トップコミットメント

創造力でしなやかに、長期循環型ビジネスモデルで
「楽しく、豊かで、美しい」まちづくりを実現

新たな方針を掲げ、「規模」と「効率性」を

新中期3か年経営計画が始動

東急株式会社
取締役社長

2024年4月にスタートした新中期3か年経営計画とあわせて、「Creative Act. 創造力でしなやかに“世界が憧れるまち” を」というビジョンワードを掲げました。このビジョンは、私たち当社グループの社員一人ひとりが、個々のクリエイティビティを発揮しながら、さまざまな課題に能動的に取り組み、「楽しく、豊かで、美しい」まちづくりを通じて、明るい未来を築いていこうという想いを込めています。

前中期3か年経営計画では、コロナ禍で顕在化した課題に対し、各事業の構造改革を着実に進めました。その結果、計画を上回る業績回復を果たし、目標の「収益の復元」を達成しました。特に2023年度は、東急新横浜線や東急歌舞伎町タワーの開業に加え、不動産販売における竣工引き渡し物件が重なったことで販売利益が増加し、営業利益が過去最高に達しました。

今後の事業環境では、働き方改革や少子高齢化による移動需要の減少、人手不足、建設工事費の上昇、調達金利の上昇などの要素を考慮すべきです。これまで低金利を背景に事業規模の拡大を重視する経営方針が続いてきましたが、今後は資本効率や資産利回りも重視してまいります。

これらを踏まえ、新中期3か年経営計画では、従来の財務健全性の維持の方針は継続しつつ、新たにROEやROAなどの率の指標を重要指標として導入し、効率性にも焦点を当てていきます。また、市場に向けたコミットメントとしてEPS指標も加えました。

なお、中期3か年経営計画の作成時点ではコロナ禍からの回復途上で不確定要素が多かったこともあり、保守的とみられる側面がありました。そのため、2025年度以降は景気の動向や金利、人手不足などのリスクも見極めながら、ローリング方式で目標を見直すことを検討しています。

   

新中期3か年経営計画の重点戦略

新中期3か年経営計画では、既存事業の収益力向上による「内部成長」と持続的成長のための「成長投資」に重点的に取り組みます。

これまでの中期3か年経営計画では「内部成長」を積極的に打ち出しませんでした。しかし、既存のポートフォリオには伸びしろがあり、顧客目線・マーケティング視点で追加投資を行うことで、まだまだ成長の余地があると考えています。特に2024年度以降の3年間で、現在進行中の渋谷再開発を含む投資が増加しますが、2024年7月に開業した、オフィスを中心とする複合施設の渋谷アクシュ以外の大型案件の竣工・開業はありません。よって既存のポートフォリオの効率性を向上させる「内部成長」でしっかりと支えることが重要です。

具体的には、渋谷エリアでは100年に一度と言われる大型開発プロジェクトが進行中ですが、同時に既存の保有物件への適切な投資も欠かせません。こうしたバリューアップ投資は、既存事業のサービス水準の向上や高付加価値化につながります。当社は開発志向の会社ですから、新規開発にリソースを振り向けがちですが、10年、20年と運用していくことに対するリソース配分もしっかり行うことが必要です。オフィスの賃料はビル間だけでなく、エリア間の競争の影響を受けます。竣工後の投資が継続されないエリアは競争力を失い、最終的に衰退する可能性もあります。新規開発にリソースを注ぐ一方、既存事業への適切な配分と磨き込みを行い、エリアの価値向上につなげていきます。

「成長投資」では、アセットの新規取得や売却を通じた資産ポートフォリオの強化を目指すだけでなく、新たな「新規領域の探索」も行います。エネルギーや環境対策など、都市生活に欠かせないソリューションを提供する事業はその一例です。

電力分野の例でいえば、電力小売事業を展開するとともに、最近は発電への取り組みも進めています。当社は2022年4月から東急線を実質再生可能エネルギー100%で運行するなど、再エネへの取り組みも積極的に進めてきましたが、大規模な発電施設を保有していませんでした。将来的には一定規模の再エネ発電を確保し、社会の再エネ普及への貢献も目指します。

また、都市開発ではベトナムや西オーストラリアなどの既存の拠点を中心に、人口増加や経済成長が期待される海外事業への投資も強化します。これらの分野への成長投資により、事業領域を深化させることで収益の拡大を図っていきます。

