電車の吊り輪をインテリアプロダクトに──「WA」のデザインが世界で評価される理由

東急公式サイト編集部

2026/7/23

田園都市線を長く走り続け、2023年1月に定期運行を終了した8500系。その車内で乗る人を支え続けてきた吊り輪が、今、照明器具「WA」として新たな姿へと生まれ変わり、そのデザインが世界各国で高い評価を得ています。限定150台のこのプロダクトのデザインを手がけたのは、ロンドンを拠点に活動するデザインスタジオ「Akasaki & Vanhuyse」。赤﨑健太さんと、フランス人インダストリアルデザイナーのAstrid Vanhuyseさんによるデザインスタジオです。

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「Akasaki & Vanhuyse」の赤﨑健太さんと、Astrid Vanhuyseさん

この「WA」は、国際的なデザインアワード「Red Dot Design Award 2026」のレッドドットデザイン賞2026を授賞(プロダクトデザイン部門・サステナブルデザインカテゴリー)。さらには同じく国際的に権威のある「FRAME Awards 2026」の月間GOLD、「Dezeen Awards 2025」 Lighting design部門のLonglist(上位15選)にも選ばれるなど、海外ではプロダクトとしてのデザイン・クオリティの高さに注目が集まっています。

Akasaki & Vanhuyseは、なぜ吊り輪に可能性を見出し、照明というプロダクトへ転換したのか。同スタジオや関係者への取材とともに、「WA」誕生の背景やその魅力をひもときます。

「WA」公式ページ

8500系の記憶を、これからの暮らしへとつなぐ。

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「WA」の出発点は、2021年に実施された「Circular Creativity Lab.」というアイデアコンペにおいて、東急が8500系の車両廃材をテーマとして提供したことがきっかけでした。廃材や未利用材を新しい価値として社会実装することを目指すこのコンペに、Akasaki & Vanhuyseが吊り輪を使った照明プロダクトのアイデア「Ring Lamp」をエントリー。その案が実装検討案として選ばれ、のちの「WA」の誕生へとつながっていきました。

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コンペにエントリーされた「Ring Lamp」のイメージ

同スタジオがこのコンペに関心を持った背景には、サステナブルやリユースがデザインの重要なテーマとして意識され始めていた時代性があります。新しいものをイチからつくるだけでなく、既存の素材をどう活かし直すか。当時、デザインアイデアを生む際に意識していた思いをこう振り返ります。

「実際にできたものが長く人に使われないと、あまり意味がない。素材も大事ですが、それ以上に、“いいもの”として人に愛され、長く使い続けたくなるかを最も大切に考えながらデザインを進めました」(Akasaki & Vanhuyse)

単に廃材を使うだけではなく、暮らしの中で長く選ばれるものにすること。その考えが、企画の入口から「WA」の根幹を支えていました。

“吊り輪らしさ”を消さない、引き算のデザイン

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数ある車両部品の中で、なぜ吊り輪だったのでしょうか。理由のひとつは「電車由来の素材であることがひと目で伝わりやすいから」。車内で多くの人が触れてきた吊り輪は、鉄道を象徴するアイコンでもあります。さらにもうひとつの大きな理由として、商品化を見据えて「ひとつの編成から多くの数を確保できることも重要なポイントだった」と言います。情緒的な記憶と製品化に向けての現実性。その両方から、吊り輪に可能性を見出したのです。

また、デザインにおいてAkasaki & Vanhuyseが意識したのは、素材に何かを加えることではなく、「吊り輪そのものの個性を損なわないこと」。

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「足し算ではなく、引き算のようなデザインにしたいと思いました。吊り輪という素材自体が、すでに強い個性を持っています。人が見たときに、『これは吊り輪かもしれない』と感じられることが、再利用というプロジェクトにおいて大事だと考えました」(Akasaki & Vanhuyse)

