オープンなのに、深い対話ができる。学芸大学で小説家の店主と語らうノンアルバー「MARUKU」へ
- 取材・文:原里実
- 写真:沼田学
- 編集:山元翔一(CINRA)
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東急東横線・学芸大学駅から徒歩5分ほどの場所にある、「Low Alcoholic Cafe MARUKU(以下、MARUKU)」。店名に「Low Alcoholic(低アルコールの)」と冠されているとおり、ノンアルコールやローアルコールのクラフトビールやワイン、カクテルなどが豊富に揃ったお店として、メディアに取り上げられるなど注目を集めている。お店を経営しているのは、小説家の桜井鈴茂さん夫妻だ。
白石純太郎さんは、MARUKUのオープン当初から足繁く通う常連のひとり。小説をはじめ、映画や音楽などさまざまな文化を愛する人々が出入りするMARUKUに通いながら、「文章を書いて生計を立てる」という夢に向かって目下邁進しているという。
本記事では、MARUKUというお店、そして白石さんの夢について、白石さんと桜井さんにインタビュー。誰にでも開かれ、新たなご縁を紡ぐ風通しのよい場所でありながら、互いの知識や思いを共有し合い考えを深める「対話」ができる——クリエイティブな仕事をしたい人にとってはたまらない、MARUKUの魅力が見えてきた。

カウンター越しの談話も、小説家の営む店だからこその深まりと広がりが
——桜井さんと白石さんはどんなご縁で知り合ったのですか?
僕と鈴茂さんが、モリッシーというイギリスのアーティストの非公認ファンクラブに入っていまして。同じくファンクラブにいたある方に、「この小説家、面白いよ」と、桜井さんの著書を勧められたんです。そこで読んでみたところ「これはいいぞ」と感じまして。 初めてお会いするときに著書を持っていって、サインしてもらいました。ここに来る前に確認したら「2015年12月 白石くんへ」と書いてあったので、知り合ったのはもう10年ほど前ですね。
白石

すぐに気が合って、時々飲みに行くようになりました。白石くんとは珍しく(笑)、小説や文学の話ができた。小説や文学の話 を深くすれば、おのずと、社会や世界の話、あるいは、人生の話へと繋がっていきますから。あっという間に、濃厚な関係になりました(笑)。
桜井



鈴茂さんと出会った当時、僕は新卒で入った会社を辞めてしまってぶらぶらしていた頃で、この先どうしようかという迷いもあって。だから鈴茂さんと話す時間は、僕にとっても大切な時間でした。
白石

ここは文化を愛する人々の新たな選択肢。居心地のよさの秘密は「ノンアル」に
MARUKUの大きな特徴は、ノンアルコールやローアルコールの飲料が数多く揃っていること。そして、DJパーティーや読書会など、さまざまな文化的なイベン トが催されることも魅力のひとつだ。
店主の桜井さんは、もともとは休肝日など一切ないほどの大変な酒飲みだったそう。そこからどのようにして、MARUKUをオープンするに至ったのだろうか。
——桜井さんはなぜ、このお店を開くに至ったのですか?
酒を毎日飲む人生に疲れ、ある二日酔いの昼頃にふと、「しばらく飲まないでいてみようかな」と思い立ったんです。2020年の1月のことでした。 そうしたら1日が長くなり、体調もよくなった。外で人と会うにしても、頭がクリアな状態で話せるし、帰ったあとも寝るだけではなくて、さっきまで話していたことに関連する本を読んだりできます。いいことずくめだったので、そのまま飲まない生活を続けるようになりました。 それから、欧米では「ソバーキュリアス」という言葉で、酒と距離を置く生活が静かにブームを呼んでいることを知り、海外のノンアル飲料を集めるようになって。妻と一緒にノンアル専門のECサイトを始めました。
桜井



この場所ではもともと妻の友人がお店をやっていたのですが、「引っ越すからここでお店をやったら?」と声をかけてもらって、いまに至ります。最初は店を開くつもりなんか、全然なかったんですけどね(笑)。
桜井