事業ごとの効率性を意識したマネジメントへの進化

従来も投資判断に関してIRR(内部収益率)を効率性指標として用いてきましたが、物件を売却するまでのトータルの収益をみるため、保有運用期間中の資産効率性を測る指標としては不足感がありました。一方、ROAを指標とすることは運用においてもプロジェクト別に簿価に対する利回りを意識することが狙いです。ROE、ROAの目標を達成するために何をしなければならないかを考える。あるいは目標を達成できない場合はその事業を止める判断をするケースもあるでしょう。既存事業の成長を引き出すような投資や、効率的なオペレーションに向けた変革、あるいは事業間連携による内部成長の実現と収益の最大化によりROAの水準を高めることにもっとフォーカスしていきたいと私は考えています。

なお、ROE8%を目標としていますが、個別事業のROEについては各事業ポートフォリオのリスク要因やボラティリティなどによって変わります。当社は安定性が高く相対的に利回りの低い鉄道事業も展開しています。目標達成を目指す上で、事業ポートフォリオごとの適切な水準についての当社の考えを株主、投資家の皆様に対して丁寧に説明していきます。

また、当社の事業において、景気やインフレの影響が表れるタイミングは一様ではありません。例えばオフィス賃料の多くは更新サイクルが2年以上であるため、景気動向を踏まえた賃料改定までには少し時間がかかります。鉄道で言えば運賃は遅行性がありますが、乗降客数は景気と連動しており、商業やホテル事業なども一致性があると言えます。広告収入や一部の収入は先行性を持つもの、あるいは景気循環にはあまり影響されない収入も存在します。そういった景気循環との関係性も考慮しながら、伸ばせる事業で効率的に利益を創出します。

    

東急が目指すまちづくり “Creative Act.”で「世界が憧れるまち」へ

地域コングロマリットが生み出す事業間シナジー

当社は渋谷を中心に沿線人口約550万人の恵まれた沿線で事業を展開しており、かつ収益に占める鉄道事業の比率がほかの鉄道各社と比較して低いことが特徴です。当社グループは、特定の地域で複数の異なる事業を組み合わせた「地域コングロマリット(地域型複合企業体)」であると位置付けています。

「コングロマリット」という言葉は、企業価値が相対的に低い「ディスカウント状態」を連想させ、一部の投資家からは否定的な印象を持たれることもあることは十分に理解しています。そこを、あえて「コングロマリット」という言葉を使い、ディスカウント状態がどのようなものであり、どのようにしてシナジー効果を生み出し、ディスカウント要因を排除するかを明確に考え、お伝えすることが大切だと考えています。

実際、私がIRの担当をしていた2000年頃は、当社グループも「コングロマリット・ディスカウント」との指摘を受けることがありました。これはグループ内に上場会社が15社も存在していたことが大きな要因です。各上場企業は経営的には独立していたので、当社によるグループガバナンスが十分に機能せず、経営資源も分散した状態にありました。そこから25年ほどかけて、上場企業を選別し、完全子会社化してきました。一方で、業界の成長性や当該企業の強みなどを尺度とし、主にまちづくりと距離のある企業は外部に出すことでディスカウント状態を解消してきました。これにより、現在はまちづくりに必要な事業で構成された連結グループになったと考えています。また持分法適用関連会社である東急不動産ホールディングスや東急建設などとは、戦略的パートナーとして共にまちづくりを行っています。

当社は一般的なデベロッパーと比較されることがありますが、私たちの特徴は彼らが持たない多岐にわたる収益源を持っている点です。例えば渋谷において、不動産だけでなく、鉄道、バス、住宅、ホール、ホテル、百貨店、スーパー、エンタメ、広告、セキュリティなど、幅広い事業を展開しています。建設コストの変動に左右されず渋谷の主要物件を継続して運営することで、私たちが不動産以外でも収益を生み出せるグループであることを示しています。

最近の例では、渋谷アクシュの開業により、2,500人程度の就業人口を生み出しました。またビル内で働く人だけでなく外部からの訪問者も増加し、当社グループの電車やバスを利用したり、出張時にはホテルを利用したり、東急百貨店の食品売場でお弁当を購入するなど、副次的な収益が生まれます。オフィス不足問題の解消や鉄道とバスを組み合わせた交通ネットワークを整備することで、事業間のシナジーを創出し、複合的かつ効率的に収益を増やすことが可能です。

先進的なまちづくりのDNAを発展させ、長期視点の価値創造に取り組む

東急は100年前の創業時から、当時としては珍しい「緑が豊かで、安全かつ便利な街」という理想を掲げ、渋谷や田園調布、多摩田園都市エリアを含む沿線地域において、新しい価値観やライフスタイルに適した先進的なまちづくりに長期的に取り組んできました。この考え方は現在まで続く当社のまちづくりのDNAとなっています。東急のDNAを最大限生かすことで「世界が憧れるまち」の実現を目指し、今後も新たな成長を遂げていきます。

