東急線沿線のまちは、なぜ魅力的なのか。“街歩きイラストレーター”小川真二郎と世田谷線を歩く

Urban Story Lab.

2026/4/14

東急線沿線のまちを、クリエイターはどのように見つめているのでしょうか。

今回登場するのは、「街歩きイラストレーター」の小川真二郎さん。実際にまちを歩き、写真を撮り、その風景をもとに作品を描いています。主に鉄道のある風景を描いていますが、これまで東急線沿線の作品も数多く発表してきました。

今回は小川さんの作品にも登場する、世田谷線の西太子堂駅から若林駅までの区間を一緒にまち歩き。作品に描かれた風景をたどりながら、まちを見る視点や、まちを描く理由について伺いました。

小川真二郎さん
街歩きイラストレーター。愛知県名古屋市出身。南山大学法学部、セツ・モードセミナー卒業。自動車メーカー勤務を経て、フリーの画家、イラストレーターとして活動。
https://www.ogashin.com/

線路のすぐそばに暮らしがある。世田谷線のまちの魅力

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小川さんが描いた「世田谷線 西太子堂駅〜若林駅間」。2022年頃制作
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実際の場所。2026年2月撮影

ーー小川さんは東急線沿線の風景も多く描かれていますが、今回は世田谷線西太子堂駅〜若林駅間のまちを歩きながら紹介いただきます。この場所を描いた理由は?

小川さん:昔から、線路と人と建物の距離が近いまちに魅力を感じていました。世田谷線は住宅街を縫うように走る路面電車なので、人と電車の距離が近く、暮らしと密接している路線です。西太子堂から若林の間にあるこの線路沿いの小径は、道幅が狭く車もあまり入って来ないのでゆっくり歩けます。沿線でも好きな場所なので絵にしました。

この絵はかなり昔に撮った写真を元に描いたのですが、撮影当時は線路にかかりそうな大きな木やツツジの植え込みがありました。ここ数年で新しく建ったお家はセットバックされ、まただいぶ景色が変わりましたね。ただ、線路沿いのコンクリートの柵は健在。この味わい深い柵を補修しながら残してくれているのも好きなポイントです。

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コンクリートの柵が残っている

奥に見える三軒茶屋のキャロットタワーは東急線沿線でも象徴的な建物です。鮮やかなオレンジ色の壁と、手前の緑のコントラストが面白く、その点も絵にしたいと思った理由です。

また世田谷線は車両がカラフルで、10編成全て違うカラーに塗装されています。絵を描く時、雰囲気に合わせて車両をどの色に塗るか自由に選べるのは、他の路線にはない世田谷線を描く時ならではの愉しみです。

ーーこの辺りはよく歩いていたのでしょうか?

小川さん:はい。世田谷線沿いはよく歩いてました。というのも一時期、沿線の松陰神社前駅の近くに暮らしていましたから。

例えば三軒茶屋に行くときは、その日の気分で歩くこともあれば、世田谷線に乗ることも。世田谷線はずっと地平を走っているので、駅で階段の上り下りもなく、さっと乗ってさっと降りられる。駅間も短く電車も次々来るので「歩いても行けるけどちょっとそこまで乗ろうか」と、サンダルがわりに気軽に乗れるのが嬉しいですね。

2両の小さい電車がトコトコ走る姿はほんと絵になりますし、乗って嬉しい、見て楽しい路線だと思います。車両が小さい分、朝夕のラッシュ時は大変ですが。

ーー小川さんが感じる東急線の魅力も教えてください。

小川さん:基本的に東京の鉄道路線は、都心から郊外へ放射線状に伸びていて、都心への大量輸送を目的としています。東急線でも東横線や田園都市線はそれに近いでしょう。あるいは遠方の観光地へ向けての花形特急列車のイメージです。

それに対し、東急線は放射線状だけではなく、比較的短い路線が絡み合った迷路っぽい路線網を有しています。特に池上線や多摩川線、そして世田谷線は、都心に出る最短ルートにあたらないことも多く、東京に住んでいても一生降りたり、通過したりしない駅が並んでいることもあるかもしれません。よその人があまり訪れない、そのまちの暮らしに密着した路線という性格が強いともいえます。

有名な観光地よりむしろ「名もないまち」に魅力を感じる私にとって、一つひとつの駅が魅力的で、宝石のように輝いて見えます。試しにどこかの駅で降りてみてください。小さな商店街や、ちょっとした絵になる街角があったりして、不思議な懐かしさを感じると思います。

思えば上京して初めて住んだのが、東急多摩川線の沿線。蒲田駅から多摩川駅までの短い路線ですが、それぞれの駅にこぢんまりした商店街があり、暮らしの温かみを感じられる路線です。私にとって、普段着の飾らないまちの魅力を知るきっかけになった沿線ともいえます。そう言う意味では東急線にはゆかりが深いですね。

地形を意識しながらまちを歩く

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西太子堂駅を北方向から振り返る。駅前がすぐに路地になっている

ーー普段、どういった視点でまち歩きをされているのでしょうか?