——思い切った決断ですね。
流れに乗るというのが大切かなと。飛び込む前にあまり考えすぎてもしょうがない。「とりあえず足を踏み出してみて、動きながら考える」でいいんじゃないかなと思って生きているところはあります。
桜井

——白石さんは、MARUKUのどんなところが好きです か。
とにかく居心地がいいんですよ。気を張らずにくつろげる、こぢんまりとした素敵な空間。ノンアルだから、変に絡んでくる酔った客がいないのもいいですね。
白石

お酒のメニューもあるので、たまにはそういうお客さんもいるけどね(笑)。
桜井

でも、断然少ないですよね。もちろん、アルコールがあるからこそ気分がほぐれて知らない人とも話しやすくなる、という側面もあるでしょうけれど、アルコールがなければ、そのぶんスマートな会話ができるというよさもあると思う。それを実現できる、とてもありがたいお店だと思っています。
白石


あと、ときどき犬が来るのもいいですね。僕は無類の犬好きでして、犬が来るとずっと撫でています。
白石

うちはわんちゃんも同伴オーケーなので、犬連れの常連さんも多いですね。
桜井

——MARUKUではペット同伴可のほか、食事のヴィーガン対応やLGBTQフレンドリーも打ち出していますね。
もともと、何かを排除するのは好きではないので。自然とそうなりましたね。
桜井

排他的じゃなく、風通しのいいオープンな雰囲気は、MARUKUならではですよね。昔ながらの「文壇バー」みたいなのとは違う、文化を愛する人々にとっての新しいオルタナティブな選択肢になっていると思います。
白石




あとMARUKUは、小説家・桜井鈴茂のある種の表現活動だと僕は解釈しているんですよ。誰にでも開かれていて、いろんな人の間でさまざまな話が飛び交って、そこで得るものがある。そのなかに自分自身も入れるという喜びは、桜井ファンとして感じていたりします。
白石

「文士として自活したい」。白石さんの夢を見つめる桜井さんの眼差し
「昔から書くことが好きだった」という白石さんは、現在、書評や音楽、映画レビューなどを執筆し寄稿するかたわら、小説執筆の構想も練っている最中だという。そんな白石さんの「夢」について聞いてみた。
——文学はいつからお好きなのですか?
12歳のときに歴史小説に出会い、「本ってこんなに面白かったんだ」と思ったのが始まりでしたね。そこから、岩波文庫や新潮文庫の海外文学や、日本文学では『日本文学全集』に収められているような有名どころを片っ端から読んでいき、読書漬けの中学・高校時代を過ごしました。じつは、16、17歳頃に一度小説を書いて、新人賞に応募したこともあります。
白石

え、そうだったの?
桜井


恥ずかしいから誰にも言ったことがなかったし、当時の原稿はもう燃やしちゃいましたけどね(笑)。書いていて、すごく苦しかった思い出があります。こんなに苦しいことはないと思いました。いま思えば、それは僕が未熟だったからだと思います。
白石

まあ、小説を書くというのは苦しいことだと思うけどね。でも、そのなかに高揚感のようなものは確かにある。
桜井

そう、高揚感。小説というのは本来、高揚感、楽しさがあるからこそ書くものであるはず。楽しく書かなきゃ嘘だと、僕は思います。
白石

——白石さんの現在の夢や目標を教えてください。
「文士として自活したい」という強い思いがあります。つまり、自分の文章を売って生活するということですね。これまで一般企業に勤めたり、教員をしたりと、いろいろな仕事を経験しましたが、どれもどこか自分にフィットしないと気づき ました。何よりもフィットしているのは、「書く」ことなんですね。
白石


「書く」ことによって自活するためには、一つひとつの作品を丁寧につくり、それを続けていく、という地道な作業が必要です。1作くらいなら、誰にでも書けるでしょう。それを2作、3作と続けていけるかどうかというところに、文士としての力が問われるはずだと思います。 きっと、リッチな暮らしはできないでしょう。けれども、そうすることでしか生きられないんだったら、そう生きるしかないじゃないか、と思うようになったんです。
白石

——その目標に向けた活動のひとつとして、小説の構想も練っているそうですね。
そうですね。小説を書こうとは思っているんですが、小説家「だけ」になりたいわけでは ないです。小説も文芸批評も書くし、ときには翻訳もする、といった具合に、文学に関わることなら何でもしたいと思っています。
白石


