第7章 第8節 第2項 人事や財務における取り組み

7-8-2-1 人事賃金制度の改定

第4章で述べたように、当社では1977(昭和52)年から職群と資格の両面による人事賃金制度を運用してきたが、1997(平成9)年9月に発表した経営理念に盛り込まれた「個性を尊重し、人を活かす」を制度面から具体化するため、1999年に新人事賃金制度を導入した。同年4月にまず従来の参事以上の管理職を新たに基幹職する新制度を適用、続いて同年7月には旧副参事以下の一般社員を対象とする制度を導入して全社的に新制度に移行し、併せて人事考課や昇進・昇格の制度も改めた。基幹職と課長補佐への昇進は、自己志願制を基本とし、部門長の承認を得た者を対象に、人事部門が実施する昇進選考によるものとした。

新しい制度は、従来の年功序列型体系を改め、社員の意欲や能力、成果を適正に評価して公平な処遇を行い、一人一人の意欲向上を促し、ひいては業績向上につなげるのが狙いであった。

とくに基幹職については、年功色が強かった参与・副参与・参事の資格を廃止して役職ごとの職責(職務責任)を賃金や賞与に反映させることとし、上位職になるほど業績評価の割合が増える仕組みとした。これにより基幹職は、職責を果たすためのプロセスよりも結果重視で評価されることとなった。2003年10月には基幹職・専任職の処遇制度を改定し、「役割等級制度」を導入。これは経営戦略に基づき、各基幹職に求められるミッションや中期成果責任を明確化すると共に、役割の重さに処遇を連動させることにより、組織力の向上、社員のモチベーション・成長意欲の向上を図ることを目的とするもので、役割と成果をより重視した処遇制度であった。

また一般社員については新たに賃金表を導入し、経験により能力が向上することを前提に毎年定期昇給する形とし、これに人事考課に基づく考課加給を盛り込んだ制度とした。さらに昇進や昇格による昇給もあることから、従来よりもメリハリのある処遇が可能となった。

新制度でポイントとなったのが人事考課である。職責要件をもとに直属の上司が評価し、部門間での考課会議を経て決定するというプロセスを定め、上司と部下がコミュニケーションシートを用いた面談で、課題や目標の共有を図るという形に、大きく転換したのである。

図7-8-5 管理職賃金制度の新旧比較
出典:『清和』1999年4月号

福利厚生制度においては、2001年10月に、選択型福利厚生制度「カフェテリアプラン」を導入した。これは、社員一人一人に一定のポイント(導入時は年間40ポイント)を付与し、その範囲で福利厚生メニューを自由に選択、利用できるようにしたもので、社員の多様なニーズに応えるものである。自分の好きな料理を選べる「カフェテリア」にちなんだこの制度は、民鉄では阪急電鉄が1997年に初めて導入しており、関東民鉄では当社が初めてとなった。

表7-8-1 カフェテリアプラン「チョイスメニュー」(数字は各項目の上限ポイント数)
出典:『清和』2001年10月号

7-8-2-2 グループ社員の社会保険業務と保険業の統合

東急グループ経営方針で掲げられた「選択と集中」では、事業の仕分けのみならず、グループ各社(連結子会社)の重複事業や業務の一元化も課題であった。その一つが人事関連業務である。とくに、給与や社会保険に関する業務は会社として必要不可欠な業務であるものの、各種手続や計算は煩雑で、一定の知識、経験が必要なため、人材確保や養成も含めて、とくに小規模な会社ほど負担が重くなっていた。

そこで、1997(平成9)年設立の東急ファイナンスアンドアカウンティング(以下、TFA)によるシェアードサービス化を進めることとし、2001年10月に、当社の人事部門で行っていたこれらの業務を同社に委託した。具体的には給与処理、年末調整、各種給与証明書類作成、健康保険、介護保険、厚生年金、雇用保険関連の業務および、退職年金の事務処理業務などである。一方、業務のベースとなる勤怠管理や各種申請などについては、当社の人事担当と情報システム担当がシステム化を図り、2003年4月に新人事システム「COMPANY」が稼働開始した。これにより、業務処理効率が大幅に改善すると共に、各種データを取り扱うTFAの作業効率も向上した。

