麺day

異国情緒たっぷり!大崎広小路で「トムヤムヌードル」を味わう

Urban Story Lab.

2025/6/7

麺をすする行為はまるで深呼吸のよう。静かに息を吸い、リラックスして麺をすする。そして「ふぅ〜、美味しい」とひと息つく時間が、日常の疲れを和らげ、心に新たな活力をもたらしてくれるのです。

ラーメンに、そば、うどんなど、東急線沿線の街角には、疲れた心にそっと寄り添う「麺」のお店が数多くあります。

本企画「麺day」では、そんなリラックスできる麺料理とのひとときをテーマに、東急線沿線の麺にまつわるお店をショートストーリーでご紹介します。

高橋まりな
三度の飯より酒が好きなライター。主戦場は赤提灯酒場。1人でも多くの人と盃を交わすための我が人生。合言葉は「約束はいらない、酒場で会おう」。
X:https://x.com/f_y_takahashi

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心地よい街並みの中で、主人公が訪れる麺のお店と、そこで味わう小さな幸福を皆さんにお届けする「麺day」。第3弾となる舞台は大崎広小路駅。ライター・高橋まりなが麺をすすり、想像をふくらませながら文を綴ります!
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店に足を踏み入れた瞬間、異国の空気にふわりと包まれる。
カラフルな椅子、壁に並ぶガーランド、そして鼻をくすぐるスパイスの匂い。
トムヤムヌードルをひとすすりすれば、爽やかなパクチーとハーブの香りが優しく広がり、スープの程よい辛味とモチモチの麺が絡み合う。
心はもうタイの街角へ。私の「麺day」、ここから始まります。

ビル群の隙間に、ちいさな「特別」が見つかる街

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私の仕事は、バッグメーカーの営業職。各種メーカーから仕入れた商品を、小売店や問屋に提案し、一般消費者に向けて販売してもらうのが主な仕事だ。

特にビジネスバッグの需要が高まる春の時季は、商談の大チャンス。今日は品川エリアを回り、いくつかの取引先と打ち合わせをこなした。
ひとつひとつの会話を振り返りながら、次の提案の糸口を探していると、一日が飛ぶように過ぎていく。ふと時計を見ると、もう夕方だ。

ひとしきり商談を終えた日は、ふっと肩の力が抜ける。提案用の商材が詰まった手元のトランクはずっしりと重いが、心は少し軽やかだ。

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「今日は直帰…いや、せっかくだからちょっと寄り道してみようかな」

大崎広小路駅には、そんな気持ちでぶらぶらしていた折にたまたま辿り着いた。外回り中心の営業職の特権は、知らない街を探索できることだ。

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駅近くの高架下には、飲食店がぽつりぽつり。

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看板を見ると、どうやら「池上線五反田高架下」という商業施設のようだ。ほのかな橙色に灯る看板に横丁のような雰囲気を感じ、心がときめく。

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街をしばらく歩いていると、真っ先に目に留まるのは林立するビル群。ビジネスパーソンが多い街ながら、穏やかな雰囲気が印象的だ。四角い窓を反射する日の光がきらきらと輝いている。

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そんなビル群から目を落とすと、ところどころに植物が咲いていたり、ユニークな形の影ができていたりする。日常に転がるちいさな発見を楽しむのは、自分だけの宝探しみたいで面白い。

タイ人オーナー直伝レシピが光る、街の気さくな食堂

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しばらく大崎方面へ道なりに進むと、「バンコク食堂 ポーモンコン」という特徴的な看板が目に入る。

数年前に訪れて以来、しばらく足を運んでいないタイ。空港に降り立ったときの、自由闊達ですべてを許容してくれるような雰囲気に、心がぱっと明るくなったのを思い出す。

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当時の記憶が蘇り、思わず入店してしまった。ガーランドやカラフルな椅子で彩られた店内は、まるで本場・タイの屋台のようだ。

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しばし店内を観察していると、ズラリと並んだお酒のボトルが目に入る。

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店長チョイスのお酒にもこだわりが垣間見える。店員さんに聞いてみると、クラフトビールも1タップ(※)用意があるそう。仕事も終わったことだし、一杯といきますか!ワインやタイのウイスキーを使用したハイボール「タイボール」など、種類が豊富で迷ってしまう。

