平野紗季子が、池尻・中目黒で暮らすように滞在。個性派店が集まる、まちを味わう【前編】
- 取材・文:原里実
- 写真:北原千恵美
- 編集:藤﨑竜介(CINRA)
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まちに「泊まる」からこそ、つながる縁を紹介する「ご縁泊」シリーズ。今回はエッセイスト・フードディレクターの平野紗季子さんに、池尻大橋駅近くにあるホテル兼住居施設「ホテルレジデンス大橋会館 by Re-rent Residence」(以下、大橋会館)に滞在してもらい、個性的な飲食店が集まる目黒区の東山・青葉台エリアを巡った。
まるで、地元で寝起きするかのように過ごした2日間を、前編・後編に分けてお届けする。
1日目は懐かしくも新しい大衆居酒屋「初場所 中目黒」(青葉台)と、ビルの4階にぽつりと佇むロケーションが魅力の「ザ・銀皿」(東山)を訪れた。
変わり続ける東山・青葉台エリア。「気になるお店がたくさんあります!」
じつは幼少期、目黒区青葉台に住んでいたという平野さん。街のイメージや、取材への意気込みについて、こんなふうに語ってくれた。
小学校のころ、このあたりに住んでいたんです。最近は魅力的なお店が続々とオープンしていますよね。今回の取材でまわる店も気になっていたところばかりなので、とても楽しみです!
平野

平野さんの宿泊場所となる大橋会館では、フロントスタッフの髙村佳世さんがエネルギッシュな笑顔で迎えてくれた。

あとで会館のなかをご案内しますね。まずはぜひ、私のおすすめの店・初場所に行ってきてください!
髙村

業界20年のベテランが仕掛ける大衆居酒屋「初場所」で、名物の牛煮込みを
髙村さんに促されて向かったのは、中目黒駅から目黒川沿いに10分ほど歩いた場所に店を構える、初場所。1人客から団体まで、世代を問わず人気を集める大衆居酒屋だ。昼から夜まで営業していて、夜も定食が食べられるという。
「前から来てみたかったんですよ」と言いながら、店のガラス戸を開ける平野さん。店内は明るい蛍光灯が輝き、席の間隔も広々ととられた開放的な空間だ。
すごく気持ちのいい場所ですね!
平野

出迎えてくれたのは、初場所の運営会社・近藤商会で代表を務める吉利(よしとし)雄太さん。
いらっしゃい。
吉利


初場所のコンセプトは「普通の居酒屋」。飲食業歴20年超でもつ焼き屋、イタリアン、隠れ家酒場などさまざまな業態の店を手がけてきた吉利さんが、定番メニューで真っ向勝負する店として2021年7月に開業した。
店をつくるときにこだわったのが、トレンドを追わず、SNS映えも気にせず、ひたすら良い味を追い求めること。今日は初場所のツートップメニューを用意しています。名物「牛煮込み」と、人気の「とろたく」です。
吉利

わあ、うれしい!
平野




店内の壁にずらりと並んだ初場所のメニューは、誰もが一度は食べたことのあるような親しみ深いものばかり。そのメニュー名には、吉利さんなりの美学が反映されている。
食材の産地とか、調理方法とか、こだわっている部分をあえて押し出さないようにしているんです。
吉利


え、それはどうしてですか?
平野

何を食べようかというときに、お客さんにあまり頭を悩ませてほしくないというのが1つ。それと僕たち自身、「こだわって当たり前」という感覚を持っていたいからでもあります。
吉利

こだわっていても、あえてアピールしない。プロフェッショナルですね。
平野

それくらいの気持ちがないと、やっていけないんです。本当にこのあたりは良い店が多いので、少しでも品質が落ちたら、すぐにお客さんが離れてしまいます。
吉利

なるほど……。ちなみに、フライドポテトは普通のフライドポテトですか?
平野


フライドポテトは、一度揚げてから、鶏油で和えています。
吉利

鶏油! 次来たときは、ぜひ食べてみたいですね……!
平野

でも、その一手間もあえて言うことはありません(笑)。
吉利

食べてみてはじめて、「なんか初場所のポテトって美味しいんだよな」みたいな?
平野

そう。「最近行った店で初場所がいちばんよかった」と言われることは、狙っていないんです。それよりも「今年よく行った店って、なんだかんだ初場所だったよね」と言われるのが理想。結局それが、一番強いんじゃないかと。
吉利


そのために、「ふらっと行って入れる」ことも大事にしています。この街の人気店で、予約なしで入れるところって少ないんですよ。でも初場所はこれだけ広いので、1人や2人だったらほぼ100%入れます。クリエーターさんとか、予定が読み にくい不規則な仕事をしている人も多いエリアだから、やっぱり喜ばれますね。
吉利

時代が変わっても消費されない「スタンダード」とともに、地域に根差したていねいな店づくりを追い求める初場所。その姿勢に、自ら菓子ブランドを手がける平野さんも、大いに感銘を受けた様子だ。


