
東急線沿線の駅にまつわる人やお店、エピソードを、東急線沿線にゆかりのある方々にエッセイ形式で執筆いただく本企画「あの駅で降りたら」。
今回は、お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」のすがちゃん最高No.1さんが東横線・中目黒駅をテーマに執筆します。
2013年夏、大きな夢とわずかな根拠だけを胸に、芸人としての第一歩を踏み出したまち、中目黒。
タワーマンションがそびえ立つ独特の街並み、養成所での挫折と先輩の背中、そして目黒川沿いで誓った「天下を取る」という熱い決意。酸いも甘いも経験し、がむしゃらに駆け抜けた日々を経て、今も初心と背伸びを感じさせてくれる「中目黒」というまちへの想いを綴ります。
今回は、思い出の地を巡りながら撮影した写真とともにお届けします。
すがちゃん最高No.1
すがちゃんさいこうなんばーわん。1991年生まれ。山形県出身。2021年お笑いトリオ『ぱーてぃーちゃん』を結成。著書に『中1、一人暮らし、意外とバレない』(ワニブックス刊)がある。
X:https://x.com/patyssugano
根拠のない自信と、中目黒への切符

「んじゃ15時30分に中目黒駅の改札前集合で良いよな?」
「オッケー。んじゃ当日に。」
電話を切ってゆっくりと家の天井を見つめた。
自分の胸が高鳴ってるのがわかる。
「こりゃ伝説が始まるぜ」
シミまみれの天井に熱い想いをぶつけた。
2013年8月。
専門学校の同級生の“石原”に一緒に芸人にならないかと誘われ、お互い働いていた会社を辞めた。
どうやってプロの芸人になれるかもよく分かっていなかったけど、なんとなく吉本のお笑い養成所のNSCに入れば芸人になれると思っていた。
ただよくよく調べてみると、NSCの入学時期は4月で、半年以上待たないといけないことが判明した。
「まぁアマチュアでも出れるフリーライブに出てお笑い修行でもすれば良いっしょ!」
2人とも計画性の無い楽観的ポジティブ野郎なので、特に気にすることはなかった。
ネットで自分達も出れそうなお笑いライブを調べていると、ワタナベエンターテインメントのお笑い養成所の広告が偶然目に止まった。

なんとなく広告をクリックしてホームページを見てみると、なんとワタナベの養成所には、4月と10月の年2回入学のタイミングがあると紹介されていた。
しかも動画でネタを送ると、学費免除の“特待生”のチャンスもある。
ほーう。これは面白い。
別に動画を送るだけ送ってもし何もなければそのままNSCに行けば良いし、何かチャンスがあったら、その時また考えれば良いかと持ち前の楽観性と自分達の面白さに無限の可能性を感じていたので、見様見真似で作った漫才を撮影して送ることにした。
動画を送ってから1週間後。
突然知らない番号から電話がかかってきた。
まさかと思いながら電話に出る。
「こちらワタナベコメディスクールの◯◯といいます」
マジかよ。
これもしかして電話がかかってきたってことは、そういうことだよな‥
自然と腰かけていた椅子から立ち上がる。
「いやぁ、簡潔に言うととにかくネタが素晴らしかった。君たちは第2のハライチになるかもしれないね。もし良かったら直接お話をさせてくれないですか?」
来たぜ。来たぜ。
生まれてこの方面白いとは思っていたけど、ほとんど初めての漫才でもうハライチレベルまで来ていたか。
ただ待て待て。落ち着け。
ここで相手に嬉しいのがバレたらあっちにペースを握られるかもしれない。
こいつらヨダレ垂らしてやがる。しめしめ。と思われるのは危険だ。