——桜井さんは、白石さんの夢に対してどのような思いですか。
がんばれ、と思います。「Just do it」ですね。
桜井

——桜井さんが白石さんくらいの年齢だった頃は、どんな時期だったのでしょうか。
32歳というと、ようやく最初の小説を書きはじめた頃ですね。当時を思い返してみると……僕もバイク便ライダーやカフェの店員から、郵便配達員、水道検針員までいろんな職業を転々として、「もう、書くしかないな」と腹を括った感じはありましたね。 白石くんと出会 ってから約10年間、いろんな話を聞いてきたけれど、そろそろやるしかないときに来ているんじゃないかなと思います。うん、あとはやるだけだ。
桜井


文化の話から社会の話までできる「バランスのよさ」は学芸大学ならでは
いいアウトプットのためには、いいインプットが不可欠。白石さんも、いろんな場所に出かけたり、友達と話したり、旅行に行ったり、映画や音楽に触れたりと、さまざまな経験から刺激を受けているという。MARUKUで過ごす時間は、その大切な一部だ。
桜井さんが学芸大学で店を開いたのは偶然だが、多様なカルチャーが交差するMARUKUに流れる居心地のよさには、少なからず学芸大学という街の雰囲気が影響を与えているらしい。
——学芸大学という街の魅力について教えてください。
ひとりでふらっと入れるお店、それもチェーン店ではなく、個人経営の個性あふれるお店が多いというのは、まずいいところですよね。
桜井

にぎやかな商店街が未だに残っていますからね。いまは珍しいものとなってしまった個人のCD屋さんとか、レコード屋さんもあったり。
白石

総じて「バランスのいい街」だと感じています。渋谷からの距離の近さはありつつ、公園や自然もあるし。高速道路や高い建物がないから、空も広い。
桜井


バランスって、僕は本当に大切だと思っていて。MARUKUに集まるお客さんも、「偏っていない」んです。例えば下北沢だったら、音楽の話は深くできても、映画や文学の話はあまりできなかったかもしれない。そうではなくて、とりとめのない雑談や食事の話から、音楽、映画、文学の話、あるいはナショナリズムや格差の問題、気候変動の話までできるというのは、この街ならではかなと思います。
桜井

文化的教養のある人たちが多いですよね。
白石

白石くんの好きなちょっと小難しい話をしても、たいていの人は「面倒くせぇ」とか言わずに面白がってくれるもんね(笑)。感度が高いというか、新しいものに対する好奇心や受容性の高い人が多いからこそ、ノンアルも受け入れてもらえている気がしますね。もしかしたら、学芸大学という街でなければMARUKUも続かなかったかもしれません。
桜井

学芸大学という街がMARUKUを豊かにしているし、MARUKUが学芸大学を豊かにしてもいるのではないでしょうか。だからこそ、僕も遠くからわざわざ電車に揺られてMARUKUまで通っているのだと思います。
白石


編集部が取材のオファーの際にお店に飛び込んだときも、同じ席に座り、桜井さんと文学談義を白熱させていた白石さん。
10年近い付き合いのなかで、誰にも明かしたことのない話が飛び出し、これまで一度も相手に伝えていなかった思いが語られたこの取材を通じて、MARUKUという空間の不思議な魅力に触れられたような気がした。
「誰にでも開かれていて、いろんな人の間でさまざまな話が飛び交って、そこで得るものがある」。白石さんがそう語ったように、新たなご縁を紡ぎ、見識を深め、いつもと違う毎日につながるMARUKUのドアは、あらゆる人に等しく開かれている。もちろん、犬たちにも。
取材が終わってお店を出るとき、「がんばって書いてくださいね」と桜井さんは言った。それは小説も手がけるこの記事のライターへのエールでもあった。人生に迷っているとき、誰とも分かち合えない思いを抱えているとき、大きな夢や目標に向かって孤独に戦っているとき、MARUKUを訪れれば、きっと桜井さんが真正面から、ときにニヤッと笑みを浮かべながら話を聞いてくれることだろう。

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