和菓子、我が師よ

中目黒「目黒東山こくぼ」のあんみつに学ぶ「なめらかな調和」〜和菓子、我が師よ〜

Urban Story Lab.

2025/9/23

和菓子。それは四季や風土を映し出す、日本の美意識が凝縮された伝統菓子である。古来より日本人の暮らしに寄り添ってきたが、その魅力は味わいにとどまらない。和菓子や和菓子店は、土地の歴史を静かに見つめ続けてきた“まちの語り部”でもある。

本企画では、東急線沿線の和菓子店を訪ね、名物菓子を実際に味わいながら、そこに込められた職人の想いや地域の記憶に耳を傾けていく。

和菓子から人生を学ぶ――少し大げさに聞こえるかもしれない。

しかし、繊細な味わいに舌を澄ませ、重ねられた技や工夫に目を向けてみれば、和菓子が静かに語りかけてくる“教え”のようなものが、きっと見えてくるはずだ。

大川竜弥
自称・日本一、インターネットで顔写真が使われているフリー素材モデル。神奈川県横浜市出身。ショップの店員や、Web制作会社でのディレクションとライティング、ライブハウスの店長、ザ・グレート・サスケのマネージャーなどの経験を経て、2012年からフリー素材モデルとして活動。日清・カップヌードルの広告モデルをはじめとして、テレビCM、Web広告等で活躍している。
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東横線のなかでも、ひときわ個性が際立つまち、中目黒。おしゃれなカフェや個人経営のショップ、感度の高い人々が集うライフスタイルの発信地として、近年ますます注目を集めている。

春には目黒川沿いの桜並木が咲き誇り、都内屈指の花見スポットとして賑わいを見せる。少し歩けば、昔ながらの住宅街が静かに広がっており、新旧の風景が自然に溶け合う空気感も、このまちの魅力だ。

代官山や祐天寺といった東横線沿線の人気エリアに挟まれながらも、どこか“地元らしさ”を残すまちでもある。

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再開発により「中目黒 蔦屋書店」や高架下の複合商業施設「中目黒高架下」が生まれ、利便性や洗練された印象が加わった。それでも、昔からこのまちを見守ってきた老舗や名店は、今も変わらず人々を惹きつけている。

今回紹介する和菓子店も、そんな“変わらぬもの”のひとつ。

中目黒駅から徒歩9分、1946年創業の「目黒東山こくぼ」

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今回訪れるのは、東横線・中目黒駅近くに店を構える「目黒東山こくぼ」。1946年に寒天の製造工場として創業し、約30年前からはその寒天を生かした直売所を併設している、老舗のあんみつ専門店だ。

伊豆産の天草だけを厳選し、手間を惜しまず一つひとつ丁寧に仕上げることで、寒天ならではの弾力と風味を最大限に引き出している。

餡(あん)には、選び抜いた小豆を使い、じっくりと炊き上げることで、滑らかな口当たりに。寒天との調和を考え、甘さを控えめにすることで、後味のよさが際立つ。

さらに、自家製の黒蜜には、じっくりと煮詰めた黒糖を使用。甘みの中に深いコクがあり、香ばしい風味が口いっぱいに広がる。寒天や餡の味わいを引き立てるよう、甘さ加減も絶妙に調整されている。

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目黒東山こくぼは、中目黒駅正面改札を出て山手通りを目黒・池尻大橋方面へ進み、青葉台一丁目交差点の信号を左折して野沢通りに入ったところにある。駅から徒歩約9分で、周辺には住宅街や隠れ家的な飲食店が並ぶ、落ち着いたエリアだ。

変わりゆく中目黒、変わらぬ営み。「なりゆき」に寄り添うあんみつ専門店

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目黒東山こくぼの看板商品は、定番の「小倉あんみつ」と「こしあんみつ」。どちらも1個432円(税込)と手に取りやすい価格で、日によっては昼過ぎには完売してしまうこともある。

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そのほかにも、「抹茶あんみつ」「白玉あんみつ」「栗あんみつ」、さらには季節限定の「湘南ゴールドあんみつ」など、店頭には実に多彩な品々が並ぶ。取材中もひっきりなしに客が訪れ、なかにはまとめ買いする姿も見られるほどの人気ぶりだった。

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店内では、寒天、餡、赤豆、黒蜜、求肥といったあんみつの素材も個別に販売されており、それらを組み合わせて“自分だけのあんみつ”を楽しむ、通な客も少なくないという。

和菓子店は全国各地に数多くあれど、“あんみつ専門店”は珍しい存在だ。そこで3代目店主に、お店の歴史と、専門店として歩んできた経緯を尋ねた。

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目黒東山こくぼは、通称「小久保商店」としても親しまれており、現在のご主人が3代目。初代は祖父、2代目が父にあたる。

祖父が製造していた寒天は品質の良さから評判を呼び、やがて都内の喫茶店に加え、全国の飲食店やスーパーにも卸すようになった。しかし、時代とともに卸先が減り、寒天の需要も次第に低下。

そんななか、「製造工場の敷地内で営業すれば家賃もかからない」との発想から、今から約30年前に、寒天を使ったあんみつの直売所を敷地内に併設することとなった。

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「寒天の味には自信があるから、あんみつを売れば商売になる!みたいな立派な理由があったわけじゃないんです。これから先、寒天の卸だけでは難しいだろうなと思って始めたのがきっかけ。そしたらありがたいことに“おいしい”と言ってくれる方が増えていって。まあ、なりゆきです」と、ご主人は照れくさそうに笑った。

