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No.058

〇〇好きのご縁飯 〜音楽〜

高津で一番怪しい店、Bagusの扉の奥へ。 その正体は、音楽好きたちの“家に帰る前の家”

  • 取材・文:高久大輝
  • 写真:藤井蕗
  • 編集:川谷恭平(CINRA)

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高津駅の改札を抜けて2、3分歩くと、ただならぬ雰囲気の漂う店が目に入る。誰が言い始めたのかはわからないが、いつの間にか高津で一番怪しい店として知られるようになった「Music Bar Bagus」だ。 Bagusは、1979年創業以来、高津で長く愛されてきた。一見すると怪しげなBagusの扉の向こうに、どのような魅力が潜んでいるというのだろうか。その謎に迫るべく、常連客3人──ご夫婦である、ピアノ奏者の有香さんとミックスエンジニアのヤマさん、フリーター兼ミュージシャンの友馬さん──に集まってもらい、現在Bagusを営む高橋さんご夫婦を交えて話を聞いた。 この場所は、良い音楽、美味しいカレーとお酒、それに、くだけた会話で満ちている。一風変わった店の正体、それは自分らしくいるための何かがある、あたたかい店であった。

左手前から常連客の友馬さん、有香さん、ヤマさんと、オーナーの高橋裕之さん(奥中央)、三希子さん(右)

「高津で一番怪しい店」に迷い込み、まさかの店主になるまで

──じつは、Bagusは店主さんが何代も引き継がれてきたんですよね。高橋さんはどのようなきっかけがあってお店を引き継いだんですか?

最初はお客さんとして来ていたんです。僕は生まれが調布で、彼女と一緒に暮らすときにたまたまこの辺で良い物件を見つけて。せっかく引っ越して来たからこの辺りを散策しようと思っていたとき、この店を見かけてびっくりしたんです。以前はもっと緑が生い茂っていて、いまよりも怪しかった(笑)。

高橋

高橋

──ええっ?(笑)

しかも当時はめずらしいスパイスやハーブを使った料理を出していて、とにかく、いままで行ったことのないタイプの店でした。ただ、自分も音楽が好きだったから、家の近くにこうやって音楽が聴ける場所があるのは嬉しかったですね。なかなか入りづらかったですけどね(笑)。

高橋

高橋

──そこから通うようになると。

はい(笑)。通ううちに、毎週木曜日にお客さんの歌いたい曲にあわせて僕がギターを弾くイベントのようなことをやるようになって。そんなときに当時の店主の人から「長く続いたお店だから、誰か引き継ぐ人を探しているんだよね」と言われて。

高橋

高橋

──まさかの大抜擢ですね。

たぶん、その前に僕が酔っ払って「音楽流して、お酒の仕事ができるって楽しそうだよね」とかテキトーなことを言ったのを覚えてくれていたんだと思うんですけど、そのときは「これは運命だ!」と感じてしまって。飲食業界の経験も学生のときに1年くらいバイトした程度なのに思い切りましたよね。それが、およそ11年前のことです。

高橋

高橋

好きなもので壁をつくらない。音楽が当たり前の日常として溶け込む場所

「Bagusに行くと良い音楽に出会えるんですよ」。常連の友馬さんは言う。Music Barと名乗るのだから、それは当然だろう、なんて思っていたがどうやら、その音楽というのは店主の選曲に限らないらしい。先代から受け継いだときは「レゲエバー」として親しまれていたそうだが、どのようにBagusは変化してきたのだろう。

最初はレゲエも流していたんですけど、お客さんの誰かに言われたんですよね。「自分の自己紹介だと思って好きな曲を流してみたら?」って。それから徐々に広がって、もちろんレゲエも大切にしつつ、いろんな音楽を流すようになったんです。

高橋

高橋

──常連の皆さんはやはり最初の目当ては音楽だったんですか?

