
クラフトビールには、つくり手のこだわりや土地の魅力がぎゅっと詰まっています。味や香りはもちろん、名前や原材料、醸造の背景まで、その土地ならではの個性が感じられるのが魅力です。「東急クラフトビール愛好会」では、東急線沿線のブルワリーを訪ねながら、ビールをきっかけに、まちの文化や歴史、人の思いにふれていきます。
第3弾は、武蔵小杉にある「鍵屋醸造所」をレポートします。「鍵屋醸造所」は、新しいクラフトビールへの扉を開く場所。心地よい穏やかな空間で、ひとりでも、誰かと訪れても、きっと新しい発見があるはずです。
利便性と自然の安らぎが同居したまち、武蔵小杉

神奈川県・川崎市中原区に位置する武蔵小杉。

駅周辺には大型商業施設やタワーマンションが立ち並び、都会的な雰囲気です。少し足をのばせば多摩川の河川敷や等々力緑地などの自然も広がり、利便性と安らぎが同居したまちと言えるでしょう。
ようこそ、個性あふれるクラフトビールのステージへ

そんな東横線・武蔵小杉駅の近くにあるのが、「鍵屋醸造所」です。

入店すると目の前に広がるのは、色とりどりのラベルが並ぶクラフトビールの世界。定番6種類に加え、準定番、そして月替わりで登場する3〜4種の新作ビールは常時10種類以上で、個性豊かなラインナップが楽しめます。

ちなみにビールの一部には、開発時にインスピレーションを得た曲名がそのまま名前になっているものもあるのだとか。「このネーミング、あのバンドの曲?」なんて話題から、お客さん同士で会話が弾む光景も見られるそうですよ。

お気に入りの一杯に出会えたら、ぜひ物販コーナーもチェックしてみてください。音楽のプレイリストのように、お気に入りのビールを自宅に揃えておくのも素敵ですね。

それではさっそくビールをいただいてみます!
種類が豊富で迷ってしまいますが、今回は「British Bitter」(写真左 1,210円・税込)、「Pils No.1」(写真中央 1,210円・税込)、「My Memory Tront」(写真右 1,342円・税込)をいただきます!

British Bitterは、イギリスのパブで飲まれるような伝統的な味を目指したというブラウンエール。
「時間が経ってぬるくなっても美味しいのが特徴です。温度が上がることで、よりまろやかな甘みと香ばしさが引き立ちます。大きなグラスでゆっくり飲んでいただきたいですね」(カギヤ醸造所 代表取締役 佐藤学さん 以下、佐藤さん)という言葉通り、ごくごく飲める軽やかさがありながら、しっかりと麦の香りも感じられるバランスの良さが魅力。やわらかいコクがあり、癖のない味わいなので、クラフトビール初心者にもおすすめです。

Pils No.1は、鍵屋醸造所唯一のラガービール。ラガーとは、低温でじっくり発酵・熟成させることで雑味を抑え、すっきりとした味わいに仕上げるスタイルのことを指します。その中でもピルスナータイプのこのビールは、焼き立てのパンのような香ばしさと爽やかな飲み口が特徴。キンキンに冷やして、ごくごくと楽しんでいただきたい一杯です。
My Memory Trontは、コーヒー豆を贅沢に使った黒ビール。その名の通り、醸造家自身の思い出が込められています。コーヒー専門店と勘違いして入店し、そこで出会った一杯のコーヒービール。その味に衝撃を受けたことをきっかけに生まれたのが、この「My Memory Tront」なのだとか。コーヒーの深い香りと優しい苦味が調和したコーヒースタウトは、後を引く余韻を楽しみたい方にぴったりです。

そんなビールに合わせるとっておきのおつまみは、「フィッシュ&チップス」(1,078円・税込)。鍵屋醸造所のビールを配合したオリジナルのバッター液(液状の衣)を使って仕上げている、お店のイチ推しメニューです。。手作りのお酢は、日本では珍しいモルト(麦)を使ったビネガー。酸味が強すぎず、フィッシュ&チップス本来の味を引き立ててくれます。

ラードで揚げた衣はサクサクと軽やかで、口に入れた瞬間に白身魚がほろほろとほどけていきます。香ばしさと旨みが一気に広がり、思わずビールをぐいっとあおりたくなる、まさに黄金のペアリングです。お客様から「こんなに美味しいフィッシュ&チップスは食べたことがない」という言葉があったというのもうなずけます。ひと口頬張るたび、笑みがこぼれる。そんな至福の一皿です。
お腹も心も大満足の筆者。この幸せの味はどうやって生まれたのか、お店の方にお話を聞いてみます!
町内会館のように、誰もが気軽に集えるブルワリーを

今回お話を伺うのは、佐藤さん。学生時代にイギリスを訪れた際、職業・年齢・性別・国籍を問わず人々が語り合い、老若男女が集う地域の社交場としての「パブ」の存在に強く心を動かされたそうです。
「イギリスに縁もゆかりもない僕でも、パブでは通りすがりのおじいちゃんが気軽に声をかけてくれたりして。壁を感じずに交われる空気感があったんです」

