僕は今日、「祐天寺」の人になる。ねこと暮らす宿から始まったパリッコの地元体験放浪記【前編】
- 取材・文:パリッコ
- 写真:冨田味我
- 編集:瀧佐喜登(CINRA)
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街に「泊まる」ことで見えてくる縁を紹介する新シリーズ「ご縁泊」。記念すべき第1回は、酒場と街歩きを愛するライター・パリッコさんが、東急東横線・祐天寺のAirbnbに1泊し、まるで住人のように街を過ごす2日間をレポート。
拠点となるのは、元フレンチ料理人のKazuhiroさんが営む「ねこと暮らせる静かな一軒家。(※1)」。ここでの食事やホスト家族との交流を通じて、普段は気づかない街の魅力や、人とのつながりがじわじわと見えてくる。
前編では、商店街や個人店を歩きながら、パリッコさんならではの視点で祐天寺の“住むように楽しむ日常”を体感する様子をお届けする。
* 1 「ねこと暮らせる静かな一軒家。」の詳細はこちら

祐天寺のねこカフェならぬ、ねこと暮らせる一軒家
酒場と街歩きを愛するライターのパリッコです。渋谷から電車で7分の東急東横線・祐天寺は、昔ながらの商店街とセンスのいい個人店が並ぶ、ゆったりした空気が魅力の街です。ねこと暮らせるという今回の宿は、まるで隠れ家のような雰囲気で、珪藻土の白壁と無垢床が心地よく、音楽や映画も楽しめます。
さらに夜にはホストの方の手料理や晩酌まで楽しめるんだとか。さっそくホストのKazuhiroさんに話を聞いてみました。


Kazuhiroさんは、どんな経緯で祐天寺に住まれるようになったのでしょう?
パリッコ

私は岡山出身で、料理の仕事のために約25年前に上京しました。恵比寿の職場に自転車で通える中目黒に住み始め、その後店をやめたあとも、東横線沿線に親しみがあり、2010年に家を建てたのがこの場所でした。
Kazuhiro

Airbnbを始められたきっかけは?
パリッコ

料理人を辞めたあと、まったく異なるITエンジニアの仕事に就き、いまも続けています。その仕事でAirbnbを調査する必要があり、そこで初めて民泊という言葉を知りました(笑)。調べていた機能を理解す るには実際に使ってみるのが早いということでホストをやってみたのが始まりです。まったく興味はなかったんですが(笑)。
Kazuhiro

そのときどんなことを感じられました?
パリッコ

それがね、めちゃくちゃ楽しかった(笑)。最初のゲストがたまたま日本人の2人組で、一緒に夜通し飲み明かすくらい盛り上がってしまって。久しぶりに明るい気持ちになれた自分に気がついたんですよね。それ以来、ずっと続けているという感じですね。
Kazuhiro




街なかにありながらすごく静かで落ち着ける空間だなと感じたのですが、建物のこだわりなどは?
パリッコ

床に無垢の板、壁には珪藻土を使うなど、素材にはこだわりました。音楽が趣味なので、防音設備にも気を配り、遅くまで晩酌をしても問題ないんですよ。
Kazuhiro

リピーターも多そうですね。
パリッコ

そうですね。うちは「一緒に暮らす感覚」を楽しめる方に来てもらっています。泊まったあとも交流が続 いたりして、世界中に友達ができたような感覚です。
Kazuhiro

Kazuhiroさんにとって、祐天寺の魅力とは?
パリッコ

渋谷などの繁華街にも電車ですぐ行けるし、中目黒のような活気ある街や、学芸大学のようなおしゃれな街に挟まれているのに、祐天寺はとても静かで穏やか。帰ってくるとホッとするんです。
Kazuhiro



今日はこのあと街歩きをしつつ、Kazuhiroさんおすすめのお店もめぐってみようと思うんですが、おすすめはありますか?
パリッコ

パリッコさんが大衆酒場好きということで「もつやき ばん」は外せないかなと。もうひとつ、「壱花」は落ち着いた雰囲気の居酒屋で、何を食べてもおいしいですよ。ただ、ここに帰ってきてからも晩酌があるので、余力は残しておいてくださいね(笑)。
Kazuhiro

もちろん、それが楽しみでこの宿を選ばせてもらったので!
パリッコ



それでは、家から散歩に出かける気分で、駅周辺の4つの商店街、「駅前通り」「みよし通り」「昭和通り」「栄通り」を歩いてみましょう。
これまであまり縁のなかった祐天寺の街。ハイソなイメージを抱いていましたが、Kazuhiroさんの言うとおり、昔ながらの個人商店も多く、どこかホッとする空気があります。なんだか僕の出身地である練馬区にも通じるようなのどかさです。


それでいてセンスのいい雑貨店やカフェも点在し、「さすが目黒区」とうなずける一面も。このバランスが、街の暮らしやすさを感じさせます。
さて、そろそろ「もつやき ばん」が開店する午後3時。ちょっと早いですが、軽く一杯やりにいきますか。