小川さん:人々の暮らし以外では、地形が好きなので、アップダウンを意識しながら歩くことが多いです。例えば西太子堂駅の場合、南側に世田谷通りの尾根筋があり、北側には烏山川(からすやまがわ)暗渠(※)の谷があるので、駅を出ると左から右に緩やかな下り坂になっています。

(※あんきょ。地下に埋設されたり、ふたがされて水面が見えなくなっている通水路や排水溝のこと)

東京の西側は台地と谷の連続なので、そのあたりを意識して歩いてます。特に台地の縁にある崖や坂は趣ある場所が多く、歩くスピードも遅くなりがちです。初めてのまちへ行くときは、地形を含めて下調べして出掛けます。大体月に1〜2回、1日かけてのんびりかつしっかり巡ります。線路沿いに関しては描きたい場所を探す資料集めの意味合いもありますね。

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若林駅前
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若林中央商店街を分断するように通る環状七号線沿い。かつては奥の商店街まで道が繋がっていた

小川さん:それから、古地図と現在の場所を見比べて歩くことも好きですね。若林駅付近だと、環状七号線(環七)ができる前の地図と比べると面白いです。

駅前から伸びる若林中央商店街を南に歩くと、今は環七に突き当たるかたちで終わっています。でも環七が開通する前の時代は、奥の道まで商店街として繋がっていたようです。今は環七の先は普通の住宅街の道ですが、少し前まではかつての商店を偲ばせる建物がいくつか残っていました。

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環状七号線を横切る若林踏切

若林駅は、環七を横切る唯一の踏切「若林踏切」も遮断機がないことで有名ですよね。電車も車も人も、信号を守って通行します。青信号になると電車も人と一緒にそろそろと進むのですが、稀に信号無視をして電車の前を横切ろうとする人がいる。すると運転手が警笛を鳴らす。以前、踏切近くの店には「警笛がうるさいから信号無視をしないように」という趣旨の張り紙も貼られていました。なんだか、若林ならではの風景だなと覚えています。

人、建物、文字。重なり合う「まちのレイヤー」を描く

ーーなぜ、まち歩きや鉄道を作品のテーマにしているのでしょうか?

小川さん:単純に描いていて一番楽しいテーマだからです。子どもの頃から、鉄道も、まちも、地図も、絵を描くことも好き。これらを組み合わせていまだにやっているという感じです。
私は元々は一般企業に勤めていましたが、退職し、絵を描く仕事を始めました。当初は自分が好きな絵を描くのではなく、仕事として依頼されたモチーフを依頼されたタッチで描くということを何も考えずにやっていました。

それはそれで充実していたのですが、次第に自分が描きたいものを好きなように描きたいと思いが強くなり、画家として作品を制作するようになっていきました。そのテーマが鉄道とまち。そして今はありがたいことに鉄道とまちの絵の依頼もいただくようになり「街歩きイラストレーター」として活動しています。

様々なまちの中でも、特に人や建物や看板や電柱やなんかが、レイヤーのように重なり合ったまちの風景に、絵心をくすぐられます。鉄道はそこに動きを与えてくれます。坂道や階段といった高低差が加わると尚いいですね。さらに言うと、長く人が住み、行き来して紡いできた、まちが持つ歴史というレイヤー。それら複雑な階層を一枚の絵に落とし込み、作品としてつくり上げる作業が本当に楽しいんですよ。

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大井町線・東横線 自由が丘駅(初出:『東京人』2026年2月号)
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多くの人で賑わう自由が丘のまち。2026年3月撮影

ーーたしかに自由が丘の絵は、人物、建物、看板が多く、まさに「まちのレイヤー」を感じます。

小川さん:そうですね。自由が丘は駅正面口で再開発が進みつつも、この場所からの風景は昔からあまり変わらず、人も建物も看板も多く活気があって気に入っています。

自由が丘はアップダウンが激しく、地形の面白さもあるまちで、この絵はやや高い位置から九品仏川の谷越しに田園調布の高台を眺める構図です。手前に大井町線、奥に東横線という2路線が1枚の絵に入っているので、東急線があちこち走っているエリアということも表現できて、自分では満足しています。