その後、他の子会社もTFAへの委託を順次進めていき、連結全体でコスト削減とリソースの集中を図った。

そしてもう一つ進めたのが、各社の社員向け保険業務の一本化である。社員向けに生命保険、医療保険、がん保険、ゴルファー保険、火災保険などをあっせんし、契約手続きなどの損害保険代理業を行うグループ会社は2001年時点で53社もあった。これらの業務をグループ全体で一本化し、包括的な契約内容とすることで、業務効率化のみならず、スケールメリットによって、各社が負担する損害保険料、従業員などの個人が負担する生命保険料などの引き下げにもつながる。こうしたことから、2001年11月に、グループ会社共同出資で東急保険コンサルティング株式会社を設立した(営業開始時の出資比率は当社55%、東急不動産40%、東急百貨店と東急ストア各2.5%。現在は当社60%、東急不動産ホールディングス40%)。2002年4月に、当社や東急不動産などグループ8社の保険業務を移管し、営業を開始した。その後、他のグループ各社の業務を順次移管し、業務集約化を進めていった。現在は一般向けにも、資産運用相談も含めた損害保険代理業や生命保険の募集などを行っており、「東急ほけんのコンシェルジュ」を3店舗(渋谷、たまプラーザ、武蔵小杉)展開している。

東急ほけんのコンシェルジュ(武蔵小杉東急スクエア店)

7-8-2-3  [コラム]新会計システムの開発と連結会計システムの導入

当社は、2003(平成15)年4月より新会計システム(社内略称EBS)と連結共通システムを稼働した。

第5章で述べたように当社のこれまでの会計システムは1988(昭和63)年に導入したNEC社製のオフィスコンピュータ(ACOS)により新会計情報システム「TRAIN」であり、十数年も稼働していることや、2000年前後、バブル崩壊後の信用収縮が進み、連結経営情報開示の重要性が高まるなか、当社は東京証券取引所から連結決算の開示時期を早めるよう求められた。しかし、連結ベースでの決算を支える会計システム基盤は未整備であり、当社の決算発表は例年6月中旬で、これは他社に比べて相当に遅い状況であった。

こうしたなか、会計ビッグバンに沿って厳格化・高度化が進む会計基準の変更に対応しながら、決算の早期開示を実現するため、連結ベースでの会計システム基盤を早急に整備することが不可欠となった。

2000年、財務部に新会計システム開発プロジェクトチームが発足した。これまで大型汎用コンピュータで行っていたシステムを全面刷新し、標準化したオンライン基幹システムおよび連結共通会計システムの構築を目的としたものである。その後会計システムについてはオラクルのERP(統合基幹システム)パッケージをベースに、連結会計システムは電通国際情報サービスの「STRAVIS-LINK(ストラビスリンク)」をベースにしたものを採用。2003年4月、新会計システムおよび連結共通会計システムによる運用を開始した。

これによって、会計処理プロセスの迅速化、省力化が図られ、連結決算の開示時期を5月中旬に前倒しでき、連結会計時代における情報開示の早期化という社会的な要請に応えると共に、大型汎用コンピュータからのシステムの小型化を実現した。

新会計システムのTOP画面

また、会計システムの更新に併せ、また、当社では第1節で述べた2003年度からの中期2か年経営改革に基づき、その内部管理指標としたEVA(経済的付加価値)を自動で算出できる管理会計システムも稼働させ、社内の各事業の評価に活用された。

管理会計システムのTOP画面

7-8-2-4 確定拠出年金制度の導入

当社の退職給付制度は長らく退職一時金と確定型の退職年金との併用となっていた。多くの大企業において一般的であったが、2001(平成13)年3月期決算からの退職給付会計の導入に伴い多額の損失が発生したことは前述の通りである。退職年金の原資として毎年度、相当額を引当金として計上すると共に、信託銀行などに信託し株式や債券などで運用されて利回りを確保、将来の給付に備えるのであるが、退職給付会計導入後も株価の下落が続き、さらなる損失の計上が見込まれていた。なお、当社の退職年金は1999年9月までは退職後死亡するまでの終身給付で、以降は退職後75歳(75歳の誕生日後最初に到来する3月または9月)までの有期給付となった。

