
東急線沿線にある、ごくありふれた街角。
そんな街角も、専門家と歩けば一変します。ビルの壁、ガラスの端、手すりの角度。いつも通り過ぎていた風景が、視点ひとつで“見どころ”に変わっていくまち歩き、「知の散歩」。
今回の舞台は、渋谷駅周辺。案内してくれるのは、Instagramで「建築とアートを巡る(R)」を発信する坂田綾緒さんです。注目するのは、まちの中に無数にある「窓」と「階段」。
渋谷駅の地下深くにある窓から、鮮烈なピンクの階段の「横顔」、そして渋谷を歩いたことのある人なら誰しもが見たことのある建物など、坂田さんの視点に触れると、渋谷がちょっと違う場所に見えてきます。「窓」と「階段」でまちを読む、渋谷の知の散歩、はじまります。

(左)坂田綾緒さん
建築愛好家。特に「階段」と「窓」に造詣が深く、InstagramやThreadsでマニアックな視点からの建築写真を投稿している。
Instagram::https://www.instagram.com/_saaaaaoo_/
Threads:https://www.threads.com/@_saaaaaoo_
(右)米村紗希さん
アパレルや広告の分野で活躍するモデル。カルチャーが好きで、音楽や映画などに造詣が深い。今回の散歩のMCを務める。
Instagram:https://www.instagram.com/ynskily/
「吹き抜けは巨大な窓である」渋谷駅の地下にある地宙船の秘密

MC:今日はここ、渋谷駅から「知の散歩」を始めます。なんでも今日は、「窓」と「階段」という、かなりマニアックな視点でまちを案内していただけると聞いたのですが……?
坂田さん:はじめまして、坂田と申します。私は普段、Instagramで「建築とアートを巡る®︎」というアカウントを運営しておりまして、それとは別に、「窓」の写真だけを上げるアカウントと、「階段」の写真だけを上げるアカウントも運営しています。
- 窓景蒐集家として窓の写真だけを集めたInstagramアカウント「@a_window_of_onesown」
- 階段愛好家として、階段の写真だけを集めたThreadsのアカウント「@_saaaaaoo_」
MC:「窓」と「階段」、それぞれ専用のアカウントですか!?
坂田さん:そうなんです。今日はマニアックではありますが、普段みんなが通り過ぎてしまうような渋谷駅周辺を、「窓」と「階段」という視点から3スポット、一緒に見ていきたいと思います。

MC:楽しみです!さっそくですが、ここは東急線渋谷駅の地下1階ですよね。

坂田さん:はい。改めて立ち止まって見ると、ものすごい空間じゃないですか?
MC:たしかに。普段は何気なく通り過ぎちゃっていましたが、このドーム型の建物、すごいですよね。
坂田さん:ここは2013年の3月に完成した、「安藤忠雄建築研究所」設計の駅舎です。この卵のような丸いフォルム、コンセプトは「地宙船(ちちゅうせん)」と言うんですよ。
MC:地宙船……!
坂田さん:地下の宇宙船、ですね。
MC:言われてみれば、地下に巨大な卵が埋まっているような、不思議な光景です。

坂田さん:実はこれ、巨大な吹き抜け構造になっているんです。この地宙船の中でも、私が特に好きな「推しポイント」がある階へ移動しましょうか。エスカレーターで少し下りますね。

坂田さん:ここです!この東横線に続くエスカレーターの脇を見てください。
MC:あれ、これはなんですか?
坂田さん:これは地宙船の一部なんです!壁からぬるっと顔を出しているでしょう?
MC:あ、本当だ!ここだけコンクリートの曲面が飛び出してる。
坂田さん:これを見ると「ああ、本当にこの駅全体が巨大な地宙船に貫かれているんだな」って実感できるんです。
MC:なるほど。
坂田さん:普通なら壁の中に隠して平らにしちゃうところを、あえて構造体を見せているんです。
MC:ただのエスカレーターかと思っていましたけれども、こんな細部にまでこだわっていたのですね。
坂田さん:この「一部だけ見えている」感じが、全体像を想像させてくれてゾクゾクしませんか?
MC:「もしかしたらほかのエリアにも地宙船の一部があるのかな?」って思うと、急に見つけたくなってきました!
坂田さん:いいですね!その調子で、次のエリアにいきましょう!

MC:うわあ、電車がすぐ下に見えます。
坂田さん:私はこの吹き抜けも、あえて「窓」だと定義しているんです。
MC:え、この巨大な穴が「窓」なんですか?
坂田さん:私の定義では、人が通るための道じゃなくて、光や風だけが通る「抜け」は、すべて窓なんです。人が出入りできたら、それは「扉」として認識するようにしています。
MC:なるほど。それは新しい視点です!