地元の人と外から来る人が、ゆるやかにつながる複合施設「大橋会館」
初場所をあとにして、再び宿泊場所の大橋会館へ。企業の研修施設だった築50年ほどの建物をリノベーションし、飲食店、シェアオフィス、ホテルなどが融合した複合施設として2023年にオープンした大橋会館。フロントスタッフの髙村さんと、居住者の1人である森山和子さんが、館内を案内してくれた。
森山さんは、ここに住んでいるのですか?
平野

そうなんです。大橋会館は、宿泊と居住の両方ができる「ホテルレジデンス」。私は、福岡との2拠点生活をするために利用しています。東京を離れている間、「リレント」というシステムで自分の部屋を宿泊客に貸し出せるのも、気に入っているポイントです。
森山


1人用の客室はコンパクトなつくりで、トイレ、ユニットバスに、セミダブルベッドが1台。ベッドのマットレス部分を持ち上げると巨大な収納スペースが現れる。
なんだか、留学時代を思い出すなぁ。
平野

このベッドは特注です。居住する人はたいてい荷物が多いので、これくらいの収納容量が必要なんですよね。
髙村




共有スペースには、宿泊客も自由に使えるランドリーと、キッチン。長期滞在時に便利な設備が整っている。



冬には、居住者も宿泊者も交えた鍋パーティーが自然発生的に始まったりします。
髙村


もちろん1人を好む人も居心地よく過ごせますが、みんなフレンドリーで自然とつながりが生まれますよね。1階にあるカフェ・レストランのMassifでは、商店街の寄り合いが行われることもあって。2拠点生活をしているのに、「地元感」があります。
森山

地元の人と外から来る人が、ゆるやかにつながるコミュニティになっているんですね。
平野

店主の独創性が光る「ザ・銀皿」。餃子ピーマンのおいしさにビックリ
森山さんらと周辺エリアに関する話に花を咲かせたあと、次の目的地へ。訪れたザ・銀皿は、「このエリアでいま気になる店」を平野さんに尋ねたところ、名前が挙がった店の1つだ。
名前が印象的でかっこいいのと、コンセプトが素敵そうなお店だな、と思い、気になっていました。
平野

大橋会館から徒歩約2分。商店街のメイン通りから1本入ったところにある、蔦(ツタ)の絡んだ古いビル。細くて急な階段を4階まで上がったところに、ザ・銀皿はある。



山下達郎氏らの曲がカセットテープで流れる店内で、静かに迎えてくれたのは、店主の小田島利成さん。
こんばんは。
小田島

はじめまして。
平野

ザ・銀皿は、フレンチやイタリアンなどさまざまなタイプのレストランやホテルで料理人を務めてきた小田島さんが、2023年5月にオープンした。

どうして、ザ・銀皿という店名に?
平野

フレンチとかイタリアンとか料理のジャンルを前面に出した店が多いなか、「銀皿」をテーマにしたらおもしろいかなと思いました。
小田島

その名のとおり、ザ・銀皿では、すべての料理が銀皿に盛りつけられる。この日出てきたのは、「赤いウインナー」「ポテトサラダ」「餃子ピーマン」の3皿。


ポテトサラダ、出来立てで、温かいんですね! これは……ズルいな〜。
平野


ポテトサラダは定番メニューだけにどの店も工夫していて、イクラがのっているものとか写真映えするものとか、いろいろあります。そんななかで、本質を突き詰めつつ、ここでしか食べられないものにしたいと思ってこうなりました。
小田島

餃子ピーマンもおいしい! この組み合わせは、発見かも。
平野

ピーマンを生で食べるメニューは、最近いろいろなところで見かけますよね。そこで肉たっぷりの餃子をのせて、タレをかけて、小籠包のようにして食べたらおもしろいかなって。
小田島



すごい、センスを感じる。既存のものが、新しい文脈で見事にアップデートされていて……。このお店もバーのような色気がありながら、カウンターの感じはどこかラーメン屋さんみたいだし、絶妙なバランス感がすごく素敵です。
平野

ありがとうございます。いろいろなお店で働いてきて、自分のなかで「もっとこうしたらいいのに」と浮かんできたイメージをかたちにしています。ありがたいことに、気に入ってくれる人も多いので、いまのところこんな感じでやっています。
小田島


気取らずくつろげるのに洗練された、ほかにない雰囲気の店内は居心地抜群。こぢんまりとしたバルコニーもあり、外で飲むことができるという。
わあ、素敵!
平野

外に出てみると、黄昏時の東京の空と、気持ちのいい風。それに、店内から漏れ聞こえてくる音楽。
これは、最高に気持ちがいいですね。
平野


ザ・銀皿の隠れ家的な雰囲気を存分に味わったうえで、大橋会館に戻り1日目は終了。独創的な店が立ち並ぶ東山・青葉台エリアの魅力を、垣間見ることができた。
2日目に訪れるのは、大橋会館の高村さんが推す「Massif」と「Beyond Veg」。いったい、どんな発見があるのだろうか——。


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