嬉しさを心の押し入れの奥にしまいこみ、心のメガネをかけて冷静に、驚いた素振りを見せずに、「ちょっと相方に確認します」と言って電話を切ってすぐに石原に電話をかけた。
「もしもし、あの、」
「お前も電話来たか?」
どうやら石原にも連絡が来ていたようだ。
「まぁ、どうするよ?」
「まぁどっちでも良いけど、」
もろちん話を聞きに行く事は確定しているのに、無駄に迷ってる感じを出した。
声色で嬉しいのはお互い分かっているけど、ここで満足した感じを出したらカッコ悪い気がした。
ある程度お互いスカし終えて、流れるように説明を聞きに行くことを決めた。
ここまでが、冒頭に話した天井に伝説の始まりを告げるまでの話だ。
何を倒置法でやかましい見せ方をしてるんだ。
『あの駅を降りたら』ってタイトルのエッセイなんだから、さっさと駅に行って降りろよと思うでしょう。
ただ、どうしてもここまでの自分のストーリー語りたかったんです。
すみません。
目黒川の風と、柳葉敏郎フェイス

養成所は中目黒駅から徒歩10分ほどの場所にあった。
18歳で山形から上京してきて4年近くになるが、中目黒に来るのは初めてだった。
改札を出てすぐに車がビュンビュン走る大通りがあって、そのすぐ目の前には巨大なタワーマンションがあった。
他のまちとは雰囲気が違う。
中目黒全体が芸能界そのものに見えた。
改札の前のガードレールに腰をかけて、中目黒の圧に負けないようこなれた感じを出していると石原が改札から出てくる。
「お前なんかスカしてるな。緊張してるのか?」
なんでこいつわかるんだ?
いきなり自分の心理を読み取られたことが恥ずかしかったので、バレないように
「そんな訳あるかよ」と軽くツッコミながら養成所の方に歩き始める。
「中目黒にはめちゃくちゃ芸能人いるらしいぞ。LDHの事務所も中目黒だしな。」
「ここのうどん屋さんケンドーコバヤシさんがよく食べにくるらしい。」
石原はなぜか中目黒豆知識を大量に持っていた。
こいつ、さすが埼玉出身。すでに中目黒を熟知してやがる。
相方に頼もしさを感じながら、目的のワタナベの養成所の建物の前に到着した。
シャッターに大きくワタナベのロゴのWの文字が書かれている。

ここで舐められたらいけないと、自信のある雰囲気を醸し出しながら建物に入る。
入り口には電話で対応してくれた担当者の方が待っていた。
会議室のような所に入り、改めてオーディションのようなことをするのかと思うと、ラフな感じで出身地や過去の部活や仕事の話などの雑談をするだけだった。
ある程度話し終えると、
「ちょっとこれ見てもらえるかな?」
封筒を1人ずつ渡される。
中を開けると特待生と書かれた書状が入っていた。
「もし良かったら、特待生として養成所に入りませんか?」
本当はその場でスキップをして歌い出したい気持ちを必死に抑え、眉間にシワを寄せて柳葉敏郎フェイスで詳しく説明を聞いた。
どうやらワタナベの養成所には複数コースがあり、それによって学費も変わってくるらしい。
我々はどのコースを選んでも学費の20%をスクール側が負担してくれるとのことだった。
細かい説明を聞き終えて、今この場で入学を決めず後日電話してくれれば良いと言われたので、その場を後にした。
エントランスでこれからお世話になるかもしれないので、来た時より丁寧に係の方に挨拶をして、建物を出て歩き出す。
目黒川沿いで誓った「天下」

自然と2人とも駅の方には向かわなかった。
この初めて降り立った中目黒というまちで、夢が始まった気がした。
このまますぐに電車に乗ったら、この夢が終わってしまうのではないかと思い、行き先もなくただ歩いた。
特に喋るわけでもなく街並みを見ながらうろうろ歩くと目黒川沿いの道に着いた。
たった一つ道が逸れただけで、こんなにも落ち着いた雰囲気になるのか。
そこで自然と歩くのをやめて、静かに口を開く。
「ワタナベ入って天下取るか。」
「まぁ特待生とか言われたら流石にそうなるわな。」
目黒川を眺めながら熱く決意を固めた。