(※)タップ...樽に付けられたビールの注ぎ口のこと

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悩みつつ決めたのは、タイのビール『チャーン(750円 税込)』。加えて、『トムヤムヌードル(1,100円 税込)』も注文する。

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ハーブが織りなす爽やかな香りがたまらない。もちっとした食感のフォーがスープに絡みつき、香ばしいパクチーの風味と共に華やかなハーモニーを奏でている。

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歯ごたえ抜群なイカやプリプリ食感のエビなど、海鮮がたくさん入っているので辛すぎず、飽きずに食べ進められる。エスニック料理は辛味や酸味、いずれかが突出しているイメージだったが、良い意味でその概念が覆された。穏やかな辛味に、身体もほわっと温まる。

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卓上にはタイ産唐辛子やナンプラー、お酢、砂糖の4種類の調味料が用意され、自分好みに味を調整できるのも嬉しい。私はナンプラーを入れてアレンジしてみたのだが、臭みが一切なく驚いた。スープがさらに深みのある味わいになり、美味しい。

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ほんのり甘く、軽やかな風味のチャーンを飲みながら、あっという間に食べ切ってしまった。

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美味しさの余韻に浸っていると、お皿を片付けようとしていたお兄さんから声をかけていただく。

「トムヤムヌードル、辛くなかったですか?」

「ちょうどいい辛さで、スープまで飲み干しちゃいました」
そう答えると、お兄さんは嬉しそうに頷いた。

「うちはスープにココナッツミルクを使わないんです」
「だから飽きずに食べられる、軽やかな味なんですね」

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お兄さんはどこか懐かしそうに笑う。

「うちのお店、もともとは荏原町でやってたんです。そのときはタイ人のオーナーがお店を切り盛りしていてね。店名の『ポー』はタイ語でお父さん、『モンコン』はオーナーの名前」

「『モンコン父さん』って意味なんですね」

「そう。あ、僕は今オーナーをしている土谷(つちたに)って言います。当時、休日に100軒ほどタイ料理屋を巡っていたんですが、ポーモンコンのタイ料理はどれも感動する美味しさで。忘れられなかったんです。調味料の使い方ひとつで変わる、シンプルで奥深い味なんですよ。それが面白くて、オーナーが帰国するまで学ばせてもらいました」

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フレンドリーに話してくれる土谷さんに、ふと気になることを聞いてみた。

「でも、オーナーが帰国して、お店は……?」

「紆余曲折あり、一度は閉店しました。けれど、あの味を残したくて。縁あって2017年にここで再スタートできたんです」

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「そこまで惚れ込んでいたんですね」

「ええ。レシピもそのまま、調味料やハーブもタイのものを使っています」

そう語る土谷さんの表情には、確かな自信があった。
タイ料理に魅せられ、その味を守り続ける店主の思い。それが、店名や内装、一杯のトムヤムヌードルに至るまで、ぎゅっと詰まっているのだ。

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「『美味しかった、ご馳走様でした』と声をかけてくれて、またお店に足を運んでくれるお客さんがいるのが嬉しい」という土谷さん。自分が心底好きで提供しているものを、同じように好きだと思ってくれる人がいるというのは何と尊いことだろう。

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トランクを引いて店を後にすると、商談帰りではなく、まるで旅の途中のような気持ちになってきた。「今もタイに出向くことがある」という土谷さんの話を思い出す。私も、有給休暇を使って、タイに行ってみようかな。そこで見つけた「好き」が、何かにつながるかもしれない。春は始まりの季節。思い切って、飛び立っちゃおう。

【店舗紹介】

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バンコク食堂 ポーモンコン

2011年に荏原町で「タイレストラン ポーモンコン」として開店後、一度閉店。2017年に「バンコク食堂 ポーモンコン」として大崎広小路にリニューアルオープン。本場・タイで買い付けた食器や小物に彩られた店内で、カジュアルに食事が楽しめる。オーセンティックなタイ料理に加え、店主・土谷栄一さんがアレンジを加えたオリジナルレシピも必見。

・住所:東京都品川区大崎5丁目7-14 五反田ロイヤルハイツ 105-2
・電話番号:03-6417-9778
・営業時間:ランチ 11:30~15:00(L.O.14:30)/ディナー 17:00~22:00(L.O.21:00)
・定休日:火曜、その他数日
https://www.instagram.com/bkk_phomongkhon/

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文/高橋まりな
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)

掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

Urban Story Lab.

まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。