世界チャンピオンも来店。 ボクシングと酒、熱い人情にあふれた、 荏原中延の大衆酒場
- 取材・文:三宅正一
- 写真:タイコウクニヨシ
- 編集:山元翔一(CINRA)
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東急池上線の荏原中延駅から徒歩2分。飲み屋街「むつみ小路」と呼ばれる一角に、平日でも連日満席となる小さな居酒屋がある。
「忠さん劇場 くいしん坊」のオーナー・小口忠寬さんは、昼間はワタナベボクシングジムでトレーナーとして世界チャンピオンを育成し、夜は妻のアキナさんと営む酒場の大将として多種多様な常連客を迎え入れている。この酒場が愛される理由はどこにあるのだろうか。
「店主と常連」という関係を超えて友情を育む常連のDJ KONOさんを迎えて、ボクシングと酒、そして酒場の人情が織りなす荏原中延の物語を語ってもらった。

話を盛りがちな大将、そのトリセツ役の常連さん
─まず、おふたりの出会いについて教えてください。
僕がここに来たきっかけは、内山高志さん(元WBA世界スーパーフェザー級王者)ですね。高志さんが地方で食材を買ってきて、ここで鍋パーティーをやったりしてて、「カニ鍋やりましょう」って誘われて来たのが最初でした。
DJ KONO

ここ数年の話かな。割と最近なんですけど、ケンタ(DJ KONOさんのこと)は来店頻度が他の常連とはちょっと違って、ほぼ毎日来てくれるんですよ。店が休みの日も一緒に飲みに行っちゃうくらいの関係です(笑)。
小口


─ケンタさんから見た小口さんはどんな人ですか?
小口さんは「飲み屋の大将」なので話を盛って盛り上げようとしてくれるんです。でもときどき、話を盛りすぎて嘘になってる。そんな人です(笑)。
DJ KONO

俺にしてみると嘘じゃないんだよ! ちょっと話が大きくなってるだけで、嘘は言わない。「盛るけど嘘はつかない」が俺のモットーだから(笑)。
小口

いや、盛りすぎて原型をとどめてないこともある(笑)。でも確かに、本当のところは小口さんは嘘がつけない人で。だからいつも僕ら客のことをイジったりしてきますが、すごく温 かくて、ちゃんと相手のことを考えて話せる方だなと思うんですよね。
DJ KONO


小口さんには「取扱説明書」があって。今日もそうなると思いますが、とにかくどこまでも話が飛ぶ人で(笑)、適当なことを言うと話が10倍くらいに大きくなっちゃう。だから「これは言わないでね」ということは最初に伝えなきゃいけません。そう言われると絶対に約束を守ってくれるんですが、情報整理能力が低いというか(笑)。
DJ KONO

おい!
小口


世界で闘う「鬼軍曹」が、荏原中延で酒場を 営むワケ
荏原中延という下町の一角で、小口さんは2つの顔を持つ。昼間はワタナベボクシングジムで「鬼軍曹」の異名を持ち世界トップクラスのボクサーを育てるトレーナー、夜は地元に愛される居酒屋の大将だ。

─小口さんが荏原中延でお店を始めることになった経緯を教えてください。
もともとボクシングトレーナーだけやってたんだけど、トレーナーって世間の人が思ってるよりも給料が少ないんですよ。会長からも「トレーナーは副業ができなきゃいけない、これだけで飯を食ってもらう責任は持てない」って言われて。 そのときに内山高志が「小口さん、出資してやるから飲食店やりなよ」って言ってくれたんです。この物件は、ここからすぐそこにあるラーメン屋「井田商店」の店主が教えてくれて。
小口


─お店の名物料理は何でしょうか?
俺の地元・長野県の名物「山賊焼き」、あと「馬刺し」がうちの看板料理ですね。山賊焼きって「焼き」って言うけど揚げ物だから、家で作ろうと思ったらかなり手間がかかるんで結構注文が入ります。
小口

馬刺しにはニンニクを巻いて食べるんですが、これが大将の故郷での食べ方で。
DJ KONO

地元ではニンニク醤油プラス辛味噌で食ってたんだけどね。こっちの人にはあんまり馴染みがないかもしれないから、今はニンニク醤油だけで出してます。俺はニンニクを「バクバク食う」の(笑)。
小口



この店主の特徴として、擬音がすごく多い(笑)。「テクテク歩く」「バクバク食う」「グーグー寝る」とか。
DJ KONO

これは地元の影響かもな。俺の周りの連中みんな、「ちょっと俺テクテク歩いて行くわ」とか言うよ(笑)。
小口

─お店を始めた当初はトレーナーとの両立は大変でしたか?
最初はきつかったですね。うちは17時からオープンなんですが、ジムに選手が来る時間に俺が店に行かなきゃいけない。それでトレーナーを変えた選手もいましたが、俺に見てほしいって選手は残ってくれました。ジムで面倒を見てる選手が、この店でバイトすることもあって。いまは弟子たちがここでバイトをすることを「修行」って言ってるんです(笑)。
小口

僕はこの店のバイトリーダーです(笑)。弟子たちをまとめてるのは僕で、たまにキャベツが足りなくなるとコンビニに買いに行ったりしてます。
DJ KONO

ケンタは近所のコンビニのオーナーとも仲良くなっちゃって、買い出しに行ってもなかなか帰ってこないんですよ(笑)。
小口




─トレーナーとしては「鬼軍曹」と呼ばれるほど厳しい一面もお持ちで、実績もすごいですよね。
練習は厳しいですよ。でも、いまの時代はコンプライアンスも厳しいからね。俺が習ってた先生たちは根性で鍛えてくれた昭和の指導だった。でも、それだけだとどうしても選手が育たない側面があるのもたしかで。 いまのトレーナーとしての夢は、谷口(将隆・元WBO世界ミニマム級王者)をもう一度チャンピオンにすることと、(細川)兼伸をチャンピオンにすることです。
小口

小口さんって「ザ・昭和の人」のように見えて、現代ボクシングのこともちゃんとわかって指導しているんです。だから選手からも愛されているし、男女問わず弟子入り志願も多い。選手のことを本当に大切に思っていて愛を持って接しているから、居酒屋にもお弟子さんがバイトに来たり飲みに来たりするんですよ。
DJ KONO


ボクシングが夫婦の絆をも「防衛」。人間くさい「ご縁」が集まるのには理由がある
「忠さん劇場」が多くの人に愛される理由は、小口さんの豪快さの裏にある繊細な気遣いと、お客さんが本音で語り合える環境づくりにある。年齢も職業も、あるいは政治的立場も異なる人々が集いながらも、居心地のいいお店となっている秘密はどこにあるのだろうか。
─お店にはどんなお客さんが来られるんですか?