「100円で、幸せが焼けている」──レモンサワー発祥の聖地・ばんで味わう、大衆酒場の真髄
かなり古い歴史のあるお店だそうですが。
パリッコ

中目黒で始めてから、66年になります。もとは兄がほとんど知識もないままに始めたんです。その後再開発で立ち退き、2005年に僕が継いで、ここで再開しました。
小杉

今日も大変にぎわっていますね。祐天寺に移ってからはいかがですか?
パリッコ

祐天寺はね、独特の雰囲気があって、目黒区なのに田舎っぽさがあるんです。街の様子も、昔からほとんど変わっていません。地元のお客さんもいますが、遠くから来てくれる方や、有名人の方も普通に飲んでいかれますよ。
小杉



いまや定番の「レモンサワー」ですが、こちらのお店が発祥なんですよね?
パリッコ

焼酎に炭酸とレモンを加えたものを、兄がそう名付けました。うちのは生レモンを自分で絞るスタイルで、そのめんどくささが逆にいいんですよ(笑)。あと、焼酎は全部キンミヤ。このバランスがちょうどいいんです。
小杉



恐縮なことに、小杉さん自ら作っていただいたレモンサワーをいただきつつ、お店の歴史をうかがうぜいたくな時間。
肉が大ぶりで新鮮な名物のもつ焼きは、なんと全品100円(2025年7月時点)。このご時世に奇跡とすら言えるでしょう。そしていまさら白状しますが、実は僕、ばんさんには以前にも何度か来たことがあるんですよね(Kazuhiroさん黙っててすいません!)。なかでも大好物なのが「レバカツ」。薄く大きく成型されたレバーをカラッと揚げ、甘酸っぱいソースが染み込み、レモンサワーとの相性は抜群です。

あぁ、幸せすぎる。毎日でも通える価格、気取らない雰囲気、どの料理も絶品。こんな店が家の近くにあったらなぁ、と心の底から感じました。
さて、名残惜しいですが本日はもう1軒行く予定。少し散歩してお腹を落ち着けつつ、次の目的地へ。

駅前通りを抜けながら、「住んでるふり」で考える
ばんを出て、次の店へ向かう途中、祐天寺駅前の通りをゆっくり歩いてみました。
ほろ酔いで歩く夜の商店街。店の灯りもすれ違う人も、どれもいい感じに街に馴染んでいて、こっち までなんだか落ち着いた気分に。

「週末のごほうびに、あそこのみたらし団子を買って帰ろうかな」なんて、ちょっとだけ住人になったような妄想もふくらみます。
惣菜屋の前で立ち止まったときに、おばあちゃんが「今日は鯖がおすすめよ」って教えてくれたりして。ほんのひと言でも、こういうやりとりがあると街にぐっと親しみがわきますよね。
旅というより、少しでも住んでいる感を味わいながら歩いているからこそ、そんな出来事もうれしく感じるのかもしれません。

そう想いをめぐらせているうちに気付けば路地裏にひっそりと佇む雰囲気抜群の居酒屋「壱花」に到着。店長の佐藤さんに話を聞いてみる。
「路地裏で出会った、フレンチの記憶と和のぬくもり」──壱花が教えてくれた食のやさしさ

こちらのお店はどのくらいやられているんですか?
パリッコ

今年で29年目です。以前は恵比寿の会員制レストランに勤めていましたが、大きい会社は自分には合わないと感じ、仲の良かったフレンチの2番手シェフと「小さくてもいいから、自分たちの店をやろう」と意気投合して開業しました。当時はお箸で食べる本格フレンチがコンセプトだったんです。前の会社の仲間たちも来てくれるようになり、本当に恵まれていると感謝しています。
佐藤

そこから少しずつ現在のスタイルに?
パリッコ

そのシェフはオープンから11年間ここで腕をふるってくれました。オープンから5年ほどして加わったのが、現在の料理長・木村です。彼は和食出身ですが、初代の洋食のレ シピも受け継ぎ、ジャンルが広がりました。だから和食も洋食も、ソースやドレッシングにいたるまで、本格的でおいしいですよ(笑)。 僕自身、かしこまった雰囲気が苦手で、今はジャンルを聞かれたら「居酒屋」と呼ぶぐらいラフな店にしています。
佐藤







今日のおすすめが、夜営業中ながら特別に出していただいたランチの「天丼」「いわしコロッケ」「手作り焼売」ということで。
パリッコ

ランチは火水木限定で、特に天丼は人気です。料理長は某有名和食店の天ぷら職人なので、腕はたしかです。 いわしコロッケは、まかないから生まれたメニューで、初代シェフのタルタルソースが決め手です。 手作り焼売は、現料理長が開発したメニューで、ポイントはあえて粗めにひいた肉。隠し味にすりおろした長芋やたけのこを加え、味はあえて素朴に仕上げています。これが人気でメニューから外せないんですよね。
佐藤


