
都心にありながら、どこかおだやかな時間が流れるまち、池上。日蓮宗の大本山・池上本門寺の門前町として栄えてきたこの地には、日々の暮らしを支える複数の商店街が網の目のように広がっています。
今回、そんな池上線「池上駅」周辺に広がるまちを歩くのは、芸人であり、ギャグ漫画家や絵本作家としても活躍する田中光さん。京都出身でまだ東京に住んで数年という田中さんは、ぜひ東京にある人情味あふれる商店街をお散歩してみたかったのだとか(理由はのちほど)。
そこで、気になるお店を巡りながら、店主さんに「仲の良いお店」を紹介してもらうお散歩企画をすることに。「お店の方には似顔絵を描いてプレゼントしていきましょう!」とやる気満々の田中さん。人情味あふれるまちを、似顔絵のバトンで繋いでいくお散歩がスタートです!
池上のまちを歩くのは……

田中光(たなか・ひかる)さん
お笑い芸人、ギャグ漫画家、絵本作家。京都府出身。漫画家としての代表作に『サラリーマン山崎シゲル』『私たち結婚しました』(小学館)、『つまねこ』(講談社)などがある。絵本では『ぱんつさん』『ねこいる!』『おばけのかわをむいたら』など。漫画連載のほか、広告、テレビ番組など活動は多岐に渡る。
公式X:https://x.com/avocadohikaru
すいません、「池上」を他のまちと間違えてました……(照)
池上線に揺られて降り立ったのは「池上駅」。2020年にリニューアルした駅舎を出てすぐ、田中さんは少し照れくさそうにこう切り出します。

田中さん「……あの、実は直前まで、下北沢の近くの『池ノ上』だと思ってて(笑)。位置も雰囲気も、思っていたのとは全然違う場所でした(笑)」
そう正直に告白してくれた田中さん。池上のまちに降り立つのは今回が初めてだそうですが、実は商店街という場所には強い思い入れがあるそうです。
田中さん「東京に住み始めて数年なので、戸越銀座とか浅草とか、有名な商店街は歩いたことあるんですけど、池上は初めてですね。でも実は僕、商店街でバイトしてたんですよ。京都の“錦市場”という商店街のお米屋さんで、お米の俵を担いで運んだりしていました。僕がバイトしていた当時はまだ古いお店がたくさん残っていて、すごくいい雰囲気で大好きな場所でした」
東京で、そんなあたたかみあふれる商店街を歩いてみたい!という田中さんと相談し、今回、取材チームは池上のまちにやって来ました。
田中さん「池上は、なんだかかつての錦市場のような、人情にあふれた匂いがします」
“村”のようなまちで見つけた、母の日の贈り物
最初に向かったのは、池上柳本通り会にある「フラワーショップ花徳」。創業から50年以上続くこの店は、大田市場から仕入れた花々を中心に、日常使いの花から贈答用まで幅広く扱う、まさにまちの顔とも言えるお花屋さんです。

フラワーショップ花徳
・住所:東京都大田区池上6-1-5
・電話番号:03-3752-2085
・営業時間:9:00~19:00
・定休日:年中無休(正月5日間のみ)
https://ikeshoren.jp/shops/ikegami_yanagimoto_dorikai/daily_necessities/yanagimoto_009/

初めてこのまちを訪れた田中さんに、池上がどんなところかを教えてくれたのは、スタッフの堀真由美さん。
堀さん「池上は、なんていうか“村”みたいな感じなんですよね。大きなお寺もあって、個性的な商店もあって、緑も多い。わざわざ遠くに行かなくてもいろいろなものがあるところも、いいんです」
観光地のような派手さはないものの、生活の中に行事がごく自然に溶け込んでいる。そんな地に足のついたまちの魅力を堀さんが語ってくれました。

堀さん「母の日になると、小さいお子さんがお花を一輪だけ買いに来てくれたりするんですよ。部活帰りの子も、お金をぎゅっと握って走ってきて、『これください!』って。お母さんが好きな色のお花を選んで買って帰る姿を見ると、やっぱり花を売っていてよかったなと思いますね」
そんな心温まる話を真聞き、「いい話やなぁ」とつぶやく田中さん。「そういえば、僕は母の好きな色とかは正直わからないですが……なんだか花をプレゼントしたくなりました」と苦笑いしつつ、京都で暮らすお母様へのプレゼントの花をその場で予約することに。


そして、お礼の似顔絵を描くべく、いざ、田中さんがペンを走らせます。「女性の方の顔を描く場合って、特徴を強調しすぎると怒られることもあるんですよね(苦笑)」と緊張しつつも、迷いのない筆さばきで堀さんの姿を描き上げていきました。

