マスター、「祐天寺」ください!

Urban Story Lab.

2025/6/7

田園都市線、東横線、大井町線など、東京南西部から神奈川東部に向けて9つの路線を伸ばす東急電鉄。当連載はそんな東急線沿線のバーを訪れ、マスターに街をイメージしたオリジナルカクテルを作ってもらうという企画である。「マスター、〇〇ください」とお願いしたら、どんなドリンクが出てくるのか。一杯のカクテルから広がる街とお酒の物語。乞うご期待!

渋谷からアクセス良好。でも馴染みが薄い?祐天寺

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記念すべき第1回で訪れたのは東横線の「祐天寺」。渋谷から3駅という好立地だが、両隣の中目黒、学芸大学と比べると、街のイメージが浮かびにくい。つまりは、当連載にうってつけの駅だと言えよう。

個人的には「レモンサワー発祥の老舗もつ焼き屋が人気」ぐらいの印象しかない。

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駅東口から続く商店街は駒沢通りにつながっている。

健康志向のバーでメキシコ尽くしの「祐天寺」をいただく

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カラダとバー?

その駒沢通り沿いに気になるお店を見つけた。店名は「n-03(エヌゼロサン)KARADA & BAR」。

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店内の様子をうかがってみると……
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やさしそうなマスターがいた

入るしかない。酒瓶がずらりと並ぶカウンター席に座り、おもむろに言う。「マスター、『祐天寺』ください!」。

いきなり言われてもアレですよね。しかし、「なるほど。うーん、少々お待ちください」という返答から数分後、「祐天寺」が運ばれてきた。

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これが「n-03 KARADA & BAR」の「祐天寺」だ!

一体どんなお酒なのだろうか? 店主に聞いてみる。

「当店オリジナルの『チカーノ』というカクテルです。もともと、カンパリとベルモットを使った『アメリカーノ』というジンベースのカクテルがあるんですが、これはジンの代わりにメキシコ産スピリッツのメスカルを使っています」

グラスの縁にはレモンを絞り、そこに「タヒン」というメキシコ産のスパイスを塗っているそうだ。

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本家の「アメリカーノ」(アメリカ人)に対して、メキシコ系アメリカ人の通称である「チカーノ」と名付けたそう

マスターが語る、このお酒が「祐天寺」のワケに納得

かなりこだわりのある1杯。この店を選んで正解だった。

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『祐天寺』をイメージしたカクテルをひと口飲むと……
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おお、まさにスパイシー&スモーキー!

ほどよい甘さも加わって飲みやすい。しかし、ベースはスピリッツ。ぐいぐい飲むとすぐに酔いそうだ。

しかし、なぜこれが「祐天寺」なんだろう。

「濃いレモンサワーが売りの『もつ焼き ばん』や海老チャーハンが有名な『三久飯店』など、昔から続くお店が元気なのが祐天寺のスモーキーなところ。一方、朝8時から豪華なモーニングが食べられるカフェ『ALLEY CATS YUTENJI』、北海道の食材を使った絶品料理が楽しめる居酒屋『だべ(DABE.)』など、新しい飲食店も定着しつつあって、そういう刺激がスパイシー。スモーキーとスパイシーの共存こそが祐天寺なんです」

なるほど。昔ながらのお店のスモーキーさと新進気鋭のお店のスパイシーさが絶妙に融合している理由がよくわかる。

「学芸大学と中目黒がアメリカだったら祐天寺はメキシコっぽい。ちょっとズレてるけど、知れば知るほど面白い街」というコメントにも納得だ。

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「チカーノ」のお供に勧められたのは駄菓子の「キャベツ太郎」にタヒンを振りかけた一品

カクテルの作り方はYouTubeなどで勉強

ご紹介が遅れたが、こちらのマスターは世良太吾さん(43歳)。会社員を辞めて、2022年10月にこの店をオープンさせたという。コンセプトはズバリ、「新感覚の健康志向バー」。お酒はミクソロジーカクテル(新鮮なフルーツや野菜、ハーブやスパイスと、お酒と組み合わせたカクテルのこと)をメインにクラフトジンやラム酒などを提供。また、深夜にはスイーツも食べられる。

