
麺をすする行為はまるで深呼吸のよう。静かに息を吸い、リラックスして麺をすする。そして「ふぅ〜、美味しい」とひと息つく時間が、日常の疲れを和らげ、心に新たな活力をもたらしてくれるのです。
ラーメンに、そば、うどん、パスタなど、東急沿線の街角には、疲れた心にそっと寄り添う「麺」のお店が数多くあります。
本企画「麺day」では、そんなリラックスできる麺料理とのひとときをテーマに、東急沿線の麺にまつわるお店をショートストーリーでご紹介します。
高橋まりな
三度の飯より酒が好きなライター。主戦場は赤提灯酒場。1人でも多くの人と盃を交わすための我が人生。合言葉は「約束はいらない、酒場で会おう」。
X:https://x.com/f_y_takahashi

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心地よい街並みの中で、主人公が訪れる麺のお店と、そこで味わう小さな幸福を皆さんにお届けする「麺day」。第2弾となる舞台は二子玉川駅。ライター・高橋まりなが麺をすすり、想像をふくらませながら文を綴ります!
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「鮎ラーメン」のスープを、ひと口啜る。さっぱりと優しい味が、口いっぱいに広がってゆく。
数年通い続けているが、僕はこのラーメンの虜だ。
変わらない美味しさ。それを確かめるために、何度でも足を運び続けてしまうのだろう。
僕の麺dayが、今日も始まる。
二子玉川の駅に立ち並ぶ、高層ビルや商業施設。でも変わらぬ温かみもそこにはある

大学時代からもう10年ほど、二子玉川に住んでいる。

駅周辺は再開発の影響で商業施設や高層ビルが立ち並び、人の往来も増えたけれど、決して無機質な印象はない。その理由のひとつに、「変わらない場所」があるからではないかと僕は思う。

たとえば、二子玉川商店街。

日本初のショッピングセンターとして開業した「玉川高島屋S・C」の裏手にあるこの商店街は、個人商店がぽつらぽつらと軒を連ね、通るたびになぜかぐっと懐かしさがこみあげるお気に入りの場所だ。

しばし道を歩いていると、2階にある飲食店の窓から顔を出した店主が、「誰か、忘れ物してませんか!」と叫ぶ声が聞こえる。「あらやだ、私だわ!」とざわめくマダム集団のひとり。道路に面したオープンカフェからは「ありがとうございました、良い1日を」という店員さんの柔らかい声。こんなちいさなやり取りにほっと安心できるのも、二子玉川商店街の魅力だ。
鮎の美味しさを余すことなく詰め込んだ「鮎ラーメン」と「焼きおにぎり」

この商店街に、僕が何年も通い続けているとっておきのラーメン屋がある。それがここ、「鮎ラーメン 二子玉川本店」だ。カウンター数席のこじんまりとした店内でラーメンをすすっていると、隣の人と肘をつき合わせる距離感や、じんわりと汗をかく温かさも相まって、何となくサウナにでもいるかのような心持ちになる。でも、これが干渉しすぎない適度な距離感なのか、不思議と落ち着くのだ。

おすすめは、何と言っても『鮎ゴトラーメン(1000円税込)』。その名の通り、ラーメンの上に丸々一尾炙った鮎をのせてくれる、贅沢な一品だ。そういえば以前、店主が「一夜干しにしたものを使ってるから、余計な水分がなくなって出汁が出やすくなるんだよ」と教えてくれたことがあった。

そんな出汁が効いたラーメンは、何度食べても新鮮に美味しい。

鶏ガラと7種類ほどの香味野菜の風味が、焼いた鮎の香ばしさを引き立てるように、ふわりと彩ってくれる。奥深い味が、口いっぱいに広がってゆく。

細めのちぢれ麺には、スープがよく絡む。なんでも、創業者の出身地である岐阜県の高山ラーメンの麺を使用しているそうだ。ちなみに、岐阜県は鮎の名産地。鮎の独特の風味をどう活かすか考え抜いた結果、開発に3年ほどの月日をかけているらしい。

インパクト大な見た目の鮎は、店主が手作業で骨を取り除いているので、頭から尾っぽまで丸ごと食べられる。

そんな鮎ラーメンの後にいつも食べたくなるのが、焼きおにぎり(200円税込)だ。

鮎の骨で出汁を取り、炊き上げたお米でつくった焼きおにぎりは、鮎と同じくその場で焼き立てを提供してくれる。一つひとつお米の粒が立っていて、しゃきっとした食感がたまらない。

まずはそのままかぶりついた後、焼きおにぎりを少しずつほぐし、ラーメンの汁と合わせてお茶漬けのようにいただくのが僕の一押しだ。

「食べすぎかな」と思いつつも、ついついラーメンとセットで注文してしまう。
そして、スープを飲み干し終えた頃には幸せな気持ちでいっぱいになって、そんなことはすっかり忘れている、ご機嫌セットである。ご馳走様でした!
変わらないようでも、実は変わり続けているのかもしれない


お腹がいっぱいになった後、いつも散歩するのが商店街から約8分ほど歩いた所にある「兵庫島公園」だ。

どこまでも眩しい水面のきらめき、木々がそよぐ音、電車が通過するときの轟音、吹き荒ぶ風。そういえば、と僕は思った。そういえば、この場所はまるで変わらないようで、いつも少しだけ見える景色や聞こえる音が違う。

変わっていないように見えるものや人って、実は「変わること」も受け入れて、少しずつ変わり続けているのかもしれない。下手したら自分でも気づかないくらい、ちょっとずつ。
だから、僕はこの街が好きで、住み続けているんだろう。次に見える景色がどんなものか楽しみになるから。それが、一見「変わらない」ものだったとしても。

夕陽を見ながら、帰路につく。この風景も、今日だけのものかもしれない。そんな今日を抱きしめながら、また明日に向かいたい。そう思いながら
【店舗紹介】

鮎ラーメン
2002年創業。「岐阜県・飛騨高山の鮎の美味しさをもっと知ってもらいたい」という想いから試行錯誤を繰り返し、3年ほどかけて「鮎ラーメン」を開発。7時間以上かけてつくられた鮎出汁のスープに絡みつく極細ちぢれ麺や、頭から尻尾まで丸ごと味わえる鮎の一夜干しは絶品。昼は季節ごとにメニューが変わるが、冬は体の芯から温まる「しょうがそば」が登場。
・住所:東京都世田谷区玉川3-15-12 玉川3丁目マンション102号
・営業時間:11:30~14:30(季節のメニューのご提供。売切終了) 、17:00~22:00(鮎ラーメンのご提供。売切終了)
・定休日:なし
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文/高橋まりな
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)
掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。