
和菓子。それは四季や風土を映し出す、日本の美意識が凝縮された伝統菓子である。古来より日本人の暮らしに寄り添ってきたが、その魅力は味わいにとどまらない。和菓子や和菓子店は、土地の歴史を静かに見つめ続けてきた“街の語り部”でもある。
本企画では、東急線沿線の和菓子店を訪ね、名物菓子を実際に味わいながら、そこに込められた職人の想いや地域の記憶に耳を傾けていく。
和菓子から人生を学ぶ――少し大げさに聞こえるかもしれない。
しかし、繊細な味わいに舌を澄ませ、重ねられた技や工夫に目を向けてみれば、和菓子、いや“我が師”が静かに語りかけてくる“教え”のようなものが、きっと見えてくるはずだ。
大川竜弥
自称「日本一、インターネットで顔写真が使われているフリー素材モデル」。神奈川県横浜市出身。ショップの店員や、Web制作会社でのディレクションとライティング、ライブハウスの店長、ザ・グレート・サスケさんのマネージャーなどの経験を経て、2012年からフリー素材モデルとして活動。日清・カップヌードルの広告モデルをはじめとして、テレビCM、Web広告等で活躍している。
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高層マンションが建ち並び、洗練されたカフェや商業施設が次々と姿を現す街、武蔵小杉。いまや「住みたい街ランキング」の常連となり、近代的な都市開発の象徴ともいわれている。
だが、この街の魅力は、新しさだけでは語りきれない。再開発が進んだ現在も、駅から少し歩けば昔ながらの商店街が残り、地元の人々の暮らしを今なお支え続けている。
今回紹介する和菓子店も、そんな“変わらぬもの”のひとつだ。
武蔵小杉駅から徒歩9分、1962年創業の和菓子の名店「菓子処 おかふじ」

今回訪れるのは、東横線・武蔵小杉駅に店を構える「菓子処 おかふじ」。1962年の創業以来、2025年で創業63年を迎える老舗の和菓子店だ。
「安心・安全」をモットーに、すべての和菓子を丁寧な手作業で仕上げている。昔ながらの職人気質を受け継ぐ初代に加え、新たな風を吹き込む2代目が腕をふるい、幅広い和菓子を自信をもって届けている。
同店の餡には、厳選された北海道産の小豆を使用。甘さを控え、小豆そのものの風味をしっかりと引き出した、奥行きのある味わいが特徴だ。さらに、餅米は新潟県の契約農家から直接仕入れている。「安心・安全・おいしい」の三拍子がそろった、信頼の置ける素材だと言える。

おかふじは、武蔵小杉駅南口改札から国道409号方面へ向かい、桜の名所として知られる二ヶ領用水(にかりょうようすい)を越えた先、サライ通り商店街に店を構えている。駅から徒歩約9分という、気軽に立ち寄れる距離感も魅力的だ。
テレビも注目!“異色の和菓子”が武蔵小杉の発展とともに名物になるまで

おかふじで一番人気の商品が、二代目が考案した「じゃがばた饅頭」である。
1個180円(税込)という手頃な価格ながら、北海道産の男爵芋を丁寧に裏ごしし、バターと塩を加えて風味を引き立て、栗入りの皮で包んで蒸し上げた、手間ひまかけた逸品だ。
その不思議な食感と確かなおいしさが評判を呼び、テレビや雑誌などのメディアでもたびたび取り上げられている。

じゃがばた饅頭は、川崎市内で生産・製造または加工・販売されている品物のなかから、“川崎らしさ”とおみやげとしての魅力を兼ね備えた品物として、「かわさき名産品2024–2026」にも選出されている。
和菓子らしからぬこの一品は、どんな発想から生まれたのか。2代目・内藤雅一さんに、開発のきっかけを尋ねてみた。

内藤さんが父である初代から店を引き継いだのは、今から33年前のこと。
子どもの頃から父の仕事を手伝っていた内藤さんは、高校卒業後、会社員として「外の世界を見てみたい」と思い、一般企業に就職した。ただ、心のどこかで「いつかは跡を継ぐ」と決めていたという。
そして25歳のとき、ついに決意を固め、おかふじの2代目として歩み始めることとなった。

初代が得意としていたのは、だんごや豆大福、どら焼きといった、昔ながらの定番和菓子。どれも人気の商品だったが、内藤さんが店を継ぐことになった際、「何か変化を加えたい」と感じたという。
「昔から和菓子だけじゃなく、洋菓子も好きなんです。和と洋をかけ合わせた新しい商品を考えていたときに、お祭りの縁日でじゃがバターを食べて、“これだ”と思ったんです。じゃがバターをあんこの代わりに使えば、いけるんじゃないかって」
内藤さんは、当時のひらめきをそう振り返る。

今では、多い日には1日に70〜80個が売れるというじゃがばた饅頭。しかし、発売当初は和菓子らしからぬ珍しさもあってか、1日わずか1〜2個しか出ない日が続いていた。
そんななか、常連客に「新商品ができたので」と手渡してみると、「意外とおいしいわね」との声が返ってきた。その一言に背中を押されるようにして、少しずつではあるが売れ行きは伸び始める。
転機となったのが、人気テレビ番組『ぶらり途中下車の旅』と『モヤモヤさまぁ〜ず2』で紹介されたこと。

