学校の中に、社会とつながる学びの場を
東急フューチャー・デザイン・ラボ 【教育共創チーム】が取り組む「未来共創空間」
渋谷のまちが新しく生まれ変わるなか、次世代の学びにも新しい場が生まれています。2025年9月、区立小・中学校の建て替えに伴う仮設校舎「青山キャンパス」内に設立された「未来共創空間」は、3Dプリンターやレーザーカッターなどの最新のクリエイティブ機器を備え、子どもたちが自分の興味や関心に向き合える場所です。その現場で一人ひとりの探究に伴走しているのが、東急株式会社フューチャー・デザイン・ラボの教育共創チーム。学校の中にありながら社会へと開かれていくこの空間が、渋谷のまちや沿線の未来にどうつながっていくのか、上東茉弥氏と奈良太一氏にお話を伺いました。
プロフィール

上東 茉弥(かみひがし・まや)
東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 教育共創チーム/「未来共創空間」運営担当

奈良 太一(なら・たいち)
東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 教育共創チーム/戦略企画・事業開発・教育・地域連携担当
東急が、学校の中の学びに関わる理由
――まずは、まちづくりを担う東急が、なぜ渋谷区の教育現場に関わり、「未来共創空間」という取り組みを進めているのか。その理由から教えてください。

上東東急は、沿線のさまざまな地域でまちづくりに取り組んできた企業です。長い目でまちの未来を考えると、最も大切なのは「人」だと思っています。このまちに来れば魅力的な教育を受けられ、子どもたちが生き生きと自分のやりたいことを見つけていける。そう感じてもらえることは、「ここで暮らしたい、子育てをしたい」と思っていただく理由にもなります。
特に渋谷は、私たち東急にとっても大切なエリアです。この場所で次世代の挑戦を支え、助け合いの循環を生み出すことには、まちづくりとして大きな意味があると考えています。
奈良まちの価値は、便利な建物があることだけで決まる時代ではありません。子どもたちや大人が、地域社会の中で自分のやりたいことを主体的に進められるようになる。そうした人がまちに増えていくこと自体が、まちの元気につながります。地域の企業や団体が子どもたちとつながり、未来の人材が育つ過程を支えることも、これからのまちづくりの一つの形だと考えています。

