
麺をすする行為はまるで深呼吸のよう。静かに息を吸い、リラックスして麺をすする。そして「ふぅ〜、美味しい」とひと息つく時間が、日常の疲れを和らげ、心に新たな活力をもたらしてくれるのです。
ラーメンに、そば、うどんなど、東急線沿線の街角には、疲れた心にそっと寄り添う「麺」のお店が数多くあります。
本企画「麺day」では、そんなリラックスできる麺料理とのひと時をテーマに、東急線沿線の麺にまつわるお店をショートストーリーでご紹介します。
高橋まりな
三度の飯より酒が好きなライター。主戦場は赤提灯酒場。1人でも多くの人と盃を交わすための我が人生。合言葉は「約束はいらない、酒場で会おう」。
X:https://x.com/f_y_takahashi

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心地よい街並みの中で、主人公が訪れる麺のお店と、そこで味わう小さな幸福を皆さんにお届けする「麺day」。第5弾となる舞台は反町駅。ライター・高橋まりなが麺をすすり、想像をふくらませながら文を綴ります!
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牡蠣本来の旨みがぎゅっと詰まったスープから、ほんのり漂う香ばしい醤油と磯の香り。コシのある自家製麺と、シャキシャキの菜花。口の中でほどけるチャーシューのマリアージュといったらたまらない!
私の「麺day」、今日も始まります。
緑豊かな「反町公園」で心が開放されるひと時を
「はあ、天国......」
横浜駅から自転車で約6分。反町駅にある実家に子どもを預けるやいなや、いつもは鬼の形相で自転車を飛ばして会社の朝礼に参加している私だが、今日は有給休暇。子どものお迎えまで、自由に使える時間が嬉しい。
家庭のことも仕事のことも、ほんの少し忘れられるひと時。心なしかいつもよりも、時計の針がゆっくり進んでいるような気さえする。天国とはまさにこのことを言うのだろう。

反町駅の近くには、約23,000平方メートルの広さを誇る「反町公園」が広がっている。いつもは子どもの送り迎えに追われてのんびりする余裕がないのだが、思い立って園内を散策してみた。

反町公園は、緑が豊かだ。穏やかな風が木々をそっと揺らし、葉と葉が触れ合って、さらさらと優しい音を立てる。何気なく見上げたその緑の重なりが美しく、胸の奥がすうっと静かになった。

鳩たちものんびりひと休み。日差しが穏やかでちょうど良い陽気なので、私もベンチに腰掛け、読書をすることにした。

わくわくしながらページをめくり、本の世界を旅しているとあっという間に時間が過ぎる。少しお腹が空いてきたので、ランチを求めて街に出ることにした。
気さくな女性店主が手がける、栄養たっぷり・無化調ラーメン

しばし道を歩いていると、ふと目に飛び込んできたのが「自家製麺 SHIN」という手書き風ロゴの看板。
白濁スープにチャーシュー、青ネギがトッピングされたラーメンの写真が彩るポップに、思わず引き寄せられる。「そういえば、一人で外でラーメンなんて、ずいぶん食べてなかったな......」そう思った瞬間にお腹が鳴り、少し笑ってしまう。ああ、今すぐあつあつのラーメンをすすりたい! そんな気持ちで、店の扉を開いた。

「こんにちは」
「いらっしゃい!お水はセルフでよろしくね」
入店すると、女性の店員さんがにこやかに出迎えてくれる。ポップにでかでかと掲載されていた『牡蠣醤油ラーメン(1,200円 税込)』が気になり、迷わず注文してしまった。何を隠そう、私は無類の牡蠣好きなのだ。
「牡蠣には亜鉛やタウリン、グリコーゲンが含まれているから、身体にもいいの。疲れが取れて、今日の夕方頃には少し身体が軽く感じるかもしれない」
「赤ちゃんからお年寄りまで、『安心して食べられるもの』を提供したかったんだよね。だからうちでは、化学調味料は一切使ってないの」
話をしていると、この店員さんはオーナーで、新井さんというらしい。手際よくラーメンを茹でながら柔らかな笑みを浮かべて語る新井さんに、こちらもつられて笑顔になってしまう。そうこうしている間にも、一人客やカップルなど、幅広い層のお客さんが途絶えない。老若男女に愛されるお店なのだ。
「お待たせしました、牡蠣醤油ラーメンです」

あつあつに温まったどんぶりがカウンター前に提供される。ふわりと立ちのぼる湯気からはほんのり磯の香りが漂い、食欲が刺激される。いただきます!

