鈴木おさむと元力士が営む、奥中目のメシ酒場。『極悪女王』を生んだのは、2人のプロレス愛
- 取材・文:中島晴矢
- 写真:佐藤翔
- 編集:川谷恭平(CINRA)
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東横線の中目黒駅と田園都市線の池尻大橋駅の中間、「奥中目」と呼ばれるエリアにあるのが「メシ酒場 鈴木ちゃん」だ。2018年にオープンした親しみやすい居酒屋で、夜な夜なプロレスラーや相撲関係者、ファンが集う場所として知られている。
店を手がけるのは、放送作家を引退し、現在はto C向けファンド「スタートアップファクトリー」の代表を務める鈴木おさむさん(以下、おさむ)と、元力士で第69代横綱・白鵬関の付き人も務めた店主・鈴木昌平さん(以下、昌平)。中目黒での飲食店経営は2012年のちゃんこ屋に始まり、一度の閉店やコロナ禍を乗り越えて現在へと続く。
今回はそんな2人に、Netflixドラマ『極悪女王』の舞台裏と店との関係、そして中目黒というまちで育まれてきた多様な縁について話を聞く。プロレス、相撲、芸能が交差するこの場所で、どのような人のつながりが生まれてきたのだろうか。

「プロレスはドラマ」。少年時代に2人を魅了したプロレスの原点
——2人とも熱狂的なプロレスファンとのことですが、そもそもプロレスにハマったきっかけは?
僕の世代に多いんですけど、きっかけはタイガーマスクですね。金曜日の夜にテレビで「来週はタイガーマスクが登場」って予告が出て。「なんなんだろう?」と思って翌週にダイナマイト・キッドとの試合を見たら、完全にタイガーマスクに引き込まれたんです。学校でも皆が大騒ぎでしたよ。
おさむ

——タイガーマスクとダイナマイト・キッドの試合は、伝説の一戦として語り継がれていますね。
そこからプロレスにのめり込んで、次に「俺はお前(藤波辰巳)の噛ませ犬じゃない」って長州力が出てくるわけです。“革命戦士”長州力が、反骨心で目上の選手に挑みかかっていく姿に刺激を受けました。タイガーマスクと長州力の二本柱で、当時の新日本プロレスには本当に魅了されましたね。
おさむ


——プロレスというジャンル自体にはどういうところに魅力を感じていましたか?
スポーツでもドラマでもあるっていうところかな。試合内容もさることながら、男と男が闘いながら怒りを爆発させて、リング内外で物語を紡いでいく。そのドラマ性が見事で、異様に人を惹きつけるんです。あと軍団対抗戦とかクーデター(※1)って、現実に会社とかでもあるじゃないですか(笑)。
おさむ

——まさに日本社会の縮図のようです。昌平さんは幼少期からプロレスラーに憧れていたそうですね。小学6年生で体重が100kgあったとか。
僕は闘魂三銃士(※2)の世代で、なかでも橋本真也さんに憧れてました。体が大きくてパワーファイターってところに惹かれて。『キン肉マン』とかも好きだったから、自分もプロレスラーになりたかったですね。
昌平

※1:軍団対抗戦はプロレス団体の覇権を握るために繰り広げられる試合。クーデターは1983年に勃発した「新日本プロレスクーデター事件」を指している
※2:1988年に橋本真也、蝶野正洋、武藤敬司によって結成され、一時代を築いたユニット

——そこからプロレスではなく、相撲の道に進むことになるわけですよね。
もともとはプロレスラーになるためのステップとして、中学2年から相撲道場に通い始めて。高校でも相撲部に入っていたんですが、相撲部屋とのご縁をいただき、自分の力を試したい気持ちになりました。それで卒業後、宮城野部屋(※3)へ入門。相撲を取るのは好きだったんですが、怪我が多くて、2004年に引退したんです。
昌平

※3:東京都墨田区に存在した相撲部屋
——プロレスと相撲って似てるところも違うところもあると思うんですけど、ご自身の経験からどう感じますか?
プロレスに関しては、『週刊プロレス』とか『週刊ゴング』を読みながら、僕もおさむさんと同じようにストーリーに引きつけられたうちの1人。一方で、相撲はとにかく番付を上げていくことが第一なんです。
昌平

全日本プロレスは相撲に近いですね。たとえばジャンボ鶴田がいたら、それが絶対的な横綱。それになかなか勝てない三沢光晴、みたいなところがある。物語というより格付け。そこが相撲に似ているんだけど、新日本プロレスはそれをぶっ壊すから面白いんですよ!
おさむ