こうしたなか、2001年と2002年に年金制度の見直しとして確定拠出年金(DC、日本版401k)と確定給付年金(DB)が導入され、各企業は税制上の優遇処置が終了する10年以内にどちらかを選択する必要があった。前者は、会社が拠出した掛金を社員自身が専用口座で運用する制度で、運用次第で給付額が変動するが、従来より高い給付額になる可能性もあった。また、企業にとっては拠出額以上の負担はないので、市況変動による損失リスクを回避することができる。後者は一方、年金資産を企業がまとめて運用し退職給付額を保証するもので、金額が確定しており従来に近いものである。社員にとっては給付額が確定している面での安心感があるが、市況を踏まえると従前の利回りは到底見込めず、給付額は従前から下回る可能性が高かった。さらに企業にとっては設定した利回りが満たなかった場合のさらなる損失計上リスクがあった。

当社は2004年10月に退職金制度を改定し、確定拠出年金制度へ移行した。会社より職責・資格に応じた拠出額が社員個人で指定した定期預金や国内外の株式、債券などさまざまな運用商品(複数選択や割合も自由に変更可能)に毎月投資される仕組みとなっており、退職後に分割または一時金として受け取るものである。併せて退職一時金も見直し、職責・資格に応じたポイントが毎月貯まる仕組みとし、退職時にポイントから換算された金額を支払うことにした。

図7-8-6 退職給付制度のしくみ
出典:当社資料『社員サービスガイドブック』(2022年4月)

7-8-2-5 障がい者雇用を促進する特例子会社東急ウィルの設立

当社は、障がい者の雇用の促進および安定を図るため、株式会社東急ウィルを2004(平成16)年4月に設立、5月に特例子会社に認定された。

当社の雇用制度は、障がいの有無にかかわらず平等にするのが基本で、事務職を中心に一定の障がい者を雇用していたが、現業部門での障がい者の雇用は難しいものであった。そのため、全社的な障がい者雇用率は低かった。

国の制度としては、1976(昭和51)年に、民間企業に一定割合以上の障がい者雇用が義務化され、以降も法定雇用率が引き上げられた。一方、障がい者の雇用への配慮など、一定の要件を満たして特例子会社に認定されると、親会社やグループ会社と合算して障がい者雇用率を算定できる制度となっている。当社はこの制度を利用して、障がい者雇用を進めることとしたのである。

障がい者の雇用機会を創出し、社会人としての自立を支援する東急ウィルには88人(2022〈令和4〉年4月現在)の障がいのある社員が勤務し、鉄道関係施設内の清掃業務を中心に、寝具類のクリーニング業務、名刺印刷業務を行っている。また、働きやすい環境づくりのため、専門知識習得研修を修了した「ジョブコーチ(職場適応援助者)」2人を配すると共に、社員の業務をサポートするスタッフの半数が「障がい者職業生活相談員」の資格認定を受けている。同社設立以降は、法定雇用率の達成を維持している。

東急ウィルの業務風景

7-8-2-6 [コラム]コンピュータ西暦2000年問題

この時代に全世界で大きな課題となったのが「コンピュータ西暦2000年問題」である。多くのコンピュータで西暦の下2ケタがベースとなっていたため、1999(平成11)年から2000年、つまり99年から00年になった際に1900年と誤認し、さまざまなシステムトラブルが発生する可能性があるのではという課題の下、経営上の重要な課題として対策を行った。

当社は、3年前にあたる1996年12月から検討に着手、各事業部門でのシステム調査、改修、模擬テストといった対応を取った。特に社会インフラにあたる鉄軌道事業においては列車運行へ影響が及ばないよう1999年8月までには対応を完了させた。本社においては、不測の事態に備え「危機管理計画」を策定するとともに、同年12月31日から翌1月1日には本社に「西暦2000年問題総合対策本部」を設置して各部門で万全の体制を整えた。

鉄軌道事業では2000年1月1日0時を跨ぐ走行中列車31本を直前に最寄り駅に停車させ、安全確認後運転を再開するなどといった万全の対応をとった。東急病院においても危機管理マニュアルを策定し、午前0時に医療機器の動作を一斉確認し、万一影響があった場合の代替機器への切り替えなどの対応をとった。その他の各事業でも計画を策定、グループ間においても総務部長会を開催して各社の取り組みを報告し情報を交換した。その結果大きなトラブルは発生しなかった。

2000年1月1日午前0時瞬間の総合対策本部の様子

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