そうですね、やっぱり音楽の話ができる場所を探していたんだと思います。僕と有香は、高津に住んで10年くらいになるんですけど、高橋さんがお店を引き継いですぐくらいから通うようになって。最初は僕が先に1人でふらっと入ったのかな。

ヤマ

ヤマ

──1人で扉を開けられたんですね。

そうそう(笑)。そのとき、高橋さんと音楽の話をした記憶がありますね。高橋さんは、70年代とか古い音楽にも新譜にもすごく詳しくて、流してくれる音楽がいつも良いんですよ。

ヤマ

ヤマ

私は彼から高橋さんも音楽をやっているというのを聞いて、そこから興味を持って一緒に来るようになった気がします。で、行ってみると流れている音楽に縛りがあったりするわけじゃないし、来ているお客さんの好きな音楽のジャンルは違ったりもするんだけど、それなのに不思議と楽しめていて。

有香

有香

皆それぞれ違う音楽を聴いてるのに、なぜか居心地が良い。

ヤマ

ヤマ

そうそう。好きなもので壁をつくるんじゃなく、全然音楽がわかんないって人もいるのに楽しくおしゃべりできて、仲良くなっちゃう。特定のジャンルというわけではなく、音楽そのものが好きってことを感じられるんです。

有香

有香

僕は実家を出て、初めての一人暮らしで、1年前くらいに高津に引っ越してきたんですけど、それからかなり通っています。今週は皆勤賞でしたね。通うようになってから、1人で飲んでいると、カウンターに有香さんとヤマさんがいて、高橋さんと音楽の話をしているときに話しかけてもらったのがきっかけで打ち解けたんです。

友馬

友馬

仲良くなるのが早かったよね。

有香

有香

ね。帰る方向が同じだったのもあって、初めて喋った日に一緒に帰ったもんね(笑)。

ヤマ

ヤマ

──こういったお客さん同士の交流は多いんですか?

多いと思いますね。でも僕は店を開けているだけなんで(笑)。

高橋

高橋

いやいや、場をつくってくれてますよ。毎月第3土曜に開かれるDJイベントが象徴的で。プロのDJを呼ぶんじゃなく、お客さんが家からお気に入りのレコードを持ってきて、「皆で同じ曲を聴きながら、同じ時間を過ごそう」という趣旨なんです。そこで新たな出会いがあったり、思いがけない会話が生まれたりする。「この曲なんだろう?」と思ったら、すぐに持ってきた人に話を聞けますし。

友馬

友馬

読書会のような雰囲気だよね。

ヤマ

ヤマ

そんな居心地の良い空気に甘えて、有香さんとヤマさんにも「自分のつくっている曲を手伝ってください!」と気楽にお願いしてしまいました(笑)。いま、作業を進めているところですが、僕がお待たせしてしまっていて……。

友馬

友馬

いやいや、それでいいんだよ。友馬の作品なんだから。

ヤマ

ヤマ

そうそう。音楽をつくることも、聴くこともここでは日常です。高橋さんが自然にそういう空気を育んでくれているんだと思う。営業が終わったあと、高橋さんがギターを弾いているのを、外から「わー、練習してる!」って眺めることもあるくらい。こんな場所だからこそ、新しく出会った人とも音楽を一緒につくることができるんですよね。

有香

有香

「家のカレー」と言われて一念発起。音楽好きたちが太鼓判を押すカレー

Bagusの前を通りかかると、独特な外観だけでなく、大人の目線の高さに吊るされた小さな黒板に目がいく。気の利いた日替わりの文言と「カレーあります」というお決まりのフレーズの組み合わせが、つい気になってしまう。

そう、Bagusのもう1つの看板メニューが、スパイスからこだわったカレー。注文が入ると、奥の厨房から華やかな香りが漂ってくる。

メニューは、高橋さんが店を引き継いだときから続くお手製の「ラスタイカレー(グリーンカレー)」のほか、コロナ禍以降はパートナーの三希子さんがつくる数種類のカレーも常時並ぶ。ときどき考案される期間限定カレーも、お楽しみの1つだ。

