ご近所さんが推したくなるtoe coffee。メルボルン仕込みの浅煎りを、等々力の暮らしに
- 取材・文:三浦希
- 写真:大西陽
- 編集:川谷恭平(CINRA)
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東急大井町線・等々力。多摩川の流れが穏やかな時間を刻むこの街には、深い緑に包まれた等々力渓谷の清々しさとともに、どこか懐かしく、飾らない日常が息づいている。ユニークな形状の駅舎には、ひっきりなしに電車が発着し、人が行き交う。活気と穏やかさが同居するこの街には、不思議な心地良さが漂っている。
そんな等々力の住宅街に、単なるカフェではなく、心の拠り所となる場所がある。それが「toe coffee(トーコーヒー)」。一杯のコーヒーをきっかけに温かい絆が生まれ、まるで家族のようなつながりが育まれる、唯一無二の「サードプレイス」だ。
今回は、その温もりあふれる物語を、店主の望月よしみさんと、お店をこよなく愛する常連客のお二人、渡邊俊さん・千晶さんご夫婦へのインタビューを通じて深く掘り下げた。
*縁線図鑑では、人と人の縁を感じられる魅力的なお店の推薦を受け付けています。投稿はこちらから

メルボルン仕込みのコーヒーが等々力に。常連絶賛、宇宙一のバナナケーキ
──まずはtoe coffeeをオープンされた時期やきっかけを教えてください。
オープンは2022年の4月です。まさにコロナ禍の真っ只中でした。それ以前は、オーストラリア・メルボルン郊外のカフェで働いていて。毎日のようにコーヒーを飲みに来てくれるお客さんがいたり、カフェのなかで人と人とが自然につながっていく様子をいつも見ていたんですよね。 「コーヒーは人と人をつなぐ」。そんな思いが芽生えたのは、まさにその経験がきっかけでした。だからこそ、自分でもそんな場所をつくりたくて、toe coffeeを始めたんです。「ここに来れば、誰かに会える」。そんな温もりのある場所をつくりたいと思っ たことが、一番の理由でした。
よしみ


──等々力という場所を選んだ決め手はなんだったのでしょう?
お店を開くにあたって、関東圏の空きテナントを探していたのですが、この物件を見つけたときに「ここしかない!」と、直感したんです。周囲は静かな住宅街で、メルボルン郊外で働いていたカフェの雰囲気と似ていて。
よしみ

──物件の雰囲気がリンクしていたんですね。
そうなんです。じつはほかにも5件ほど応募があったそうですが、どうしてもここがよくて「こういうお店をつくりたい」「これまでこうした経験をしてきたので、怪しい者ではありません」と、オーナーさんに手紙まで書きました(笑)。それくらい、気に入った場所なんです。
よしみ


──天井が高く、開放感があるのも魅力ですね。そんなtoe coffeeの常連であるご夫婦、俊さんと千晶さん。初めて訪れたときの印象を教えてください。
僕たちはもともと都心寄りに住んでいたのですが、とにかくビルばかりで……。外へ出かけるのも、積極的にはなれなかったですね。2022年に等々力エリアに引っ越してきて、まず驚いたのが空気の良さでした。
俊


toe coffeeを見つけたのは、千晶ちゃんと一緒に散歩していたときです。
俊

懐かしいね。
千晶




私はコーヒーが好きで、カフェに行くのですが、「コーヒーはおいしいけれど、デザートはいまいち」とか「デザートはおいしいけれど、コーヒーは普通……」と感じるお店もけっこう多くて。 でも、toe coffeeで初めてコーヒーと一緒にショートケーキを食べたとき、両方ともとてもおいしかったんです。その衝撃は、いまでも鮮明に覚えています。
千晶

ショートケーキを食べて、二人で顔を見合わせたよね。「なんでコーヒー屋さんに、こんなにおいしいケーキが…… !?」って(笑)。それからtoe coffeeのスイーツは全部といっていいほど食べましたが、バナナケーキは「宇宙一」 だと思ってます。
俊

