国士舘大生と松陰神社前を愛し、愛されるゴーダカフェ。インド由来の人気料理はインパクト特大
- 取材・文:原里実
- 写真:北原千恵美
- 編集:藤﨑竜介(CINRA)
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ローカルな風情あふれる東急世田谷線で、三軒茶屋駅から3つ目の松陰神社前駅。駅前の商店街を北へ抜けると、江戸時代の思想家・吉田松陰をまつった松陰神社、子ども連れで賑わう若林公園、そして国士舘大学の世田谷キャンパスが並んでいる。
その向かいにたたずむゴーダカフェは、西インド・ムンバイ風の料理を提供するカフェで、同大学の学生や教員にもファンが多い。ムンバイで食べられているサンドイッチを参考にした「ボンベイサンド」や、それにカレーライスを組み合わせたインパクト特大の「ボンベイサンドカレー」など、ユニークなメニューが人気の一因だ。
店主の小田隆之さんは、国士舘大学で経営学の非常勤講師を務めつつ、ときには学生との共同イベントも開催。地元に愛される店として、大学との固い絆を育んでいる。
今回は、この店の常連で台湾出身の国士舘大学3年生・周佳憲(しゅう・かけん)さんと、小田さんにインタビュー。ゴーダカフェの特徴や、大学との深い関係、そして松陰神社前という街について、語ってもらった。
旅の土産話、学業や生活の悩みなど何気ない会話から深まる交流
――周さんは、いつごろからこの店に通っているのですか。
最初に来たときは、まだ1年生でした。いつも通学途中に店の前を通るので気になっていて、ある日ふと入ってみたんです。そのとき食べた「ビーフ&ポークのキーマカレー」があまりに美味しく、やみつきになって……。
周

周くんは本当に、優しくていい子。初めてのお客さんには、だいたいこちらから声をかけるようにしているのですが、台湾からの留学生だと聞いて「我是小田(私は、小田です)」と自己紹介したのを、よく覚えています。大学生のとき、中国語を専攻していたんですよ。
小田

小田さんの心づかいが、うれしかったです。それから月に1〜2回くらい、学業などで頑張ったとき自分へのご褒美として利用するようになりました。料理もそうですが、小田さんとのおしゃべりも楽しみの1つです。
周


うちは女性客が多くて、周くんのような男性のお客さんは少しめずらしいんです。ガラス張りで明るく入りやすそうなイメージや、かわいらしい内装の影響かもしれません。学生からおばあちゃんまで、幅広い年代の人が来てくれます。
小田


――2人は普段、どんな話をしているのですか。
本当に何気ない日常会話です。僕は旅が好きなので、そのお土産話とか、普段の学業や、生活の悩みとか。この前も、僕が万博 に行ったときの話をしましたね。
周

ああ、6時間も並んだって話ね(笑)。あと、僕は国士舘大学の非常勤講師もやっているから知っているんだけど、周くんはとても優秀な学生なんですよ。最近、年間の「成績優秀生」として表彰されたと聞いて、親のようにうれしかったな〜。
小田


ムンバイを訪れ、現地で食べ歩いて生まれたボンベイサンド。カレーと組み合わせた派生料理はインパクト特大
インドの西海岸に位置する都市・ムンバイ(旧ボンベイ)の食にフォーカスしたゴーダカフェは、2017年にオープン。小田さんは食品輸入商社で働いていたころから、8年をかけて準備を進め、開店にこぎつけたという。ムンバイで食べられているサンドイッチを参考にしたボンベイサンドは、スパイシーな味つけが特徴の看板メニューだ。
――ボンベイサンドは、どのように生まれたのでしょうか。
開発にあたって、何度かムンバイを訪れました。現地では、朝昼晩とひたすらいろいろな店でサンドイッチを食べて……。1つの店に何日か続けて通うこともありましたね。
小田

――店によって、味の違いがあるのですか。
そうなんです。青唐辛子とパクチーでつくるペーストをパンに塗るのですが、この味加減が決め手なんです。いろいろ食べながらも、何が正解なのかを決めあぐねていました。それで2回目にムンバイを訪れたとき、宿泊したゲストハウスのお母さんが料理教室の先生だとわかって。
小田

――それはラッキーですね。
はい。じつは、1度目も同じゲストハウスに泊まっていたんです(笑)。2度目の 滞在で「なんでそんなにサンドイッチばかり食べてるの?」と聞かれ、「カフェを開くんです」と言ったら、つくり方を教えてくれて。それがゴーダカフェのレシピのベースになりました。
小田

――ボンベイサンドカレーは、カレーライスの上にボンベイサンドが載っていて、ボリュームも見た目のインパクトも特大ですね。
ボンベイサンドが少し辛いので、ごはんと一緒に食べたいとか、ミニカレーをつけたいというリクエストがお客さんからあって。それなら全部一緒にしちゃおうと(笑)。 やはり見た目がめずらしいせいか、これを目当てに来てくれる人もいますね。
小田


かかっているカレーは、周くんもお気に入りの「ビーフ&ポークのキーマカレー」です。けっこうな量なので、通算3回完食した人は「ボンベイサンドアンバサダー」に認定して、毎回ドリンク1杯を無料で提供しています。
小田

