2014年、東京ファッション・ウィークの渋谷開催を契機に始まった「渋谷ファッションウィーク(SFW®)」。渋谷カルチャーの中心軸である“ファッション”を切り口に、大型商業施設の連携からスタートしたこの取り組みは、路面店やクリエイターを巻き込む都市型イベントへと進化。13年間の継続を通じて、渋谷の文化発信のプラットフォームとして定着しています。今回は渋谷ファッションウィーク実行委員会事務局(以下、SFW®事務局)を担う2人に、SFW®の歩みと運営の舞台裏、まちづくりの未来像を聞きました。
プロフィール
磯野 絵璃奈
東急メディア・コミュニケーションズ株式会社 企画開発本部 渋谷ネットワークソリューション担当 プランナー/SFW®事務局 ディレクター
2015年、東急グループのエンターテインメント事業を担う東急メディア・コミュニケーションズ(旧東急アド・コミュニケーションズ)入社。広告媒体開発・イベント企画を経て東急本社へ出向し、渋谷駅開発(地下工事)の広報を担当。2020年に復職後はSFW®をはじめ、渋谷のエンターテインメントシティ化に向けた企画を推進する。大学時代から渋谷のカルチャーに親しみ、「多様な文化が交差する渋谷で新しい表現を生み出したい」という思いから入社。現在も渋谷界隈のライブハウスに通う音楽好き。サカナクション、Cody・Lee(李)のファン。
菅原 理紗
東急メディア・コミュニケーションズ株式会社 企画開発本部 渋谷ネットワークソリューション担当 プランナー/SFW®事務局 ディレクター
2017年、東急メディア・コミュニケーションズ入社。渋谷エリアの商業施設連携プロモーションを担当し、BtoB向け「渋谷イベントスペースガイド」の立ち上げを主導。商業施設ネットワーク構築に携わり、2019年よりSFW®事務局に参画する。現在は東急本社のエンターテインメント事業も兼務し、アニメ作品とのIPコラボ施策などを推進。学生時代からダンスや音楽、アニメイベントを通じて渋谷に親しみ、休日や仕事帰りに街を訪れる。音楽好きで、磯野さんとはライブ仲間。
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商業施設連携から始まった「街のファッションイベント」
――まず「渋谷ファッションウィーク(SFW®)」の立ち上げの背景について教えてください。
菅原 2014年3月、世界5大コレクションの一つである東京ファッション・ウィークが初めて渋谷(ヒカリエ)で開催されたことがきっかけです。当時のイベントは業界関係者向けのクローズドな催しが中心でしたが、まちづくり企業として「より街に開かれたイベントをつくりたい」という思いから、一般来街者も参加できるイベントとしてスタートしました。
当初の目的は、渋谷駅周辺の大型商業施設が企業の垣根を越えて連携し、「渋谷という街全体でファッションを発信する」構図をつくることでした。主要な商業施設と地元組織による実行委員会形式で始まり、東急グループが全体統括とクリエイティブを担当。2019年からは当社(東急メディア・コミュニケーションズ)が事務局運営も担っています。前任者が各施設の支配人や店長と直接対話をし、「街一体で盛り上げましょう」と賛同を集めていったと聞いています。
磯野 歴史的に見ても渋谷は“ファッションの街”です。戦後に海外文化がいち早く流入し、1980年代には「渋カジ」など多様な若者文化が形成されてきました。一方、2014年前後は副都心線と東急線の相互直通運転開始により街の構造が変化するなかで、「通過される街になってしまうのではないか」という危機感もありました。再開発のなかで、いかに街のアイデンティティを守りながら、発信力を高めていくか。その答えの一つがSFW®でした。
――東急メディア・コミュニケーションズは、東急グループのエンターテインメント企画事業を担っているそうですね。東急がSFW®事務局を兼務する意義とは?
菅原 当社は行政や企業、東急グループ、クリエイターなど多様な主体と連携し、街ににぎわいを生むコンテンツを街の中に実装していくなかで、渋谷を“エンターテインメントシティ”へ進化させていく役割を担っています。私たちの所属部署は、グループの施設や空間などのアセット情報を横断的に把握しながら、「ここでイベントをやりたい」という企業や団体と施設側のニーズをつなぐ存在。いわば街の“情報のハブ”として、人や場所、アイデアを結びつけ、新しい動きを生み出していくことが仕事です。
磯野 SFW®事務局は東急エージェンシーほかグループ企業の10人ほどが集まるチームで、参加施設との合意形成、企画推進、クリエイティブ管理、PRなど幅広い業務を担います。開催の1年前から企画が始まり、半年前には制作に入って毎週打ち合わせを重ねます。
日頃から築いてきた商業施設や行政、クリエイターとのネットワークを街全体のイベントに生かせる点、そしてグループ内外双方の視点を踏まえて街にとって最適な企画を進められる点が強みです。まちづくりと文化企画を一体で進められることが、私たちが事務局を担う意義だと感じています。
13年間の進化——“点”から“面”へ、街主体のイベントへの転換
――渋谷の再開発が進むなか、13年間でどのように変化してきましたか。
菅原 当初は商業施設連携が中心でしたが、再開発の進展とともに街のブランディングという側面が強まり、開発と連動したコンテンツづくりへと広がりました。工事中の空間など開発過程で生まれる遊休スペースを活用し、パブリックアートやランウェイを展開するなど、再開発そのものを文化発信の場として活用しています。
大きな転機は、2020年の東京クリエイティブサロン*との連携です。規模が拡大し、路面店との共創や回遊施策が可能となり、商業施設という「点」の取り組みから、街全体を「面」として捉えるイベントへと進化しました。
工事中の地下空間でのランウェイ、鉄道高架下でのプロジェクションマッピング、駅出口壁面でのアート展示など、通常は使われない場所を文化発信の場へ転換してきました。基本的に春は街の余白を活用した実験的企画、秋は文化村通りを使用したランウェイイベントと、季節ごとに異なるアプローチで展開しています。
- *東京クリエイティブサロン
東京をパリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドンに次ぐファッション都市とすることを目指し、ファッションやアートイベントを集約したフェスティバル。東京都の「地域特性を活用したファッション産業振興事業補助金」の対象事業として2020年に発足。
毎回異なるアーティストのキービジュアルが渋谷の街をジャック
毎年秋は渋谷音楽祭と連携し、文化村通りを活用したランウェイショーを開催
見慣れた文化村通りが、SFW®期間中は華やかな舞台に
――SFW®ならではの印象的な取り組みはありますか?