あと絵の中に看板などの文字を描くのも好きなんです。「文字を描くことは細かくて大変な作業でしょうね...」などと言われることもありますが、全然そんなことはなく、むしろ楽しいです。文字を描くことを最後にとっておくことも多いのですが、“だるまに目を入れる”のに近い感覚ですかね。文字を描き入れることで、さらに自分の画風になるというか。

絵の中に残した余白から、ストーリーが生まれる

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東横線 代官山駅(初出:『東京人』2025年1月号)
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夕陽に照らされる、代官山の線路沿い。2026年3月撮影

ーーまちを描く上でのこだわりも教えてください。

小川さん:季節感や空気感を表現することにわりとこだわっています。基本自分で撮った写真を元に描きますが、季節や天候や時間帯は、自由に変えて設定しています。

まずラフを描く前の構想の段階で、この絵の設定は夏の昼下がりにしようとか、雨を降らせようとかを先に決めることが多いです。そこからどんな人物を登場させるかを決め、その人たちにも、季節感の表現を手助けしてもらっています。真夏には日差しにうんざりする男性を、風が強い日には帽子が飛ばされる子どもを、というように。

代官山の絵は冬の夕方の景色なので、コートをおしゃれに着こなす男性を描きました。Tシャツ1枚で出かけられる夏とは違って、冬には着こなしにその人なりのこだわりが現れます。冬の絵にはおしゃれな人を描きたくなりますね。

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池上線 雪が谷大塚駅
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雪が谷大塚駅の改札を出ると広がる景色。2026年3月撮影

ーー雪が谷大塚は夏の絵ですね。なぜこの場所を描いたのでしょうか?

小川さん:これは雪が谷大塚駅の階段の途中から、奥にある雪が谷検車区という車両基地を眺めた風景です。電車の車庫はフェンスに囲まれていることが多く、上から車庫を見ることができる場所は貴重です。車庫に憩う車両たちは、普段の運用で走っている時と違う、リラックスした表情を見せてくれているようで「ああいいな」と思ったりします。演劇の終演後の舞台裏を見るような気分でしょうか。

そして真横には良い感じに年季の入った商店群が迫っている。手前の踏切を渡る人々を足せば、物語性のある絵になるのではと思ったのが、この場所を絵にした理由です。

ーー日傘をさした女性や、走る子どもたち。それぞれの人物にもストーリーを感じます。

小川さん:私は作品の中に必ず人を描くようにしています。人がいない風景だけの絵にも見る人を感動させる力があるので、そのあたりは作家の好みの問題だと思います。

ただ、人がいないとまちとして成立しませんし、人がいることでまちが動くし、温かみやドラマが生まれると私は思っています。そのため電車や建物と人とが効果的に画面に収まる場所を見つけるのに苦労したりしますが、それはそれで楽しいです。

そして余白を残す意味でも、例えば家族全員を描くよりも、母親と子供だけとか、子どもがひとりでポツンといたりとか、そういう描き方が多いです。その方が見た人に何かしらのドラマを想像してもらえるかなと。

ーーたしかに、小川さんの絵には人物のストーリーを想像したくなる魅力があります。

小川さん:ありがとうございます。あとは見た人が自由に想像や解釈をしていただきたいと思っています。例えば先の自由が丘の絵は、成人式シーズンを描いたのですが、絵を見た人から、「アップダウンのある道が、袴姿の女性がこれから歩む山あり谷ありの人生を暗示している」と言われました。私が全く想定していなかった解釈で、こういう感想は私にとって大変に嬉しいことで、描いて良かったなと思う瞬間です。

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作品集『線路沿い街歩き』(玄光社)とまちを見比べる小川さん

小川さんの作品には、まちの風景だけでなく、そこに暮らす人の気配や時間の流れが描かれています。

鉄道があり、歴史があり、人が暮らす。そんな「レイヤー」を意識してまちを歩けば、普段見慣れている風景の中にも、様々な物語が隠れていることに気づくかもしれません。

小川さんも「まちの暮らしに密着した路線」と語る東急線沿線を、そんな視点とともにお散歩してみてはいかがでしょうか?

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編集/ヒャクマンボルト
取材・文/菱山恵巳子
撮影/Ban Yutaka

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