
麺をすする行為はまるで深呼吸のよう。静かに息を吸い、リラックスして麺をすする。そして「ふぅ〜、美味しい」とひと息つく時間が、日常の疲れを和らげ、心に新たな活力をもたらしてくれるのです。
ラーメンに、そば、うどんなど、東急線沿線の街角には、疲れた心にそっと寄り添う「麺」のお店が数多くあります。
本企画「麺day」では、そんなリラックスできる麺料理とのひと時をテーマに、東急線沿線の麺にまつわるお店をショートストーリーでご紹介します。
高橋まりな
三度の飯より酒が好きなライター。主戦場は赤提灯酒場。1人でも多くの人と盃を交わすための我が人生。合言葉は「約束はいらない、酒場で会おう」。
X:https://x.com/f_y_takahashi

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心地よい街並みの中で、主人公が訪れる麺のお店と、そこで味わう小さな幸福を皆さんにお届けする「麺day」。第6弾となる舞台は南町田グランベリーパーク駅。ライター・高橋まりなが麺をすすり、想像をふくらませながら文を綴ります!
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冷たいスープをひと口すすれば、淡口の醤油出汁の旨みがじんわりと広がる。
つるりと喉を通る端正な麺に、夏の暑さが和らぐ。私の「麺day」、始まります。
まるで「まち」のような駅に広がる、緑の美しさ

今年の夏も暑い。オフィスでも、口を開けば「暑いね」という言葉が出てくる。
そんなある日、同僚が朗報をくれた。
「南町田グランベリーパークのラーメン屋さんに『冷やしラーメン』があってさ。めっちゃ美味しかったよ」
「何それ、気になる」
冷やし中華ならぬ、冷やしラーメン。一体どんな味わいなのだろう。食欲が減退する夏にぴったりではないか。
聞けば、南町田グランベリーパークはオフィスのある渋谷駅から田園都市線の急行に乗って、40分ほどで到着するまち。訪れるのは初めてだ。
今日は半休。ちょっとした冒険のようで、ワクワクしながら電車に乗り込んだ。

南町田グランベリーパークには、抜けるような青空が広がっていた。
駅と、約240店舗が集まる商業施設「グランベリーパーク」、都市公園「鶴間公園」が一体化し、まるでひとつのまちのようになっているのがおもしろい。

ラーメン屋へ向かう道中、鶴間公園に足を運んでみた。青々と茂る木々がそよぐ様子をぼんやり眺めていると、心がすっとリセットされる。

公園に癒やされ、「これからラーメン……!」と、ウキウキした気持ちで公園の裏手に足をのばすと、木々や植え込みに囲まれた緑道に差し掛かる。
公園で休憩した後に緑道を散歩していると、時間の流れがゆるやかになるような気がして、少しだけ現実を忘れられた。
甘口淡麗。細麺に絡む爽やかな出汁で、「夏」を味わう

そんな緑道沿いを5分ほど歩いていると到着するのが、「超純水採麺 天国屋」だ。暑い夏、まさに「天国」に辿り着いたような気持ちになる。
看板には大きく「超純水」と書いてあるが、「超純水」とはなんなのだろうか。

扉を開けた瞬間、ふわりと漂うスープの香りに包まれる。木の温もりを感じるカウンター、テキパキと働くスタッフの姿。どこか気取らないあたたかさがあり、なんだかホッとする。
「いらっしゃいませ」
声をかけてくれたのは男性の店員さん。初めて訪れた場所なのに、不思議と落ち着く空気がそこにはあった。

スタッフさんの柔らかい雰囲気に後押しされ、思わず疑問に感じたことを聞いてみた。
「こんにちは、看板に書いてある超純水彩麺ってどういうものなのでしょうか?」
そう尋ねると、厨房から顔を上げたスタッフさんがやわらかく笑った。聞けばこの方は店主で、佐々木さんというらしい。
「いいところに気がつきましたね。うちは、ラーメンの命ともいえる“水”にとことんこだわっていてね。独自にろ過した純度の高い水、“超純水”を使ってスープも麺もつくってるんです」
「へえ…水から、なんですね」
「そう。化学調味料も使ってないから、素材の味をまっすぐに引き出すためにも、水がすごく大事なんです。今日出してるのは冷やしのラーメンだけど、出汁も昆布やいりこを丁寧に引いてて、子どもでも安心して食べられる味になってますよ」
「冷やしラーメン!実は、同僚がおすすめしてくれたんです。ぜひそれをお願いします」