「誰かが自分のためにつくってくれたご飯って、どうしてこんなに美味しいんだろう......」久しぶりに外で食べたラーメンに、大袈裟でなく涙がこぼれそうになる。
フランスパン用の小麦粉を使用したという自家製麺は、コシが強くしなやか。ほどよい塩味が効いた昆布と椎茸ベースのスープに、牡蠣の旨みがじゅわりと溶け込んだ出汁がマッチする。下準備にはとことん時間をかけるという新井さん。広島産の牡蠣を3分の1ほどのサイズになるまで酒蒸しした後に挽き、ペースト状にしているそうだ。まるで生牡蠣を食べているような新鮮さを感じられるのは、丹念な仕込みの賜物なのだろう。

何十回も試作を重ね、赤ちゃんでも食べられるようにしっかりと火を通し、柔らかさも兼ね備えることを意識してつくったというチャーシューは、箸にのせるとほどけそうになる。口の中に入れるとまるで湯葉のようにとろける美味しさだ。

そのこだわりは付け合わせの葉物にも現れている。「自家製麺 SHIN」のラーメンには、ルテインやカリウム、脂肪繊維といった栄養素が豊富な「菜花」を使用。価格変動が激しい野菜は使わず、なるべく価格を抑えてラーメンが提供できるよう意識しているそうだ。
「味の濃さ、大丈夫だった?」
新井さんが声をかけてくれる。
「はい、バッチリです」
「よかった。体調によっても味の濃さの感じ方が変わることがあるから、うちではお客様の好みで塩分を適宜調整してるの。遠慮なく言ってね」
「助かります」
そう言って笑うと、新井さんがこんな言葉をくれた。
「そういえば、うちのラーメンを食べに来てくれてる若い女の子がいるんだけど、『SHINさんのラーメンを食べるようになってから、身体が楽になった気がする』って言葉をくれてね。私ができるのは、誠実につくることだなって改めて思ったの。ちゃんとつくったものを、ちゃんと出すということが、お客さんに対しての恩返しだと思ってる」
はっとした。毎日の食事をちゃんとつくり、ちゃんと出すこと。それは、私が日々、子どもに注いでいる愛情に通ずるものがある。そんなささやかながら尊い営みを、新井さんは大切にしている。そのことを、子を育てる母として、なぜだかすごく心強く感じた。
「暑くなってきたから、熱中症に気をつけてね。また来てね、待ってるからね」
そう言っていつまでも手を振って見送ってくれる新井さんを背に、店を後にする。

外は快晴だ。気持ちまでぱっと晴れやかになる。
ここ最近は育児に追われて、子ども優先の日々を過ごしていた。でも、いつかまたこうして、自分のための一杯を探してみようかな。自分の生活もほんの少し見つめ直すために。
そんなことを考えながら、実家に向かって自転車を漕ぐ。いつもより軽やかに、ペダルを踏みながら。
※オーナーの新井さんへの取材を元に、実際のエピソードを脚色しています。
【店舗紹介】

自家製麺 SHIN
2013年に開店。店名には、オーナーの名前(新井)から取った「新」と、「新しく、自分らしいラーメンをつくりたい」という想いを掛け合わせている。期間限定メニュー・サイドメニュー含むすべての商品が化学調味料不使用。素材本来の風味と旨みが感じられる味わいが特徴。牡蠣醤油らーめんの他、醤油発祥の地として知られる和歌山県産・湯浅醤油を使用した「湯浅醤油らーめん」が定番。
※夏季はアゴだしと牡蠣の冷やし麺専門店になります。冬季は温かい牡蠣醤油らーめんと、湯浅醤油らーめんを提供しています。
・住所:神奈川県横浜市神奈川区反町1-3-8
・電話番号:なし
・営業時間:昼 11:30~15:00/夜 18:30~20:30(日・金は夜の部なし/営業時間変動あり)
・定休日:月火
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文/高橋まりな
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)
掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。