「持ち込みOK」だから生まれる出会いがある。西小山のクラフトビール店#80のおいしい化学反応
- 取材・文:三浦希
- 写真:北原千恵美
- 編集:瀧佐喜登(CINRA)
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東急目黒線、西小山駅から徒歩1分。駅前の商店街には新旧の個人店が並び、どこか懐かしくあたたかい空気が漂う。その一角にあるフードコート型商業施設『Craft Village NISHIKOYAMA』は、地域の店や人が交わる「まちの広場」のような場所。施設内のどの店の料理も自由に持ち込め、ビール片手に語らううちに、自然と交流が生まれていく。
そのなかでも、ひときわ人を惹きつけるのが、約100種類の国産クラフトビールを揃える#80(はちじゅうばん)だ。


「日常を、すこしだけ豊かに」。そんな想いのもと、店主が厳選した1本を求める人や、会話を楽しむ人が集う。グラスを交わすうちに、新たな「縁」が生まれていく。
今回は、店主の植松義雄さん、同じ施設内で食堂 西小山を営み常連でもある大森洸太さん、そして毎週末ここに通う船越寛人さんを迎え、ビールがつなぐ西小山の縁について話を伺った。まずは植松さんに、#80を始めるまでの物語や、日本のクラフトビールに対する情熱を聞いていこう。

アパレル業界15年。なぜ40歳で酒屋に転身したのか?
――まずは植松さん、酒屋を始める前はなんとアパレル業界にいたそうですね。
2024年の夏に脱サラし、年末に#80をオープンしました。もうすぐ10か月になります。以前は百貨店で洋服関係の仕事に15年ほど携わっていました。
植松

ーー#80を始められたきっかけを教えてください。
40歳を迎え、好きなことを仕事にして生きていきたいと思ったのがきっかけです。当初は同じく洋服店を開こうと考えたのですが、採算を考えれば考えるほど「難しいかも」と思ってしまって(笑)。 それで洋服は趣味程度で品揃えしながら、当時僕がハマっていた 「クラフトビール」 を身近に感じてもらえる店をやりたいと思ったんです。
植松


――クラフトビールには、どのようにハマっていったのですか?
初めて飲んだのはいまから12年ほど前、まだクラフトビールがそれほど知られていなかったころです。神奈川県の葉山にある海の家で飲んだ「ヨロッコビール」の生ビールが驚くほどおいしくて。 その感動のまま、翌日には醸造所へ瓶ビー ルを買いに行ったほどです(笑)。そこから、その醸造所が影響を受けたブルワリーのブログを読んだり、各地を巡ったりするうちにどんどんハマっていきましたね。
植松

――ご自身で「作る」のではなく、「伝える」側を選んだのは、小売業での経験が関係しているのでしょうか。
そうですね。アパレル時代も、ブランドが作ったこだわりの商品をお客さまに紹介する「セレクトショップ」の業態でしたし、いまもやっていることは同じです。作り手と消費者をつなぐのが自分の役割だと思っています。 現在も日本のクラフトビールだけを扱い、ブリュワー(醸造家)の思いをお客さまにお伝えすることを大切にしています。洋服もビールも、結局は「作り手の思いを伝える仕事」なんですよね。そこに共感してもらえたときがいちばんうれしい。クラフトビールをきっかけに、人と人、店と街がつながっていく感じがあって、それがこの仕事の醍醐味だと思っています。
植松

日本の技が光る。100種類のクラフトビールに込めた思い

店内の冷蔵庫には、カラフルなラベルの缶や瓶がぎっしり並ぶ。その数は約100種類。すべて日本国内のブリュワリーによるものだ。アパレル時代にインポート商品も扱っていた植松さんが、なぜ「日本産」 にこだわるのだろうか。

ーーそもそも#80という名前には、どんな意味があるのでしょうか?
学生の頃、アメリカンフットボールをしていて、そのときの背番号が「80」だったんです。あの頃がむしゃらに頑張っていた番号を、いまは店名として背負っている感覚ですね。
植松


ーー#80のテーマはどのようなものでしょうか?
「日常を、すこしだけ豊かに」というコンセプトのほかに、お店の 裏テーマとして「日本の職人さんのこだわりをお客さまに伝える」ということを決めています。日本酒やナチュラルワイン、調味料や洋服なども、基本的には国産のものをチョイスしています。
植松

――アパレル時代にインポート商品を扱っていた反動では?
いえ、そうではないんです(笑)。当時から国産品のほうが日本人には合っているし、クオリティも高いと感じていました。いまでは生産拠点が海外に移り、日本の工場が減っているなかで、少しでも国内産業を応援したいという思いがあります。日本の職人が生み出すクラフトビールにこだわる姿勢は、地域の店を大切にする西小山の空気ともどこか通じています。
植松


