「疲れたら、帰ってこられる場所を作りたい」包容力と有機的なものにあふれた池上の古民家カフェ
- 取材・文:原里実
- 写真:北原千恵美
- 編集:玉野井崚太(CINRA)
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東急池上線・池上駅の周辺に広がるのは、日蓮宗の大本山「池上本門寺」の門前町として栄えた歴史と風情あるまち並み。古民家カフェ「蓮月(れんげつ)」は、そのなかにひときわ堂々と佇む2階建ての木造家屋だ。
昭和初期に建てられたこの建物は、かつて「そば処 蓮月庵」として半世紀以上にわたり愛されてきた。そんな建物を、地域の人々との偶然の縁から託された店主・輪島基史さんが、2015年に蓮月をオープン。以来10年以上にわたり守り続けている。
今回はそんな輪島さんと、かつてスタッフとして働き、現在は常連の一人として店を訪れる及川穂乃佳さんにインタビュー。師弟のようであり、年の離れた友人のようでもある二人の対話を通じて、この建物が紡いできた縁と、池上というまちが持つ不思議な包容力を紐解く。

30年変わらない、常連や店員と自然に仲良くなれる雰囲気
──輪島さんはもともと蒲田で古着屋をされていたそうですが、どのような思いでカフェを始めたのですか?
古着屋にやってくる高校生たちの相談に乗るうちに「この子たちには、社会のなかで自分自身の居場所を自らつくれる人になってほしい」と思うようになりました。そして、この子たちが外の世界に羽ばたいたとき、疲れたらいつでも帰ってこられるような場所をつくりたいと考えたんです。
輪島

――単なるお店作りではなく、居場所作りだったんですね。それがなぜ「池上の古民家」だったのでしょうか?
知り合いに誘われて、この古民家の保存を目指す「池上和文化プロジェクト」の説明会に参加したんです。当初は 自分が引き継ぐことになるなんて思いもしていませんでしたが、僕の思いを知ったプロジェクトの方々にお声かけいただき、挑戦してみることになりました。
輪島



──及川さんは、どのようなきっかけから蓮月で働くことになったのですか?
私は地元が近いので、有名なお蕎麦屋さんだった「蓮月庵」のことはもともと知っていて。カフェになったと聞いて初めて来てみたとき、すぐに「ここで働きたい!」と思いました。
及川

──どんなところが気に入ったんでしょうか?
親が寿司屋を営んでいて、飲食店にもともと興味があったんです。蓮月で働きはじめる前はファーストフード店でアルバイトをしていたんですが、なんだか機械的な作業に感じてしまって。蓮月に来たときに、空間や雰囲気が素敵だったことはもちろん、「あたたかい場所だな」と感じられたことが大きかったです。
及川


入った当時はまだ高校生でしたが、6年くらい働き続けてくれました。うちのスタッフのなかでは2番目くらいの古株ですね。
輪島

当時の私は通信制の高校に通っていて、学校に行っていない自分にコンプレックスを抱えていた時期でした。でも輪島さんは、「そんなことよりも私自身を見てくれている」と感じたんです。髪型や佇まい、しゃべり方といい、いままでに会ったことがないタイプの大人だなという第一印象でした。
及川

及川さんは、よく笑うし明るくて、お店のムードメーカー的存在でした。お客さんとも自然な距離感で接してくれるから、安心して任せられましたね。
輪島

実家の寿司屋は、家族で過ごす空間から衝立てを挟んですぐ向こう側で、お客さんたちの飲み会が行われているような環境でした。小さなころからいつも家に誰かいたので、蓮月でお客さんと話すのも、自分にとってはその延長でした。建物のことを聞かれたり、お客さんのご家族の話を聞いたり、他愛のないおしゃべりをしていましたね。
及川


及川さんとのあいだで印象に残っているエピソードは、彼女が大学生だったある日、23時過ぎにいきなり電話がかかってきて、朝まで公園で飲み明かしたこと。最初は、何か悩みごとでもあるのかと慌てて駆けつけたのですが……。
輪島

実際は、ただ私がしゃべりたい気分だっただけ(笑)。輪島さんは人を大切にしてくれる人なので、気負わずに安心していろんな話をできるんです。
及川

「店長だから」「歳が離れているから」などと一線を引かずに、人として信頼して接してくれたことが、僕もとてもうれしかったです。
輪島

「2階は文化、1階は文明」古民家だからこそ宿る、蓮月の唯一無二の表情
「誰かから必要とされ、その縁に応えようとし続けてきていまの自分がある」と輪島さんは笑う。人との縁に応えることで歩んできた輪島さんが、次に向き合っ たのは、縁に導かれて任された古民家そのものをどう活かすか、ということだった。
──歴史ある建物をカフェにするにあたって、どのような空間づくりを心がけましたか。
活かせるものは、できるだけそのまま活かした内装にしています。レンタルスペースとして活用している2階は座敷のまま、日本の文化を体験できる場所に。1階は古い木をつかったテーブルを取り入れるなど、現代に古民家を馴染ませる工夫をしました。だから2階は「文化」、1階は「文明」がテーマなんです。
輪島



