パン屋に入ったときにフワッと香る、甘くて香ばしい幸せな匂い。高揚感に包まれながら、たくさんのパンを前に「どのパンにしようかな」と、トングを持つ手もカチカチと踊る。
エッセイストの藤岡みなみさんが東急線沿線の一駅を歩き、パン屋を巡るこの企画。
2回目の舞台は三軒茶屋。街歩きの中で感じた出会いや、話題のパン屋「トリュフベーカリー」で感じたときめき、味わいをレポートしていきます。
藤岡みなみ
1988年生まれの文筆家。ラジオパーソナリティとしても10年活動するほか、ドキュメンタリー映画のプロデューサーなども務める。時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りって現実にある時間旅行では? と思い、2019年にタイムトラベル専門書店utoutoを開始。時間をテーマにしたイベントや書籍を制作している。著書にエッセイ集『パンダのうんこはいい匂い』、『藤岡みなみの穴場ハンターが行く! In 北海道』、『ふやすミニマリスト』などがある。学生時代パン屋さんでアルバイトをしていた。
Twitter(X):https://x.com/fujiokaminami
Instagram:https://www.instagram.com/fujiokaminami/
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三軒茶屋は、私が人生で最初に憧れた街だ。
小学生の頃に住んでいた家は、世田谷線で三軒茶屋の2つとなりの若林駅が最寄りだった。
ちょっとおでかけする場所といえば三軒茶屋。
子ども同士で行くには許可がいる三軒茶屋。

いまでも三軒茶屋に遊びに行くと、当時のときめきが蘇る。
キャロットタワーを見上げると自動的に少女に戻ってしまう。
わぁ。

一度、子どもたちだけでキャロットタワーの展望室にのぼったことがある。
さとみちゃんとりさちゃんと私。エレベーターの中から緊張して、ホテルのような展望室の雰囲気にも圧倒された。
さとみちゃんが持ってきた「写ルンです」で街の写真を撮ったけれど、反射してうまく撮れていなかった気がする。
大人になり、今日はひとりでフルサイズカメラを持ってきた私。よく晴れて富士山もばっちり写った。
自分が住んでいる街がこの景色の中にあるなんて信じられなかった。
すぐそばにある非日常。それが私にとってのキャロットタワー。
まずは展望室に行くというルーティーンを済ませ、あらためて三軒茶屋の街へ繰り出す。
江戸時代の中頃に三軒の茶屋があったことから、三軒茶屋と呼ばれるようになったそう。お店が集まり栄えている様子はいまも同じ。
圧倒的な親しみやすさを覚える街並み。遊びに行く場所でもあるけれど、だれかが住んでいる息遣いも感じる。
田園都市線の入り口からすぐの商店街、三茶しゃれなあど。
歩くほどに、愉快なお店やおいしそうなお店がざくざく見つかる。
大好きな書店twililightさんもある。ここの屋上から見る空も特別。
ずんずん歩くと、右手に赤れんがのかわいいお店が。
本日の目的地、TruffleBAKERYさん。
三軒茶屋店は2024年3月にリニューアルし、パンの製造エリアを拡大するために販売スペースを縮小したのだとか。
つやつやふっくら、生命力あふれるパンたち!
ショーケースの中から店員さんが取ってくれる形式だから、心の中でトングをカチカチさせる。
お目当てはやっぱり一番人気「白トリュフの塩パン」。
そして、二番人気「黒トリュフ卵サンド」。
どちらもTruffleBAKERYの代名詞的な存在。
トリュフ……!
私はこれから、白昼堂々トリュフのパンを買うぞ!!
トリュフって友達の結婚式で食べるようなものじゃなかったっけ。いいんだろうか……!
パンを吟味していると、紫のヘアカラーが素敵なマダムに話しかけられた。
「あれ、このお店って変わった?」
リニューアルしたそうですよ。でも同じお店です!
「そうよね!前は売り場があって、中に入れたのよね。
ここって、塩麹パンが有名なお店よね!」
あ、トリュフかもしれないです。
「あっ、そうそうトリュフ。さっきテレビで塩麹の話してたから混ざっちゃったわ、ありがとねぇ」
さすがは人気店、お客さんがひっきりなしに訪れている。
常連さんらしき方やお散歩のワンちゃん連れの方もいたりして、地元の人たちに愛されてるのがよくわかる。
そして、私にはすばらしいアイデアが浮かんでいた。
絶景と絶品パン、これは大変なことになるぞ。
飛んでしまいそうなほどおいしいのだろう。
目に映る大パノラマと、心の景色が完全一致。
いつかこのパンを思い出してきっと泣いてしまう。そんな予感。
余韻に浸りながら地上に戻った。
今日はまだこのあと打ち合わせがあるから、すぐには家に帰れない。
うっしっし、公園に寄って食べちゃおう。
キャロットタワーが見える公園へ。
上からの眺めも下からの眺めもいい。
まずは黒トリュフ卵サンドを食べてみる。
包みをあけて鼻を近づけると、ぶわわっとトリュフの芳醇な香り。
たまらずかぶりつくとやっぱりもう……飛びました。
小麦を感じるふかふかのパン、なめらかで溢れそうなほどたっぷりなたまご。
ファビュラスなトリュフの香りが私の体を包んで、天にものぼる気持ち。
そして大切なことを思い出したのだ。
さっき買った「生搾りクリームパン」は、賞味期限が5時間と書いてある。
青空の下、生搾りクリームパンをほおばった。
うわー!つやつやだー!
見た目もつやつやだけど味もつやつや。
高級な生クリームと高級なカスタードクリームを混ぜ合わせたような、やんごとないお味。
賞味期限が5時間っていうのも頷ける。だってこれ、生きてるもん。
大満足の、よき三茶パン旅でした。
パンを食べたい場所がある街はいい街。
翌朝、TruffleBAKERYで購入したパンを食べるために飛び起きた。
店員さんがおすすめしてくれたのは「海藻バターの塩パン」。
「トリュフのパンとは全然違うんですけど、これもとっても美味しいんですよ!」
一口食べてみると、ガツン!
パンの中にバターの塊が入っている。
それがこのパンの命。
海藻とバターの世界が部屋いっぱいに広がる。
海藻ってこんなにセクシーなのか。
トリュフに劣らないリッチさ。海藻も宝石だったんだ。
そして満を持していただく「白トリュフの塩パン」。
あぁ。ため息の漏れるおいしさ。
トリュフの色気にぴったり合う、パンの弾力と塩気。
口の中がいいにおいで嬉しい。
なんでもない日にトリュフパンを食べていいんだ。
トリュフの香りからスタートする1日、いい日に決まってる。
特別な日常が、始まった。
<取材協力>
TruffleBAKERY 三軒茶屋店
・住所:東京都世田谷区太子堂2丁目24−5 田中ビル 1F
・TEL:03-6805-3223
・営業時間:9:00〜20:00
・定休日:不定休
https://truffle-bakery.com/
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文・写真/藤岡みなみ
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)
掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。