――お客さまに魅力を伝えるうえで、意識していることは?
ビールは、ワインに並ぶ優れた「食中酒」だと思っています。特に和食には、海外のビールより日本のビールのほうが合う。例えば、アメリカのIPA(インディア・ペールエール)と日本のIPAは、似て非なるものなんです。アメリカのビールを野球に例えると、力勝負のストレートでグイグイ来るような。
植松

――直球勝負、ですね。
そうそう。一方で日本のビールは、小技を利かせてくる。スローカーブを投げたり、ヒットエンドランをしてみたり(笑)。副原料に珍しい素材を使ったり、それによって、鼻に抜ける香りが爽やかだったり。そんな奥深さを伝えています。
植松

食堂×ビール屋が生む、「おいしい化学反応」
#80の魅力を際立たせているのは、その自由なロケーション。「Craft Village NISHIKOYAMA」はフードコート型の施設で、施設内のどの店の料理も持ち込みOKだ。「あそこのフランクフルトに、このホワイトビールを合わせよう」といった具合に、自分だけの「最高のマ リアージュ」を発見する楽しみが、ここにはあるという。




料理とビールの組み合わせを楽しむうちに、店同士・人同士の縁が自然に生まれていく。それがCraft Villageならではの魅力だ。
ここからは、同じ施設内で食堂を営む大森さん、#80の常連・船越さんにも加わってもらい、日々生まれる交流や縁について語り合ってもらった。
――大森さんは、同じ施設内の食堂 西小山の店長ですね。#80さんには、よく来られるのですか?
同じ施設で働いているので、ほぼ毎日顔を出しています。「このビール、仕入れたんですか?」なんて、直接聞きに行くこともあったり(笑)
大森


――施設内で他店の料理とペアリングできるのは嬉しいですね。今日お持ちいただいた食堂 西小山の人気メニュー「豚レタス巻き串」「豚トマト巻き串」「豚エノキ巻き串」など、大変魅力的な料理の数々ですね。
そうなんです。うちはビールや焼酎、ホッピーなどを置く居酒屋ですが、お客さんが#80さんで買ったビールを持ち込むことで、新しい組み合わせが生まれるんですよ。ちなみに豚エノキ巻き串は、植松さんの大好物ですよ(笑)。
大森



ほんと、ものすっごくおいしくて。今日は、同じくCraft Village NISHIKOYAMAのダイニング・美食連合SAVOYのマルゲリータを、イタリア郷土料理店Piticone(ピティコーネ)からは「バーリ風オレキエッテ(菜の花ペペロンチーノ)」、炭火焼き店・大鶏からは、香ばしい風味が特徴の「鶏ハツの炭火焼き」をご提供いただきました。
植松




ーーまさに「スペシャルセット」ですね!
せっかくなので、自分の店でビールもご用意しました。船越君には「ISLAND BREWERY」の「YUZU-GOSHO ALE」を。以前気に入ってくれたのを覚えていて、大鶏の『鶏ハツの炭火焼き』によく合うだろうなぁと思って選んだ1杯です。
植松

こういうのを覚えていてくださるのもうれしいですよね。だからここでは安心してビールを楽しむことができるんです。
船越


大森さんには、昨日入荷して現在タップで提供している「志賀高原ビール」の「Fresh Hop IPA」をご用意しました。自社の畑で育てたホップを収穫後すぐに使っており、フレッシュで少し青みのある香りが楽しめます。ボディがしっかりしてますが、ドライで飲みやすく、繊細な料理にも合い、食堂 西小山のメニューにもぴったりの「少し贅沢な日常ビール」といった1本です。
植松


まだ昼間だってこと、忘れそう(笑)。
大森

泡が消えないうちに、乾杯!
植松

乾杯!
一同


――営業していて、お互いのお店が良い影響を与え合っているなと実感することはありますか?
例えば植松さんがお客さんに「食堂 西小山のお料理にも合いますよ」と紹介してくれたビールを、うちに持ってこられたときは「じゃあ、これと合うんじゃない?」と、こちらから逆に料理の提案をすることもあります。
大森

ーーあまり見ないやりとりですね。
普通の路面店なら「持ち込みはNG」がほとんどですが、それができてしまうのが、この施設の強みであり、おもしろさですね。お客さまの発見から、僕らが逆に気づかせてもらうような 「化学反応」が起きるんです。
大森