坂田さん:それに窓には「採光・換気・眺望」という3つの役割があるのですが、ここは地下駅にこもる熱を自然の力で逃す「自然換気塔」の働きをしていて、機能的にも立派な窓なんですよ。
MC:自然換気塔ですか…?じゃあここは空気の出入り口になっているんですね!
坂田さん:そうです。機械に頼らず、建築の形だけで空気を循環させている。機能的にも立派な窓なんですよ。
MC:渋谷駅の地下のデザインは、かっこいいだけではなくて、機能もちゃんとあるんだなあ〜。
坂田:そうなんです。そういう視点でみると、なんだか駅全体がひとつの生き物みたいに見えてきますよね?
MC:たしかに。いつも歩いている渋谷駅でも、こうしてみると奥が深い!!
坂田さん:さて、“安藤建築”を堪能したところで、次は地上に出て、最近できたエリアの「階段」を見にいきましょうか。
MC:おお、いよいよ階段ですね!
「機能と理想がせめぎ合う」渋谷サクラステージのS字階段に膨らむ妄想

MC:地下から地上へ出て、2024年に開業したばかりの「渋谷サクラステージ」にやってきました。……って、さっそくものすごい色の階段が!
坂田さん:すごいインパクトですよね(笑)。この鮮やかなピンク色の階段を見ていただきたかったんです!
MC:こんな階段、渋谷にあったんだ。
坂田:この階段のピンクは「渋谷サクラステージ」の桜をイメージしているのだと思いますが、鏡面仕上げで周りの景色が映り込んでいて、ただの移動手段というより、完全にアート作品としてこだわって作られています。

MC:本当だ、キラキラしてる……。形も独特ですね。ぐにゃりと曲がっていて。
坂田さん:このS字のカーブは、おそらく「渋谷サクラステージ/Shibuya Sakura Stage」の頭文字「S」を模しているんだと思います。下から見上げると、螺旋のカーブがうねっていて、まるで巨大な生き物みたいにも見えますよね。

MC:中から見ても、外から見ても面白い!
坂田さん:こういうアイコニックなデザインを見ると、つい正面から写真を撮りたくなりますが、階段好きとしては、ぜひ「横から」見てみてほしいんです。
MC:正面じゃなくて、横から、ですか?
坂田さん:はい。階段の側面、段差を支えている桁(けた)の部分を専門用語で「ささら(簓)」と呼ぶんですが、私はこの「ささら」を含む「階段の横顔」を見るのが大好きなんですよね。
MC:階段の、横顔……!

坂田さん:例えば、このピンクの階段、横からじっくり見てみてください。美しいS字カーブを描いていますが、地面に1本だけ、支柱(ポール)が立っていますよね?
MC:あ、本当だ。階段を支えるように、棒が伸びています。
坂田さん:これを見ると、勝手に建築家の葛藤を妄想しちゃうんです。「本当はこの支柱をなくして、空中に浮いているような『S』を描きたかったのかな……でも構造計算したらどうしても強度が足りなくて、泣く泣くこの1本を足したんじゃないかな」とか(笑)。
MC:「あえて付けた」のか「仕方なく付いた」のか、この1本の棒からドラマが見えてくるわけですね。
坂田さん:そうなんです。機能と理想のせめぎ合いが、この「横顔」に見え隠れしている気がして。そういうストーリーを読み解くのが、階段巡りの一番の楽しさですね。

MC:お話を聞いていると、坂田さんの階段愛がひしひしと伝わってきます(笑)。昔からそんなに階段がお好きだったんですか?
坂田さん:いえ、最初はなんとなく撮っていただけなんです。数年前にInstagramで階段の写真ばかり投稿してみた時期もあったんですが、その時はあまりウケなかったのです。
MC:ええ、そうだったんですね。
坂田さん:でも、自分が好きだからまあいいかと思って、Threads(スレッズ)が出てきた際に、「階段愛好家」としてひっそり投稿を続けていたんです。そうしたら、徐々に見てくれる方が増えてきて。ある日、多くの高層ビルの避難階段を手がけている鉄骨階段メーカーからDMをいただいたこともありました。
MC:避難階段!そんなニッチな世界の企業があるのですね…!
坂田さん:驚きですよね(笑)。美術館や商業施設などの階段も作られている会社なんですが、特に高層ビルに不可欠な避難階段を、短納期で大量に作れる会社は日本に数社しかないそうで。「ぜひうちの工場を見にきてください」と招待されました。
MC:好きで続けていたら、プロ中のプロに見つかっちゃったんですね(笑)。