探究を支え、社会とつながる場へ
――「未来共創空間」は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
奈良未来共創空間は、子ども一人ひとりの興味・関心を起点に、社会との接点をつくる学びの場です。渋谷区「未来の学校」プロジェクトの一環として設立されました。 現在2校の中学校が使用しており、今年9月からは小学校も1校加わる予定です。学校でも家でもない第三の居場所 として構想されていましたが、学校側から「探究学習を支えてほしい」「学校が社会とつながるための接点や機能が足りない」という声が強くあり、第三の居場所という考え方を大切にしながらも、探究学習の支援、特に社会接続を担う空間機能を強化、促進しています。
渋谷区では、文部科学省の授業時数特例校制度を活用し、探究「シブヤ未来科」の学習時間を拡充しています。 社会の実際の課題に触れ、大人のアドバイスを受けながら探究を深める場としても、未来共創空間が求められていました。
――企業やスタートアップとのユニークな取り組みも生まれているそうですね。
奈良立ち上げ当初から、生徒の主体的な活動や探究のテーマと、学校外の多様な人や団体とをつなぐことを意識していました。渋谷区の地域企業・団体をはじめ社会のさまざまなプレイヤーが自然に関われる、開かれたネットワークを育てていくことが私たちの役割だと思っています。
現在、カゴメ株式会社様との取り組みでは、技術の授業で中学生たちがトマトを育て、家庭科の授業でケチャップづくりまで行います。日本の野菜摂取量の低さという社会課題をきっかけに、子どもたち自身が「なぜ野菜を食べないんだろう」と探究を深めていく。科目を横断して社会に起こっていることを子どもたちと一緒に考えています。
上東カブトムシを活用した資源循環に取り組むスタートアップ企業の方とも活動しています。企業の方が実際にここに来て、サイエンス部の生徒たちに育て方を教え、カブトムシの飼育に取り組んでいます。この活動をきっかけに、少し元気をなくしていた子が、また生き生きとした表情を見せるようになったという、うれしい変化もありました。
子どもの「やりたい」を、そっと後押しする
――企業のアイデアや技術を、子どもたちの学びにつなげるには調整も必要になりそうです。学校と企業をつなぐ難しさはありますか。
奈良企業と学校をつなぐことも大切ですが、それ以上に意識しているのは、子どもたち一人ひとりの興味・関心から社会との接点を生み出すことです。
企業も学校も、子どもたちの良い学びを実現したいという思いは共通していますが、立場や役割が異なるため、期待することや進め方には違いが生まれます。双方の目的や強みを理解した上で、一つの学びとして設計・コーディネートする役割は重要だと感じますね。また、中学生は自分の興味・関心がはっきりしてくる時期なので、大人が用意した学びだけでなく、自分の興味から始まる活動は主体性が生まれ、より深く学びに入り込んでいきます。未来共創空間では、企業や地域との出会いをきっかけにしながら、生徒自身の「やってみたい」を起点に探究が広がっていくことを大切にしています。
上東企業側の思いをそのまま学校に持ち込んでも、教育の目的と噛み合わないこともあります。だからこそ、日々先生方と話し、企業のやりたいことも聞きながら、子どもたちの学びにとって無理のない形に整えています。
スタッフ同士の情報共有も欠かせません。授業や活動のあとには、「この子はここで少し迷っていた」「次はこんな声かけをするとよさそう」といったことを話し合い、一人ひとりに合った関わり方を考えています。
奈良せっかく社会との接点を用意しても、子どもたちが「やらされている」と感じたら意味がありません。現場では、スタッフ自身が、一人の面白い大人として、フラットに関わることを大切にしています。
上東スタッフの得意分野は本当にさまざまです。プログラミングやメカに強いエンジニア、映像のプロ、ボードゲームが得意な人、ダンスや服、アクセサリー作りに詳しい人もいます。子どもたちにはニックネームで呼んでもらい、先生ではなく、同じ目線で応援する大人として接しています。
奈良ここには撮影機材や3Dプリンター、レーザーカッターなど、一般的な学校ではあまり目にしないものがあります。立体的なロボットならメカが得意なスタッフへ、動画なら編集ができるスタッフへ。大人の得意分野がヒントになることで、やりたいことが一気に進んでいきます。
400人いれば、400通りの探究がある
――子どもたちは、実際にどのようなテーマに取り組んでいるのでしょうか。
上東探究の時間には、学年単位で取り組むものと、一人ひとりが自分の問いを進めるMy探究(マイ探究)があります。マイ探究の方は、個人の関心から始まるテーマや問いが生まれます。現在、ここには約400人の生徒が通っていますが、400人いれば400通りのテーマがあります。地球が平らになったらどうなるのか、睡眠をよくとるにはどうすればいいか、ホラーゲームに人はいつ慣れるのかなど、内容は本当にさまざまです。
奈良子どもたちは、周りの目を気にして「ふざけていると思われるかな」と遠慮したり、テーマをそれらしく真面目なものに変えたりすることがあります。以前、「ピラミッドの構造」と書いていた子がいました。でも話を聞いていくと、本当に気になっていたのは「ピラミッドの中にいた人の死因」だったんです。「だったらそれについて探究したら?」と伝えると、表情がガラッと変わりました。私は、「自分の興味・関心は宝物」だと考えています。子どもたちが周囲に合わせるのではなく、自分自身の「知りたい」「やってみたい」を大切にできるよう関わっています。
――中学生のサポート役として、地域の大学生も関わっているそうですね。
上東渋谷区にキャンパスを置く実践女子大学の人間社会学部社会デザイン学科と連携し、大学生が授業の一環として中学生の相談相手になっています。先生1人では、生徒全員とじっくり話す時間が足りないため、学校側にも大きな助けになっています。
大学生にとっても、中学生の問いに伴走する経験は、自分の学びや将来を考えるきっかけになります。留学生や大使館とのイベントを考える学生や、中学生と新しいゲームのルールを開発する学生もいます。私たちは、そうしたアイデアが企画だけで終わらず、実際の活動につながるよう、企業や専門家とのマッチングなども支えています。
誰もが「やってみたい」と言えるまちへ
――中学生の熱意が大学生に伝わり、それがまた次の挑戦を生む。そうした循環も生まれているのですね。

上東始まってからまだ長い時間は経っていませんが、子どもたちの変化は想像以上です。最初は3Dプリンターで自分の好きなものを作っていた子が、下級生に使い方を教えるようになり、最近では「将来は建築家になりたいかもしれない」と話すようになりました。この環境だからこそ、自分から動く力が育ちやすいのだと感じています。
奈良将来的には、高校生やシニア、そして保育の領域へもこうした取り組みをゆっくり広げていきたいと考えています。そのためには、誰かの善意だけに頼るのではなく、関わる人たちがそれぞれ意味や価値を持って続けられる仕組みにしていくことが大切だと考えています。
――最後に、この「未来共創空間」を通じて、これからの渋谷をどのようなまちにしていきたいですか。
上東子どもから大人まで、みんなが「やりたいからここに来る」という気持ちで集まり、自然と関わり合える場所にしたいです。誰もが本当にやりたいことに取り組み、その姿を見た周りの人が「いいね、やってみよう」と声をかける。そんな自分からチャレンジできる楽しさを、渋谷のまちに広げていきたいです。
奈良子どもたちが、好きなことや興味のあることを気兼ねなく「やってみたい」と言える場所にしたいです。そこに大人の知恵や企業の応援が集まり、大人たちも自分の関心や得意なことを持ち寄って助け合い、お互いに学び合い、楽しめる。そうした関わりが自然に生まれるまちのあり方を、この未来共創空間から広げていきたいと思っています。


