西小山の人気スパイスカレー店・小さかった女。異端の「科学的レシピ」と、気づかいが行列を生む
- 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
- 写真:北原千恵美
- 編集:藤﨑竜介(CINRA)
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CHIISAKATTA ONNA(以下、小さかった女)。初見で飲食店の名だとわかる人は、少ないかもしれない。
しかしながら東急目黒線の西小山駅近くにあるこの店は、東京のスパイスカレー好きや近隣住民の間で、唯一無二の味と空間を提供する存在として知られつつある。最近では、店先に入店を待つ人の列が生じることも少なくない。
この記事は、東急線沿線エリアの魅力を発信する「縁線図鑑」の特別編。ある読者からこの店を推薦する投稿を受け(*1)、その情報を基に店主の小助川(こすけがわ)麻里耶さん、8年近く通う常連の藤川(*2)さんにインタビューした。
「レシピは、スパイスカレー屋としては異端かも」「科学的に味を設計している」という小助川さんと、「ついつい人に紹介したくなる」と評する藤川さんの言葉が、西小山屈指の人気店・小さかった女のユニークさを雄弁に物語る。
* 1 縁線図鑑では、人と人の縁を感じられる魅力的なお店の推薦を受け付けています。投稿はこちらから
* 2 本人の希望により姓のみ記載
ついつい足が向く、ほっと一息つけるスパイスカレー店
――小さかった女のオープンが2014年とのことですが、常連の藤川さんはいつごろから通い始めましたか。
2017年ですね。近所でコーヒーを飲める場所を探していて、自宅から10メートルくらいのところにあったこの店を見つけました。カフェだと思って来てみたら、カレー屋さんで。食事をする店に一人で入るのが苦手なので、しばらく店先を行ったり来たりしていましたね。
藤川

――最初はためらいがあったんですね。
はい。結局その日は入れなくて、でも気になって何度か「偵察」に来ているうちに女性の一人客も多いことがわかり、意を決して入ってみたんです。 そのときに食べたフィッシュカレーがすごく好みの味で、以降は週1回くらい訪れるようになりました。
藤川


当時は夜も営業していた(*3)ので、仕事が終わって家に帰る途中、近くまで来るとスパイスの香りが漂ってくるんです。それで「あ、営業しているんだ」と。帰りにここでカレーを食べて、ゆっくり本を読むのが週に1度のご褒美になりました。
藤川

* 3 現在は11:30〜15:00に営業。詳細は記事末尾に記載
――藤川さんを惹きつけた、一番の魅力は何でしょうか。
やはり味です。この店のスパイスカレーは本当に美味しくて。よく食べるのはフィッシュカレーですが、チキンとキーマの「あいがけ」も同じくらい好きですね。
藤川

この前もカレーを食べながら「美味しくて震える」って言ってくれたよね(笑)。
小助川

本当にいつも感動しています。カレーの味以外だと、店の雰囲気も好きですね。内装や接客、お客さんも含めて全体的にやわらかい雰囲気です。ほっと一息つけるような店ってなかなかないので、気づくと足が向いています。
藤川

店から客へ、客から客へと「気づかい」が伝播する
店に入った途端に五感を刺激するのが、クミンやカルダモンといった定番スパイスの香り。香辛料特有の鎮静作用もあいまって、木製の机や椅子が並ぶ店内のムードが、訪れる人をリラックスさせる。
そして計4つある一人用席などには、小助川さんセレクトの漫画や小説がズラリ。『ドラえもん』から『人間失格』まで、名作の数々と絶品カレーが、至福の時間に誘う。
――藤川さんのように、一人で来る人が多いですか。
一人の人も多いですが、わりと満遍なくというか、誰でも入れる店だと思います。性別も年齢も、さまざま。カップルもファミリーも、年配のご夫婦も、それから休日には地元以外の人も来てくれますね。
小助川


――客層に多様性があると。
そうですね。過ごし方も人によってまちまちです。空いているときは一人用の席で、店内に置いてある本をゆっくり読む人もいます。逆に混雑しているときは、さっと食べて席を空けてくれたりもして。お客さん同士の気づかいで成り立っている感もあります。
小助川



お店って、お客さん同士で影響し合いますよね。気づかいのあるお客さんがいると、自分もそうしようって。それに、この店は小助川さんや店員さんの接客が丁寧で、そういった店側の気づかいもお客さんへ伝播しているような気がします。
藤川

――小助川さんが接客で意識していることはありますか。
食事をして店を出るときに、「プラス」の気持ちになってもらうことですね。
小助川

――どういうことでしょうか。
たとえば、混雑時には外でお待たせしてしまうこともあります。寒いときや暑いときはなおさらですが、待った人の店に対する感情は「マイナス」の状態でスタートすると考えるんです。
小助川

――たしかに、待たされてうれしい人は少ないですよね。
ええ。なので、そのあとはなんとか挽回しないといけない。接客や料理で加点して、帰るまでにプラスにすることを目指すんです。 それから、料理を出すのに時間がかかってしまったときも、「お待たせしてすみません」と一言添えるだけで、マイナス1がマイナス0.5くらいになる かもしれない。そうした小さな積み重ねを大事にしていますね。
小助川

それは知らなかった。私たちが感じる心地良さは、そんなこだわりによってつくられていたなんて……。
藤川

科学的アプローチで進化する、異端のスパイスカレー
独特の雰囲気、丁寧な接客などさまざまな魅力を持ち、西小山で異才を放つ人気店、小さかった女。ただ最大の売りがスパイスカレーの味なのは、いうまでもない。
――藤川さんが「美味しくて震える」という、スパイスカレーのつくり方についても知りたいです。
スパイスカレーって、スパイスの香りを生かすため、基本的には煮込まないのが王道なんです。でも、この店のカレーは違う。3時間ほど、しっかり煮込んでいます。なのでレシピは、スパイスカレー屋としては異端かもしれませんね(笑)。
小助川