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趣味はサッカー観戦だという世良さん

「コロナの自粛期間に家で筋トレばっかりやってたんですよ。食事もバランスの良いものを心がけるようにして。自分でも飲みに行きたくなるバーを出したいという思いは以前からあったので、じゃあ美容や健康をテーマにした店にしようと思いました」

お酒作りは完全に独学。カクテルについてはYouTubeの動画を参考にしたそうだ。

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20代の頃に音楽活動をしていたこともあり、“それっぽく見せる”術にも長ける

「シェーカーは水を入れたペットボトルで練習しました。『シャカシャカ』という音が途切れないように手首を回転させるのがポイントです」

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テレビを見ている時もクルクルと回し続けたという

「ステア(材料と氷を混ぜること)はバースプーンリングをメトロノームに合わせて手のひらの上でクルクル回す練習を繰り返しました。シェーカーもバースプーンも常に持っていることが重要。そこは楽器と同じですね」

客層は常連が多いものの、一見さんには今まで話していた内容をダイジェストで伝えて、店の雰囲気に溶け込めるようにしているそうだ。そうされるのが嫌なタイプではないと判断したケースのみ、客同士を積極的に混ぜるのが世良さん流のスタイルだ。

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昼に開催したフリーマーケットは洋服好きの人々で賑わった

また、住民同士が交流できる場としてフリーマーケットを企画したり、異業態の店舗とコラボイベントを開催したりもしている。

店の真向かいにはレモンサワー発祥の「もつ焼き ばん」

「祐天寺」を飲んで、街に対して俄然興味が湧いてきた。そんなテンションで駅周辺を散策してみよう。

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2階は知る人ぞ知る古着屋のようだ

店を出ると、駒沢通りの真向かいで前出の「もつ焼き ばん」が元気に営業していた。

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『出没! アド街ック天国』が祐天寺特集を組んだら、この古刹が堂々の1位だろう

地名の由来は駒沢通り沿いにある「祐天寺」。本堂にはご本尊の祐天上人像が安置されており、境内の建築物のいくつかは国の登録有形文化財となっている。

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こういう店がしぶとく残っているのは嬉しい

おしゃれなカフェなども目に付くが、昔ながらの風情を漂わせる店もあった。

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C57 117号機は1973年に昭和天皇のお召し列車も牽引した

さらに、車輪のようなオブジェが唐突に現れる。案内板によれば国鉄より払い下げられた蒸気機関車C57の主動輪で、祐天寺の「カレーステーション ナイアガラ」の“駅長”が購入したものだという。

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お店の前まで行ってみたが、17時閉店のため灯りはついていない

そうそう。祐天寺名物といえば店内に所狭しと鉄道グッズが飾られ、機関車がカレーを運んで来る「ナイアガラ」だ。

祐天寺はあたたかくて気配りのできる方が多い街

世良さんが言っていた。

「治安がいい街ですよ。住んでいる方があたたかく、気配りのできる方が多いので、うちでも混んでくると席を譲ってくれるお客さんも多いですね。おすすめのお店はたくさんありますが、個人的に推しているのはすぐそこのデニーズ。おばちゃん店員さんたちの接客が日本でトップクラスだと思います」

祐天寺のマスターが作ってくれた「祐天寺」は、想像以上にスパイシーでスモーキー。健康メニューは本気ながらも、お客さん同士が健康談義に熱中するわけではなく、誰もが肩の力を抜いて過ごせる雰囲気が魅力だ。

「祐天寺」は香り立つスパイスとやわらかい空気感のギャップがクセになる一杯だった。街の散策とともに、ぜひ訪れてみてほしい。

<取材協力>
n-03(エヌゼロサン)KARADA & BAR
・住所/東京都目黒区中目黒5-28-14ウィン祐天寺102号室
・電話番号/03-6452-3535
・営業時間/20:00〜26:00
・定休日/日曜
https://www.instagram.com/n03_yutenji/

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取材・文/石原たきび
撮影/木村和平
編集/髙山諒(ヒャクマンボルト)

石原たきび
1970年、岐阜県生まれ。塾講師、情報誌・書籍編集者を経てフリーランスのライターに。お酒と焚き火をこよなく愛す。編著に『酔って記憶をなくします』(新潮社)など。
https://x.com/ishihara_takibi

掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

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