始まりは今田耕司邸の鍋会。元力士の「ちゃんこ」が動かした鈴木おさむの直感
おさむさんが“新日派”(新日本プロレス派)だとわかったところで、昌平さんの手による料理がテーブルへ。まずは、力士時代の経験を活かした、定番のちゃんこ鍋が到着。湯気が立ち昇り、空間に充満するいい匂いが食欲を刺激する。
もう一品は、おさむさんが「この店で一番好きなメニュー」だという唐揚げ。大ぶりでボリューム満点のそれにかぶりつくと、衣がザクザクッと音を立てて、たまらなくおいしそうだ。
ちゃんこ鍋には豚肉に加えて、つみれも入っている。塩味でさっぱりしてるんだよね。
おさむ


本来、相撲取りが食 べる鍋はもっと味が濃いんですが、お客さんが食べやすいように薄めにしてあります。生姜の入ったつくねは身体があったまりますよ。具材はその時期においしい旬のものを多めにいれるようにしています。現役の相撲取りもうまいって言ってくれます。
昌平

初めて食べた時から変わらない味。あと、唐揚げ! これがめっちゃうまいのよ。
おさむ

肉は国産鶏をこだわって使ってます。
昌平




食べごたえ抜群。味付けはちょっとジャンクで、そこがまたいい。これ、どうやってつくってるの?
おさむ

生姜とニンニクを混ぜた醤油だれにしっかり漬けてます。だから味が染みていて、中もジューシーなんです。お子さんがいたりすると、二皿頼むお客さんも。
昌平

子どもが喜ぶ味だよな。この唐揚げが好きで通ってる常連さんも多いみたいだね。いやぁ、大満足!
おさむ



——2人で店を始めたきっかけは、まさに昌平さんのちゃんこ鍋だったんですよね。
そう。芸人の今田耕司さんの家で鍋会をやったときに、白鵬関が来たことがあったんですよ。その会のちゃんこ番が、白鵬関について来ていた昌平で。その鍋を食べたらおいしくて、もう現役も引退してるっていうから、「店やる気ない?」って声をかけたんです。
おさむ

——急に誘ったんですね(笑)
そしたら「やりたい」って返ってきたんですぐ動き出しました。
おさむ

おさむさんは有名人で、僕は無名。酒の場だし話半分でしたけど、翌日に早速メールが来たんです。そのときに「この人、本気だ」って(笑)。おさむさんとは、それから の縁ですね。もともと地元で飲食店を引き継ぐ話があったんですが、立ち消えになってしまったところで。だから、ちょうど僕も店を始めたかったんですよ。
昌平


そもそも僕が飲食店をやりたかったのは、2011年に東日本大震災が起きたとき、会社の結びつきの強さを感じたからなんです。
おさむ

——会社の結びつきというと?
たとえばテレビ局だったら、社員が一致団結したりとか、どこも社内の団結力がすごくて。僕も芸人たちと飯を食いに行ったりしていましたが、フリーのさみしさみたいなものを感じてた。それで、家族的なチームをつくりたいと思ってたときに、昌平と出会ったから、中目黒でちゃんこ屋をやってみようと。
おさむ


赤字6,000万円からの逆転劇。中目黒の「縁」が呼び込んだ再出発と『極悪女王』誕生秘話
2012年、すぐにちゃんこ屋さんをオープン。中目黒駅すぐそばの立地、3階建ての大型店で、家賃は月に100万円弱。飲食の素人チームが全力でぶつかったが、5年間で赤字は6000万円に膨れ上がった。
「冬はいいけど、夏は本当に皆、鍋を食べないんですよ」とおさむさん。2018年に一度店をたたむことを決めたが、そこで生まれた人との「縁」が貴重な資産になったという。
同年、今度は昌平さんの料理と人柄を活かすべく、現在のお店で再出発を果たした。

やっぱり飲食店を始めたことで、お相撲さんやプロレスラーを含め、いろんな縁がものすごく広がりました。何より、中目黒の人たちと深くつき合えたのが大きくて。この店の物件だって、そんな人間関係のなかで奇跡的に借りられたんです。
おさむ



だいたい中目黒って、路面店の空き情報が絶対に外に出ない。中目の情報は中目のなかでしか出回らないんですよ(笑)。
おさむ

僕も中目黒は、いまの自分の生きるベースだと思ってます。最初は、やっぱりなじみのないまちでしたから。僕ら相撲取りからしたら、店をやるときに頭に浮かぶのは、錦糸町とか両国周辺。中目黒って聞いたときは、「何かの用事で一回来たことあるかな?」くらいの印象でしたからね(笑)。
昌平