坂田さん:そうなんです(笑)。でも避難階段って普段は見えないけれど、命を守るために絶対に欠かせないもの。その「機能美」の凄さに触れてから、ますます階段の沼にハマってしまいました。
MC:たしかに、防災上、あの階段ってビルには欠かせないものですよね。
坂田さん:では、次はさらに視点を変えて、「窓」と「階段」、どちらの良さもバランスよく詰まった建物を見に行きましょうか。
主役は階段と窓?あえて階段を窓際に置いた「渋谷スクランブルスクエア」の建築家たちの意図に迫る

MC:最後は、『渋谷スクランブルスクエア』にやってきました。駅の直上ということもあり、さすがにすごい人ですね…!
坂田さん:そうですね。私は渋谷スクランブルスクエアのここの移動スペースがとても好きなんですよね。というのは、このスペースは「窓」と「階段」が完璧なセットになっているんですよ。
MC:窓と階段がセット、ですか?

坂田さん:はい。通常、眺望の良い窓際には、多くの人が使う「エスカレーター」を配置することが多いんです。でもここは、エスカレーターを奥にして、あえて「階段」を窓際に持ってきている。私の個人的な見解になりますが、私はここに意図があるのではないかと思っています。
MC:言われてみれば、階段が一番いい場所を陣取っていますね。
坂田さん:そうなんです。でも、なぜあえて階段を窓際に置いたのか?その本当の理由は、中から見ているだけじゃ半分しか分からないんです。一度、外に出てこのビルの「顔」を見上げてみましょうか。
MC:外側から、ですか?
坂田さん:はい。ちょっと一度外に出て、このビルを見上げてみましょうか。

MC:おー!外に来ると、階段と窓がより強調されて見えますね!
坂田さん:ここでの注目ポイントは、ビルの「ファサード」です。
MC:ファサード?
坂田さん:建築用語で、建物の正面、「顔」のことです。この渋谷スクランブルスクエアのデザインには、隈研吾さんやSANAAといった日本を代表する建築家たちが関わっているんですが(※)、その「顔」をよく見てみてください。
※渋谷スクランブルスクエアのデザインアーキテクトは、日建設計、隈研吾建築都市設計事務所、SANAA事務所の3社
MC:あ!ガラス越しに、階段のギザギザした形が見えます!窓のテクスチャーもかっこいい!

坂田さん:そう、これこそが、階段が窓際に置かれた理由だと私は考えています。あくまで私の想像なんですけどね。もしこれがエスカレーターだったら、横から見ると単なる直線の斜め線になってしまって、デザインとして面白みがない。でも階段なら、ジグザグさせたり、踊り場を作ったりして、リズムを生み出すことができます。
MC:なるほど……!単調なガラス張りのビルにならないように、階段のシルエットで表情を作っているんですね。
坂田さん:さらに言えば、そこを上り下りする「人の動き」も外から見えますよね。
さっき中で見た「たくさんの人が行き交うエネルギー」そのものを、都市の景観として取り込んでいるんじゃないかなと。
MC:上下の階を行き来する『道具』である階段が、ここではビルの顔になっているのか〜。
坂田さん:こんな都会のビルなのに、原始的な「階段」という要素が一番目立つ場所に置かれている。これが、私の思う「窓と階段」の集大成のような景色なんです!
見慣れた景色が「物語」に変わる。視点を変えて歩く、これからの渋谷散歩

MC:坂田さん、今日は本当にありがとうございました!普段何気なく通り過ぎていた「窓」や「階段」に、これほどまでのドラマや意図が隠されていたなんて…。
坂田さん:こちらこそ、ありがとうございました。楽しんでいただけたなら嬉しいです!
MC:お話を聞いた後だと、ただのコンクリートの塊やガラスのビルが、急に意志を持った生き物のように見えてくるから不思議です。「なぜここに、この形であるのか」を考えるだけで、まち歩きがこんなに知的でワクワクするものになるんですね。
坂田さん:そうなんです。有名建築家の作品でなくても、まちのいたるところに「機能と理想のせめぎ合い」は潜んでいます。これを読んでいる方が次に駅の階段を上る時、ふと「横顔」を見てみようかな、なんて思っていただけたら、それこそが最高の「知の散歩」だと思います!
MC:ただ歩いただけなのに、まるで1本の映画を観たような充実感でした。渋谷のまちはこれからも形を変え続けますが、また新しい「窓」や「階段」に出会っていきたいです!
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MC/米村紗希
文・写真/高山諒
編集/ヒャクマンボルト
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Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。