こうして中目黒で夢への切符を手にして、ワタナベコメディスクールという夢の列車に乗ることになった。
そう、特待生として。
ただこの特待生というブランドが、甲子園出場くらい一生の自慢になると思っていたのだけど、入学のオリエンテーションを終えて、すぐブランドが崩れ落ちた。
オレ達以外にも特待生がいた。
他の同期には、学費全額免除や半額免除の特待生もいて、なんなら俺たちは一番ランクの低い特待生だった。
やってくれるぜ。
ただ、一番低い特待生が上にのぼればかっこいいでしょと持ち前の明るさで、全く気に留めないどころかそいつらを倒すことをモチベーションに変えていた。
そこからあっという間に月日が流れて、入学の時は枯れかけたいた目黒川の桜の木も蕾が開く季節になっていた。
ネタ見せの授業でもトップレベルの評価を受けて順調な養成所生活を送っていた。
酸いも甘いも噛みしめた、オレたちの街

5月から本格的にライブが始まり、お客さんの評価で順位を決めるバトルが始まるのだけど、その前に1期上の先輩と1対1で戦う対抗戦というのがあった。
そこでオレ達は、現ちゃんぴおんずの日本一おもしろい大崎さんの当時のコンビである“銭頭”(ぜにがしら)と戦うことになる。
お客さんの投票で結果が出るというシステムだったのだが、結果は惨敗。
票数はトリプルスコアで負けていた。
同期しかいなかった自分達のお笑いの世界に、先輩という存在を叩きつけられた。

こんなにおもしろい人がいるのかと衝撃を受けて、いつもネタ合わせをしていた養成所の裏の公園で反省会をしていると、偶然大崎さんが通りかかった。
なんとなく気まずい雰囲気が漂う。
何を喋ったら良いかなと頭を回転させる。
すると、
「お前らのネタおもろかったで」
大崎さんの方から励ましの言葉をくれて去って行った。
あまり世間には印象に無いと思いますが、大崎さんは実は粋でカッコいい男、と一つ株を上げておきましょう。

そんな敗北と先輩の偉大さを知ってから、ひと皮剥けたのか、同期とのバトルライブでは9回連続優勝を達成した。
この9連覇という記録は未だ破られていない。
これはただの自慢です。
こんなに連覇をした芸人は過去にもいないということで、スクールの先生の粋な計らいでオリジナルポスターを作ってくれることになり、中目黒のオシャレな場所で沢山写真を撮ってくれました。
そして10連覇がかかったライブで事件が起きる。
いつも通り余裕で勝てるだろうと舞台袖の楽屋で準備をしていると、舞台から聞いたことのない大爆笑が聞こえる。
一体誰なんだと舞台上にいる芸人を確認しに行くと、
「Why Japanese people!!」と厚切りジェイソンが大絶叫していた。
ジェイソンが売れたあのネタが完成した日だったのだ。
そこでジェイソンに負けて2位になり、連勝記録が止まってしまったのだ。
しかし、負けっぱなしでは終わらないのがオレ達だった。
その次の最後のライブでしっかりとジェイソンにリベンジを果たし、王座を奪還した。
そんな酸いも甘いも経験した1年だったが、そこからジェイソンはあっという間に売れていき、後輩達もドンドン世に出ていって、芸歴6年目で石原とも解散して今はギャル2人と組んで愉快な生活を送っている。

芸人としてのあらゆる初めてがパンパンに詰まっている中目黒。
今は行く機会も少なくなったけど、中目黒に来ると初心を思い出す。
ただ初心を思い出すと同時に、個室の高級焼肉に行ったり、なぜか背伸びもしてしまう。
やっぱり中目黒はオレにとっての芸能界そのものなのだろう。
いつか中目黒が似合う男になりたいもんだぜ。
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文/すがちゃん最高No.1
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)
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Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。