「ボンベイサンドカレー」は気になっていつつも、まだチャレンジできていなくて……食べるのは今回が初めてです。どうやって食べたらいいですか?(笑)
周

いつもお客さんに聞かれます(笑)。ナイフとフォークでサンドイッチをカットすると、食べやすいですよ。
小田



――周さんお気に入りの「ビーフ&ポークのキーマカレー」は、どんなメニューですか。
これはインド風のカレーを、一般的な日本人の趣向に合わせて牛肉と豚肉でアレンジしたもの。水をあまり加えず、トマトの水分を生かしているのが特徴です。
小田


酸味と辛味のバランスが、絶妙なんですよね。あと、横にのっているサラダと副菜も美味しくて。
周


サラダのドレッシング も手づくりしています。副菜の野菜ピクルスなども、インド料理のスパイスの使い方にならいつつ、日本人の口に合うようアレンジしています。
小田

帰る途中にお肉屋さんでコロッケを。利用客との距離が近い個人店が並ぶ松陰神社前
松陰神社前という場所には土地勘がなく、最初はまったく違う場所で物件を探していたという小田さん。ふとしたきっかけから世田谷区の産業振興公社に相談したところ、現在の物件に巡り合ったほか、国士舘大学の先生とも縁ができたという。現在は大学とのつながりも深く、経営学部が主宰する「起業家教育講座」では講師を担当している。
――国士舘大学の非常勤講師としては、どのようなことを教えているのですか。
さまざまな業界の起業家が登壇して経験談を語る全12回の講座があって、そのうちの1回で自分のことを話しています。ざっくばらんに、カフェを始めた経緯や会社員時代のこと、日頃店を運営するなかで考えていることとか。授業を聞いた学生さんが、店に来てくれることもありますね。
小田

——縁が生まれ続けているんですね。
ええ。親しくしている先生のゼミ生たちが、この店を使って期間限定のカフェバーをオープンしたこともありますよ。「飲食店をやってみたい」という子たちが集まって、原価計算や食材の調達から、自分たちで考えて。
小田


すると、学生ならではのアイデアもいろいろ出てくるんです。「子連れのお客さんは500円引き」とかね。うちのカフェについても「営業時間を早めたら、目の前の公園に遊びに来ている親子が入りやすくなるかも」などと提案してくれました。自分とはまったく違う視点なので、学びになりますね。
小田

僕は大学を卒業したら、台湾に帰って親の会社を継ぐことになっているんです。小田さんの経営者としてのお話は、とても興味深いです。
周


——松陰神社前という街には、どんな印象を持っていますか。
駅前の商店街は、大きな特徴ですね。世田谷線の駅のなかでは、三軒茶屋、下高井戸の次くらいに規模が大きな商店街なんじゃないでしょうか。個人店が多くて、店の人やお客さんなど、関わる人同士の距離が近い。
小田



歩いているとこの店の常連さんが買い物していて、ふと立ち話をする、なんていうこともよくあります。就職と同時に東京に出てきてから、街のなかでこんなに人と関わることって、初めてかもしれません。
小田

商店街の印象は、僕のなかでも強いですね。それに、世田谷通りの街路樹はいつ見ても美しい。じつは、1年生のころは東京の別の場所に住んでいたのですが、大学に通ううちにこのあたりが好きになり、世田谷線沿線に引っ越してきました。
周

——ゴーダカフェ以外にも、お気に入りの店があるのでしょうか。
「肉の染谷」は、コロッケなどを売っている昔ながらのお肉屋さんで、よく行きますね。台湾にい たときから、日本のドラマや漫画の「帰る途中にコロッケを買って食べる」みたいなシーンに憧れていました。
周


台湾の大学生はバイク通学が多いのですが、いま日本では電車と徒歩で通学しているので、歩きながら街をゆっくりと見られるのがうれしいです。
周

世田谷通り沿いには、台湾の老舗の味を受け継いだ肉まん屋さん「鹿港(ルーガン)」もあるよね。
小田

鹿港の肉まんは、すごく美味しいですよね。世田谷線沿いは本当にいろいろな店があるので、休みの日には電車に 乗ってよく出かけています。ほとんど、全部の駅を散策したことがあるかな。
周

世田谷線以外でも素敵な商店街が多くて、桜新町や二子玉川などで開催されるイベントに「出店しませんか?」と声をかけてもらうことがあります。 うちの店としても、そういった機会にぜひ参加していきたいですし、東急さんが商店街同士の交流イベントなどをバックアップしていただけたら、さらに盛り上がっていきそうですね。
小田


近年は、水や牛乳に溶かすだけで本格的なティーラテを楽しめる「イズール」や、「サンドイッチスパイス」、ドリンクに混ぜるフレーバーシロップなど、さまざまなオリジナル商品を開発し、小売店などにも卸しているゴーダカフェ。
コロナ禍の苦しい経験をきっかけに、世田谷区の助成金などをうまく活用しながら商品開発を始めたという。「世田谷区は新宿や渋谷みたいな大型ターミナル駅がないぶん、個人商店の多様な商いに伴走してくれる。この場所で店を開いていなかったら、いまの私はないです」と、小田さんは笑顔で語る。
この街と、そこに集う人とつながりながら、大好きな飲食の世界で自分の道を切り拓き続ける。そんな小田さんの姿は、これからも多くの学生たちを触発し続けるだろう。

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