウェリナ大岡山」を開業した。東急ウェリナ大岡山は主にアクティブシニアのための生活支援サービス付き集合住宅として整備しており、夫婦二人住まいの居室も用意した。一方、加齢に伴い介護が必要となる入居者も多く、東急ウェルネスでは公的介護保険に対応したケアサービスの習熟に努めた。

そのうえでシニア住宅の第2弾として、単身入居者を対象とするサービス付き高齢者向け住宅「東急ウェリナ旗の台」を2012年10月に開業した。

「東急ウェリナ大岡山」のサービス風景

一方、住み慣れた自宅での生活を続けながら、入浴サービスや食事サービス、各種アクティビティ、リハビリテーションなどの通所利用により、日常生活における心身の健康維持、向上を図るデイサービス店舗の展開についても検討が進められ、「東急のデイサービス オハナ」の名称で第1号店を2012年4月に池尻大橋に開設。以降は沿線地域を中心に展開していくこととなった。

デイサービス施設の第1号となった「オハナ池尻大橋」

8-5-2-4 多世代へのサービスを拡充②──学童保育など子育て支援サービス

多世代へのサービス拡充でもう一つの柱となるのが子育て支援である。沿線には高齢者世帯の増加が著しい地域がいくつかあり、特段の策を講じない限り、街の活気が失われていくことが懸念された。当社では早くからこの点に着目し、世代間の人口バランスがとれた沿線地域の形成を促す仕組みが重要と判断、同様の課題意識を持つ横浜市など地元自治体との連携により、子育て世代を含めた若年層世代の流入に向けた施策を講じてきた。

この一環として当社は2008(平成20)年12月、沿線を中心に2006年から学童保育事業を展開していた株式会社キッズベースキャンプの全株式を取得して、学童保育事業に参入した。学童保育は共働き世帯の小学生児童を放課後や長期休み中に預かり保育するサービスである。公設の学童保育は遅い時間帯まで預かってもらえない施設が大半で、フルタイムで働く保護者にかかる負担も重い。キッズベースキャンプでは最長で22時まで子どもを預かるほか、さまざまな体験や集団生活によるプログラムを用意、学校や自宅までの送迎、外部医療機関との連携による病気時対応など、充実したサービス体制を整えている。

当社はキッズベースキャンプが展開してきた9店舗(内東急線沿線は7店舗)を引き継ぐと共に、主要駅周辺を重点に新規出店する方針を固め、知識活用型施設、国際教育型施設それぞれの志向性を併せもった施設も含め、2015年4月時点で合計24施設を運営している。

キッズベースキャンプ キッズコーチと子どもたち

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