麺day vol.8

小さな積み重ねが、生み出す深み。大岡山で「たんや特製担々麺」を味わう

Urban Story Lab.

2026/5/5

麺をすする行為はまるで深呼吸のよう。静かに息を吸い、リラックスして麺をすする。そして「ふぅ〜、美味しい」とひと息つく時間が、日常の疲れを和らげ、心に新たな活力をもたらしてくれるのです。

ラーメン、そば、うどんなど、東急線沿線の街角には、疲れた心にそっと寄り添う「麺」のお店が数多くあります。

本企画「麺day」では、そんなリラックスできる麺料理とのひと時をテーマに、東急線沿線の麺にまつわるお店をショートストーリーでご紹介します。

高橋まりな
三度の飯より酒が好きなライター。主戦場は赤提灯酒場。1人でも多くの人と盃を交わすための我が人生。合言葉は「約束はいらない、酒場で会おう」。
X:https://x.com/f_y_takahashi

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心地よい街並みの中で、主人公が訪れる麺のお店と、そこで味わう小さな幸福を皆さんにお届けする「麺day」。第8弾となる舞台は大岡山駅。ライター・高橋まりなが麺をすすり、想像をふくらませながら文を綴ります!
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胡麻のコクとやさしい辛みがゆっくり広がり、散歩の後にちょうどいい温もりが体に満ちていく。
私の麺day、今日も始まります。

静かな水辺の洗足池から、ほどよく賑わう大岡山へ

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私が住む池上線・洗足池周辺は、昼の散歩がよく似合う場所だ。大きな池の水面は、日によって色を変える。風のない日は、空の色をそのまま映したように静かで、遠くの建物までじんわりと水面に滲んでいる。

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時折、水鳥たちがすいすいと池を横切っていくのも見える。何とも穏やかな光景だ。

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心地よい空気に心がゆるむ時間を過ごすうちに、気づけば、ここを歩くのが日課になっていた。同じように散歩をしている人も多く、挨拶を交わしたり、飼い犬を撫でさせてもらったりすることもある。ささやかだけれど、少し特別な出来事に出会えるのが、日々の小さな楽しみだ。

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いつもはまっすぐ帰宅してしまうのだが、今日は休日。ふと思い立ち、散歩の足を少しだけ先へ運んでみることにした。

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池を後にして住宅街の坂道を抜けると、東急線が交わる大岡山の駅前に出る。学生や地元の人たちが行き交う、ほどよい賑わいのあるまちだ。ちょうどお腹も空いてきた頃。少し、このあたりを散策してみることにする。

20年以上続く店の、変わらない丁寧さ。「手間」が生み出す、やさしいコク

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しばしぶらぶらとまちを歩いていると、赤い暖簾が目に入った。「TANN-YA」と書かれた看板が、通りの風景に自然と溶け込んでいる。気取らない佇まいに引き寄せられ、思わず入店してしまった。

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暖簾をくぐると、店内は思ったより奥行きがある。木の柱に区切られた細長い空間に、カウンター席と小さなテーブルが数席並んでいる。

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席に着くと、天井からぶら下がった電球が、店内を柔らかな光で照らしていた。奥の厨房では、ラーメンを仕込む音が静かに響いている。

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ふと壁に目をやる。どうやらこのラーメン屋さんは、テレビでも取り上げられたことがあるらしい。名物は担々麺のようだ。

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ならば、と「たんや特製担々麺」(1,100円 税込)を注文する。やがて、湯気をまとった丼が運ばれてきた。橙色のスープの上には肉味噌と青菜が添えられ、表面にうっすらと浮かぶラー油が食欲をそそる。顔を近づけると、胡麻の香ばしい香りがふわりと立ちのぼった。

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口に含むと、濃厚な胡麻のコクの後から、やわらかな甘みとほのかな辛みがゆっくりと広がっていく。ほど良い弾力がある中太麺を持ち上げると、橙色のスープがつやつやと麺に絡んでいる。散歩後の体に、じんわりと染みる味だった。

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麺の合間に、ワンタンをひとつ。もちもちとした皮の中に、ふっくらとした餡の旨みが包まれており、コクのあるスープともよく合うおいしさだ。

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麺を食べ進めていると、カウンターに「山椒油」と書かれた小さな瓶が並んでいるのに気づく。ほんの少し垂らしてみると、ふわりと爽やかな香り。胡麻のコクに山椒の軽やかな痺れが重なり、担々麺の味わいがまた違った広がりを見せた。

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ランチセットには、ご飯もついてくる。何気なくひと口食べてみると、これがまた箸が進む美味しさだ。粒が立っていて、ほんのり甘みがある。

思わず「美味しい......」とつぶやいていると、店員さんが声をかけてくれた。

「ご飯は羽釜炊きで、コシヒカリを使っているんですよ」

聞けば、その方は店主の森田さんだという。はにかむような笑顔に、ついこちらまで微笑んでしまう。

「担々麺も、すごく美味しかったです!」

「ありがとうございます。胡麻は、うちで挽いているんです。若い頃に中華料理店で働いていたときは、胡麻を自分たちで挽いて油を熱して……という作業をしていたので。それを今でも続けています」

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担々麺のスープが濃厚でクリーミーなのも、その手間があってこそらしい。さらに、ラー油も少し温度を抑えて仕込むことで、香りが立つようにしているという。一つひとつの丁寧な仕事が、この店を支えているのだろう。

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「お店は、もう長いんですか?」

「開業して、20年以上経ちますね。近隣の学生さんもよく足を運んでくださるんですよ。先輩が新入生を連れて来て、『この店が美味しいんだよ』って紹介してくれたりして。嬉しいですね」

そう話す森田さんの言葉から、この店がまちの中で少しずつ愛されてきた様子が伝わってくる。

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左が、粉唐辛子の約10倍ほどの辛味がある「自家製サンバル」。右が、マイルドでご飯との相性も良い「トマトサンバル」

一方で、20年以上続く店でありながら、変化も止まらない。最近では、インドネシア出身のアルバイトが教えてくれた「サンバル」という調味料を使ったオリジナルの担々麺も登場している。最初は期間限定のつもりだったが、辛いもの好きの常連から好評で、今では定番になっているという。

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長く続く店だからこそ、守るところは守り、変えるところは柔軟に変えていく。その姿勢が、この店の味をさらに面白くしているのかもしれない。

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森田さんの話に頷きながら、ランチセットのデザートまでぺろりと平らげる。「ご馳走様でした!」と声をかけ、店を後にした。

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外はよく晴れている。一見すると、いつもと同じような大岡山のまちだ。
けれど、ふと思う。小さな積み重ねが、少しずつ景色を変えていくのかもしれない。花が咲いたり、季節が巡ったりするように。

そう考えると、もう少し歩きたくなる。
今日の一歩が、また何かをつくる気がして。

見上げれば、春の光が、まちを優しく彩っていた。

【店舗紹介】

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麺飯場 たんや

2002年オープン。看板メニューの「たんや特製担々麺」は、胡麻を自家挽きして仕上げた濃厚でクリーミーな一杯。店主の森田さんが中華料理店での経験をもとに、一つひとつ手間をかけて作り上げている。まかないから生まれた「ジャージャー担々麺」(1,280円 税込)も、人気メニューとして親しまれている。

・住所:東京都大田区北千束3-23-5
・電話番号:03-3727-2406
・営業時間:月・火・水・金 11:30〜15:00(L.O.14:30)土・日 11:30〜15:00(L.O.14:30)/17:30〜21:00(L.O.20:20)
・定休日:木(臨時休業あり)

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文/高橋まりな
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)

掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

Urban Story Lab.

まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。

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