第7章 第8節 第1項 課題に対応する全社的な仕組みづくり

7-8-1-1 コンプライアンス経営によるリスク管理

当社は2001(平成13)年7月にコンプライアンス室を新設し、2002年1月、「東急グループコンプライアンス指針」を制定した。この指針は、法令遵守はもとより広く企業倫理の観点から、当社のみならずグループ各社の役員や従業員一人一人が実践すべき原則を示したものである。

とくにバブル崩壊以降、企業の不祥事や重大事故が大きく報道され、これが発火点となって企業の存続自体が揺らぐ事態に発展するケースが散見されていた。東急グループにおいても、一部企業に会計処理上の問題などが発覚しており、グループ再生を着実に進めていくうえでも、コンプライアンスに関する意識づけを行い、日々の行動で実践する風土を形成する必要があった。

「東急グループコンプライアンス指針」制定直後には、グループ43社でコンプライアンス担当取締役および担当者を決定。連絡会を設けて実務レベルでの情報交換を開始すると共に、グループ上場会社とこれに準ずる会社合計15社の担当取締役による「東急グループコンプライアンス委員会」を設置した。同委員会は、経営レベルでの認識共有と情報交換を行い、グループ全体でコンプライアンス経営によるリスク管理体制を整備することとし、各社に行動規範の策定を求めた。

当社は同年4月に27項目からなる行動規範を策定してマニュアル化すると共に、全社員に携帯カードを配布した。また同年10月にはコンプライアンス室に「コンプライアンス相談」の専用窓口(現、ヘルプライン)を設置。各種法令や行動規範違反などに関する通報や相談を受け付けるもので、東急グループ全社の従業員も利用できる仕組みとした。

2000年4月の「東急グループ経営方針」で、基本姿勢の一つに「コンプライアンス経営によるリスク管理」を掲げており、こうした動きはこれを具現化し、強化するものであった。不祥事を防止するという消極的な考え方にとどまらず、信頼され選ばれるブランドを確立することが企業価値向上に不可欠であるという認識が強まった。そして、「法令遵守」だけでなくCSR(企業の社会的責任)や、現在のESG経営(環境、社会、企業統治の要素を考慮した経営)につながっていくことになる。

図7-8-1 東急グループコンプライアンス指針
出典:『とうきゅう』2000年1月号

7-8-1-2 環境活動の実践

東急グループでは早くから環境問題を重要課題と位置づけ、主に財団法人や学校法人を通じた活動を進めてきた。最も長きにわたるのは、1974(昭和49)年に設立したとうきゅう環境浄化財団で、事業地域を流れる多摩川とその流域の環境浄化・保全のための研究や活動に対する助成を続けている。五島育英会が運営する武蔵工業大学は、クリーンエネルギーとして注目される水素エネルギーの研究を進め、1997(平成9)年には環境情報学部を開設した。

当社の事業活動を通じた取り組みとしては、1969年の8000系車両以来、節電効果の高い鉄道車両を率先して導入し、多摩田園都市においては開発後の自然環境の再生・保全の一助として、1972年から住民への苗木プレゼントを主とする「東急グリーニング運動」を行い、緑あふれる街並みの形成に努めてきた。

1997年9月の当社創立75周年を機に制定された東急グループ経営理念では、その一つに「自然環境との融和をめざした経営を行う」を掲げた。これに基づき、環境配慮の取り組みを全社的に広げるべく、1998年10月に部門長クラスをメンバーとする環境活動推進委員会を発足。省資源やリサイクル、省エネの推進に向けた活動、環境マネジメントシステムに関する国際規格ISO14001の認証取得に向けた活動、事業活動に伴う環境影響の把握のための調査活動の三つを進めることとした。