そんなパブでの経験を通じて、「お酒をきっかけに人と人がコミュニケーションを取り合える、地域の町内会館のような居場所をつくりたい」という想いが芽生えたという佐藤さん。2017年に独学でビールづくりを始めた後、川崎市内で親しまれていた「風上麦酒製造」が閉鎖することを知り、醸造所ごと店舗を引き継ぎました。

その後、2018年に「鍵屋醸造所」をオープン。鍵屋醸造所のネーミングの由来は、「ビールを、人と人を繋ぐ鍵にしたい」という想いから来ているのだそう。そんな鍵屋醸造所の客層は幅広く、年配の方、ご家族連れ、おひとりで来られる女性などさまざま。普段はカクテル中心であまりビールを選ばない方でも、「鍵屋醸造所のビールはおいしい!」と笑顔で語ってくださることが多いそうです。
「お客さま同士が仲良くなって、ビール好きのコミュニティができることもあります。中には、うちをきっかけに結婚された方もいらっしゃいますよ」

そんな鍵屋醸造所が大事にしているのは、開かれた場所であること。そして、多様なスタイルが楽しめる場所であること。
「クラフトビールは、業界内部だけのものにはなってほしくない。だから価格もできるだけ抑えたいですし、鍵屋醸造所を通じてクラフトビールのおもしろさを知ってもらいたいと思っています。『こんなビールもあるんだ!』という発見を提供したいですね」
「イギリスでは、さまざまな種類のビールがあって、お昼にコーヒーがわりにビールを飲む人の姿もよく目にしました。その影響を受け、鍵屋醸造所でも、シチュエーションや気分によって選んでいただける楽しさを大切にしています」
さらに、地元とのつながりも鍵屋醸造所の魅力のひとつ。たとえば、川崎・新城にある「新城ファーム」と協力して地元で採れた農産物を使った季節限定ビールをつくったり、川崎の醸造家とコラボして竹炭を使ったビールを手がけたり......。つながりの輪をどんどん広げているのです。まちの人と一緒に、新しい美味しさを生み出していく。そんな挑戦が続く鍵屋醸造所から、これからも目が離せません。

そんな佐藤さんの想いを体現するかのように、お店の奥には立派な醸造設備がずらり。ここで日々、個性豊かなクラフトビールが生まれています。今回は特別に、そんなビールの舞台裏を見学させていただくことにしました!
いざ、できたてのビールが生まれる場所へ

案内してくださったのは、鍵屋醸造所で醸造を担当する溝口さん。筆者が手に持っているのは、ビールの香りと苦味を生み出す原料「ホップ」を乾燥させて固めた「ホップペレット」と呼ばれるものです。

写真の「Citra(シトラ)」は、柑橘のような爽やかな香りが特徴。ビールに加えるタイミングによって香りが立ったり、苦味が深まったりと、味の個性を大きく左右します。まさに、ビールのアロマ担当とも言える存在ですね。
ここからは、実際にどのようにビールができていくのかご紹介します!

まずは、粉砕した麦芽に温水を加え、じっくり混ぜてでんぷんを糖に変える「糖化」の工程です。ここでできた甘いジュースのような液体が「麦汁(ばくじゅう)」になります。

次が、麦芽のかすを取り除き、透き通った麦汁だけを抽出する「ろ過」の工程です。ちなみにこの麦芽かす、鍵屋醸造所では地元の農家で鶏のエサとして再利用されているのだとか。

その後は、麦汁を煮込みながら、先ほどのホップペレットを加える「煮沸」の工程に移ります。ビールの香りや苦味などの個性が生まれる、大切なステップです。

最後に、煮沸を終えた麦汁を冷やし、酵母を加えて発酵工程へ。糖分が分解され、アルコールと炭酸ガスが生まれます。発酵温度によって、フルーティーな「エール」やすっきりした「ラガー」に分かれます。その後は樽や瓶に詰めて完成!お店のタップから注がれるあの一杯がこうして生まれていると知ると、愛着もひとしおですね。
一杯のビールから、世界が少し広がる

クラフトビールというと個性的で癖が強いイメージを持つ方もいるかもしれませんが、鍵屋醸造所のビールはどれも飲みやすく、すっと体になじむ味わい。それでいて、一つひとつに個性やストーリーが感じられるのが魅力です。
今回、醸造の現場も見学しながら、その丁寧な工程や素材へのこだわりを知って、ビールができるまでの世界がぐっと身近に感じられました。
「人と人とをつなぐ鍵になりたい」。そんな想いが詰まったこの場所では、きっとあなたがまだ知らないビールの扉が開くはず。次の休日、ふらりとその鍵を開けに訪れてみてはいかがでしょうか。
鍵屋醸造所
・住所:神奈川県川崎市中原区上小田中6-27-11 小泉ビル1F
・営業時間:17:00〜22:00
・定休日:火曜
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文・インタビュー/高橋まりな
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)
掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。
Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。