取材日は美輪明宏さんの訃報が報じられた日で、黒板には代表曲“ヨイトマケの唄”にちなんで「エンヤコラ」の文字が描かれていた

ピーマンとパプリカの色がラスタカラーなんで、それと掛けて、でも「ラスタタイカレー」だと呼びにくいから「ラスタイカレー」という名前にしたんです。

高橋

高橋

「ラスタイカレー」

最初は自分でもカレーづくりが得意という思い込みがあって、勢いで始めたんですけど、当然自分が家で食べるカレーとお店でお客さんに提供するものとでは違うじゃないですか。当時のお客さんに「不味くはないけど、カレーじゃないよね」と言われたりもして(笑)。そこからいろいろ試行錯誤して辿り着いた味なんです。

高橋

高橋

ラスタイカレー、うまいです。高橋さんがつくっているのは知らなかった。三希子さんがつくるカレーもそうなんですけど、全部オリジナリティがしっかりあるから、ほかのお店で似たような味に出会うことがない。

ヤマ

ヤマ

何種類ものカレーを置いているお店って、基本となるベースを1つつくって、そこから風味や具材だけ変える方法を取ることが多いと思うんです。でも、ここのカレーは1個ずつのベースから違うんですよね。

有香

有香

──友馬さんと有香さんは三希子さんのつくるカレーを召し上がっていますが、いかがですか?

超うまいです。これは「オニオンチキン」で、辛くて、じんわり汗が出るような感じで。やみつきになる味です。

友馬

友馬

私は「オニオンチキン」と「ココナッツチキン」の2種盛りです。酸味とまろやかさがちょうど良くておいしいです。ココナッツチキンは完全に辛味がなくて、辛いのが苦手なお客さんでも、これを目当てに来ていますよね。

有香

有香

向かいに保育園があるので、子どもも食べられるカレーを作ったら親子で来てくれるんじゃないかなと思って。まったく辛くないカレーをつくってみたんです。

三希子

三希子

「オニオンチキン」

「オニオンチキン」と「ココナッツチキン」の2種盛り

──三希子さんは飲食の経験はあったんですか?

いえ、私もほとんどなかったんです。コロナ禍でランチ営業をスタートすることになり、それをきっかけにカレーづくりを始めたんです。でも、もともとカレーをつくるのは好きで。「どんな食材でもカレーにできる!」っていう謎の自信があって。「また食べに来たくなるカレー」を提供したいと思って始めました。

三希子

三希子

──じゃあ完全に独学なんですね。

そう。だから最初に出したときから、レシピもガラッと変わっているんです。お客さんに「まあ、これだと家のカレーだよね」と正直に言ってくれた方がいて。フードデリバリーでの提供を始める前にもっとおいしいメニューに仕上げようと思って。本を読んだり調べたり勉強もして、試食しまくりましたね。そのとき食べすぎたせいで辛さの感覚が麻痺したのか、自分のペースでつくるとすごく辛くなっちゃうんですよ(笑)。

三希子

三希子

──期間限定のカレーも気になりますね。

最初にBagusに来たとき、期間限定でサバと黒胡椒のカレーをやっていて、すごくおいしかったんですよね。いまでもたまにメニューに登場しますよね。

友馬

友馬

めっちゃ美味しいよね!

有香

有香

あれが出てると、もう絶対頼むんですよ。何度食べても飽きなくて、いつもおいしい。なんとなく音楽が好きな人にハマる味だと思います。カレーって塩のしょっぱさで食べさせるものが多いけど、味の奥行きを楽しんで食べている感覚なんです。

ヤマ

ヤマ

限定メニューはどれも思い出深いんですけど、エチオピアンスパイスカレーは自信作なんです。プルドポーク(※)のような感じで、現地のスパイスを使って仕上げたもので。それを持って多摩川の河川敷で開かれたカレーグランプリに出たんです。何も受賞はできなかったんですけど、会場で「おいしかった!」「また食べに来ました!」と言ってもらえたのはうれしかったです。そのときは有香ちゃんにも手伝ってもらったよね。

三希子

三希子

エチオピアンスパイスカレーは、誇張ではなく、ほかのどの店より美味しかった!

有香

有香

※豚肉を低温でじっくりと加熱し、ほぐせる状態にまで柔らかく調理したバーベキュー料理

──ちなみにお酒の種類も豊富ですが、カレーに合わせるならオススメはありますか?