ちょっと、言い過ぎじゃない!?(笑)
よしみ




子どもも大人もホッと一息。等々力にある街のサードプレイス
toe coffeeのもう一つの魅力は、子ども連れの来店客にもやさしい心づかいにある。天井の高い開放的な空間には、ベビーカーでも入りやすいよう工夫がなされていて、小さなお子さんがいても気兼ねなく立ち寄れる、そんな「街のサードプレイス」として親しまれている。
──toe coffeeは、子連れの方にもやさしいお店だと伺いました。
お子さん連れの常連さんも多いのですが、皆さんとても喜んでくださいます。日本のカフェは、ベビーカーでは入りにくいというイメージを持たれがちです。もちろんすべてがそうではありませんが、子育て中のお母さんたちにこそ、ホッと一息ついてもらいたくて。
よしみ



──お子さん用のおもちゃもありますね。よしみさんはお子さんから学ぶこともある、とおっしゃっていました。
本当にたくさんあります。知らない子同士でも、共通点が一つあればあっという間に仲良くなっちゃう。私はいつも学びっぱなしです(笑)。「私がコーヒーを介して実現したいことって、こういうものなんだよなぁ」とあらためて感じさせられます。「コーヒーは人と人を つなぐ」ということを、子どもたちが自然に実践している気がします。
よしみ

── 印象に残っているお客さんとのエピソードはありますか?
以前、夫婦で来てくださっていた方が「お腹に赤ちゃんができたんです」と報告してくれたことがあって。それだけでも感激だったのに、その後生まれた子とお店で対面できたんです。いまでは2歳になって、店の中をちょろちょろ歩き回りながら「これ、ママのコーヒー!」なんてニコニコしていて。ちょっとごめんなさい、思い出しただけで泣きそうに……(笑)。
よしみ

よしみは涙もろいからなぁ……(笑)。
俊

ほんとほんと。そういう素直なところが、とってもかわいいんだよね。
千晶


いつもの日々にそっと組み込まれる、“推し” の場所
店内に満ちる、朗らかかつ清らかなムード。そんなtoe coffeeの心地よい空間に、よしみさん・俊さん・千晶さんの笑い声が響き渡る。おいしい話の数々に少しだけお腹が空いてきたころ、よしみさんから「うれしい提案」が。
── ちなみによしみさん、そのショートケーキにはどのようなこだわりが詰まっているのでしょうか?
何よりも大事にしているのは、「コーヒーと合う」ことです。うちはあくまでコーヒーショップなので、コーヒーに合う甘さやフルーツを選んでいますね。toe coffeeでは、浅煎りのコーヒーを提供しているので、それとのペアリングを意識しています。
よしみ


いまの季節(2025年6月)だとアメリカンチェリーのショートケーキや、これからならシャインマスカットなど。旬のフルーツを使い分けているんです。今日も食べていく?
よしみ

もちろん!
俊


これぞ 「思い出の味」だなぁ……。何度も食べているけれど、毎回フレッシュな気持ちで「おいしい!」って思うんだよね。
千晶

それ、「思い出の味」じゃなくて「いつもの味」かもね(笑)。
俊

「いつもの味」がこれほどおいしかったら、もう、ただただ幸せだよ(笑)。私、家の近所にtoe coffeeがあること、本当に幸せだもん。
千晶




── 手土産やプレゼントにも良さそうな、焼き菓子とコーヒー豆もたくさん並んでいますね。


もともと、メルボルンのカフェで働く前は、10年ほどパティシエをやっていたことがあって。いまでは、7時30分のオープンに向け、早朝からお菓子づくりに励む毎日です。スコーンやキャロットケーキ、レモンケーキやクッキーなど、さまざまな焼き菓子を常時8〜12種類ほど用意しています。
よしみ