磯野 2020年春、コロナ禍で初のオンライン配信となった、渋谷駅西口の地下タクシープールでの無観客ランウェイです。気鋭ブランド「KIDILL(キディル)」*の表現と、再開発中の未活用空間が重なり、渋谷の“未完成性”や勢いを象徴する演出になりました。私は東急本社の開発部署に出向していた時期があるのですが、「この空間をイベントに活用できるのでは」という開発の声を企画として実現できたんです。開発とカルチャーを結びつけ、街に新しい表現を実装できたことに大きな手応えを感じましたし、困難な状況でも街は前に進めると実感できた、個人的にも心が動いた経験でした。
菅原 2023年にはファッションとアートを横断する回遊型イベント「FASHIONART(ファッショナート)」を実施しました。「DESIGNART(デザイナート)」*さんのプロデュースのもと、商業施設や路面店、渋谷各所を舞台に作品を展示し、場所性に合わせた表現を展開。アーティストと「場」を結びつけるプロセスを通じ、街全体で文化発信ができる可能性を改めて感じました。
渋谷の魅力は、ジャンルの境界を越えたカオス性にあります。ファッションとアートの横断、新進系のデザイナーズコレクションとショップ店員さんが歩くリアルクローズランウェイが共存するなど、多様な表現が同時に成立する。その混ざり合いこそが渋谷らしさであり、SFW®の魅力だと思います。
- *KIDILL
末安弘明が2014年に立ち上げたブランド。着る人の本質を引き立てるような服作りをコンセプトとし、クラシックなテイストを盛り込んだスタイルを提案する。
- *DESIGNART
さまざまなジャンルの垣根を超えて、デザインとアートを横断するモノやコトの素晴らしさを発信している。毎年秋に開催するデザイン& アートフェスティバル「DESIGNART TOKYO」を企画・運営。
コミュニティを耕し、文化を生む土壌を整えていく
――SFW®の歩みは、渋谷の街にどのような影響を与えてきたのでしょうか。
磯野 商業施設同士の横断的な連携が増え、クリエイターの発表の場も広がりました。SFW®をきっかけに新たな協業が始まるなど、街をつなぐプラットフォームとして浸透してきた実感があります。
2026年春は13年間のつながりを生かし、「Cultivate Community(コミュニティを耕す)」というコンセプトで、初のマーケットイベントを開催します。 ファッションデザイナーやクリエイターなど多様な分野の出店者が集う共創の場をつくります。こうして街を耕し、文化が育つ土壌を整えていくことが、私たちの役割だと感じています。
菅原 私たちは13年間、クリエイターたちとの関係を耕し続けてきました。一つの企画で生まれたつながりが、また次の挑戦の受け皿となり、その循環が文化を形づくっていく。昨今では海外からの来街者も増え、街中で偶発的な出会いも生まれています。またSFW®と協業したいという事業者も年々増えており、今後も話題性と取り組みの意義の双方を備えた企画を実現していくことが、私たちの目指す姿です。
SFW®は単なるイベントではなく、街のブランド価値を高めるインフラのような存在です。事業者の協業、人の回遊、クリエイティブの発信が重なり合い、都市全体の価値が高まっていく。その流れをこれからも丁寧につくっていきたいですね。
開発と文化発信の循環がつくる、未来のまちづくり
――今後のSFW®の展望について教えてください。
菅原 今後も企業やクリエイター、学生など多様な人が挑戦できるプラットフォームであり続けたいですね。初めてランウェイに挑戦するデザイナーや作品を発表する学生など、多様な挑戦の受け皿となることが目標です。
東急のまちづくりの根底には、“文化が街をつくる”という考えがあります。ハードの開発だけでは都市の魅力は生まれません。ローカルに根付いた文化活動が街の価値を高め、その価値が再び開発へ還元される――その循環をつくることがまちづくりの本質だと考えています。今後もソフトとハードの相互関係を意識しながら、魅力的な取り組みを続けていきたいですね。
磯野 将来的には海外から人が訪れる、より多くの人に開かれたカルチャーフェスへと成長させたいと考えています。2025年秋には韓国のストリートブランドとコラボをするなど、国際発信も進んでいます。今後も渋谷から文化を発信し、世界を代表するイベントへと育てていきたいですね。
渋谷は路地裏から新しい表現が生まれ、エリアごとに異なる顔を持つ、とても奥行きのある街です。訪れるたびに新しい発見があり、その変化を見続けたいと思ってもらえる都市であり続けてほしい。そのためにも、今後も多様な主体をつなぎ、新しい文化が生まれる土壌を耕し続けていきたいと考えています。