だからこそ、吊り輪の形は大きく変えず、しっかりとその出自が伝わるアイデアへとつながりました。

もちろん、単に吊り輪をそのまま使用しているだけでなく、クリーニングを施し、表面の光沢を抑える加工を施すことでマットな質感へと整えました。そこにオリジナルで設計した金属の脚部を組み合わせることで、古いものと新しいものがプロダクトの中で響き合う、建築を背景に持つ同スタジオらしい発想からなる“新旧のコントラスト”が生み出されました。

機能からの脱却から生まれた、唯一無二の光のかたち。

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また、再利用の用途を考える上で、「照明」というアイデアは最初からあったものではなく、さまざまなスケッチを重ねながら使い方の検討を重ねたとのこと。間仕切り、テーブル、収納系プロダクトの取っ手……など、複数のアイデアがあった中で浮かび上がってきたのが、「吊り輪を積み重ね、隙間から光を漏らす」という構造でした。

「最初から照明にするアイデアがあったわけではありません。いろいろスケッチを進める中で、吊り輪を積み重ねる案が浮かび、じゃあ積み重ねたものをどう使うか? を考えたときに、照明のシェードとして使えるのではないかというアイデアが生まれました。

本来、吊り輪は人の身体を支える道具です。しかし、その機能をいったん切り離し、純粋に素材の色や形を見直したとき、空間を照らす存在へと転換できる可能性が見えてきました。

吊り輪は光を透過しません。だからこそ、重なりの隙間からこぼれる光がとても重要になります。吊り輪を固定するボルトの太さを変えることで隙間を0.2〜0.25ミリのレベルで調整しながらモックアップ(試作模型)を何度も作り、光源を見せずに柔らかな光が漏れるバランスを探りました。この光の見え方もまた、デザインの一部として作り込んだポイントになります」(Akasaki & Vanhuyse)

今求められるサステナブルデザインとは……プロダクトとしての完成度を追求。

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コンペに提出した「Ring Lamp」という案から、実際の商品「WA」へ。その中でとりわけ大きな変更点になったのが脚部の構造でした。シンプルに見えるからこそ精度が求められる脚部の素材には加工の難しいステンレスを用い、わずかな単位で寸法を詰めながら、さらには商品化を見据えて現実的な製造コストの中で成立させる必要がありました。

この過程で、Akasaki & Vanhuyseが徹底してこだわり抜いたのはクオリティでした。再利用素材を扱うプロジェクトだからこそ、完成品の質を重視したのだといいます。

「再利用素材を使うサステナブル系のプロジェクトでは、使う素材に注目しすぎて、できあがったものの完成度がDIY的なレベルにとどまることもあります。ですが、再利用したものを使いながらも、新品で作ったものに負けない、もしくはそれ以上のクオリティを出す、それが現在のサステナブルデザインに求められていることであり、今回目指したことでもあります」(Akasaki & Vanhuyse)

素材の背景に頼らず、まずプロダクトとして魅力があること。その姿勢が「WA」の高い完成度の支えとなっています。このポリシーのもと、実物の吊り輪を手にしたことでデザインはさらにブラッシュアップされていきます。

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「実物の吊り輪は(ロンドンで作業をするなかで)想定していたよりも直径が小さかったため、当初の案では8個を重ねていましたが、9個の構成へと変更しました。また、脚部との調和をとるため吊り輪にサンドブラスト加工を施し、光沢を抑えたマットな質感へ整え直しています。

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さらに、吊り輪に残る傷や使用感にも個体差があるため、約1400個もの吊り輪を状態ごとにカテゴリー分けして、ひとつのプロダクトの9個の中でそれらをどう組みあわせて配置するかまで設計しました。150個の商品それぞれの個性はありつつもクオリティに大きな差が出ないようにしています」