カウンターでわくわくしながらラーメンを待っていると、ふと厨房に目が留まった。佐々木さん以外にも、若い男性スタッフが調理を手伝っている。店の雰囲気に自然と馴染んでいるその様子が印象的で、微笑ましい気分になった。
「手伝ってくれてる彼も、実はうちの常連だった子でね。6歳の頃から通ってくれてて、今は一緒にラーメンをつくってるんです」
「えっ、すごいですね…!」
「月に1回、彼がつくる豚骨ラーメンも出していて、今じゃそのラーメンを楽しみに来てくれるお客さんもいるんですよ」
店主の言葉には、どこか誇らしさと優しさがにじんでいた。
長く愛されてきた店だからこそ生まれるつながり。そんな場所に、偶然とはいえ足を運べたことが嬉しかった。

「お待たせしました。冷やし和出し昆布水らーめんです」
「ありがとうございます」
『冷やし和出し昆布水らーめん』(1,200円 税込)。夏限定のこのラーメンはきらきらと透き通るスープに、青菜や紫玉ねぎ、鶏と豚のチャーシューが…!そして筍が彩るラーメンは、見た目も美しい。

鰹節や鮭節、伊吹イリコ、羅臼昆布で丁寧に取った出汁は、淡口の醤油味。口に含んだ瞬間、魚介と昆布の旨みが優しい甘味となって広がり、ひんやりと冷たいスープが喉を心地よく潤す。身体の奥までじんわりと沁み渡りながらも、夏の熱気をすっと洗い流してくれるような、清涼感がある一杯だ。

端正なストレート麺は、噛むたびに小麦の香りが広がり、軽いとろみのある出汁に絡めてつるりといただける美味しさだ。自家製の柑橘わさびを添えれば、爽やかな風味が加わり、味わいにぐっと奥行きが生まれる。

ラーメンを食べ終えると、「あーおいしかった」とつい独り言が漏れてしまった。
それを見た佐々木さんが「そう言っていただけると嬉しいですね」と微笑んでくれる。
「このお店は昔からあるんですか?」
「そうですね、僕がラーメンをつくり始めたのは、もう24年前かな。当時、病気で入院していてね。そこで出会った5歳の男の子が『元気になったらラーメンが食べたい』って話していたのがきっかけなんです」

「その子の願いを叶えることはできなかったけど、それ以来ずっと、『子どもでも安心して食べられるラーメンをつくりたい』という想いを持ち続けてきました。今では、土日祝日には親子連れのお客さんが4割以上で、小さな子どもが“ラーメンデビュー”をする姿を見られるのも嬉しくてね。昔うちに通ってくれていた子が大人になって、今は自分の子どもを連れてまた来てくれたりもするんです。ありがたいですよね」
長くお店を続けてきたからこそ紡がれる物語が、言葉の一つひとつに宿っていた。
私にとっては今日が“初めて”でも、ここにはずっと大切にされてきた時間がある。そんな場所でラーメンを味わえることに、静かに胸が熱くなった。

ラーメンを食べ終え、店を出て再び緑道を歩く。
吹き抜ける風の心地よさと、胃の奥に残る優しい出汁の余韻が、静かに重なっていた。
偶然立ち寄ったはずなのに、不思議と心がほどけていく場所だった。
たった一杯のラーメンで、こんなにも満たされる日があるなんて——。
誰かにこのお店のことを話したくなる。
たとえば、仕事で少し疲れているあの子に。
たとえば、今の私のように、ちょっとだけ気分を変えたいと思っている誰かに。
またひとつ、「寄り道したい場所」ができた気がする。
夏空は、まっすぐに、どこまでも続いていた。
※店主の佐々木昭一さんへの取材を元に、実際のエピソードを脚色しています。
【店舗紹介】

超純水採麺 天国屋
2007年、「地獄ラーメン 天国屋」としてオープン。2013年に屋号を「超純水採麺 天国屋」に変更し、メニューも一新。町田市・金森での営業を経て、2021年に南町田グランベリーパークに店舗を移転。化学調味料・添加物は不使用で「子どもに安全安心なラーメンを提供する」のがモットー。東京を代表する淡麗系の名店。
・住所:東京都町田市鶴間3丁目13-13
・電話番号:042-850-7731
・営業時間:月・木・金 11:00〜15:00/火 11:00〜14:45/土・日 11:00〜15:45
・定休日:水
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文/高橋まりな
写真/Ban Yutaka
編集/高山諒(ヒャクマンボルト)
掲載店舗・施設・イベント・価格などの情報は記事公開時点のものです。定休日や営業時間などは予告なく変更される場合がありますのでご了承ください。

Urban Story Lab.
まちのいいところって、正面からだと見えづらかったりする。だから、ちょっとだけナナメ視点がいい。ワクワクや発見に満ちた、東急線沿線の“まちのストーリー”を紡ぎます。