やっぱりカレーにはビールが合いますね。

高橋

高橋

ここで飲む生ビール、なぜかほかの店で飲むより格段においしいんですよね。

ヤマ

ヤマ

スパイシーな料理には炭酸や泡のシュワっとしたものがよく合いますね。

三希子

三希子

じつは先代から店を引き継いだときにお酒のメニューを一新したのですが、前のマスターのブレンド配合をそのまま守り続けている泡盛もあるんです。3種類の銘柄を混ぜ合わせると、泡盛独特のクセが抜けて良い感じにまろやかになるんですよ。僕自身、お客さんだったころから大好きな味でした。

高橋

高橋

ひしゃくで注いでくれるのがかっこいいんだよね。

有香

有香

婚姻届を出す日も、失恋した日も。寝室に行く前の「リビング」のように受け入れてくれる場所

Bagusという場所、そしてそこに集う人々に魅せられてきた常連さんたちにとって、この店はどのような存在なのだろうか。

いつ「ただいま」って言いながら入っていこうか迷っているんです(笑)。いや、それは冗談ですけど、おこがましいことをいうと、お家感があるんですよね。

友馬

友馬

家に帰る前の家というかね。

有香

有香

寝室に行く前のリビングって感じ。

ヤマ

ヤマ

たまに本当に寝てる人もいるけどね(笑)。

高橋

高橋

(笑)

一同

一同

有香と役所に婚姻届を出す前に寄ったりもしたしね。

ヤマ

ヤマ

高橋さんには自分の恋の話も聞いてもらったりしていて(笑)。

友馬

友馬

何も聞いてないのに、いきなり「いま、好きな人がいるんですよね」と始まって。

高橋

高橋

常連さんのあいだでもその話で持ちきりで。「いけるよ!」って勝手に盛り上がりすぎちゃった(笑)。

有香

有香

「もういける! 告白した方がいい!」ってね、すみません、煽ってしまって(笑)。この話をした数日後、部屋着のまま落ち込んだ様子で店に来てね。

高橋

高橋

ですね、頭がおかしくなっちゃって(笑)。気づいたら部屋着のまま、無意識のうちにカレーを食べに来てました。

友馬

友馬

でもその恋はまだ進行中でしょ?

ヤマ

ヤマ

そうですね。いや、何を言ってるんだろ。カットでお願いします(笑)。

友馬

友馬

──恋バナができるなんて、貴重な関係性ですよね。

本当に。Bagusがなかったら別にただ家に帰るだけになっちゃうんで。それに自分はここで知り合った人とまちで偶然会えるのがすごく嬉しくて。悪いことはできないなとも思うんですけどね(笑)。有香さんやヤマさんにもふとしたときに遭遇しますし、すれ違ってもお互い無視しない関係性があるんですよね。

友馬

友馬

それは大きいよね。お客さんと会ったら世間話しちゃう。Bagusは、この街に来て、最初にたくさんの知り合いができた場所だから。

有香

有香

完全に、みんなのサードプレイスになっています。

ヤマ

ヤマ

高津で一番怪しい店と噂されるその扉の向こうには、気取らない音楽と食事、そして何より、人と人とのあたたかな距離感が待っていた。

3人の常連客の話を、少し照れくさそうに聞いていた高橋さんは言う。「別に僕と話す必要もないんで、仕事終わりに少しくつろいで帰るくらいの気持ちで寄ってみてください。いろんな人が共存できる店でありたいんです」。これが、Bagusの空気を支える秘訣なのだろう。

初めての方も、ぜひ一度その扉を開いてみてほしい。

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Information 取扱店舗情報

Music Bar Bagus

住所:神奈川県川崎市高津区二子5-6-8

TEL:070-5074-8541

営業時間:12:00〜14:30、18:30〜23:00(金・土曜は24:00まで)

定休日:月・火曜

アクセス:東急田園都市線・高津駅から徒歩約3分

 WEBサイトはこちら

店舗情報は2026年6月の取材時点のものです。

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