完成した似顔絵を見た堀さんは、「すごーい!似てる!」と大感動の様子。
堀さん「実は昨日、マツエクをやったばかりなんですけど(笑)、まつ毛の感じまでちゃんと描いてくださって嬉しいです!」

周囲にお花をあしらった素敵な似顔絵をプレゼントした田中さん。続いて、池上のまちをよく知る仲のいいお店をうかがうことに。
堀さん「ぜひ行っていただきたいのが、すぐ隣の『八百吉(やおきち)』さん。店主のよっちゃんは、池上のことなら何でも知ってるんですよ。背が高くてすらっとしていて、チャキチャキの江戸っ子ですね」
田中さん「なるほど。ところで、よっちゃんの髪の毛の具合はどんな感じですか?」
と、新しい色紙を取り出し、想像で似顔絵を描き始めた田中さん。アドリブで企画は新たな展開に……!
堀さん「そうですね……髪の毛はいっぱいあって、短髪ですね。年齢は60代だったかなぁ。でもすごく若々しくて。目は切れ長だけどクリっとしていて、鼻筋も通っていて、イケメンですよ!」

「短髪」「イケメン」「江戸っ子」。それらのキーワードをもとに脳内でイメージをふくらませ、田中さんが描き出したのがこちら。

田中さん「八百屋で江戸っ子といったら、やっぱりハチマキは外せないですよね。あとはこの、イケメンならではの鋭い眼光。これ、相当似てるんじゃないですか?」
100円のぬか漬けに宿る、江戸っ子店主の心意気
「フラワーショップ花徳」を後にし、すぐお隣にある「八百吉」へ。ズラリと並ぶ果物や野菜に目を奪われていると、「いらっしゃい!!!」と店の奥から威勢のいい声が聞こえてきます。

八百吉青果店
・住所:東京都大田区池上6-1-6
・電話番号:03-3754-6985
・営業時間:9:30~18:00
・定休日:日曜日
https://ikeshoren.jp/shops/ikegami_yanagimoto_dorikai/groceries/yanagimoto_004/
現れたのは、さっき描いたばかりのよっちゃんらしき人物。

田中さんが少し照れくさそうに、想像で描いた似顔絵を差し出します。
田中さん「あの〜、お隣の花徳さんからお話を聞いて、想像で似顔絵を描いてみたんですが…」

岩田さん「え、何これ、俺を描いてくれたの?おぉ、結構似てるじゃん。まあ、ハチマキはしたことないけどね(笑)」

答え合わせの結果、想像以上に似ている岩田さんの姿に驚く田中さん。ばっちり心をつかんだところでお店について話を聞くと、ここ「八百吉」は170年以上もの歴史を持つ老舗店なのだとか。
岩田さん「自分で5代目。創業170年ってことにしているけど、実際はもっと歴史があると思うよ。いつの間にか170年ってことになっちゃったんだよね(笑)」

岩田さん「このまちはね、新しい建物もたくさんできているけど、古くから変わらないお店も多い。まちには複数の商店街があるけど、その垣根を越えて、お店どうしは仲がいいんだよね」
そんな言葉に耳を傾けながら(本当の創業年も気になりつつ)、八百吉ご自慢の自家製ぬか漬けを発見した田中さん。代々受け継がれてきたぬか床には、ダイコン、ナス、キュウリ、ニンジン、カブなどを用意。今も毎日手入れをしているのだとか。
岩田さん「昔の人は自分の家でぬか床を手入れしてたんだけど、今はもうやらなくなっちゃったよね。だからうちではぬか漬けを手軽に買える100円(税込)から売ってるの。毎日、夕方くらいには売り切れちゃうので、かなり人気なのよ」
田中さん「ひゃ、100円ですか!?」

思わず驚きの声が出た田中さん、すかさず大好きなニンジンのぬか漬けを1つ購入。心躍らせながらも、ふとやるべきことを思い出し、岩田さんの似顔絵づくりがスタート。


岩田さん「いいね〜。このダイコンも面白いじゃない(笑)」
田中さん「ありがとうございます。ぜひ飾ってください!最後に、このまちをよく知っている仲の良いお店、教えてもらえますか?」
岩田さん「それなら、本門寺の参道にある『藤乃屋』さんだね。くず餅屋さんなんだけど、池上では知らない人はいないお店。ご主人は田村さんっていうんだけど……」
さあ、田村さんのプロファイリングが始まります!
岩田さん「背が高くてすらっとしてて、髪の毛は短い……っていうか、あんまり髪はないかな(笑)。メガネはかけてなくて、顔はとっても優しい感じ。ちょっとたれ目でニコニコしていて、あと、お店ではかっぽう着を着ているけど、普段の私服はすごくおしゃれなんだよね」

