
東急線沿線の駅にまつわる人やお店、エピソードを、東急線沿線にゆかりのある方々にエッセイ形式で執筆いただく本企画「あの駅で降りたら」。
今回は、歌人の服部真里子さんが、菊名駅をテーマに執筆します。駅前の喧騒を抜け、五叉路の先に立つ「野菜レストランさいとう」。そこは、摂食障害を抱え「ふつう」の食事が困難だった服部さんのために、母が見つけてくれた大切な場所でした。
友人からの「今度いっしょにご飯行こ!」という何気ない誘いに、かつては言葉を詰まらせていたという服部さん。けれど、菊名や妙蓮寺というまちの風景、そして家族と囲む食卓の記憶が、その心を静かに解きほぐしていきます。食を通じて自分自身、そして他者と向き合い続ける日々の欠片を綴ります。
歌人・服部真里子さん
1987年神奈川県生まれ。2006年、早稲田短歌会に入会し、短歌をつくり始める。2013年に歌壇賞受賞。第1歌集『行け広野へと』で、日本歌人クラブ新人賞と現代歌人協会賞を受賞。2018年、第2歌集『遠くの敵や硝子を』刊行。いずれの作品も電子書籍版がある。最新刊に『あなたとわたしの短歌教室』(山川出版社)。
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ラーメン屋、不動産屋、不動産屋、牛丼屋、餃子屋、ラーメン屋の並びを抜ければ、すぐに静かな住宅街が広がるのが、菊名駅の東口である。
そのまま道なりに行くと、やがて有機的で不思議なかたちの五叉路が現れる。寝そべった川のようだなといつも思う。
その川のほとりに立つのが「野菜レストランさいとう」、脂っこいものが苦手な私のために、母が見つけてくれたお店である。
新鮮なベビーリーフには、これほどかぐわしい苦味があるのか。ソテーしたかぶやキャベツはこんなに甘いのか。肉や魚は脂っぽくないが旨味が強く、フォークの先でかんたんにほぐれる。すっかり好きになってしまって、毎年母の誕生日には、ここで食事をするのが習慣になった。

脂っこいものが苦手といっても、味覚の面の好き嫌いはまったくない。アレルギーも持病もない。胃腸も健康そのものである。しかし、17歳のころ摂食障害になって以来、脂っこいものを口にすると、味よりも太る恐怖が先立って、おいしさを感じられなくなってしまったのである。年齢を重ねるうちに、太る恐怖の方はだいぶやわらいできたものの、健康だったはずの胃腸がこの食生活に適応して、気づいたら身体的に受けつけなくなってしまった。
同じ理由で、炭水化物も苦手である。以前テレビで、トレンディなことで有名な俳優が、いかに女性をデートに誘うか指南する番組で、「いきなり恋愛関係に持ち込もうとするのではなく、まずは『気になるパスタ屋さんができたんだけど、男ひとりだと入りにくいから、つきあってくれない?』と、恋愛と関係ない頼み事で会う機会をつくるといい」と話していたのだが、「パスタが苦手な女性だったらどうするんですか?」という質問に対して、「パスタが苦手な日本人女性はいません」と返答していて衝撃を受けた。パスタが苦手な日本人女性だったからである。
別に味自体は嫌いではないのだが、パスタは炭水化物のかたまりなので、脂っこいものと同様、摂食障害をきっかけに、安心して味わえないのと消化に悪いのと両方の理由で苦手になってしまったのだ。

私は日本人でないのか、それとも女性でないのか。たまたまその数日前に、健康診断で「あなたスポーツ心臓ね」と言われ、さらにたまたま同時期にテレビで「オグリキャップはスポーツ心臓だった」と言っていたので、いずれでもなくオグリキャップである可能性が否めない。
日本人女性なのか競走馬なのかは不明だが、少なくとも摂食障害ではあった娘といっしょに食事をするために、母はここを見つけ出した。
「私、摂食障害なんだって」
高校2年生の秋、母にそう告げたとき、自分はもう誰かと同じ食卓で同じものを食べることはできないのだろうと思っていた。けれど母は違った。その日から、どんなものなら私が安心して食べられるのか、どうすれば脂と炭水化物なしで家族全員が楽しめる料理をつくれるのかを研究しだした。

ありがたかったのは、もとから料理が得意だった母が、その研究を(もちろん100%ではないにせよ)ある程度楽しみながらやってくれたことである。もし母が苦痛100%でそうしていたなら、私は申し訳なさとプレッシャーで、どんな料理でも食べられなくなっていただろう。
家族でいっしょに食事をすることを、母があきらめなかったのは、このときだけではない。
菊名駅の隣の妙蓮寺駅には、私の姉の母校、横浜市立盲特別支援学校(当時の校名は横浜市立盲学校)がある。

両親にとって最初の子どもである姉は、全盲の重度知的障害児だった。名前を呼んでもこちらを向かない。笑顔もない。夜と昼がわからないので、乳児期を過ぎても夜にまとまった睡眠をとってくれない。子どもらしいかわいらしい反応がなく、ただ手だけがかかる娘を前にして、父は仕事に逃げた。会社に出かけたきり、日付が変わっても帰ってこない日が続き、平均以上にハードな子育てのすべては母ひとりの肩にかかった。
このままでは娘ともども潰れてしまう。自らの限界を悟った母は、1ヶ月間のうち父が自分たちと夕食を共にした日数を記録し、その驚くべき少なさをデータ化して、ある夜、帰宅した父に差し出したのである。
「この子を私ひとりで育てるのは、無理です」
怒らず、責めず、ただ静かに母は告げたという。