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客の中心は近隣住民かと思いきや、さすがは歴史ある人気店。テレビなどのメディアに取り上げられた影響もあり、遠方から車で訪れる人も少なくないという。

「中目黒は、とにかく入れ替わりの激しいまちです。昔は住宅街が中心でしたが、飲食店やマンションが増え、次第にオフィスや商業施設も建ち始めて、来てくださるお客さまの顔ぶれも変わってきました。最近は“会社でみんなで食べるから”と、まとめて買ってくださる方も目立ってきましたね」

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まちの風景が変われば、訪れる人も変わる。それでも、目黒東山こくぼのあんみつは、今なお多くの人に選ばれ続けている。

これからも中目黒は、時代や流行に合わせて姿を変えていくだろう。そうした変化に、ご主人はどう向き合っているのか。

「寒天は厳選した素材を使っていて、販売している分は2日前から仕込んでいます。ありがたいことに、早い時間に売り切れてしまうこともありますが、大量には作れません。できる範囲のことを続けて、あとは、なりゆきにまかせるだけですね」

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なりゆきにまかせるとはいえ、変わりゆくまちのなかで変わらぬおいしさを届ける姿勢こそ、長く愛される理由なのだろう。

ぷるん、すっと、そして心に残る。主役と名脇役が織りなす、あんみつという「調和の味」

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ご主人にお話を伺ったお礼を伝え、目黒東山こくぼの看板商品・こしあんみつを購入。中目黒のまちを歩きながら、ゆっくり味わえる場所を探す。

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たどり着いたのは、目黒川沿いにあるベンチ。パッケージの蓋を開けると、餡のほのかな甘みがふわりと香り、色鮮やかな求肥やフルーツが目を引く。

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いよいよ、主役とのご対面!かすかに透き通る白い寒天と、艶やかな赤豆が姿を現した。

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そこに先ほどの餡、求肥、フルーツをのせ、黒蜜をとろりとかければ完成だ。この美しいビジュアルを崩してしまうのは惜しいが、目黒東山こくぼのこだわりを味わわずにいるのは、もっと惜しい。

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ひと口すくって、まず驚いたのは寒天の食感だった。ぷるんとしながらも、ほどよい弾力があり、噛むたびに天草の風味がふわりと広がる。舌の上をすべるように消えていき、すっとのどを通る感覚が、なんとも心地よい。

そこに重なるのは、なめらかなこし餡のやさしい甘み。甘さは控えめで、豆の旨みがしっかりと感じられ、寒天との相性が実に見事だ。

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フルーツの酸味や求肥のもちもちとした食感、黒蜜のコク深い甘さが一体となって、ひとつの世界をつくりあげている。どの素材も主張しすぎず、けれど確かな存在感を持っていて、まるでそれぞれが静かに語り合っているかのよう。

寒天が主役で、ほかの素材は名脇役。主役を引き立てつつ、決して出しゃばることなく、あんみつというひとつの調和を見事に完成させている。

あんみつとは、こんなにも繊細でやさしいものだったのか――。そんな思いが、胸の奥にそっと残るような一杯だった。

何度訪れても新たな発見がある、「なめらかな調和」が彩る中目黒

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筆者は学生の頃から中目黒に足を運ぶようになり、今でも頻繁にこのまちを訪れている。中目黒の歴史を思えば決して長くはないが、約25年間、まちの移り変わりを確かに体感してきた。

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目黒東山こくぼのご主人が語ったように、中目黒は入れ替わりの激しいまちだ。しかし、目黒川沿い、山手通り、目黒銀座商店街といった“主役”の風景は変わらずにあり、それらを彩る多彩な店々が、このまちを支える“名脇役”として存在感を放っている。

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そんな街の姿と、目黒東山こくぼのあんみつを重ね合わせたとき、「なめらかな調和」という言葉がふと浮かんだ。

主役である寒天と、名脇役の素材が見事に調和するあんみつ。変わらぬまちの風景と、変わりゆく店々の営み。どちらにも共通しているのは、主役と脇役という役割を超えて、それぞれの魅力がグラデーションのようになめらかに溶け合い、ひとつの調和をかたちづくっていることだ。

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恥ずかしながら、中目黒歴およそ25年の筆者が目黒東山こくぼを訪れたのは、今回が初めてだった。変わりゆく中目黒には、老舗も新しい店も、まだまだ知らない名店がたくさんあることを、改めて実感した。

本企画「和菓子、我が師よ」は、和菓子から人生を学ぶことを目的としている。今回、目黒東山こくぼとご主人、そしてあんみつから教わったのは、なめらかな調和が織りなすまちの魅力だった。

中目黒という街は、訪れるたびに新たな発見がある。そして、目黒東山こくぼのあんみつの繊細でやさしい味わいを楽しみたい方は、ぜひ一度、足を運んでみてほしい。

目黒東山こくぼ
・住所:東京都目黒区東山1丁目16-16 1F
・電話番号:03-3713-3974
・営業時間:9:00〜18:00 
・定休日:日曜日、第三土曜日、年末年始、ゴールデンウイーク、夏季休暇

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文・モデル/大川竜弥
写真/高山諒
編集/ヒャクマンボルト

掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

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まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。

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