特に渋谷は遊び、住まい、仕事の場として多くの人々に親しまれており、クリエイティブな人々が集まることで新しいビジネスやスタートアップ、新たな産業が生まれる活力に満ちた環境を育んでいます。

さまざまな文化を受け入れる寛容性や多様性を持つ渋谷の成長を支えるとともに、私たち自身もクリエイティブな仲間との出会いや刺激を通じて、より良い未来を築いていくことを目指しています。さらに、現在の渋谷はインバウンドマーケットに非常に強く、渋谷で展開するホテル事業とリテール事業共にインバウンド効果を見込める環境も追い風です。ナイトタイムエコノミーやインバウンド観光客向けの環境整備にも積極的に取り組み、渋谷の魅力を一層高め、「世界が憧れるまち渋谷」として注目していただけるよう、当社の強みを最大限に生かしていきます。

また、人口減少は日本全体が直面している課題ですが、当社は積極的に沿線への「人口誘致」にも取り組んでいきます。これには、居住人口、交流・関係人口など、関連する全ての人口への取り組みが含まれます。1990年代の終わりから人口誘致の必要性を検討してきましたが、当時は田園都市線などの混雑緩和が喫緊の課題であり、積極的に取り組める状況にありませんでした。沿線の鉄道ネットワークの拡充、新型コロナウイルスの影響により働き方が変わったことでピーク時の輸送負荷が緩和され、人口誘致に積極的に取り組めるタイミングがきたと考えています。

日常生活の拠点となる沿線地域では、世代交代や建物の老朽化に対応した再開発も必要です。中でも、地震や火災などの際に大きな被害が懸念される「木造住宅密集地域(木密地域)」の対策は、今後対応すべき社会課題の一つです。東京都のデータによると、沿線の都区部に700haもの木密地域があり、当社の事業エリアでは主に大井町線、目黒線、池上線沿線の一部に分布しています。当該地域の行政への働きかけや、推進支援策として例えば、建て替え時の仮住まいの提供やマンションの優先分譲という形で木密地域の課題解決に寄与できると考えられます。沿線の安全・安心に取り組むことが、魅力的なまちづくりにつながります。

また、創業以来、当社が誘致してきた学校を含め沿線には多くの高校や大学、専門学校などがあります。そこで学んだ若者たちが当社グループでの就業に関心を寄せてくれることを願っています。沿線に住む人々や地域にゆかりのある方々が、地域全体の価値向上に貢献する意欲を持ち、まちづくりに参加してくれることで、より活気のある沿線地域となるでしょう。また、高齢者にも働く機会を提供できたらと考えています。フルタイムでなくても、生き生きと働ける環境があると、健康維持のみならず地域の消費の活性化にもなり、地域の持続的な発展につながると考えています。

さらなる企業価値の向上に向けて

投資家によって相場観や投資タイミングは異なります。新たに投資いただくためには、まずはIR活動を通じて当社に関心を持っていただき、「ウォッチリスト」に加えてもらうことが重要です。潜在的な投資家を増やすためには、幅広い投資家層にアプローチする努力が必要です。

その中でも海外投資家や個人向けのIRにも力を入れていきたいと思います。特に東急線沿線にお住いの個人投資家は当社のことをよくご存じで、当社のサポーターでもあります。なかには10年以上の長期にわたり保有してくださる方もたくさんいらっしゃいます。

また当社の事業の多くは渋谷・沿線周辺にあることから、地方にお住まいの個人投資家や海外投資家にとっては「東京の成長を買う銘柄」であるという訴求方法も考えられるかもしれません。海外投資家に対し当社のビジネスに対する理解を広げていくことも重要です。日本の私鉄ビジネスモデルは世界的にみると非常に珍しいものであり、鉄道事業で利益を上げること自体が海外投資家にとっては理解しづらい部分もあるでしょう。当社は事業を生活にかかわるサービスに特化し、地域にフォーカスしたコングロマリットビジネスを展開しています。多くの株主・投資家の皆様との対話を重ね、市場と向き合いながら、当社事業に対しての理解を深めていただけるようにアプローチを続けます。

「世界が憧れるまち」の実現に向けて、当社のチャレンジはまだまだ続いていきます。さまざまな事業環境の変化を私たち自身の成長の機会ととらえながら、創造力を発揮して柔軟に、新しい価値の創造に挑戦していきます。