田中さんがペンを走らせること数分。岩田さんの証言から浮かび上がった田村さんの似顔絵が完成しました。

田中さん「にこやかで、どこか温かみのある雰囲気の方ですね。似ているといいんですが……」
最後は、池上の変わらぬ味を届ける老舗・藤乃屋へ
「八百吉」を後にした田中さんが向かったのは、本門寺の参道沿いにある「藤乃屋」。昭和の風情を色濃く残す木製の看板が目を引きます。

藤乃屋
・住所:東京都大田区池上4-25−7
・電話番号:03-6875-7088
・営業時間:9:30~17:00ごろ(なくなり次第終了)
・定休日:火〜木曜日
お店に足を踏み入れると、穏やかな笑顔で出迎えてくれたのが店主の田村忠二さん。背筋がすっと伸び、その立ち居振る舞いには職人の凛々しさが漂います。

田中さん「実はこちらに来る前に……(似顔絵を差し出す)」

田村さん「あらまあ(笑)。これ、私ですか?」
田中さん「八百吉の岩田さんから聞いた情報だけで描いたんですよ」

田村さん「(しばらく見つめて)想像だけでここまで素敵に描いてくださるとは、すごいですね。髪の毛の感じも似てます(笑)。似顔絵描くなら髪の毛があるかないかで、全然年齢が違って見えちゃいますから」
田中さん「……実は、うちも親族全員、ちょっと髪が……(笑)。他人事じゃないんです」
田村さんは御年73歳。毎朝足立区にある自宅から池上まで通い、くず餅を作り続けているとのこと。
田村さん「朝6時過ぎには家を出て、原料を仕込んでいる工場に寄ってくず餅を取って、そして店を開けています。あと何年できるかはわからないですけど……できる限りは、続けたいですね」

田村さん「くず餅をやりはじめてからは70年ほどになりますが、お店の歴史を辿ると200年近くになるんですよ。江戸の終わり頃に相模(神奈川県)から出てきた先祖が、最初はお団子屋さんをやっていたみたいですね。かつては、このあたりにはたくさんのくず餅屋がありました」
池上や川崎大師、亀戸、王子といった寺社の門前町を中心に、それぞれの店が独自の製法で味を競い合っていたくず餅。しかし今では後継者不足や体力的な問題から廃業するお店も増え、池上でもその数は減ってしまったそうです。
田村さん「くず餅をつくるには、大量の葛を約1年かけて仕込みますし、蜜を作る際は砂糖だけでも4キロ近く使うため、時間も手間も、そして体力も必要な仕事でして。若い人へと続かないのも仕方ない部分はあるんです」
と、おだやかな表情で語る田村さん。早朝に家を出て、工場に寄り、店を開ける。その繰り返しを支えているのは、義務でも惰性でもなく、このまちと、この味を好きでいてくれる人たちへの思いなのかもしれません。

田村さん「池上は、普段は昔から変わらない落ち着いた雰囲気がいいですし、2月になると梅を見に来る人たちで賑わうんですよ。そうやって季節ごとに景色が移り変わるのも、このまちの魅力ですね」

さあ、そして最後にお礼として似顔絵をプレゼント。今回は田村さんともにお店を切り盛りされているお姉さん・藤城仲子さんとともに描くことに。

田中さん「できました!おふたりをくず餅で挟んで、上から蜜をかけてみましたが……いかがでしょう?」
田村さん「なるほど(笑)。いや〜お上手です。普段、似顔絵を描いていただくことなんてないので嬉しいですね。ありがとうございます」


似顔絵を通して実感した、まちの人たちの距離感

3軒のお店を巡り終えた田中さん。お店の人たちとのやりとりを思い返し、帰る道すがらしみじみと語ります。
田中さん「なんか、みなさんがイキイキとされている感じがしますよね。最近よく言われている“丁寧な暮らし”というのともちょっと違って、もっと自然で、もっとしっかり力強い感じというか」
そして、突如チャレンジした想像で描く似顔絵については、
田中さん「ちゃんと特徴を教えてもらえたので、思ったより全然誤差が出なくて(笑)。でもそれって、きっとお店同士がちゃんとつながっているからなんですよね。隣の人のことを、顔が浮かぶほどによく知っている。そういう距離感が池上というまちにはあるんだなと実感できました」
田中さんが似顔絵を通して感じた池上ならではの“つながり”の深さ。
ぜひみなさんも、このまちを歩きながら味わってみてはいかがでしょう。
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取材・文/船橋麻貴
写真/佐山順丸
編集/ALTNA.inc
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