スパイスの香りを発しながらも刺激的すぎない、さらにはお肉もやわらかい。そんなスパイスカレーをつくりたくて、試行錯誤しました。イメージとしては、フレンチのソースのように、じわじわと美味しさを感じられるスパイスカレーですね。
小助川

――もともと別のカレー屋で働いていたわけでもなく、独学でそこまでたどり着いたのはすごいですね。
かえって誰にも教わらず、セオリーを知らないままスタートしたのが良かったのかもしれません。それに、より良い味にするため、論理だてて材料や分量などを調整していくのが好きなんですよね。科学的に味を設計しているというか。それが、なんか性に合っている感じがします。
小助川

――科学的に味を設計する。研究者みたいですね。
そうかもしれません。しっかり煮込んでもスパイスの香り成分が揮発しない温度、肉のタンパク質が凝固してかたくなる温度はどれくらいか。どうすれば塩味を感じやすくなるのか。酸味や甘味、辛味などがバランスよく入っているか。足りなければどう副菜で補うか。こういったことを、理詰めで掘り下げていくのがとにかく楽しいんです。
小助川

本当に研究者みたいですよね。たぶん味もずっと一緒ではなく、どんどん変えていると思うんです。それもお客さんが気づかないレベルの、微妙な改良を重ね続けているんじゃないかと。
藤川

そう、じつはつねに変えています。肉の調理方法を変えたり、甘みを足したり、副菜の塩味を調整したり、お客さんの反応を見てまた戻したり。いきなり大きく変えるのではなく、気づかれないよう、ちょっとずつ、ちょっとずつ。
小助川


その繰り返しなので、開店当初とはまるで別モノのカレーになっていると思います。たとえば、使用する塩の量は当初の半分に減っていますが、塩を減らすだけでは物足りなくなるので、味の構成を組み替えることでバランスをとってみたり。パズルのような作業を、ひたすらやっていますね。
小助川

まさか、そこまで考えているとは。まったく気づかなかったです。でも、だからこそこれだけ通っても、ずっと美味 しいと思えるんでしょうね。
藤川


素敵なひとときへのお礼として、つい人に紹介したくなる店
――小助川さんと藤川さんは、プライベートでも仲の良い友人同士だそうですね。
飲み友達です。閉店後、一緒に近くのお店に行ったり、家で飲んだりしますね。大人になってからできた友達って、それまでまったく違う世界を生きてきたからか、いろいろと触発してくれる気がします。
小助川


それでいて、藤川さんの場合は私と考え方や価値観が似ているので、会話をしているだけで楽しいですね。こういう出会いは、飲食店ならではかもしれません。
小助川

じつは仲良くなったのは4年くらい前で、それまではほとんど会話もしたことがなかったんですよね。
藤川

藤川さんとはたまたまきっかけがあって仲良くなりましたが、基本的にはどのお客さんともフラットに接したいというか、一定の距離感を保つようにしているんです。店主と常連さんが親密すぎると、新規のお客さんが肩身の狭い思いをしてしまうかもしれないので。
小助川


ただ、普段はそうやって程良い距離感があっても、困ったときには助けてくれる常連さんが多くて。以前、しばらく店が休んだときも、再開直後からたくさんの常連さんが足を運んでくれましたし、周りに声をかけて「集客」してくれた人もいました。
小助川

――それは良い関係性ですね。
客側としては、いつも素敵な時間を過ごさせてもらっていることに対して、お礼の気持ちを示したくなるのだと思います。それに、単純に「西小山にはこんなお店があるよ」と、ついつい人に紹介したくなる場所でもあって。
藤川

東急線沿線はもう少し「やんちゃ」な部分があってもいい
――小助川さんは、ずっと東急線の沿線に住んでいるんですよね。
東京で最初に一人暮らしをしたのが、東横線の元住吉でした。以来、上野毛、自由が丘、たまプラーザと、ずっと東急線の沿線内で暮らしています。この環境の良さを知ってしまうと離れられなくなって、店を開くときも、東急線以外の選択肢はありませ んでした。
小助川

――今後の東急線沿線エリアに期待することはありますか。
いまはどの駅もしっかり整備されていて、クリーンなイメージがあります。そこは魅力の一つです。一方で、個人的にはもう少しディープなエリアもあると、より面白いんじゃないかなと。 たとえば中央線の西荻窪みたいに、大きな街に隣接していて、個性的な店が集まる少し「やんちゃ」な雰囲気のエリアがあってもいい気がします。
小助川

――西小山には、最近個性的な店が集まり始めているとも聞きます。
たしかに、西小山は個性豊かな個人店が増えていて、隣の武蔵小山のにぎやかさとはまた違った魅力があると思います。私がお店を始めた10年前に比べて、近隣にもかなり店が増えましたし、どんどん面白い街になっている。 これからも西小山らしさは保ちつつ、ユニ ークな特色を備えた場所になっていってほしいですね。
小助川


研究者のごとく、カレーの味を科学し続ける小助川さん。そして「私も理系、だから気が合うのかも」とほほ笑む藤川さん。いまやかけがえのない友といえる2人が出会った、西小山。小助川さんが言うように個性的な店が集まるなか、こうした特別な縁が生まれる機会は、さらに増えるかもしれない。

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