自分ひとりに障害児を押しつけて逃げ出した夫に対して、なぜそのように冷静な態度をとれたのかと尋ねたら、「怒りをぶつけたいのではなく、ただこの子を無事に育てたいだけだったから」とのことだった。
「それで、なんて言われたの」
「なんかぐちゃぐちゃ言ってたよ。男には七人の敵がどうとかなんとか」
よく覚えていないらしい。なぜなら、母にはそもそも反論する気がなかったからだ。
夫にはいろいろと事情があるだろう。ただ、それとは関係なく、自分はいま困っている。そのことだけを伝えるつもりだった。それさえ伝わればいいと思った。
「説得しようとは思ってなかった。ただ、彼に助けてほしいだけだったの。彼は、助けを求めている人間がいれば、必ず手を差し伸べてくれる人だと信じていたから」
父はその夜を境に、自ら残業の少ない部署に異動し、家族と食事を共にするようになった。姉が就学すると、毎朝、学校へ向かうスクールバスの乗り場まで姉を送ってから出社した。姉が卒業する日までそれは続いた。

そんなわけで、家族との食事に関してはどうにか解決しているのだが、問題は家族以外とのそれである。
ついこの間も、
「服部さん、今度みんなで揚げいも虫食べに行きませんか」
と友だちに誘われて、言葉に詰まってしまった。
いも虫はいいんだいも虫は。問題は「揚げ」である。相手もまさか私が「揚げ」の方で引っかかっているとは思うまい。
食事がただのエネルギーの摂取行為ではなく、コミュニケーションのツールとして機能するのは、家族以外の相手の場合も同じである。というか、家族以外の相手のときの方がその意味合いが強い。

学校で、職場で、家の近所で、誰かと出会う。話してみて、あ、この人仲良くなれそうだなと思う。もっとつっこんだ話をしてみたいと思う。そうなると次にくるのはまず「今度いっしょにご飯行こ!」である。私はいつもここで詰んでしまう。「ふつう」に食べられないからだ。
脂っこいものの方はお店選びでどうにか避けられたとしても、炭水化物の方はほぼ避けられない。「じゃあ服部さんがいつも行ってるとこにしよ!」と言ってもらえても、選択肢がサラダボウル専門店くらいしかなく、そういうお店はえてして長時間話し込める感じにできていない。さらに悪いことに、私はお店探しという行為が壊滅的に苦手である。新宿開催の集まりの懇親会に、渋谷のお店を予約してしまったことさえある(間違えたとかではなく、人数とか料金とかの条件に合うお店を探していたらなぜかそこになってしまった)。相手に探してもらうとなれば、とんでもなく手間をかけることになる。あまりに申し訳なくいたたまれない。いや、本音を言えば、めんどくさいと思われて誘われなくなるのが怖い。

「今度いっしょにご飯行こ!」と言われたとき、あるいは言いたくなったとき、こうしたもろもろが一瞬、私の脳裏を駆けぬける。一瞬、私は口ごもる。その一瞬のために、発生した誤解、失われたコミュニケーションが、きっといくつもあるのだろうと思うと、ついうつむきそうになるが、しかし。
摂食障害になって年月を経るうちに、気づいたことがある。
「今度いっしょにご飯行こ!」と誘ってくれる友人たちは、私がおずおずと自分の食事情を話すと、驚いたことに、めんどくさがるどころかむしろ目を輝かせて、私の食べられるお店を探してくれるのである。
「ここのお店、野菜のコースあるよ」「スモークサーモンならいける?」「モスバーガーの菜摘って知ってます? バンズじゃなくてレタスで具が挟んであるんですよ」「あ、調べたら、この近くに服部さんが言ってたサラダのお店あります!」

人は、私が思っていたよりずっと、いっしょにご飯を食べることをあきらめない。
「ふつう」に食べられない私を、常に受け入れてもらえる保証はない。めんどくさいなと誘われなくなる可能性は、いつだってひりひりとしてそこにある。けれどそれでも、信じて飛ぶしかないのだ。ちょうど母が父に、「この子をひとりで育てるのは、無理です」と告げたように。受け入れてもらえなかったら、それはそれで仕方ない。だって私は、「ふつう」に食べられない私でしか在れないのだから。
怖いけれど、誰かを信じて飛ぶことには、それだけの価値がある。
2種類のドレッシングがかかったサラダを前に、どっちが何のドレッシングだっけ? おいしかったほう買って帰る! と顔を輝かせながら、赤かぶのスライスとルッコラをフォークに刺そうと試みている母、私がオグリキャップならすなわちホワイトナルビーであるところの母を眺める。
私は、家族でいっしょに食事ができることを信じ続けた、この母の娘だ。
揚げいも虫会に誘ってくれた友だちに、次に会ったとき言ってみるつもりだ。
「揚げ物が苦手なんだ。焼きいも虫ならいけるんだけど、どうかな?」と。
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文/服部真里子
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)
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Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。