武蔵小杉に高層マンションが建ち始めた2000年代後半から2010年代前半にかけて取材が入り、番組のファンが“紹介された店を訪ねてみたい”と続々と足を運ぶようになった。じゃがばた饅頭を目当てに訪れる人の姿も、次第に目立つようになっていく。
その後、街の発展とともにメディアへの露出も加速。おかふじの名とともに、じゃがばた饅頭の存在も広く知られるようになり、やがて人気商品として定着していった。
「唯一無二」なんて言葉じゃ足りない。和菓子で人生初の“味の迷子”に

内藤さんに、じゃがばた饅頭の軌跡を聞かせてもらったからだろうか。手に取った瞬間、見た目以上のずしりとした重みが手のひらに伝わってくる。
そこに込められた想いを確かめるように、いよいよ、この一口に向き合いたい。

セロハンをそっと開くと、皮に練り込まれた栗の香りがふわりと立ちのぼる。どこか懐かしく、秋の陽だまりのようにやさしい気配が鼻先をくすぐる。見た目も、漂う空気感も、まぎれもなく和菓子である。
では、肝心の餡はどうだろうか。

じゃがばた饅頭をそっと半分に割り、いざ口に運んでみると――。

それは、和菓子でもなく、縁日の屋台で見かけるあのじゃがバターでもない。まず、舌にふわりと触れるのは、皮のほんのりとした甘み。続いて、丁寧に裏ごしされたじゃがいもの餡が、じんわりと口いっぱいに広がっていく。
食感はまさに和菓子のそれだが、味わいは塩とバターのみで調えた、素朴でやさしいじゃがいもそのもの。「野菜菓子」というキャッチコピーが添えられたこの一品は、お菓子として楽しめるのはもちろん、素材の塩気とバターの風味からか、お酒にも合いそうだという印象を受ける。

和菓子らしからぬ発想と確かな味わい。その物珍しさと完成度の高さから、数多くのメディアに取り上げられてきたのも納得である。
それにしても、なんとも形容しがたい味である。「栗入りの皮に、塩とバターで味付けしたじゃがいもの餡」と書けば、確かにその通りなのだが、それで伝わるかというと、まったく自信がない。

まさか、和菓子で人生初の“味の迷子”になるとは思わなかった。食レポを書く者としては、正直やや敗北感すらある。頑張って表現するなら「唯一無二」だが、それもありきたりで、なんだか悔しい。
じゃがばた饅頭の魅力は、もう言葉の領域を超えている。これは、実際におかふじに行って食べていただくしかない。言い訳めいて聞こえるかもしれないが、それが一番正確な伝え方だと思っている。
「和と洋、人と人」じゃがばた饅頭がつなぐ共存のかたち

内藤さんにじゃがばた饅頭の感想を伝えると、笑いながら「みなさん、不思議な味だけど、おいしいって言いますね」と答え、こう続けた。
「結果的にテレビで紹介されたことで、じゃがばた饅頭が看板商品になりましたけど、もともと狙っていたわけではないんです。味には自信があったので、きっと売れるだろうとは思っていましたけどね」

最後に、武蔵小杉という街の移り変わりについても尋ねてみた。武蔵小杉に限らず、都市開発の影響で姿を変えていく街は少なくない。大型の商業施設ができる一方で、昔ながらの商店街が苦戦を強いられるケースもあるという。
「武蔵小杉も、まさにそうですよ。うちもどうなるかなと思っていたんですけど、地元の方だけじゃなくて、高層マンションに住んでいる方も買いに来てくれるんです。テレビだけでなく、最近はインターネットでおかふじを知ってくださる方もいるみたいで。平日は地元の方、週末は高層マンションに住むご家族連れのお客さまが多いですね」

おかふじの2代目として、新たな看板商品となるじゃがばた饅頭を生み出し、メディアやインターネットをきっかけに新旧それぞれの客層から支持を集める内藤さん。その姿から、「共存」という言葉がふと浮かんだ。
和と洋が共存するじゃがばた饅頭。さらに、地元の人々と、都市開発を機に武蔵小杉に移り住んできた新しい住民。どちらからも愛されるこの店の在り方にも、共存という価値がにじんでいる。
根底にあるのは、自信を持って日々仕上げている、丁寧な和菓子づくりである。

東横線・武蔵小杉駅からおかふじへ向かう道のりは、駅前から二ヶ領用水までは再開発が進んだエリアであり、そこから先のサライ通り商店街にかけては昔ながらの街並みが色濃く残っている。とはいえ、そこに明確な境界線があるわけではない。
取材の帰り道、二ヶ領用水沿いを歩いてみると、老若男女さまざまな人たちが思い思いに散策を楽しんでおり、世代や暮らしの背景を超えて、この街で共に生きる人々が自然に交わっている様子が印象的だった。
本企画「和菓子、我が師よ」は、和菓子から人生を学ぶことを目的としている。今回、おかふじと内藤さん、そしてじゃがばた饅頭から教わったのは、共存というあり方の美しさだった。
武蔵小杉という街の懐の深さ、そしてじゃがばた饅頭の不思議なおいしさを味わってみたい方は、ぜひ一度、足を運んでみてほしい。
菓子処おかふじ
・住所:神奈川県川崎市中原区今井南町7-43
・電話番号:044-733-0813
・営業時間:9:00-19:00
・定休日:火曜日
https://okafuji.com/
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文・モデル/大川竜弥
写真/高山諒
編集/ヒャクマンボルト
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Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。