――船越さんも、よくペアリングを楽しまれるんですか?
はい。その日の気分でいろいろなお店のフードを#80で食べながら、ビールとのペアリングを楽しんでいます。まさに「化学反応」の当事者ですね(笑)。
船越


――例えば、どんな組み合わせを?
食堂 西小山さんのフランクフルトに、ホワイトビールを合わせたりしますね。爽やかで、すごく合うんですよ。以前、徳島に帰省したときに、天候が悪くて行けなかった上勝ブリュワリーの話をしたら、植松さんが「あ、うちにあるよ」って(笑)。
船越

ーーお店にあったんですね。
そうなんですよ。気づくのに半年かかってしまいました(笑)。それ以来、上勝のホワイトビールが1杯目の定番です。
船越

「あの人から買いたい」。あたたかな「植松マジック」 の正体

#80の魅力は、豊富なビールだけではない。取材中も、植松さん、大森さん、船越さんの3 人は、まるで旧知の友人のように和やかに談笑していた。この「人」の魅力こそが、#80を「止まり木」にしているのだ。
――船越さんから見て、店主・植松さんはどんな方ですか?
本当にあたたかい方だなと。穏やかで優しく、話しかけやすい。ビールの知識がなかった僕にも、とても丁寧に教えてくれました。
船越


――大森さんはいかがですか?
同年代の少し先輩、という感じですね。僕、よく無茶ぶりをするんですよ。「今日疲れすぎちゃったんで、そんな僕でも飲める1杯をください」みたいな(笑) そんなときにも植松さんはものすごくピッタリな一杯を勧めてくれる。お客さん1人1人雰囲気や好みを、真摯に見つめているんだと思います。
大森


―― 1人1人の雰囲気や好みを、真摯に見つめる。
新たなビールを入荷するときも「これ、大森さん絶対好きそう」って、わざわざ持ってきてくれたりするんですよ。それがまた、見事に当たる。「あぁ、僕のことをわかってるなぁ」みたいな(笑)。 百貨店という、要求レベルが高い世界で15年間働かれてきた経験が、いまも生きているんだと思います。
大森

同じビールならネットでも買えますが、「植松さんの言葉で説明してもらいたい」「植松さんから買いたい」と思う人が多い。僕もそのうちの一人です。
船越

お客さんも常連も、すっかり「植松マジ ック」にかかってますね(笑) 。
大森


「地元が好き」。西小山に根つく、ローカルな引力
#80がこれほどまでに人を惹きつける理由は何だろうか。取材中、3人が共通して口にしたのが、西小山の独特な「ローカル感」と、そこに暮らす人々の「あたたかさ」だった。店がこの街に根つく理由は、まさにその点にありそうだ。

――植松さんは、なぜ西小山という街を選んだのですか?
もともと、西小山に頻繁に来ていたわけではないんです。ただ、スパイスカレーにハマっていた時期があり、西小山の小さかった女という有名なカレー店へ通っていて。
植松

ーー『縁線図鑑』にも登場したお店ですね!
通ううちに、西小山の「ほどよくローカルな感じ」がいいな、と。チェーン店ばかりではなく、個人店がそれぞれ頑張っている印象で。実際にお店を始めてみても、西小山の方々はみんな地元が好き。「どうせお金を使うなら地元で」といったような、そんなあたたかい気持ちを感じます。
植松

――その「地元愛」は、他のお二人も感じますか?
強く感じますね。僕は最寄り駅が都立大学なので、路線こそ違いますが、いまでは休みの日でもふらっと来ちゃいます。目黒区と品川区の間にあり、街の名前の響きだけを聞くと「ハイソな街かな?」と思いきや、いい意味で下町情緒があって。街を盛り上げようという空気感がすごく楽しい街ですね。
大森

僕も同感です。いまは武蔵小山に住んでいますが、ここに通うようになってから、西小山のあたたかい人たちにたくさん影響を受けています。人との距離が近く、それが本当にありがたい。この先もずっと通い続けていられたら、それほどうれしいことはありません。
船越

これからも、ずっとみんなで楽しく乾杯していたいね。
植松


#80は、植松さんを通してビールの物語を伝えると同時に、その1杯をきっかけに人と人、そして街と人をつなぐ場所でもある。西小山の穏やかな空気のなかで、今日も小さな奇跡のような出会いが生まれている。
取材を終え、この「止まり木」を後にする頃は、知らない誰かと笑い合う光景が、なぜか自分ごとのように感じられた。こだわりの1本を探しに――そして、そんな奇跡に出会いに――ふらりと訪れてみてはいか がだろうか?
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