全体としてのクオリティを保ちながら、近づくとひとつひとつの違いをしっかりと感じることができる。その微細な差は、再利用素材ならではの表情として生かされています。

インテリアプロダクトとしての魅力あふれる愛嬌と佇まい

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「WA」は、鉄道部品を使ったプロダクトであり、空間の中に置かれる照明器具でもあります。その多面的な魅力をインテリアプロダクトの視点から評価するのが、同商品をセレクトし取り扱うインテリアショップ「black & white」のオーナー福泉寛史さんです。福泉さんは、初めて「WA」の画像を見たとき、「どこか愛嬌のあるプロダクト」だと感じたといいます。重なった吊り輪の円いボディとスチールの脚が、有機体のようにも見えたそうです。

「小さな明かりとして、玄関や寝室に置く。あるいは、モダンでシンプルな造形を日本家屋や和の空間に行燈(あんどん)のように灯す。また、オフィスやホテルでは、レセプションに置けばアイコンとしても機能するプロダクトです。デザイン好きの方たちはもちろんのこと、私もそうなのですが、この東急線の車両を利用していた世代の方にも、当時の思い出も含めて響くのではないかと思います」(福泉さん)

鉄道由来のストーリーだけでなく、空間の中でどう佇むか。そのクオリティを見据えた視点が、「WA」が唯一無二のプロダクトであることを浮かび上がらせます。

また、海外での反応もAkasaki & Vanhuyseにとっては大きな手応えになっているようです。

「ロンドンデザインフェスティバルで『WA』を展示した際、来場した方々からは『サステナブルだから良いのではなく、シンプルにプロダクトとして良い』という反応が多く、まさに自分たちが目指してきた方向性が間違っていなかったと実感することができました。現地では、日本の鉄道で使われていた吊り輪だと気づく人は少なく、背景を説明してはじめて誕生の背景にも関心を持っていただいたり、『日本で電車に乗った時のことを思い出すよ』という声をいただいたりもしました。吊り輪は“ローカルな素材”でもあるので、デザインを通して国境を越え、思い出をつなぐ手がかりにもなっている。そんな価値も知ることができました」(Akasaki & Vanhuyse)

資源循環を“選びたくなるプロダクト”へ。

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この取り組みを推進し、役目を終えた車両部品と外部クリエイターの発想をつないできたのが、東急のイノベーション推進組織「フューチャー・デザイン・ラボ」の超循環型社会プロジェクト(以下、FDL)です。FDLが「Circular Creativity Lab.」のコンペに8500系の車両部品を提供した背景には、役目を終えた部品を単に廃棄・処分するのではなく、東急ならではの資源循環の取り組みとして新たな価値に変えたいという思いがありました。

FDL 横尾俊介さんは、「社内だけでは生まれにくいクリエイティブな発想を取り入れ、鉄道の記憶や素材の個性を未来につなぐ活用方法を探りたかった」と語ります。複数のアイデアがエントリーされた中で、Akasaki & Vanhuyseのアイデアは「吊り輪そのものの形や歴史を活かしながら、デザイン性、商品性、社会的な発信力を備えていた点が素晴らしかった」と振り返ります。

「社会には役目を終えた多くの資源が存在しますが、その背景や素材の特性に着目し、デザインの力を掛け合わせることで、新しい価値へ転換できる可能性があります。『WA』は単なるアップサイクル商品ではなく、『大量に存在する資源をどう次の価値へつなげるか』という問いに対するひとつの提案だと捉えています。

資源循環を環境活動としてだけでなく、人々が魅力を感じ、自ら選びたくなる文化として広げていきたいと考えています。そしてそのためには、素材そのものだけでなく、どこで使われ、誰を支え、どのような役割を果たしてきたのかという背景や記憶にも光を当てることが大切になります」(FDL横尾さん)

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人々の日常を支えてきた吊り輪が、照明というインテリアプロダクトとして暮らしの中に戻ってくる。そこにあるのは、単なる“再利用”ではありません。記憶を宿す素材にデザインと製品化の力を掛け合わせ、もう一度選びたくなる価値へと変えていく……「WA」は、東急が進める資源循環の取り組みを、生活の中で実感できるプロダクトとして今を照らし出しています。

「WA」公式ページ

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取材・文/安部 毅
編集/ALTANA inc.

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