当時はオゾン層の破壊や地球温暖化など地球規模での環境問題がクローズアップされ、国内ではリサイクルや地球環境保全にかかわる法律が相次いで施行された。前述の武蔵工業大学環境情報学部は1998年10月に、当社では1999年3月には民鉄の車両工場としてはじめて長津田車両工場がISO14001を取得、電力使用量やOA印刷の削減、ゴミの分別回収とリサイクルなど身近な取り組みを通じた啓発活動を進めながら意識向上を図った。また本社でのISO14001の認証取得をめざして社内研修を開始し、2000年11月に本社部門の3ビルで認証を取得した。

民鉄の車両工場として初めて「ISO14001」を取得した長津田車両工場
出典:「こども環境報告書2018」
図7-8-2 当社の環境活動推進体制(2004年当時)
出典:『2004年版 東京急行電鉄社会環境報告書』(2004年9月)

さらに、当社をはじめ子会社や財団・学校法人、東急会の環境保全活動や顧客とのコミュニケーションを紹介するため、2000年10月に、環境や社会活動に関する報告書の定期発行を開始した。2003年12月には、「東京急行エコポリシー(環境に関する経営方針)」(1999年1月制定)と「東京急行電鉄本社環境方針」(2000年8月制定)の二つを統合し、新たに「環境方針」を制定した。

東急グループでは、各社の環境に関する取り組みを広く告知するため、2001年から電車内のモニターやポスターなどで「WE DO ECO.」シリーズとして展開した。

東急グループの環境への取り組みを伝える「WE DO ECO.」

7-8-1-3 「ブランドマネジメント」の導入

東急グループのガバナンスを当社が担うことを内外に示した2000(平成12)年4月の「東急グループ経営方針」の実行施策の一つが、「東急グループマネジメントの整備」である。その一環で、「東急」の商標権を保有している当社が、2003年度から「ブランドマネジメント」を本格化した。

これまでは、「東急」の認知向上の観点から、グループ各社は社名や商品名、サービス名などに比較的自由に「東急」の名称を使用してきた。そのため知名度は向上したものの、「東急」ブランドのイメージは拡散し、また「東急」を冠した商品やサービスに対する満足度が必ずしも高くないことが調査で明らかになるなど、当社や東急グループ各社が期待するブランド価値と、市場が評価するブランド価値には乖離が見られることが判明していた。

企業が安定的かつ継続的に収益を確保していくうえで、ブランドは極めて重要な資産である。そこで、ブランドの価値を維持、向上させ、リスクを回避する経営手法として「ブランドマネジメント」を導入したのである。

ブランドアイデンティティーを明確にし、これに基づいて、当社がブランド使用の可否を審査し、各社はそれぞれの事業において選ばれるブランドを築く責任を負うことで、ブランド価値の毀損を防ぐこととした。ブランドアイデンティティーの中核は「都市生活者の生活価値向上」とした。こだわりを持った顧客に心から満足できる生活を実感していただくことであり、これを支える「生活品質」の要素として、「安心」を土台にした「心地よさ」「こだわり」「洗練」を位置づけた。

図7-8-3 「東急」ブランドのアイデンティティー
出典:『TOKYU BRAND MANAGEMENT BOOK』(2018年4月)
図7-8-4 東急グループが提案する生活品質
出典:『TOKYU BRAND MANAGEMENT BOOK』(2018年4月)

2003年4月に、ブランドマネジメント委員会を立ち上げて議論を進め、「東急」ブランドを使用する各社と商標使用許諾契約を締結することを決定。当社はブランドの保有者としての立場で、社名や施設名、サービス名、広告表現などに「東急」「とうきゅう」「TOKYU」「109」「グループロゴマーク」「グループスローガン」を使用する東急グループ各社と商標使用許諾契約を締結し、ブランド運営料を徴収。ブランド価値の向上に向けた諸活動やブランド防衛に充てることとした。

これに併せて、これまで主要各社からの拠出金をもとに東急グループの広報活動を担ってきた東急広報委員会を、2003年3月をもって解消した。

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