——たしかに、力士と中目黒という組み合わせは、意外な感じがします(笑)。
だからこそ、このまちに来てからは自分の存在をアピールしようと、いろんな店で飲み食いしました。「元相撲取り」という看板も背負ってたんで、飲みっぷり、食いっぷりで気合いを見せて。そうやって、徐々に中目黒になじんでいき、知り合いや飲食仲間も増えていきました。
昌平


——お店が軌道に乗ってから、ここ数年はプロレスラーやプロレス好きが集うことでも有名です。おさむさんとプロレスと言えば、何と言っても企画・脚本・プロデュースを務めたNetflixのドラマ『極悪女王』が記憶に新しいですよね。

当時『全裸監督』がヒットしてたから、まだ80年代モノに引きがありそうと考えていました。そんなとき、それこそ僕が構成を担当していた今田耕司さんの番組に、ダンプ松本さんと長与千種さんとそれぞれのファンたちが出ていて。当時の「髪切りマッチ」を、ファンの方たちが涙ながらに見てたんです。 いまだにファンがそんな感情になることがすごいし、あらためて「異常な時代だったな」と思い、企画を立ち上げたんですよ。
おさむ

——異常なまでの熱気が、物語の核心を直感させたんですね。
で、いまもこの店で働いてる元女子プロレスラーのジャンボ堀さんにつないでもらって、ここでダンプさんの最初の取材が実現したんです。
おさむ

ジャンボ堀さんとは僕がもともと仲良くて、コロナ前くらいから働いてもらってたんですよ。
昌平

長与さんはじめ、たくさんの女子プロレスラーを紹介してもらっ て、ジャンボさんにはすごくお世話になりました。監督の白石和彌さんや出演者の方々も、よくこの店を使ってくださって、『極悪女王』とこの店の縁ができていったんです。
おさむ


プロレスラーの永田裕志選手もよくいらっしゃいます。いま一番の常連レスラーは、永田さんが紹介してくださった、新日本プロレス若手有望株のYuto-Ice(ユウト アイス)選手。
昌平

Yuto-Iceは昨日も来てたよな(笑)。ファンはもちろん、女子プロレスラーや力士も来るし、芸能人もよく飲みに来てくれます。1人すごいプロレス好きがいるんだけど、この前なんて、獣神サンダーライガーのマスクをかぶってカウンターに座ってて。あれにはびっくりしたよ(笑)
おさむ

彼の誕生日には、プロにつくってもらった別のマスクをプレゼントしました(笑)。そうやって、お客さん1人ひとりとの縁を、僕自身すごく大事にしてますね。
昌平


「奥中目」で見つけた、リターンより尊い縁の価値
——最後に、このエリアへの想いを聞かせてください。ちなみに、「奥中目」という言葉はおさむさんが発明したんですよね。
そう、 僕が名づけました。中目黒にしては駅から遠いけど、池尻と言うほどでもないから、「奥渋」みたいな感じでね。自分の事務所も中目黒だし、店を始めてから、よりこの近辺のつき合いは増えました。いかに中目黒から出ないかをテーマに生きてますから(笑)
おさむ



いま僕の本業は投資家で、ベンチャーキャピタルを経営しています。この近くに僕が運営するシェアオフィスもあるし、日々いろんな人たちと出会う。昨日も、ある会社の社長と急遽この店で飲み会が生まれたりとか、とにかく縁が広がるんですよ。そういう中目黒の良さを、これからも育てていきたいですね。
おさむ


中目黒の飲食店で働いていた友人が、5年くらい前に沖縄に移住したんですよ。その彼が最近また戻ってきたっていうことがあって、胸が熱くなりましたね。人間関係って流れていきがちだと思うんですけど、巡り巡る縁もある。そういう「復縁」に出会うと、この地域で商売を続けられていることが本当にうれしくなります。
昌平

——長く続けているからこそ味わえる喜びですね。
この店で出会って結婚したカップルも、何組かいるんですよ。常連同士で知り合って、みんなで飲みに行ったりしてるみたいで。この店が、いろんな人たちの新しい縁が生まれる場になっているのだとしたら、それはすごく誇らしいことだと思いますね。
昌平


中目黒といえば、どこかオシャレでクールなまちという印象が強い。だが、おさむさんと昌平さんの話から見えてきたのは、そこに確かに息づく人情と温もりだった。
「メシ酒場 鈴木ちゃん」には、相撲やプロレスといったフィジカルな文化の、熱っぽい空気が流れている。デジタル上でのつながりが増えた時代に、こうした場所に人が引き寄せられるのは自然なことかもしれない。
昌平さんの人柄と料理を中心に、さまざまな人々が交わり、さまざまな関係が育まれていく。その場を支えるおさ むさんの中目黒への愛情も大きい。奥中目の一角に灯るこの店が、これからも新たな縁を生み続けていくことを期待したい。
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