──7時30分オープンって、かなり早いですね。
メルボルンの影響が大きいですね。向こうのカフェは、朝6時に開いて、15時にはお店を閉めるスタイル。そんななか、1日に何度も通うお客さんがいたりして。お店が暮らしや街に根づいていることを実感したんです。それを、等々力でも実現したくて、夏は7時オープンの「サマータイム営業」もやっています(笑)。
よしみ

早くから開いているとものすごく助かるんだよね。出張前や打ち合わせ前に寄って、手土産に焼き菓子を買っていってます。クライアントのなかには「toe coffeeのファンです!」っていう人もいるぐらいなんですよ(笑)。
千晶

僕は会社でコーヒーイベントを開催したことがあるんです。よしみを会社に招いて、お菓子とのペアリングを楽しむ時間をつくりました。皆、ペアリングによって味わいが変わる事に驚いていて、とても楽しい時間だったのを覚えています。
俊


── 「公私ともに仲良し」の表現がこんなにも合う三人、なかなか見たことがありません……(笑)。
じつは僕たちは、結婚式の前撮りもここでしているんです(笑)
俊

──えっ!
僕にとって、toe coffeeも、そこに集まるお客さんも「推し」なんです。もちろん、千晶ちゃんも。だからこそ、よしみが忙しそうなときは手伝ったりしていて。僕はそれを「大人の職業体験」って呼んでいるんですけどね(笑)。
俊

来てくれるだけでもありがたいのに、店を手伝ってくれたり、「推し」なんて言ってくれたり、ほんとにうれしいです。
よしみ


「toe coffee」に込めた、帰れる場所という想い
toe coffeeは、お客さんにとってどんな存在であり、よしみさんにとって、お客さんたちはどんな存在なの だろうか。その根底には、客と店という関係を超えた、温かく深い人間関係が存在している。よしみさんが抱く夢のなかには、メルボルンでの経験がいまも息づいていた。
──よしみさんにとって、toe coffeeはどんな場所でありたいですか?
良い街には、おいしいコーヒーとおいしいケーキがある。そう思ったのは、メルボルンで暮らしていたころ。その思いはいまでも変わりません。toe coffeeの店名には、「気軽につま先(toe)を向けてほしい」という思いと、オーストラリアで最初に住んだ「208 号室(Two・O・Eight)」の記憶を込めています。 皆にとっての「帰る場所」であり、「一歩踏み出す場所」であってほしい。だからこそ、お店を出て行くお客さんには「行ってらっしゃい」と声をかけています。
よしみ


等々力の街にも、よしみが言ってくれたような思いを抱いています。いつもいつも、肩に力を入れず暮らしていられるように思うんです。無理に格好つ けなくても過ごせる、肩の力を抜ける街。そこに、そんなふうに思える場所があるのは、本当に幸せですね。
俊

私も同じです。toe coffeeがあるからこそ、常連さんとも仲良くなれて、「自分もこのコミュニティに所属しているんだ」と実感できるんです。常連さんとすれ違えば、「ただいま!」「おかえり!」って掛け合うこともあった。なんてことのない挨拶でも、うれしく感じる。それは、間違いなくtoe coffeeのおかげだし、等々力の街だからこそ、なんだと思います。
千晶


コーヒーの香りに誘われて扉を開けば、焼き菓子の甘い匂いと、どこか懐かしい笑い声が迎えてくれる。toe coffeeは、等々力駅から少し歩いた住宅街の一角にありながら、人の心をふっと軽くする「特別な居場所」だ。
「行ってらっしゃい」と見送られ、「ただいま」と帰ってこられる、そんなお店が街にあるということ。それは、日々を少しだけ優しくしてくれる魔法のようなものかもしれない。 等々力の街になじむように、ひっそりと佇みながら、今日もまた誰かの「始まり」と「帰り道」 を、そっと見守っている。

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