どれも楽しみです。ところで、佐藤さんにとって祐天寺の街の印象は?
パリッコ

とにかく人がいい ですよね。一見尖った格好をしている若者も、話してみるとみんな優しい。だから、店が終わって飲みに行くたびに友達が増えるんです(笑)。 それと、祐天寺って、バーや居酒屋みたいな飲食店の横のつながりがしっかりしていて、どこも仲間のような感覚なんです。だから商売もやりやすくて。
佐藤


ビールをひと口。衣の香ばしさと油の甘みが舌に広がるたびに、心の中の“日常”がひとつずつ溶けていく。海老はぷりぷり、野菜はジューシー。ボリューム満点なのに重くなく、すでにかなり食べたあとでも食欲が止まらない天丼。いわしとじゃがいもの相性が確かに抜群で、そこに秘伝のタルタルソースがごちそう感を加えるいわしコロッケ。肉の旨味と、ふわしゃき食感がただものではない焼売。どれも店の成り立ちを聞けば納得の絶品でした。
それにしても魅力的なのは、佐藤さんの人柄。こんな人だからこそ、良いスタッフ、お客さんが集まり、すてきな空間が生まれるのだと思います。またしても、祐天寺住民がうらやましい! おっと、今夜の僕は祐天寺住民だったんでした。佐藤さん、住民を代表して、いつもありがとうございます!

「う らやましいが過ぎる町、祐天寺。今夜だけは住民ヅラさせてください」
このあとは、宿に戻ってKazuhiroさんの手料理を囲む晩酌タイム。その食材を買いに行かなきゃ。祐天寺には東急ストアやスーパー三和など魅力的なスーパーがそろっていますが、Kazuhiroさんのおすすめは鮮魚が豊富な「オオゼキ」。せっかくなので、地元住民気分でのぞいてみましょう。
するとここで驚きの偶然が。なんとスーパーに入ろうとしたところで、古くからの友人・DJ/ラッパーのshowgunnさんとばったり! 聞けば普段からよく利用されているそうで「ここは、野菜も肉も魚も、とにかくものがいいんですよ」とのこと。ヘビーユーザーがそう言うなら間違いないじゃないですか。


というわけで興味深く物色し、悩んだ末に、お刺身用のブリの柵、惣菜コーナーのチャンジャを購入していくことに。
宿に戻ってKazuhiroさんご夫妻の顔を見た瞬間、思わず「ただいま!」と言いたくなるくらい、すでに祐天寺にどっぷりな自分。さっそくシャワーでさっぱり(お酒を飲んでいるので湯船は自粛)し、待望の晩酌タイムへ。




今回は飲食店を回ったあとなので「軽いものを」とお願いしており、Kazuhiroさんがサービスで用意してくれたのは、ゆでたての枝豆と、鶏の手羽中を揚げた通称「いつものフライドチキン」。そしてそして「真鯛と白桃のサラダ 芝麻醤のドレッシング」。え、真鯛と白桃!? と驚いたものの、食べてみると桃の甘みと香り、鯛の食感と旨味が、濃厚なごま風味の芝麻醤ドレッシングで見事に調和。思わず、びっくり&うっとりのおいしさ。キンキンに冷えたビールが、またあらためておいしすぎます。コップを手にした瞬間、もう街も宿も境目がなくなっていくような感覚。何杯目かも数えていないけど、それもまた旅の正解だと思います。


枝豆やフライドチキンはもちろん、切ってもらっただけのブリ刺しまでもが絶品。品質の良さに加え、Kazuhiroさんマジックがかかっているとしか思えません。あ〜、楽しいな〜。


今回が初めてのAirbnb利用だった僕にとって、ねこと暮らせる静かな一軒家に泊まれたのは本当に幸運でした。もちろんAirbnbにはいろんなスタイルはあるのでしょうが、こんなにもリラックスして楽しく過ごせる宿泊体験があるなんて。次回は宿での滞在をメインに据えて、名物と言っていた特製の麻婆豆腐も必ず味わいたいなと。
また、自分の無知を反省するほどに深く思い知ったのが、祐天寺の街のすばらしさ。急行が止まらない静かな駅前から、路地を抜けるたびに表情を変える商店街や住宅街。知らなかった景色やお店に出会うたび、この街の魅力がじわじわと広がっていきました。これが本当に実感できる道中だったし、祐天寺のことが大好きになりました。
ただ、今思えば──
僕が知っていた祐天寺って、どうやら夜の顔だけだったみたいです。
翌朝からのお散歩タイムと、お昼ののんびり時間。そこには、想像以上に穏やかで、深〜い祐天寺の一面が広がっていました。
気がつけばもう、僕はしっかりこの街の魅力にハマりかけていたのかもしれません。
さて、そんなわけで後編へ、つづきます。
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