そういえば、私が働きはじめたころは、蕎麦屋からカフェに変わったことを知らずにやって来る人もいましたね。「あら、お蕎麦屋さんじゃないの?」って驚かれるんですけど、「じゃあコーヒー1杯飲んでいくか」と言ってくださる方もいて。この建物が物語を紡いでいることを実感 しました。
及川



1階はどんな人でも入りやすいよう、お洒落にしすぎないことも意識しましたね。最近はインテリアとしてどんどん花が増えてきたので、また少し印象が変わったかもしれません。
輪島

――お花、すごく素敵ですよね。何かきっかけがあったんですか?
あるとき、庭に咲いていた小手毬を入口に飾ってみたんです。そうしたらそれが自分のなかでしっくりきて、いまは生花やドライフラワーの生命力があふれた空間にな っています。
輪島


──いまもなお、変わり続けている空間なのですね。
時間帯によっても、印象が大きく変わるんですよ。私は夜の蓮月が特に好きでした。薄暗くて、古民家特有のちょっとした怖さと隣り合わせの静けさというか。
及川

たしかに、夜の蓮月は時間が歪むような感覚があるよね。ミステリアスであり、ノスタルジック。
輪島


近代的な建築と比べると、やはり夏は暑く冬は寒くなりますが、四季の変化を感じられるのも古民家ならではの魅力だと思います。
及川

縁が縁を呼び、まちに溶け込んだ10年。池上というまちの不思議な包容力
2階のレンタルスペースでは、地域の人々によるさまざまなイベントや教室などが行われるほか、学生向けに自習室として開放し、ドリンクも半額で提供する「放課後自習室」という取り組みも長年継続している。そうしてオープンから10年以上が経ち、蓮月と輪島さんはすっかりまちに溶け込んだ。
──池上という場所に、どんな印象を持っていますか?
懐かしさとあたたかさを感じる、昭和の香りが漂うまちですよね。ご近所付き合いもとても多く、昨今失われがちな人と人とのつながりを感じられる場所だと感じます。
輪島


現在の池上を含む城南エリアは、第二次世界大戦中、1945年の城南空襲(※)で多くの建物が燃えてしまいました。池上本門寺が燃えるほどの火のなかで、「夜なのに紅蓮の炎でまちが明るかった」と近所のおばあちゃんから聞いたこともあります。そんななかでも生き残ったこの建物は、古き良き魅力が残るまちの象徴の1つでもあるのかなと。
輪島

※1945年3月から5月にかけて、米軍が東京南部(城南地区)に行った大規模な焼夷弾爆撃
──だからこそ、その大切な建物を引き継いだ責任感もあったのでしょうか。
そうですね。自治会の行事に積極的に参加したり、地域の祭りを手伝ったり、挨拶を欠かさずするようにしたり、自分なりにこのまちと人々と向き合ってきたつもりです。その延長線上で、自治会長さんが営んできた釜飯屋「にれの木」(※)を継ぐことになったりもして。50年近く続く老舗の2代目を、血縁者でもない僕が任せてもらえるって、普通ではありえないことですよね。
輪島

輪島さんが「にれの木」を継いでから、私もアルバイトとして働いていました。地元が近いので、お客さんのなかに祖父母の知り合いや両親の仲人がいたりと、驚くような縁もあって。いまは社会人ですが、ふと一息つきたいときに自然と足が向く場所が、この店であり、このまちなんだと感じています。
及川

※池上駅から徒歩3分。蓮月からも歩いて行ける距離にある釜飯店

「明日もいい一日になりますように」蓮月が目指す、有機質の温もり
縁を重ね、まちに根を張ってきた10年。最後に、輪島さんが蓮月という場所に込める思いを聞いた。
──それでは、これからの蓮月をどんな場所にしていきたいかお聞かせください。
世界がもう少し優しい場所になったらいいな、と常々思うんです。だからというわけでもないのですが、最近はお客さんに「また来てください」と言うのをやめました。それってこちらの都合だよな、と。代わりに「明日もいい一日になりますように」とか「風邪をひかないでね」と声をかけています。相手の幸せを願う一言が、優しい世界をつくる一歩になる気がして。
輪島


蓮月は、「明日も頑張ろう」と思える、そのきっかけや動機、考える時間……そういったものを渡せる店でありたいです。近ごろは無機質でお洒落なカフェも人気ですが、うちはその真逆。古民家ならではの木のぬくもりや、店を彩る花々、スタッフとの会話など、さまざまな「有機質」に触れることによって、訪れる人に癒しや生きている実感を感じてもらえる店づくりができたらと思います。
輪島

長い歴史と、そこで生まれた数多の物語とともにある古民家。その特別な場所と、「自分を必要としてくれた人たち」の想いに真摯に向き合う輪島さんが出会い、蓮月は生まれた。それから10年、及川さんをはじめとするスタッフや常連、地域の人々との新たな縁と物語を紡ぎ続けている。
あなたも一度、蓮月に漂うあたたかさに触れに、池上線を降りてみてはいかがだろうか。古民家の戸を開ければ、今日も生きて変わり続ける空間と懐かしい香り、そしてスタッフやお客さんの笑顔が、そっと包み込んでくれるはずだ。

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